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「はぁ……」


 溜息をつきながら階下に降りていくと、エミリオ様を見送ったらしいお父様とお母さまが疲れた顔で立っていた。


「ああ、ビー……なんというか、もう……」

「お父様、なにもおっしゃらなくて大丈夫ですわ。私、今初めて、婚約破棄になって良かったと思っておりますの」

「私たちも同じ思いだよ。あれは、きっと結婚したらビーが苦労していた」


 よしよし、と頭を撫でてくれるお父様に弱い笑みを返す。


「明るくて純粋で大らかな方だと思っていたが、頭の中まで大らかすぎるとは思っていなかったぞ、あの阿呆王子めが。しかし、ビーが苦労することがなくなったのは不幸中の幸いだ」


 ぼそっと呟いたお兄様に、不敬だという意味の少し非難するような視線を向けたものの、お母様もなにも言わない。どうやら家族揃って気持ちは同じようだ。揃って溜息をついていると、応接間からマクス様が顔を出された。


「王子が帰ったのなら、こちらの話をしてもいいかい?」


 ご苦労様、と苦笑いを浮かべたマクス様に、両親も兄もそっくりな疲れた笑みを浮かべて返した。


 応接間のソファに、私はマクス様と並んで座り、その向かいには両親が座る。お兄様は少し席を外すといってどこかに行ってしまった。お茶や茶菓子を持ってきたメイドたちが退室したのを確認してから、お父様は「改めて」と頭を下げた。


「この度は娘を助けてくださり、本当にありがとうございました」

「いやいや、こちらこそ。急な申し出を受け入れてくれて良かったよ。可愛いご令嬢をどこの馬の骨ともわからぬ相手に嫁がせる気はないと反対される可能性も、ほんのわずかには存在していたからなぁ」

「ははははは! どこの馬の骨などとご謙遜が過ぎますぞ、シルヴェニア卿」

「相手が公爵家のご令嬢、しかも王子の婚約者として見初められるほどの素質にも溢れるとなれば、こちらだってご両親の反応に多少は身構えるってものだ」


 その光景に、私は何度か目を瞬かせる。公爵と辺境伯、一般的に考えるのならイウストリーナ家の方が貴族としての位は上で、年齢だってどう見たってお父様の方が上だ。なのに、こうして会話している様子を見るとマクス様に対してお父様の腰が妙に低いのだ。国王様に対してもここまでの態度は見せないことを思うと、違和感でしかない。


「それにしても、まさかシルヴェニア卿が娘を娶ってくださるとは思ってもいませんでした。あの知らせをいただいた時にはひっくり返るかと思いましたが、宴の場でしたのでなんとか堪えましたよ」

「はははッ、少しでも早くと思って、あのような場で失礼した」


 どうやら昨日、マクス様はあろうことか聖女の歓迎会をしている会場に知らせを出したようだ。でも、あの場に使用人などは入り込めないはず。警戒もされていただろう。いったい誰が、どのタイミングで行ったものなのやら想像もつかないが、彼が超一流の魔法の使い手だろうことを考えれば、なんらかの方法でそれを成したのだろうと納得もできた。


 和やかに会話が進んでいる間に、お兄様は1枚の絵を手に戻ってくる。私に向けてそっと差し出されたそれを見れば、今よりもだいぶ若い両親と幼い兄がベビーベッドの脇に立っていて、その中には1人の赤ん坊が眠っていた。赤ん坊は生まれたばかりの私で。

 そして、額に手を置いて祝福を与えてくださっている司祭は――どう見てもマクス様だった。


「……全然、今とお変わりないですわね」


 ぼつりと感想が漏れれば、お兄様も大きく同意を示す。


「さっき二人を迎えに行った時驚いたよ。シルヴェニア卿がまさか先代の大司祭様だなんて。昨日の結婚式の場でお見かけした時から、全く変わらないお姿を不思議に思っていたんだ。遠目だから加齢が見えないだけかとも思っていたんだけどね、そうじゃなかったな」


 小声で話をしていると、マクス様が「懐かしいものを持ってきたなあ」と隣から覗き込んできた。


「その頃はカエラル・パクトゥスと名乗っていたからな、その正体がマクシミリアン・シルヴェニアだと知っているのはごく一部だけだ。私だってやりたくはなかったが、その時期どうしても適任がいなくてねえ。ヴェヌスタからご神託が下った次代大司祭というのが当時まだ6つやそこらで、彼女が成長するまでの間、と命じられてしばらくの間仕方なく大司祭の立場にいたんだよ」


 だいたい12、3年だったかな、とマクス様は軽く言うけれど、そんな情報を与えられるとますます彼の年齢がわからなくなる。


「まあ、この姿は司祭をやっていた時のもので、本来のマクシミリアン・シルヴェニアの姿はこちらだ」


 パチンと指をならせば家族の目の前でマクス様の髪がシルバーブロンドに戻っていき、瞳は晴れ渡った青空を集めたような色に変わる。柔和に見えた顔立ちも、冷たいほどに整ったものになる。目の前で姿を変える彼を見てお母様とお兄様は驚いたようなのに、お父様にそんな様子はなかった。

 詳しく話を聞けば、これまでにマクス様の姿を見かけたことがあったのはお父様だけだったらしい。見た目が違うのにマクス様本人だと断定できた理由をお父様に尋ねれば、彼が指につけている指輪がその証拠だと言われた。

 あれは王家から直々にマクス様に贈られたもので、同じものは2つとしてない。王家の紋章を簡略化したものと並んでペガサスの紋章が刻まれているそれは、シルヴェニア卿が身分を証明する時に持ち歩くものだそうだ。


「ビーはシルヴェニア卿が不死の君と呼ばれているのは知らなかったか? 長らく年を取られないからその二つ名がついたのだが、常識的に考えてそんなわけはない。辺境伯は変身魔法の使い手の一族とされ、公的に出ていらっしゃる時には代替わりしても同じ姿を取っているというのが一般的に語られている話だ。そもそも、あまり社交界にもお顔を出されないので、実際にお会いしたことがあるという者の方が少ないお方だ」


 シルヴェニア卿が辺境伯であるという知識はあった。ただ、お忙しい上に気難しい方であまり社交界に顔を出されないという話で、実際に私は昨日までお会いしたことはなかった。正しくは赤ん坊の頃に洗礼を与えていただいていたのだけど、その当時赤ん坊の私に見覚えなどあるはずもない。教会のトップと魔導師の塔のマスター、そして辺境伯が同一人物というのは権力が集中しすぎている状態で好ましくはない。それなのに、マクス様を大司祭様とするように命じた人物とは誰だったのだろうか。


「不死というのは誤解だな。私は年も取るし、死にもするぞ」

「しかし、この絵と今のマクス様はなにも変わられていないように思えますわ」


 顔の横に並べて見ても、やっぱり全然年を取っているように見えない。


「ちゃんと老いてはいるんだが、人よりもその変化がゆっくりだからな。すぐにはわからないのだろうな」

「……人よりも? なにか特殊な家系でいらっしゃるんですか?」

「まぁ、特殊と言えは特殊だろうなぁ」


 マクス様はにやっと笑うとご自分の耳を撫でた。

 そこから尖った長い耳が現れる。そのような特徴を持っているものといえば――


「いやあ、すっかりビーに伝えるのを忘れていたよ。実は私、エルフ族の長でもあるんだ。あなたはエルフ族の王妃でもあるってことだな」

「エル……フ……?」

「ああ。天空城の王はエルフの王だというのは、もうこの国には伝わっていないのかな?」

「は――」


 ――ちょっとさすがにそこまではすぐに受け止められません。

 また増えてしまった旦那様の肩書に、私とお母様はほぼ同時に卒倒した。

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