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「お洋服だけ先に決めてしまいましょう」

「町娘は足を出すことも多いのですが、ベアトリス様は抵抗がおありですよね。ですから、なるべく丈の長いものをご用意いたしました。お気に召すものはありますか? ご希望があればお伝えください」

「どれもお似合いになると思いますけど、今は金髪に近い髪色ですし、普段選ばれないようなものをお召しになるのも良いかもしれませんねぇ」

 

 このような色は普段あまり選ばれないですか? とクララが出してきたのは、オレンジ色のワンピースだった。彼女が言うように、マルベリーの髪色に合わせるには派手すぎる色合いは昔から着たことがない。


「本当に似合うかしら」


 あまりにも明るい色で愛らしい形のドレスに、少々の抵抗を感じる。幼い頃から、きつい顔立ちだったせいか、ここまで可愛い雰囲気のものは提案すらされたことがない。


「奥様はお綺麗ですし、なんでもお似合いになりますよぅ!」

「私も、お似合いになると思います」


 二人から迷いなく頷かれ「変装なんですから、いつもとは違うイメージで行きましょう」満面の笑みのクララにまたしても押し切られた私は、朝食後すぐに町娘のように見えるメイクと髪型にしてもらって玄関へと急いだ。


「おや、そのような格好だと昨日よりも幼く見えるな」


 おさげ髪の私を見て、マクス様は目を細める。

 玄関で待っていた彼は昨日の司祭様の姿で、平民が購入するにしては少々上質すぎる気もする柔らかな生成り色の綿のシャツと、それよりも濃い色合いの緩いズボン、革のベルト、ショートブーツを身に着け、肩につくほどの髪は緩く1つに結んでいた。


「これならば平民の2人連れに見えるだろう? そんなに警戒しなくとも、どっちにしろ聖女の降臨に沸いている人々は珍しい顔がいたところで気にしないよ」


 自然な流れで差し出された腕に自らの腕を絡めたところで、この腕の組み方はどう見ても平民ではないのでは? と気付く。ハッとして手を離せば、顔を背けて肩を震わせているマクス様は明らかに笑っていた。


「ビーは仕草に気を付ける必要があるな。行動の端々に淑女らしさが滲んでしまっているよ」

「そう言われましても」

「あぁ、だから。こうだ」


 ぐっといきなり腰を抱かれる。驚いて見上げれば、にんまり顔のマクス様が「平民の恋人同士というのは、こうやって身体を密着させた状態で歩くようだぞ。これも演技だ」とどこまで本気かわからないことを言い出す。戸惑っているとコレウスが注意を向けさせるように手を叩いた。


「旦那様、遊んでいるうちに目当てのものがなくなってしまいますよ」


 彼の呆れを隠さない声に急かされて、私はご機嫌なマクス様といざ市場へと向かったのだった。


 わぁぁああ、と心の中で歓声を抑えられない。

 ――これが憧れの市場なのね!

 興奮をなんとか堪えようとするけど、気分が高揚してしまってついあっちもこっちも気になってしまう。


「ビー、今日はみんなお祭り騒ぎをしている。多少はしゃいだところで目立たないよ」


 耳元に囁かれてハッとして横を見ると、軽いウィンクで返される。どうやらソワソワしているのに気付かれていたようで恥ずかしい。


「最初はなにを見に行こうか」

「ええと、小物も見たいですし、食べ物にも興味があります。それから、ええと、えぇと……」

「ははッ、まあ品切れは別として、店は逃げないからゆっくり気に入るものを探すといい。欲しいものがあったら遠慮せず言っておくれ」


 周囲の喧騒でマクス様の声が聞き取りにくい。ちゃんと聞こうと思って少し背伸びをして彼の口元に耳を寄せるとなぜか少し避けられてしまう。もう話は終わったのね、と判断して彼の顔から耳を離して、また周囲を見回す。

 しかしこんなに人が多いとは思わなかった。普段は歩いていて誰かにぶつかられそうになることなんてない。マクス様が上手に誘導してくれるおかげで、今のところ誰にも肩が当たったりしていないものの、夜会でのダンスよりもさらに男性と密着している状況は少し落ち着かない。


「マクス様、もう少し離れても――」

「離れたら人波にさらわれるぞ。それから、その様付けも今はダメだ。マクスと呼び捨てにしてくれ」


 うぐっ、と言葉に詰まると、視線を上げたマクス様は通りかかった少女を呼び止めた。


「綺麗だな。1輪もらおうか」

「ありがとうございます! 聖女様の加護があなたにもありますように!」


 花売りの少女が籠いっぱいに持っていたのは、昨日、婚姻衣装の時の私の髪に飾られていたものに似ているワイルドリリアだった。聖女の花と言われているリリアは生産が難しく、高価で誰もが手に入れられるものではない。しかしワイルドリリアはそれに比べれば育てることが容易で、小ぶりな花も愛らしく、一般的には聖なる乙女の花と呼ばれていた。真っ白い花しかつけないリリアと比べて、ワイルドリリアは様々な色を付ける。勿論聖なる乙女の花とされるのはこの中でも白だったのだが、マクス様が選んだのは淡い水色の花だった。

 少女から受け取った花を、マクス様は私の耳の上に飾る。昨日のことを思い出して、少しだけ胸の奥がジリジリと焦げるような感覚をおぼえた。


「うん。昨日のも悪くはなかったが、こちらの方が似合うな」

「今日の髪の色のせいですか?」

「はははッ、いや、それだけではなくて、ビーにはこの色が似合っているよ」


 私も、少女から1輪花を受け取ると、同じようにマクス様の髪に飾る。


「おやおや、私は男なんだが」

「お似合いですよ」


 藁色の髪が、日の光に照らされて淡い金髪に見える。そこに淡い紫の花が愛らしく鎮座している。お揃いになりましたね、と笑った私に、マクス様は柔らかく微笑んで少女に少し多めの代金を渡してまた歩き出す。


 あちらこちらに聖女の紋章であるリリアのついたものが溢れているのを見ると、聖女はこんなにも待ち望まれていたのだと強く感じさせられる。近頃は以前より魔獣が増えたという話もあって、少々ささくれていた人々の心にもしばしの安らぎが訪れているのだろう。

 私もディウィナエ教徒である以上、聖女様が現れたことを喜ばしく思っている。しかし、一人の少女の存在がここまで人々の表情を明るくするとは正直思っていなかった。私がエミリオ様の妻となっても、国民は今のような喜びを表してくれなかったと想像すると、自分の無力さを痛感させられる。

 ――私は結局、なにもできなかったのね。

 昨日もお祝いムードだった街中は、今日はそれ以上のお祭り騒ぎだった。

 ぼんやりしていると、ぐっと腰を引き寄せられ、耳元にマクス様の声が降ってくる。


「ビー、あれを食べてみるかい?」

「あの雲のようなものですか?」


 マクス様が指差したのは、少し離れた場所にある屋台だった。

 店の前まで行けば、目の前で串にくるくると巻きつけられていく霧のようななにか。あっという間に、七色に輝いている小さな雲が現われる。どうぞ、と渡されたものを指でつまんで食べようとすると手渡してくれたばかりの男性から制止された。


「あー! お嬢ちゃん綿菓子を食べるのは初めてかい? そいつはがぶっと噛り付くもんだ。お上品に指でつまんで食べたら、手がべとべとになるぜ」

「そうなのですか? では」


 恐る恐る口に運ぶと、含んだ瞬間しゅわっと溶けて砂糖の甘さが口中に広がった。


「んっ、これってお砂糖なんですね?」

「ああ。それも砂糖菓子の一種だよ。どうだ? 面白いだろう」

「初めていただきました」


 何口かは楽しく食べていたのだけれど、これはただの砂糖の塊だ。徐々に食べるのが辛くなってくる。食べ進める速度が遅くなったのに気付いたらしいマクス様は


「私にも一口くれるかい?」


 言うなり身を屈めると、私の手にある串に直に噛り付いた。


「ひゃぁっ」

「はははッ、なにをそんなに驚いているんだ。ああいや、お嬢様はこういうのも初めてかな?」


 にまにましているマクス様は、当然私がこんな風にものを食べたことも、誰かに自分の手から食べさせたこともないとわかっているのだろう。

 ――なんでそんな意地悪をなさるんですか。

 じっと顔を見れば、またマクス様は私の手から砂糖菓子を食べ、お行儀悪くも唇をぺろりと舐めて「甘いな」と呟く。ぐるりと周囲を見回して見つけたお茶を扱っていた店頭を覗き、私には砂糖なしのミルクティをご自分はなにやらハーブティを注文した。完成を待っている間にも、マクス様は私の手にある菓子を食べていて、店員の中年女性から


「おやおや、仲が良いねぇ。恋人たちにも聖女様のお恵みはきっとあるよ!」


 お幸せに、と言われて、誰かと恋人同士として扱われたことのなかった私の耳は熱くなる。でも砂糖菓子の串とミルクティの入ったカップを持っていると顔を隠すことができず、真っ赤になったみっともない顔をさらすことになる。隣でくつくつ笑っているマクス様は、この状況を素直に楽しんでいるように見えた。

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