第5話 不憫な依頼者
ポートクリナム・開拓者ギルド本部
午後の陽射しが差し込むギルド掲示板前。ジニアは両腕を組んで依頼一覧を睨みつけていた。
「……うーん。やっぱり戦闘系ばっかりか」
「“魔石竜の討伐”とか、“ダンジョンの探索”とか。うち、今は目立ちたくないんだけどな」
隣のファルが、肩をすくめながら言う。
「前回の戦で派手に暴れてしまいましたから。ほとぼりが冷めるまで待つのが吉というものでしょう」
「確かに。戦場で徹底マークされたらたっまったもんじゃねえしな」
そんな中、グラベルがぽんと指を伸ばした。
「これ……ちょっと地味だけど面白そうじゃねぇか?」
依頼掲示板の端っこに小さくはられた紙にはこう書かれていた。
【農業支援希望】
一緒に農地を作れる方を募集しています。
戦闘は苦手で、傭兵任務などには参加できません。
農地さえあれば料理スキルでバフ飯などを作ることが可能になると思います。
先行投資だと思って何卒!
依頼主:ミレーナ(農家・木属性)
「木属性か……珍しいな。サービス開始から色々見て回っちゃいるがあまり見ねぇなあ」
「しかも農家ジョブ。拠点なし。仲間なし。戦闘できない……か」
ジニアは紙をじっと見つめた後、受付に向かう。
「この“ミレーナ”って子、今ここにいる? 面会してみたい」
ポートクリナム南区・《ランタン亭》
木目のテーブルと簡素な椅子だけの個室。
そこで、ジニアたちは依頼主・ミレーナと初めて対面した。
ショートカットの少女は、麦色のワンピースに身を包み、どこか不安げな笑みを浮かべていた。
「……ご依頼、読んでくださってありがとうございます。こんな依頼、誰も見てないと思ってたので……」
緊張した声だったが、その目は真剣だった。
湯気の立つハーブティーに視線を落としながら、ミレーナはぽつりぽつりと語り始めた。
「……サービスが始まって、初日にログインして。チュートリアルが終わった直後でした。“木属性って珍しいから貴重だよ”って。そう声をかけられて、傭兵ギルド《アサセラフィム》に入ったんです」
少し寂しげな声だった。
「みんな派手な魔法とか、大剣とか……強そうなスキルばっかりで。私は、農家ジョブで、ちょっと地味でしたけど……でも、木属性なら畑の手入れとかできるかなって!そう思って……」
「でも彼らが求めていたのは違ったんです。戦える木属性が欲しかったみたいなんです。いきなりパーティー戦に連れていかれて、私は戦闘用の魔法を持っていないので眺めていただけだったんですけど……ボロボロに負けた後、リーダーの方に“お前、何の役に立つの?無能?”って、そう言われて」
少し、彼女の手が震えた。
「次の日には、パーティー編成に入れてもらえなくなって、チャットでも無視されるようになって……。それでも、誰かの食料を作るとか、サポートする方法がないかって提案しても、“それ、傭兵がやる意味ある?”って笑われて……」
その言葉が、深く胸に刺さっていた。
「結局、“戦えない人間はいらない”って、正式に脱退させられました」
彼女はゆっくりと目を閉じ、唇をかみしめる。
「……悔しかったです。ただ……私は、この世界で畑を耕して、季節の作物を収穫して、ちょっとした料理を振る舞って――そういった私のやりたいプレイを否定されてとっても悔しかったんです」
しばらく沈黙が落ちる。
ジニアは、ミレーナをじっと見たまま、ふっと口を開いた。
「……ひどい輩だな。戦えないから追い出すなんてありえない!この世界は戦いが全てじゃないのに」
「そうですわ!マスターも魔法が使えない魔法使いですので戦えません。ですが、思うようにこの世界を楽しもうとされています。ミレーナさん、あなたもあなたらしいプレイでこの世界を楽しみませんか?私はあなたをお手伝いしたく思います」
「俺も酒癖がわりぃからな。どこのギルドにも酒代が……って渋い顔されて断られてきたぜ。俺たちはぐれ者同士助け合っていこーや」
俺たちは口をそろえてミレーナのプレイを肯定する。
「え?いいんですか?浮浪雲さんって昨日、掲示板で騒がれていた武闘派ギルドですよね。……ごめんなさい、正直ちょっとだけ疑ってました。このギルドも“木属性だから”って理由で近づいたのかもって」
「浮浪雲は、“好きなプレイを好きな形でやる”ギルドだ。ミレーナが農家をやりたいなら俺たちはいくらでも手を貸すよ」
ファルがやわらかく笑う。
「戦えないからって、誰かを排除するのはちょっと子どもっぽいですわ。だったら、そうじゃないギルドが見せてあげればいいのです。“楽しみ方は人それぞれ”って」
「……!」
「うち、まだ拠点整備中でね。開拓予定地こそあるけど、農地として使える段階には至っていないんだ」
「だからさ、その間はここ《ランタン亭》で料理を学びながら、農業の準備をしてみないか? さっき宿主のウィリアムさんに相談したら、見習いとしてなら快く引き受けてくれるってさ」
「……本当に、いいんですか?」
「もちろん。《浮浪雲》の正式な一員になってくれたら、君の畑は――俺たちが整えるよ」
ミレーナの目が、ゆっくりと大きく見開かれる。そして、しばしの沈黙のあと――
「……はい。お願いします。バフ飯も、畑も、ちゃんと一人前にできるようなります。いつか絶対、あの人たちを見返してみせます――この、私のやり方で!」
その声は、先ほどよりもずっと、凛として力強かった。