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第3話 浮浪雲、始動!

 ギルド登録申請所は、ポートクリナムの行政区の一角に構えていた。


 建物は白亜の大理石のような建材で造られており、装飾は最小限。無駄のない直線的な設計ながら、全体から漂う威厳と荘厳さは、まさに“行政機関”といった風格を放っている。


 ─まずはギルドの設立からだな。


 昨日、宿屋の主人ウィリアムさんからそう助言をもらっていた。俺はファルとグラベルと合流し、重厚な扉を押して中へと足を踏み入れる。


 中はひんやりとした空気が流れ、静寂に包まれていた。数人のプレイヤーたちが列を作り、ガラス張りの受付窓口の向こうでは、NPCの職員たちが手際よく申請処理を進めている。


「申請者名をお願いします」


 受付に立っていたのは、冷静そうな雰囲気を纏った女性職員NPCだった。絶やさぬ微笑みとマニュアルどおりの口調は、いかにも“接客用テンプレート”という印象だ。


「ジニア。ギルド名は『浮浪雲はぐれぐも』で」


 名乗りながら、ふと昨日を思い出す。ギルド名はログアウト後にじっくり考えていた。


 ─どこの国家にも縛られず、そのときそのときの風に乗る“流れ者”――


 そんな想いを込めて、この名前に決めた。


「確認ですが、設立には三名以上の正規メンバー登録が必要です。そちらは問題ありませんか?」


「メンバーはリーダー俺、ファル、あと……そのへんの酔っ払い」


「おい坊主、人聞き悪ィぞ」


 グラベルが口を尖らせるが、NPCの女性職員は表情1つ変えず、淡々と処理を続けていく。


「所属国、拠点希望、開拓目的をそれぞれ選択してください。なお、開拓地はシステムによってランダムに選定され、初期地点にのみ専用転移門が設置されます」


「開拓目的は“自立型拠点運営”。所属国は、当面“自由主義”でいくつもり。ギルドとしてはフリーな立ち回りを目指すからな。拠点希望は……珍しい素材が手に入りやすい場所だと助かる」


「了解しました。開拓地は、ある程度の希望に沿って開拓可能地リストの中から自動抽選されます。抽選を開始します……」


 ピピッという無機質な音が流れる。


 次の瞬間、表示された地名を見て、俺たちは目を見開いた。


 《古龍の墓》


「……随分ととんでもない場所を引いたもんだな」


 メニューに表示された開拓予定地の情報を見て、グラベルが渋い声を漏らす。画面にはこう書かれていた。


 《開拓地名:古龍の墓》


 NPCの受付嬢は淡々と説明を続ける。


「前人未踏の超高難易度エリアです。生息モンスターの危険度が非常に高いため、周辺での活動は著しく制限されます。拠点外での行動は非推奨となっております」


 地名だけでいやな予感はしていたが、やっぱりそういう場所か……。


「転移門はいつ設置される?」


 ジニアが尋ねると、女性職員は間髪入れずに答える。


「この後すぐに、ポートクリナムと開拓地を繋ぐギルド専用転移門が開通いたします。ご出発の際には、行政区中央噴水広場にある転移門へお向かいください。そちらでこの認証プレートをかざしていただければ、自動的に開拓地へ転送されます」


 テーブルの上に、銀色に輝く金属製のプレートが三枚並べられる。


 それはギルドの認証プレート。ギルドメンバーの証であり、同時にギルド紋章を刻印するための媒体でもあった。


「これを使って開拓地に入るのか……」


 ジニアは静かに一枚を手に取り、懐から取り出した濃紺の布へと魔素を流し込む。


 じわじわと布地に魔素が染み渡り、中央には雲の流れるような意匠が浮かび上がった。それはギルド《浮浪雲》の紋章─ファルがデザインしてくれた、お洒落で、気まぐれな雲のマークだ。


「ギルドメンバーの追加や、開拓団・傭兵団として姉妹ギルドを設立される際は、再度こちらでの申請が必要です。それでは、よき開拓者生活をお過ごしください」


 形式的な挨拶に見送られ、受付所を後にし、俺たちは転移門が設置されている行政区中央の噴水広場へと向かう。とりあえず今日は開拓拠点の下見だけして、そのあと傭兵仕事の募集を見に行く予定だ。


「……さて、“古龍の墓”ってのがどれだけヤバいのか、見せてもらおうじゃないか」




 ――行政区の中央、噴水が静かに水音を奏でる広場の一角に、それはあった。


 魔力の揺らぎを孕んだ巨大な転移門。枠の内側に張られた魔素の膜は、まるで水面に空を映したように、緩やかな波を描いていた。見た目は美しいが、その先に広がるのは未踏の地─《古龍の墓》だ。


「じゃ、行くか」


 俺たちはギルドプレートを転移門の認証パネルにそれぞれかざすと、静かに魔素の膜をくぐり抜けた。


 視界がぐにゃりと歪み、次に瞬きをしたときには─周囲を鬱蒼とした森林が取り囲んでいた。


「……ここが《古龍の墓》か」


 木々の間に建つ、小さな小屋。そして、すぐ隣には空間が割けたような転移の裂け目。これが、初期の開拓拠点……らしい。周囲には最低限の防護結界が張られており、この小屋を中心としたごく狭い範囲だけが、安全地帯として機能している。


「ちゃっちい小屋だな。これじゃゆっくり酒も飲めねえっての」


 さっそくグラベルが不満げに唸る。


「そんなに文句があるなら、自分で飲める空間くらい作れるように、これから馬車馬のように働けよ」


「まじかよ……開拓ってブラックだな……」


「とりあえず、小屋の掃除をしましょうか。どんなに小さくても、これが私たちの拠点です。きれいに使いましょう」


 ファルはそう言うや否や、アイテムボックスから掃除道具一式を取り出し、無駄のない動きで作業を始めた。……ほんと、えらい子だなファル。どこかの酔っ払いも見習ってほしい。


「掃除が終わったら、ちょっと周囲の様子を見に行こう。それで、問題なければポートクリナムに戻って傭兵依頼に申し込むぞ」


 小屋は見た目通りに狭く、掃除もすぐに終わった。俺たちは三人で結界の外へと足を踏み出す。


 ─ガサガサガサッ! ザーッ!


 突然、頭上の木々が激しく揺れ、何かが降ってきた。巨大な何かが、森林の中へと突っ込んでくる。その衝撃で、周囲の木々がまとめてなぎ倒されていく。


 ……そして、木の間から金色に輝く瞳と、バッチリ目が合った。


「マジかよ……!」


 黒くうねる鱗に覆われた巨体。鋭く湾曲した爪と、蛇のようにしなる尾。


 ─ブラックワイバーン。


 開拓地の事前情報で見たやつだ。推奨討伐レベルは……戦闘クラスレベル115。俺たちは皆レベル1。いやいや、無理ゲーすぎるだろ。


「総員撤退! 傭兵で下積みしてからまた来るぞ!」


 俺の号令と同時に、三人とも一目散に安全結界の中へと駆け戻る。頭では大丈夫ってわかっていても、あの小屋じゃ心許なさすぎる。


「戻るぞっ!」


 結界内の転移門に全員で飛び込む。再び視界が歪み、次の瞬間─


 俺たちはポートクリナム、噴水広場に戻ってきていた。


「ふぅ……思ってたより、ずいぶんヤバい場所を引いちまったな……」


 しばらくその場に座り込んで、全員でしばしの沈黙。


「……傭兵依頼見にいこっか」


 二人とも神妙な面持ちでうなずく。よほど怖かったらしい。


 ――行政区にある、傭兵管理局。


 中は開拓者たちの熱気に満ちていた。筋骨隆々の剣士、軽装の弓使い、魔導書を抱えた魔術師まで……様々なプレイヤーたちがひしめき合い、依頼掲示板の前には人だかりができている。


「うわ、盛況だな……」


「まあ、俺たちみたいに“無理ゲー開拓地引いたから、しばらく下積み”って奴が他にもいるんだろ」


 そう言いながら、俺は窓口へと歩を進めた。


「ギルド《浮浪雲》です。フリー傭兵として依頼を受けたいんだけど」


 応対したのは、銀縁メガネをかけたNPCの女性職員。無駄のない動きと丁寧な物腰は、まるで現実の市役所職員のようだ。


「《浮浪雲》様ですね。ギルド登録は確認済みです。現在の紛争地域にて受注可能な依頼はこちらとなります」


 カウンターの上に数枚の依頼票が、ホログラムのように浮かび上がる。


【依頼名】:ルブライト前線・補給物資護衛任務

【報酬】:金貨30枚/初級建築資材セット×3/国家ポイント[フォルテラ] 10pt

【依頼内容】:前線拠点ルブライトへ向かう補給隊の護衛

【依頼主】:フォルテラ

【備考】:ライプテン側の傭兵による激しい妨害が予想されます。補給隊の損耗を可能な限り抑え、ルブライト村までの物資輸送を遂行してください。


「まずはこれか……金貨30枚なら、あの弁償代くらいにはなるな」


「いいですね。初仕事としては、妥当な難易度かと」


「建材もついてんのか。建築士の熟練度上げにちょうどいいじゃねえか!」


 即決だった。俺たちは依頼を選択し、カウンターに指をかざすと、魔導認証によって申請が完了する。


「ご登録ありがとうございます。《浮浪雲》様には、指定時刻までに補給隊集合地点へお越しください。出発場所はポートクリナム4番街東門前広場です」


「了解。向かうよ」


 


 準備といっても、俺たちにはまだ装備や物資を買う資金もない。特に整えることもないので、しばらくは情報収集に時間を使うことにした。


 


 ポートクリナムは、7つの街区から構成される巨大都市だ。そのうちの6つは、六大国がそれぞれ統治権を持っている。残る1つ─第7街区には、全国家共用のギルド申請所、傭兵管理局、そしてアーク大陸からプレイヤーや物資が到着する港などが集まっている。


 それぞれの街区の特色は以下の通り。


 ・第1街区【ラマテイユ】:

 魔法研究に優れ、多くの魔法書を蔵書する大学機関が存在。魔術の都。


 ・第2街区【クロトリノ】:

 冶金・建築技術に秀で、装備製造や金属鎧などの生産が盛ん。


 ・第3街区【オーヴィオ】:

 武術に重きを置き、数多くの道場を擁する軍人の育成地。


 ・第4街区【フォルテラ】:

 魔道具の製造が盛んで、錬金や付与技術に強みを持つ技術都市。


 ・第5街区【デルブルク】:

 織物、革細工、木工など、生活資材の生産地として知られる。


 ・第6街区【ライプテン】:

 料理、酒造、農水産業などに秀でた穀倉都市。豊かな食文化が自慢。


 どの国も資本力のある列強であり、多くのプレイヤー傭兵を抱えるだけの勢力を持っている。


 今回俺たちが受けた依頼は、第4街区・フォルテラからのもの。現在、東の開拓村ルブライトの領有権を持つ国で、国家ポイントを貯めると魔道具やレシピと交換できるらしい。今すぐ役立つものではないが、将来的には開拓生活に欠かせない資源となるはずだ。初依頼の相手としては悪くない選択だろう。


 あらためて、今回の依頼の概要を確認する。


 護衛対象は、フォルテラ所属の輜重部隊。出発はポートクリナム東門から。

 ルートは《ゴブゴブ平原》を抜け、《毒蛇の森》の入口にあるフォルテラ前線砦まで。

 砦はルブライト村の西端にあり、現在進行中の戦線の中継拠点でもある。


 任務の目的はただ一つ。物資を可能な限り失わずに届けること。

 その損耗率によって、傭兵としての評価も上下するという。


「……まあ、頑張りますか」

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