第2話 酒と傭兵
ポートクリナム─港と市場、酒場が入り交じるUFO唯一の都市。
ジニアはファレノプシスと共に、雑踏を避けて港裏の細い路地を歩いていた。
「……この街、意外と広いな」
「マスター、開拓者として活動するなら、まずは土地勘を掴むのが大事ですよ」
ジニアは武具屋や雑貨屋、酒場が軒を連ねる通りを眺めながらつぶやく。
市場では活気ある商人の声が響き、子供たちが駆け回っている。
「ふむ……新しい装備は気になるけど、今はまだ財布が寂しいからな……」
「金策の手段も早めに考えないと、ですね」
そんな話をしていると、目の端に動く影が映った。
「ファル、気をつけろよ、あいつふらついてるぞ」
ジニアたちに、酒臭さ全開の男が近づいてくる。
白髪の短髪、鋭い目つきだが、今は目が泳いでいる。筋骨隆々の体に、ボロボロの盾をぶら下げていた。
「このゲーム、酒あるのかよ」
ジニアはあまりの酒臭さに思わず一歩下がった。
「おう、お前。細っこい奴!財布、よこしな」
男がにやつきながら絡んでくる。
「……正面から強盗とか、NPCにそんなのいるのか?」
「いません。これはプレイヤーでしょう」
ファルは淡々と告げた。
「強盗じゃねぇ。この俺、グラベル様は困ってんだよ。昨日のサービス開始から今までの酒代で有り金全部使っちまってな……」
男-グラベルはジニアに詰め寄ろうとするが─
「そこまでです」
ファルが静かに一歩前に出る。
蒼く揺れる魔力のオーラが彼女を包み込む。
「なんだぁ?おまっ……」
ファルに意識が向く前に、
ドンッ!
濃密な魔力を纏ったファルの拳が、グラベルの胸を撃ち抜いた。
鈍い音と共に、男は数メートル吹き飛ばされ、市場の商品の山に激突する。
ジニアは冷静に告げた。
「カツアゲしようとするなら、まずは相手の実力をちゃんと見極めることだな」
「げほっ……痛てぇ……だが見事だな、お嬢ちゃん」
酒樽が割れてお酒まみれになりながらもグラベルは笑う。
「杖も持たないヒョロガキ魔法使いに、見た目に反してとんでもないパンチを持ってる嬢ちゃん。面白ぇ奴らだなぁ。よし、決めた。俺ァお前らの仲間になる。どこまでもついていくぜ」
「なんでそうなるんだよ」
「俺は戦闘クラス重戦士で、生産クラス建築士。土属性の盾持ち。役に立つぜ?」
「強盗しかけた奴がいきなり履歴書持ち出すなよ。でも確かに使えるな……」
グラベルはニヤリと笑い、ジニアの隣を歩き始めた。
「はぁ……ファル、こんな酔っ払いでも仲間にしていいか?」
「判断はマスターにお任せします。ただ、先ほどの一撃ではまだ酔い覚めには足りなかったようです。もう少し折檻が必要ではないでしょうか」
「まあ好きにしたらいい」
許可を出すと早速折檻に取り掛かるファル。グラベルの背後にさっと回る。腰に手を回していったい何をするんだ……
「うぎゃあああああ!」
きれいに決まったジャーマンスープレックス。とんでもない折檻だ。ファルは怒らせないようにしよう。
色々あったが、酔っぱらいで盾持ちの重戦士・グラベルが仲間に加わった。
やかましいし危なっかしいが、なんだかんだ頼りにはなりそうだ─たぶん。
「ちょいとお兄さんたち、別に騒ぎが起きるのはいつものことだから構わないんだけどね。壊したものはきっちり弁償してもらうよ!」
辺りには果物や野菜、そして酒樽の破片が散乱していた。グラベルが突っ込んだせいであちこち無残なことになっている。
ジニアは頭を抱える。
「……これ、絶対高くつくやつだよな……」
NPCの商人たちは思ったよりも寛容だったが、それでも壊したものは弁償が必要だという。後日支払いに来ると約束して、ジニアたちは一度ランタン亭へ戻ることにした。
商人たちと、ざっくりとした見積もりを取り決め、落ち着いた頃にはもう夕方だった。ジニアは宿屋の自室に戻り、ベッドに腰を下ろすと、深くため息をついた。
─資金が、足りない。
壊した品物の弁償代だけでなく、この先の冒険や装備更新にもお金がかかる。初期資金だけでは心許なさすぎる。何か、手っ取り早い稼ぎ方はないか。
「……ウィリアムさんに聞いてみるか」
そう呟いて立ち上がると、ジニアは階下のカウンターへと足を運んだ。
カウンターでは、宿の主人であるウィリアムがいつものように食器を丁寧に拭いていた。年季の入った仕草だが、その表情にはどこか品のある落ち着きと余裕がある。いわゆる“イケオジ”というやつだ。
「こんばんは、ウィリアムさん。ちょっと相談いいですか?」
「もちろん。何か困ったことでも?」
ジニアは今日の出来事─市場での騒ぎと、想定外の出費について正直に話した。
「……ってわけで、急いで金策しないとヤバいです。何か、良い稼ぎ口ってありますか?」
ウィリアムは顎に手を当てて一瞬考え、やがて小さく頷いた。
「そうだね……この港町で確実に稼ぎたいなら、“傭兵業”がいいかもしれない」
「傭兵? つまり戦闘系の仕事、ですよね?」
「その通り。ちょうど今、東の開拓村ルブライトでは領有権をめぐって争いが起きていてね。六大国の1つ、フォルテラをはじめ、各国が傭兵を募集してる。君たちみたいな戦えるプレイヤーにはうってつけさ」
ジニアは興味深く耳を傾けた。
六大国─それは無限大陸の外側に存在する、強大な6つの国家だ。ポートクリナムの設立にも深く関わっており、開拓の後方支援や物資の供給なども担っている。現在、この未開の大陸は“誰のものでもない”土地として扱われ、各国がこぞってプレイヤーの開拓者たちを送り込んでいるのだ。
ポートクリナムはその中でも中立都市として定められているが、外の開拓村は別。ルブライトをはじめとした前線地域では、国家間の争いが日常的に起きている。
「つまり、戦争に参加してお金を稼げるってことか」
「加えて、資材や“国家ポイント”ももらえる。それは後に装備や特殊アイテムと交換できるから、今後を見据えるなら悪くない選択だよ」
「なるほど……どこの国に所属するかは決めてないけど、フリーの傭兵でもいいの?」
「もちろん。最初はどこにも属さず、依頼単位で報酬を受け取るのが一般的だ」
ジニアは頷いた。PvPコンテンツも含む稼ぎ方というのは気になるし、今の状況を打開するにはちょうどいいかもしれない。
「……わかりました。まずは傭兵として、少し様子を見てみます。ありがとうございます、ウィリアムさん」
「おっと、もうひとつだけ。傭兵業を始めるには、“ギルド”に所属しておく必要があるんだ。個人でも設立できるし、既存のギルドに入るのも手だよ。申請所で手続きできるから、忘れずにな」
ジニアは軽く頭を下げると、宿屋のカウンターを離れた。
問題がひとつ解決の糸口を見つけた今、心なしか足取りも軽くなる。
「さて……明日はギルド設立と、傭兵稼業の準備か。やること、山積みだな」
でも──それが面白い。
胸の奥に小さな冒険の火を灯しながら、ジニアはログアウトボタンを押した。