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7話 暴れる、本命


 五の鐘が鳴り終わり、日が落ちたばかりの頃。

 王都のとある路地裏で馬車を降りたアリサとロイクは、肩を並べて歩き始めた。

 

「従者というより、従者見習いだな」

「うぐ」

「ふ。その方が相手も油断する」

 

 アリサは思わず、苦々しい顔をする。約束の『次の(つき)の日』に合わせて、衣装を用意してあった。高めの襟に黒いクロスタイをして黒いフロックコートを羽織り、白手袋を身に着けている。足のシルエットを隠すためにロングブーツを履き、ベストのポケットからは懐中時計のチェーンを覗かせた。

 

「肩の力を抜け」

「はい、旦那様」


 かしこまって礼をしてみせるアリサを、ロイクが直々に修正する。

 

「はは。従者はボウアンドスクレープしない。左手は腹のあたり。右手は腰の後ろに回す」

「こうでしょうか?」

「肘を張る必要はない、自然で良い」

「こう?」

「それでいい」

 

 スタンダードな黒タキシード姿のロイクには、個性を出さない配慮が(うかが)える。だが第一王子の側近として名高い公爵令息がサロンへ赴けば、注目は避けられないだろう。思い切ったことをする、とアリサは内心冷や冷やしている。


「抑止になるか、増長するか。どちらでしょうね」

「買い(かぶ)りすぎだ。俺にそんな影響力はない」


(自覚なしですか……仮面かぶってても大注目だったけど……)

 

 大劇場『オルガ』の裏にあるサロンの入り口が見える場所で、ふたりは歩みを止める。先客がいたからだ。

 

「だがあれは、ずいぶんな大物だな」


 自嘲の笑みを漏らすロイクの表情は、歪んでいる。


「え?」

「あれは、俺の伯父だ。ヴァラン侯爵モーリスという。デューク(公爵)でなく、マーキス(侯爵)の方」

「えっ!」

「見てみろあの腹。(ぜい)の限りを尽くす、強欲ジジイ健在だな」


 言われてみれば、髪も目の色もロイクと同じだ。

 たくわえた(ひげ)を指で(もてあそ)びつつ、でっぷりとした腹をゆさゆさ揺らして、入り口の人間と談笑している。やがてドアが開き、中へ入っていった。

 

「大丈夫、ですか?」

「ふむ……」


 ロイクは手に持った一本の赤いダリアをしばらくクルクルと回す。それから、ゆっくりと口を開いた。


「公爵家が次男に家督を譲るのは、変だと思うだろう」

「そうでしょうか? 適性のある方が継げばよいのでは?」

「ははは。良いな、その考え方……あいつが、その前例を作った」

 

 ふー、と深く長い息を吐いてから、ロイクは瞼を閉じた。その裏に浮かぶのは記憶か、思い出か。


「親父の兄であるアイツは、金と欲にしか興味がない。ヴァラン家を食い尽くすと懸念した先代が、一代侯爵の地位を陛下から(たまわ)って排除した」

「そう、だったのですか」

「妻は(めと)っていないくせに、そこかしこに俺のいとこがいるらしいぞ」

「うげ!」

「奴の顔を見ただけで、色々お察しだな」

「やめておきますか?」

「いや。むしろ好機だろう」


 アリサは、ぱちくりと瞬きをする。


「次期宰相と名高い甥が、懇意のサロンに来たら……強欲な伯父はどうすると思う」

「取り込みますね」


 ロイクは、ニヤリと口角を上げた。


「気を付けろ、アル。奴は、()()()()()だ」

「うっげえ!」


 手中のダリアの茎が潰れているのを見て、アリサはロイクの苦しい心中を察した。


「……お側を離れません。絶対に」

「そうしてくれ」

 

 

 ――ヴァラン公爵令息ロイクの顔を認めるや驚きで目を見開いた入り口の係は、手に赤いダリアがあるのを見ていやらしい笑みを浮かべた。


 

「ようこそお越しくださいました。(うたげ)へは、そちらからお下がりくださいませ。それからノックを最初に二回、次に三回、なさいませ」

「わかった。ありがとう」



 地下から、微かに甘い香りが漂っている。

 大きく深呼吸をしてから、ふたりは石造りの暗い階段を、下りて行った。




 ◇

 


 

 コンコン、コンコンコン。

 

 重厚な樫の扉をアリサが指定された通りにノックすると、ぎい、と少しだけ開いた。

 その隙間からダリアを差し出すと――花を受け取られる代わりに、小さく赤いカードを渡される。


「また、赤か」


 ロイクはアリサからカードを奪うようにして胸ポケットに差し込み、ぐっと身を乗り出した。

 

「予想が当たりそうだな、アル」


 背後からの耳打ちに、アリサはわずかに頷く。赤は、ラブレー王国の西隣にあるクアドラド王国の象徴だ。第一王子セルジュの側近で騎士のバルナバス・フォクトの母親の出身地で、褐色肌が特徴の、灼熱の国である。


 バニラは熱帯地域で栽培される植物で、クアドラド王国から仕入れている。オーブリーは、その隣国の関連を疑った方が良いと言っていた。


 ゆさゆさと巨体を揺すりながら、モーリスがテーブルに着こうとしていた。

 ロイクは「挨拶に行くぞ」と囁き、近寄っていく。その後ろに追従するアリサは、モーリスが口の端にくわえたままの、太い葉巻から出る煙にむせそうになるのを、必死で我慢した。

 

「奇遇ですね」


 ロイクが平然とした態度で話しかけると、モーリスはとても驚いた様子だった。

 

「おお! こんなところで、会うとはなぁ!」

 

 アリサはその間、さっと周囲に目を走らせる。地下室で明かりがキャンドルのため、ゆらゆらとゆらめく暗めの視界に慣れるまで、時間がかかった。


 室内には白い煙がたちこめ、いくつものテーブルにソファや椅子がある。チェスボードやワイングラス、灰皿を目の前に談笑する貴族男性たちの横には、露出度の高いドレスに身を包んだ女性たちが(はべ)っている。葉巻のスパイシーな匂いに紛れて、ほんの少しだけバニラの香りがした。

 

「サロンに興味があるとは思わなんだぞ」

「俺も男ですよ、伯父上」

「はっはっは!」

 

 モーリスは大げさに笑うが、その目は笑っていない。ロイクの胸ポケットにある赤いカードをちらりと確認したのは分かった。

 触っていた銀の髭から手を離し、ロイクの腰へ回す。


「大人の遊び場へようこそ! 諸君、我が甥を歓迎してくれたまえ」


 それぞれワイングラスやシャンパングラスを掲げ、笑みを浮かべている。


「はきそ……」

『嫌な予感がするよ、アリサ』

「!」

 

 耳元で(ささや)くディリティリオ。その警告の意味は、すぐに分かった。


 ガシャーンッ!

 

「あんでだよおおおお! 足りねえって言ってんじゃねーーかあああああああああ!」

 

 金髪の男が、突如として暴れ出したからだ。無精ひげのせいで良く分からないが、恐らく二十代前半から半ばぐらいの中肉中背で、白いジャケットの胸には赤いカードの端が見える。


「!?」

「ちっ、なにをしておる! さっさとつまみだせ!」


 驚くロイクに、苦い顔をしたモーリス。

 護衛や従者たちが取り押さえようと試みるが、手近にある小物や椅子をめちゃくちゃに投げられて、近づけない。

 

「さわるなああああ! おれに、さわるなあああああああ! よこせ、もっとよこせよおおおおおおおおお」


 アリサはそんな彼の顎に、『目印』を見つけた。仮面舞踏会でダンスをした男は、彼で間違いない――気づくと同時に走り出していた。


「! アルッ」

 

 ロイクが止める間もなく、アリサは投げつけられる物をかいくぐって男に近づいた。ぶんっと耳元を通過する不穏な音を聞きつつも、乱れたソファや椅子を避け、夢中で走る。


「キャアッ」


 近くにいた女性を庇うように両腕を広げ、彼の注意を自分へと向ける。


「おちつけ!」

「なんっだおまええええええええ!」

 

 暗い照明のせいでよくわからなかったが、近寄ると眼球は血走り、口角には泡が溜まっている。前世のドキュメンタリー番組で見た、薬物中毒者のようだ。目の焦点は合わない。そして彼のジャケットからは、はたしてバニラの匂いがする。


「眠らせるよっ」

『はぁい』


 自ら放つ眠りの魔法に合わせて、アリサは男の懐に潜り込み、腹部を殴る仕草をした。こんな場所で、闇魔法を明らかにしてはならない。実際は腹を殴ったとて悶絶させることはできても、気絶させることはできないが、幸い目撃者は暴力沙汰に(うと)い貴族ばかり。誤魔化されてくれるだろう。


「さすがロイク様の従者ですね」


 手こずっていたサロンの給仕たちが、気を失った男の身柄を引き受けてくれる。いえいえどういたしまして、と会話をしながら、アルは屈託なく聞いてみた。


「この方は、どなたなんです?」


 ふたりは顔を見合せてから、再びアリサを見る。

 

「見習いなら、知らないか」

「ダミアン様だよ……ほら、ジョクス家の」


 ――背筋に、電撃が駆け抜けていく。


 それを悟らせないよう、失笑と一緒に呆れ声を出した。

 

「っ! ああ~あの悪名高い?」

「そそ」

「ったく厄介だよ……裏に寝かせておくか」


 ふたりの給仕は愚痴りながら、ダミアンをずりずりと雑に引きずってバックヤードへと消えて行った。

 

 

(奴が、ダミアン・ジョクス……!)



 アリサの体の震えが止まらない。


 忘れもしない、二年前。ニコと商会を立ち上げるきっかけになった人物だ。

 トリベール侯爵家に出資し、領地も家も借金のカタに奪っていった、南隣りの伯爵家、ジョクス。その長男に間違いないだろう。

 

「素晴らしい! よくやった!」


 衝撃の事実に身動きできないでいると、ばしん! といきなり背中を叩かれた。モーリスだ。その隣りには、複雑な表情を浮かべるロイクがいる。

 

「そのような華奢な体で、強いんだなあ」


 目線だけで、体中を舐められているかのような嫌悪感が走る。近くでモーリスの顔を見ると、脂ぎった二重顎に吹き出物が、まるでガマガエルのようだった。これでそこかしこにロイクのいとこがいる? 冗談でしょう? とアリサは寒気を抑えられない。

 

「ありがとうございまっ……す」

「がはははは」


 しかも、無遠慮に尻をもまれた。


(セクハラされると、怒りや悲しみよりも、恐怖が先に来るのよね……思い出しちゃった……)


 アリサは恐怖で固まりつつ、奴を見つけたと合図を出さなければと気を奮い立たせ、指で小さくサインを作った。

 それを横目で認めたロイクの、眉間の(しわ)が深まる。


「……伯父上。このような騒ぎの後では、ゆっくり話をする気も起きません。すみませんが、また後日改めて」

「おうおう、そうだな。いつでも歓迎するぞ」


 室内を片付ける給仕(きゅうじ)たちは、慣れた態度で割れたグラスを(ほうき)で掃き取り、椅子を並べ直し、ワインを配り始めている。

 整ったテーブルでは、すでに紫煙を吐き出しながらチェスを始める男たちがいる。


「では。……いくぞ」

「は」


 足が固まって動かないアリサの背を、ロイクの熱い手が強引に押してくれた。

 膝が震えて階段を上がるのに少し苦労していると――


「抱き上げてやろうか」

 

 軽い口調でからかわれ、

「は!?」

 と脊髄反射で激高することで、体に力が入る。

 

「結構です!」

「はは」


 

 サロンから外に出て冷たい夜風を浴び、待たせている馬車まで肩を並べて歩きながら、アリサはようやく大きく息を吸い込み、月を見上げた。


「あんなの……楽しいんですかね……」

仮面舞踏会(マスカレード)といい、全く理解ができんな」

「ロイク様も? 真面目なんですね」

「真面目? 違うな。あんな風に()ちたくはない」

「|ノブレス・オブリージュ《貴族の矜持》、ってやつですか」

「そんな大層なもんじゃない」


 月からロイクの横顔に視線を移すと、アクアマリンの瞳が、月光できらりと輝いて見える。


「俺たち貴族は、民の血税で生かされている。与えられた対価と期待に応え、利益を還元し、よりよい明日を迎えるための仕事をする。それだけだ」

「すご。ビジネスマンだ」

「ビジ……?」

「ああいえ。商会長として、非常に共感します」

「そうか。……疲れただろう。店まで送ろう」

「ありがとうございます」


 アリサの心の中を、憎しみが渦巻いていた。それをロイクが自身のモットーでもって、拭ってくれたような気持ちになる。


「なあ、アル。確認だが。モーリスは、最後まで俺の名を呼ばなかったな?」

「! 言われてみれば、そうですね」

「ふむ……あとは任せろ。ご苦労だったな」

 


 ――もっと話したい、とは言えないままに、店の前で別れた。

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