一話
桜も散り,じわじわと暑さが焼き付ける七月
早くも身を焦がす様な暑さにため息をつきながら,横で馬鹿騒ぎする友人を横目に何も無い少しの平和な日常を少し楽しんでいた.
「それにしても此処は平和だな〜.」
「あ,今日通学路に謎死体あったらしいぞ.平和って訳じゃ無いかも.」
「マジで⁉︎平和とか嘘.不穏です.」
「掌返し早〜.まぁ浅葱居れば大丈夫っしょ.」
突如話を振られて驚く.
「ハッ,そうだな.見捨てるくらいの判断は出来るよ.」
笑いながら冗談を返せば
「救ってくれよ〜!」
なんて笑ってくれる.
今,この日本には怨霊が充満している.
平和な場所もあれば混沌に満ちた危険な場所もある.
此処,北海道は比較的安全ではあるが,東京や京都は危険で立ち入り禁止となっている.
日々,怪異に塗れた東京や京都を取り返そうと陰陽師が奮闘しているが
取り返せる見込みが無いらしい.
いつでも死と隣り合わせ,誰でも次の日には無くなってしまう様な世界になってしまった.
「てかセンセー遅くね?他のクラスもうるさいよな.」
時計の針は2と3を指す.今は14時15分.最後の授業が始まるはずなのに教師が来ないまま15分経っていた.
他のクラスも騒がしく,校内に笑い声などが響いたり廊下を歩く生徒もいた.
「会議でもやってるんじゃ,」
突如地面が揺れた.
何人かはバランスを崩し椅子から落ちてしまうほどの大きな揺れ.
「早く隠れろ!」
地震か,と皆パニックで騒ぎ出すが慌てて頭を抱え込む様にし,机の下に隠れれば数秒で揺れは収まり,周りは静寂へ包まれる.
そう,可笑しいくらいの静寂が周りを包んでいた.
たかが数秒,されど数秒の筈だった.
「高田?松浦?」
机の下から身体を出し,先程まで騒いでいた友人の名を呼ぶ.
彼等は居なかった.
否,誰も.
「…此処も安全じゃなくなったな.」
恐らく怨霊の仕業だろう.
教師が来なかったのは間違い無く何かがあったから.もう手遅れ,と言うことすらある.
もし,こうなってしまった場合,隠れて助けを待てと保育園の時から教わる.
「これほど自然に囲まれてるの怨む事無いな.街中ならわかりやすいのに.」
俺は弱くても,出来損ないでも「浅葱家」の一人.陰陽師家系の一員なのだ.
ある程度どうにかしなければ,と言う使命感があった.
スマホ画面を見れば案の定圏外.開いてる窓から出ようとしても透明な壁に阻まれ出られない.学校自体が鳥籠になってしまった様な感じである.
まぁ,想定内.
胸ポケットから雀の絵が描かれたカードを出す.
「夜雀.」
名を呼べば小さく黒目な雀が出てきた.
ノートの端に「集団神隠.人手」と書き,千切ればくるくる巻いて細くする.
夜雀の脚にそれを縛りつければ
「父様に.」
それだけ告げれば夜雀は飛び立った.妖怪が壁に干渉しないと言うことは強くは無い結界.それすら割れないのだから,笑い物である.
「来るまで調査かな.」
教室を出ようと,ドアの前まで歩き始めた時だった
「ま,待って…!」
制服の袖が引っ張られる感覚がした.
驚いた.全くもって気配もしなかったし数分前まで誰も居なかったはずなのだ.
確か…
「夕化さん?揺れ吃驚したね.いつから居たの?」
夕化 朔.物凄く静かで騒いでいるところを見たことがない.
見た目が綺麗だから高田や松浦が騒いでいるところを何度も見た事がある.
よく言う高嶺の花.如何して残されている…?
普通なら力がある人間を結界から出し,時間稼ぎをすることで精気を吸う怨霊達.
だが夕化は力がある様に見えない.何故だ.
「揺れ…?気付けば誰も居なくて…」
ぎゅっと手を胸元で握っていた.
揺れに気付いていない…?
何やら妖怪の気配もあるし訳がわからない.先程から何かに共鳴する様に
胸ポケットやカードホルダーに入れているカード達が騒いでいるのを感じる.
「此度も勝手ながら護らせて貰ったぞ.久しいな,小僧.」
大きな鏡を持つ着物を着た男性が現れる.
「は?」
それは,かつて仲間になってくれと頼み込んだが,盛大にフってきた雲外鏡だった.
数多くいる妖怪ではなく,最上級…ただ一人といっても良いくらい強い鏡の
妖怪である.人を助けるなんて思えなかったが一時的に鏡の世界に閉じ込めて助けたのか…?
此度も,と言うことは何回も夕化を助けているのだろう,俺が行った時より表情は柔らかいし,雰囲気も違う.
やたら思い入れがある様だが納得がいかない.何故貴方みたいな強い妖怪がこんな一般人を…?
そればかりが駆け巡る.
「納得行かない,と言う顔だな.」
夕化の頭に自分の顎を乗せ呆れたような雲外鏡.そりゃあ,納得行かない
妖力すら感じないただの一般人を庇護している.
人が好きな妖怪ならよくある事だ.でもこの雲外鏡と言うのはそこまで人を好かず,傲慢でプライドも高い.
「雲外鏡様,重いです.」
「は⁉︎見えるの⁉︎」
思わず声を荒げてしまった.妖力がないと妖怪も怨霊も見えない.
とある妖怪の行動を思い出した.
「…もしかして,パス…?」
強い妖怪は霊能力者とパスを繋ぎ一体になる事でその者の能力を上げる事ができる.何時でも呼べるし力を借りるのに代価も要らない.
ただ,霊能力者が亡くなれば,パスを繋いだ妖怪も消えてしまう.
強い妖怪というのは傲慢である事が多いため,無理難題な条件を付けてきたり,パスを繋がないと言う契約の元仲間になってもらうことが多い.
妖怪からしたらパス繋ぎの相手なんて変えが効くからである.
流石に雲外鏡並みの傲慢な奴ならしないか,と一人で結論が出た.
「嫌,流石にないよな.貴方様みたいな妖怪が…」
「繋いでいるぞ.」
意味がわからなかった.パスって大事なものだと思っていたのだが.
この女に何がある?
「だからこの場だけは小僧も世話してやろう.」
夕化に鏡を持たせた雲外鏡は笑っていた.
雲外鏡
照魔鏡という魔物を明らかにする伝説上の鏡を元に創作された妖怪だと言われています.