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第五話 大隊結成

 幾人かの百人隊長ケントリオに招集がかけられ、帝都ノァグラド近郊にある練兵場に集まっていた。もちろん、指揮下にある部下達もそれに倣い、数百名がそこにたむろしていた。

 帝国における部隊編成の最小単位は伍隊、什隊、つまり五人組ないし十人組が編成される。それらが集まって百人を揃え、それが百人隊であり、その指揮を担当するのが百人隊長ケントリオだ。

 そして、その百人隊が六つ集まって大隊を結成し、その指揮を担当するのが大隊長コホルスだ。

 さらに、その大隊が七組から十組が集まって編成されるのが軍団レギオンだ。

 さらに数個の軍団を取りまとめて、大軍団ダグマーを編成する時もあるが、これは大規模遠征等の何かしらの理由がなければ編成されることはないため、通常時の軍における最大組織は軍団レギオンとなる。

 軍団レギオンの長は軍団指揮官インペリウムと呼ばれ、場合によっては御前会議にも召集されて方針決定に携わることもあり、まさに軍の中枢と言えた。

 そして、これらとは別に皇帝直轄の親衛隊プラエトニアが存在する。アクトが先日まで所属していたのが、この親衛隊プラエトニアである。

 そのアクトは新皇帝ユリシーズの意向を受け、軍に出向し、大隊長コホルスを拝命したのだ。

 当初、練兵場にアクトとソロスがやって来たとき、すでに到着していた百人隊長(ケントリオ)らは、ソロスが大隊長(コホルス)に就任したものとばかり思っていた。なにしろ、大隊長(コホルス)には筆頭隊長(プリミピリス)が着任するのが慣例であり、ソロスがそれに該当するからだ。

 また、アクトは練兵場に何度も顔を出していたことから、隊長達にも顔や名前がある程度だが広まっていた。

 そのため、皇帝から直々の任務でも発令され、それを新編成のこの部隊が請け負うのだと考えた。アクトはその伝令役であるとして。

 この辺りは、先程までのソロスと同じ発想であった。


「いや、新しい大隊長(コホルス)には、こちらの御仁が就任する。私はその副長として補佐の立場にある」


 こうソロスが説明したとき、居並ぶ隊長達は目を丸くして驚いた。先程の自分もこんな顔していたのだろうなと思いつつも、話を進めることにした。


「言いたいことは色々とあるかもしれんが、上からの命令は絶対である。それとも、諸君らはその栄えある兜を、一時の感情に任せて、地面に叩きつける気かね?」


 隊長の装備する兜は兵卒のそれとは異なり、立派な羽飾りが取り付けられている。そして、その羽飾りは長い帝国の歴史と伝統の象徴であり、百人隊長ケントリオの誇りと矜持そのものと認識されている。それを叩き付けるということはそれを汚す行いであり、軍人として決して許されない行為だ。

 それをやるのか、とソロスに凄まれ、他の隊長らも表面的には引き下がる事にした。


(まあ、お前らの気持ちは分かる。こちらも同じ気分なのだからな)


 怒鳴り散らしたのは山々であるが、筆頭隊長プリミピリスとして無様を晒したくないという矜持の方が勝っているので、ソロスは不満げな隊長らの抑え役に回らざるを得なかった。

 そんな気苦労を理解してか、あるいは無頓着なのか、アクトはソロスに笑みを見せて頷いた。

 自分がベラベラ喋ると威厳が損なわれる可能性があるので、厳つい副官でも配備して、それに代わりに喋らせるやり方もある。隊長相手にはそれの方が有効だと考え、自分に抑え役を任せたのだろうとソロスは判断した。

 隊長らを表面的に鎮めた後、今度は兵士に対して大隊長コホルスであることを示さねばならなかった。アクトは台に上り、整列する兵士らを眺めた。

 第八軍団は最近になって北方戦線から首都近郊まで引き上げてきた軍団レギオンである。戦闘による兵士の欠員が見られ、総数が六個大隊分しかおらず、補充要員を待っている状態であった。

 そして、待っていた補充要員が到着し、七個大隊分の人員が揃ったというわけだ。

 現在の第八軍団の兵員数は七個大隊四千二百人と、軍団指揮官インペリウム直轄の特殊三百人隊である《穿弓隊フラゲルム》の、合計四千五百人の部隊と言うことになる。

 軍団指揮官インペリウムに就任すると、軍の指揮系統とは別に、独自の私兵集団を抱えることが許可されている。何かしらの理由で配属先が変わろうとも、自身が鍛え上げた精兵を自分の裁量で動かすことができるよう、以前から設けられていた制度だ。

 無論、私兵であるため、国庫から運用資金が出されるわけでなく、私費で賄わなければならないが、それでも手元に自由に動かせる戦力が欲しいと考える者も多く、無理をしてでも直轄の私兵部隊を抱えるのが常となっていた。

 なにより、私兵の数で軍団司令官インペリウムの力量が見えてくるからだ。

 軍団司令官インペリウムに任命されると、軍団駐屯地という名目で土地、領土が与えられるからだ。それは“軍管区テマポリス”と呼ばれ、その土地は自由に使っていいとされる。

 これは北方の未開地に軍を駐留させるためにできた制度であり、兵士達には開拓民兼守備兵として配備され、その収穫物等を売買することにより、駐屯する軍団の維持費を捻出してきたのだ。

 しかし、開墾できる土地にも限度があるため、現在の軍管区テマポリスはすでに仕上がっている土地が与えられる場合が多い。以前ほどの自由度は失われているが、領域内の徴税権が付与されたり、また商売や事業を行うこともできるので、やり方次第ではかなりの富を生み出す。

 それを利用すれば、軍団の維持費を差し引いても、私兵を持つことができるので、軍団司令官インペリウムの実力がその辺りから察することができるというわけだ。

 ちなみに、第八軍団の軍団司令官インペリウムであるブーンは私兵で三百騎抱えており、全体を見渡してもかなり優秀な部類に入る。

 そんな優秀な軍団レギオンに配属されるのはいいことだと思ってやって来た新兵もいるであろうが、その気分が萎える事態が発生していた。

 配属先の部隊の大隊長コホルスが少年であったからだ。

 台の上からアクトは集まっていた兵士を見渡したが、明らかに異様な雰囲気が漂ってきていた。半分は驚きであり、残りの半分は侮蔑であった。


(まあ、当然と言えば当然だよな)


 アクト自身、立場が逆ならそう思うだろうと確信している。体格はかなり恵まれている方であるが、顔の幼さだけはどうしても残ってしまうものだ。もう数年もすればなくなるだろうが、少なくとも現段階ではまだ大人の階段を上りつつある過渡期であり、侮りを受けてしまう。


「総員、傾注!」


 ざわついていた兵士達に向かって、副長たるソロスが一括した。威厳ある声に兵士達は全員がビシッと姿勢を正し、次なる言葉を待った。


(普通はこっちが大隊長コホルスのはずだもんな)


 ソロスは筆頭隊長プリミピリスに就任しており、通常ではこちらが大隊長コホルスになるはずだったのだ。それを皇帝ユリシーズが慣例を破って、無理矢理に自分のお気に入りを滑り込ませたのである。

 そのため、アクトはソロスからはいくらでも苦情や文句を受けるつもりでいたのだが、どうもソロスにはその気は合っても感情を抑えて職務を優先する真面目さがあるようだと感じた。

 さすがにかなりの速さで筆頭隊長プリミピリスに就任しただけのことはあると、アクトの中ではソロスの評価が天井知らずに上がっていった。


「これより、大隊結成に際しての、大隊長コホルスからの訓示がある。全員、心して聞くように」


 ソロスの注意喚起に対し、アクトはそちらを向きながら「ご苦労」と言わんばかりに頷き、それから改めて兵士達の方に向き直った。

 息を吸い、気分を落ち着け、そして、思いの丈をぶちまけた。


「諸君! 私の名前はアクト=フラビウス=ルクス=ザリアスだ。今この時より、この第八軍団第七大隊を預かることとなった。まず何より、諸君らに言っておきたいことがある。栄光あるライアス帝国、かつては世界を統治し、輝ける繁栄を手にした偉大なる祖国だ。しかし、現在の我が国は、その繁栄が失われて久しく、輝きに陰りがあるのは疑いようのない事実だ。それを憂う者こそ、先頃帝位に就かれた新たなる皇帝陛下である。陛下は私に仰られた。『栄光は蘇る! 繁栄は取り戻せる!』と。ならば、帝国臣民として、また軍人として、その溢れんばかりの熱意にお応えせねばなるまい。諸君らと共に戦えることを頼もしく思い、誇りとしてこの胸に刻みたい。皇帝陛下万歳! ライアス帝国に栄光あれ!」


 アクトの声はよく通る声であった。居並ぶ六百人の兵士の耳にしっかりと届く声で、全員の耳に入った。だが、それを真面目に受け取るかどうかは、別の話である。

 隊長級のみならず、兵士の中にもアクトを侮ったり、あるいは若造と馬鹿にする者がいたのだ。


大隊長コホルス殿、ご立派でありまぁ~す!」


 隊列の中から、明らかに小馬鹿にしたような声が飛んできた。その周囲からも笑い声が漏れており、その輪が徐々に広がりつつあった。


「どこの誰だ、馬鹿者! 大隊長コホルスの訓示をなんと心得ているのか!」


 ソロスは激高し、声のした方に説教を浴びせた。ソロスとしても不満はあるが、命令である以上従わねばならないし、副長という立場上、上官への侮辱は捨て置くことができなかったのだ。

 アクトは憤るソロスを手で制した。


「諸君らには退屈な演説であったようだな。よろしい、親睦を兼ねて、少し体を動かすとしよう。副長、訓練用の剣を持ってきてくれ」


 アクトは内に燃え上がっている怒りを抑えつつ、ソロスにそう命じた。それを受け、ソロスは練兵場の隅にある倉庫へと駆けていった。

 ちなみに、アクトは自分への暴言や侮蔑は許容するつもりでいた。なにしろ、自分自身が今回の人事に不満があり、今の状況をよしとは思っていなかったからだ。十五の少年が大隊を任されるなど無茶にも程があるし、それに巻き込まれる隊長や兵士の気持ちを考えると、暴言の一言くらい飛んできて当然だと考えていた。

 だが、今の暴言は許容範囲を超えていた。“皇帝”の即位直後の意気込みを伝えたというのに、明らかな侮蔑の声を上げたからだ。自分に対しての侮蔑ではなく、皇帝への軽んじる態度は、アクトにとっては絶対に放置できないことであった。

 そして、ソロスは何本かの木剣を手にして戻ってきて、そのうちの一本をアクトに差し出した。


「さて、先程、叫んだ者は前に出てきたまえ」


 静かだが、僅かに殺意のこもった迫力ある声に、それをまともに受けた前列の何人かがビクついたが、アクトはそれを無視して、先程の声のした方を見続けた。

 すると、一人の男が列の隙間を押しのけるように前に出てきて、アクトの目の前に立った。かなりの偉丈夫で、割と大きめのアクトよりもさらに一回り大きく、筋肉もついていてよく鍛えていることが一目で分かった。


「お呼びでありますか、大隊長コホルス殿」


 明らかにアクトをなめている態度や口調であった。


「お前、その態度はなんだ!」


「構わん、副長」


 男に詰問しようとしたソロスを制し、アクトは剣をもう一本受け取ると、それを男に投げ渡した。


「体を動かすと言っただろう? 口で語り合うよりかは、頭の悪い奴にも理解できよう」


 アクトの声にざわめきが起こった。要は、模擬戦で実力を示して“分からせて”やろうと言っているのだからだ。それも、この場では明らかに最年少の者が、である。


「へぇ、面白い趣向ですね。なら、そういたしましょうか、大隊長コホルス殿」


 男は何度か素振りをして木剣の具合を確かめると、周囲も邪魔になるまいと数歩下がって空間を空け、中には囃し立てるように声を上げたり拍手を始める者まで現れ始めた。


「おっと、まだ名前を聞いてなかった。名は?」


「什長のテオドルスですよ」


「よろしい。では、テオドルスよ、始めるとしよう」


「その前に医者を呼んでおいた方がいいんじゃないんですか?」


「君には司祭様が必要なようだな。あと、葬儀屋もな」


 両者が睨みあいつつも、互いが握る剣を交差させ、“コツン!”と軽くぶつけ合うと、それが開始の合図となった。

 真っ先に動いたのはアクトであった。距離を空けるためか、軽く後ろに跳んだ。速度重視の戦い方をする者なら、素早く動けるような空間的余裕を持たせるために、一度距離を取るのはまず第一手としては妥当であった。

 そうはさせまいと、テオドルスは素早く踏み込んだ。体格差がある分、押し合いに持ち込めばそのまま力任せに押し切れると判断したからだ。

 だが、ここで誰しもが予想していなかった行動をアクトがとった。あろうことか、着地と同時に足を蹴り上げ、地面の砂を巻き上げたのだ。

 あまりにも予想外の行動であった。隊長ともあろう者が初手から“目つぶし”を使うなど、その場の誰も考えが及んでいなかったのだ。

 まともに目つぶしを喰らったテオドルスであったが、構わずそのままアクトのいた場所に剣を振り下ろした。しかし、木剣は虚しく空を切った。

 アクトは振り下ろされた剣をスレスレでかわし、左手で相手の腕を掴んでその動きを封じ、さらに右手の剣を相手の首筋に押し当てた。

 後ろへの跳躍で誘い込み、目つぶしで視界を封じて空振りをさせ、そのまま踏み込んで急所へ一撃。あまりにも流れるような動きに、その場の誰もがただただ唖然とした。


「勝負あったな、テオドルス」


 アクトは驚いているテオドルスを容赦なく足払いを掛けると、そのままテオドルスは尻もちをついて倒れてしまった。


「叔父上から正規の剣術を習ってはいるが、“俺”はこういう戦い方の方が得意なのでな」


 作法などよりも戦いの“理”を優先する。あるいは勝つための“利”こそ優先する。アクトの言葉はそう受け止められた。

 あっさりと勝負が決まり、ざわついていると、遠くから馬が駆けよって来るのが視界に飛び込んできた。それに乗っているのはシュバーであった。

 シュバーは百人隊長ケントリオになる前は、軍団司令部付きの使い番であったため、その顔を覚えている者も多く、そちらに注目が集まった。

 そして、シュバーがざわつく現場に到着すると、木剣を握るアクトに、倒れているテオドルスを見て、おおよその状況を把握した。


「やれやれ。軍団司令官インペリウムの予想通りの展開となったか。大隊長コホルス殿、こちらをお使いください」


 そう言うと、シュバーは馬に備え付けていた弓と矢筒をアクトに渡した。

 受け取ったアクトは弓の弦を何度か引いてみて、その弓の強度や癖を掴み取った。

 何をするのか察したソロスは、先程までアクトが乗っていた台の上に飛び乗った。


「いいか、お前ら。皇帝陛下がなぜこのような無茶な人事を行ったのか、その目で確かめておけ。遊び半分でやったわけではないのだぞ!」


 そう叫んだソロスであったが、当のアクトがユリシーズの遊び半分な押し付け人事と思っており、心の中では苦笑いしていた。

 そして、ソロスと交代で再び台の上に登り、そして、矢を番えて弓を引いた。その視線と矢じりの先には、弓矢の訓練に使う人形が立てかけられていた。

 そして、再びざわめきが起こった。アクトのいる台から人形までは、弓矢で射かけようと試みた場合、射程ギリギリの位置にあったからだ。

 皆が緊迫した雰囲気で見守る中、アクトは狙いを定めた。


「頭」


 アクトの口からそう漏れると同時に、右手が開き、矢が放たれた。僅かに弧を描きながら矢は標的に向かって飛び、そして、宣言通り、頭の箇所に突き刺さった。


「おいおいおい」


「本当に当てたよ」


 再び場がざわめき、兵士達が周囲と顔を見合わせてアクトの腕前に舌を巻いた。

 だが、それで終わりではなかった。アクトは再び矢筒から矢を取り出し、また構えたのだ。


「次は両の肩だ」


 再び矢が放たれた。まずは右肩に命中し、立て続けに放たれた第二射は左肩に刺さった。

 それからも、次から次へと矢が放たれ、宣言した場所に狙い違わず命中していき、ついには矢筒に入れてあった矢が底を付いた。

 あまりに圧倒的な技量に兵士達は何も言えず、ただただ呆然と無残な射殺体となった人形を見つめるだけであった。


「さて、テオドルス什長、何か言うべきことはあるかね?」


 唖然としていたところへアクトのとどめの一言であった。テオドルスは慌てて姿勢を正してアクトの方を向き、そして、素直に頭を下げた。


「し、失礼いたしました」


「よろしい。以後、言動には注意するように」


 以後は多少大人しくなるだろうと考え、アクトは怒りを抑えた。しかし、釘はちゃんと刺しておかねばと考え、再び兵士達に向かって叫んだ。


「諸君らは私の姿を見て、侮っていたことだろう。実際、私は若造であるし、その点の不平不満はいくらでも聞こう。だが、皇帝陛下への不遜不敬な言動を見逃すつもりはない。次にそのような行為が見られた場合、口よりも矢が先に飛んでくると覚悟したまえ!」


 アクトの言葉に兵士達は慌てて敬礼し、無言でそれを了承したことを示した。

 そんな中、先程のテオドルスが挙手して、発言を求めてきた。アクトはそれを了承し、頷いて発言を促した。


「その・・・、大隊長コホルス殿はどこであのような腕前を身に付けられたのでしょうか?」


「近所に住んでる女の子とケンカしてたらこうなった」


 冗談なのか、本気なのか、判断に困る回答であった。

 なお、これは事実である。皇后の側仕えをしているアナートとは顔を会わす度にケンカをしては色々と勝負を挑み挑まれを繰り返していた。なお、弓術に関しては若干アクトの方が上であったが、騎射となるとアナートの方が上手であった。さすがに馬に乗ってきた時間の差が出ており、その差はなかなか埋まりそうになかった。


「冗談ですよね?」


「冗談ではないぞ」


「どんな女なんですか、そいつは!?」


「ん~、強いて言えば、少し不細工にした月の女神アルテミスかな。中身は神話の通りだぞ」


 ここで女神と同列に並べないのが謙虚さの表れであった。傲慢な態度を取った人間の美女が、神の怒りを買って不幸な目に合うという神話は、割とあったりするからだ。

 ここで堪えられなくなったのか、兵士達の間で笑いが起こり、場の空気が一気に和んだ。


「そりゃあすげえ。大隊長コホルス殿、是非今度紹介してください」


「それは構わんが、射抜かれないように、“盾”はちゃんと用意しておくのだぞ」


 ここで再び笑いが起こり、賑やかな雰囲気の中でアクトは台から飛び降りた。なお、その“盾”に自分がなるとは思ってもいなかったが。

 そこに入れ替わるように台の上にソロスが登った。


「では、今後の予定について伝達しておく。三日後の朝より、新顔を部隊に馴染ませる意味で、行軍訓練を行う。各自、準備しておくように。次に、各隊の編成や割り当てだが・・・」


 特に指示を出さなくても、何をどうすべきか理解している。アクトはソロスを見ながら率直にそう思った。おかげで、思ったほど部隊の掌握には苦労しなさそうだと安堵した。


「というか、彼を大隊長コホルスにした方が良かったのではないかな、シュバー殿」


「私からはなんとも言えませんね」


 アクトは少し離れた場所で控えていたシュバーに話しかけ、次々と指示を飛ばすソロスを眺めた。


「まあ、自分の考えで言えば、彼を大隊長コホルスにして、私を役職なしのお飾り副長で部隊に馴染ませつつ、実績を出していく。これくらいがちょうど良かったかもな」


「それでは、余計になめられるだけでしょうに」


「私がなめられるのは気にしない。ただ、陛下への嘲りは看過できないというだけだ」


 先程、アクトがむきになって腕前を披露したのも、自身の名誉よりもユリシーズの尊厳を保つのが目的であった。そうでなければ、ああも本気で兵士達の中に入って行ったりはしなかった。


「それでシュバー殿、“監査役”としてはどう評価なさいますか?」


「おや、ご存じでしたか」


「察しは付きますよ」


「おお、怖い怖い。もちろん、合格ですよ、今のところはね。あなたも、兵士達も、隊長達も」


 ひとまずは及第点を貰えたようで、アクトは安堵した。これでユリシーズの下へ突き返されようものなら、そちらの名誉にかかわる案件になりかねないだけに、それだけは避けたかったのだ。


「それで、アクト殿、この部隊の感触は、大隊長コホルスの目線からはいかがでしょうか?」


「いい部隊ですよ。なにより、隊長級が優秀。というか、本気で彼に全部任せた方がいいんじゃないかと思ってしまうほどに」


 アクトの視線の先にはソロスがいた。今もあれこれ的確に指示を出しているが、それもこれも全部を把握しているからできるわけであり、評の通り“数字に強い隊長”なのだろう。細部にまで目を光らせ、隊全体の状態を把握していなければできない芸当だ。

 後世、数多の戦場を駆け巡り、数々の伝説を残す大将軍アクトであるが、その活躍には優秀な副長の存在が欠かせなく、後の歴史家も口を揃えて評する。アクト将軍の活躍はソロスがいなければ半分になっていただろう、と。


「まあ、ぼやいたところで仕方のないことですし、陛下のご期待に応えないわけにはいきませんので、全力で任務にはあたります」


「それを聞いて安心しました」


「実力は見せつけたので、兵士達は従順に従ってくれるでしょう。問題は百人隊長ケントリオの方々に対してどうするか、かな」


 兵卒と士官とでは、上官を見る目線や求める物が違ってくる。なにより、百人隊長ケントリオとしての矜持がある。初陣前の若造の下に付くなど、伝統ある帝国軍には相応しくなく、今後の反発を招く火種は残ったままなのだ。

 今はソロスが上手く抑え込んでいるが、それが作用している間に、大隊長コホルスと認めてもらえるだけの何かを成さねばならないと、アクトは考えていた。


「とりあえずは、初任務である行軍訓練次第、ですかね」


「でしょうな。私も同行いたしますので、ご安心ください」


「監査役にご安心くださいといわれましてもね。まあ、お手柔らかにお願いしますよ」


 アクトは手を差し出して握手を求め、シュバーはそれに応じて硬く握手を交わした。

 こうして、第八軍団第七大隊の結成式は、多少の騒動はあったものの無事に終わることとなった。後に大将軍アクトの下で活躍し、《盾持ちの従者エイジス・スクタリー》と呼ばれる帝国軍最強部隊の前身となっていくのであった。

 そして、それを率いる《盾の五星》の一人テオドルスも、今はまだ什長に過ぎなかった。

 かくして、それぞれの想いを旨に、強引な人事異動が行われ、そして、最初の任務である行軍訓練が始まるのであった。



                ~ 第六話に続く ~

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