第三話 大隊長
戴冠式の執り行われた日は多忙を極めた。大聖堂で行われた戴冠式に続き、次は宮殿の大広間にて、大臣や軍の将軍らによる祝辞や献上品の受け取りが行われた。
儀典官が手にする呼び出し名簿の分厚さに辟易しながらも、ユリシーズもナンナも次から次へとやって来る臣下に対して、謝意や返礼を行った。
それが終わると、息つく間もなく、今度は商人組合や船舶組合などの民間団体との即位の挨拶を受け、さらには神殿関係者との会談と、休む間もなく初仕事が続いた。
ちなみに、近衛兵であるアクトは警護の仕事を請け、ユリシーズの側に侍り、油断なく護衛に当たり、アナートはナンナの侍女として側近くに侍り、贈呈品の受け取りに忙しなく動いていた。
気が付くと、すでに日が沈んでおり、それから晩餐会が始まった。またしても祝意の嵐に放り込まれ、うんざりする気持ちを抑えながら、ユリシーズは笑顔で応対し、掛け声と共に杯を掲げて、帝国の繁栄を高らかに叫んだ。
それが終わると、疲労と回ってきた酒の力に抗えず、考える力を失った新皇帝は投げ出すように寝台にその身を委ねて眠りに着いた。
翌朝、今度は身だしなみを整えて、新皇帝のお披露目として、新帝都ノァグラド市中を馬に跨って進み、その姿を臣民の前に見せた。
新しい時代の到来に期待膨らませる者もいれば、成り上がり者と蔑む視線もちらほら見られ、それらに対しても分け隔たりなく、ユリシーズもナンナも笑顔を振りまいた。
新帝都ノァグラドは極めて強固な城塞都市である。『犀の角』の称される小さな半島部を丸ごと城壁で取り囲み、三方を海で囲まれていた。西側と南側は外海と接し、東側は湾になっている良港で、商船軍船問わず多数の船が行き交っている。地続きの北側は他よりもさらに高い城壁が築かれ、難攻不落であると、新帝都の住まう住民の誇りと安心を生み出していた。
かつて世界を支配したライアス帝国、その旧帝都アルバンガは海から程近いなだらかな丘陵地に建てられていた。平野部であるため拡張に次ぐ拡張を行い、世界に冠たる大都市であったが、防御機能は乏しく、衰退と共に攻め込まれ、あっさりと陥落した苦い経験があった。そのため、この新帝都は頑健な作りになっており、人口こそかつての旧帝都に及ばないものの、港と直接つながっている利便性もあって、かなりの繁栄を誇っていた。
しかし、城塞都市という性質に加え、三方が海に囲まれているという立地条件が拡張性に難を残し、ノァグラドはアルバンガの後塵を拝しているという評価を覆せないままでいた。
とはいえ、かつてはいざ知らず、今はノァグラドこそ帝都であり、世界の中心であると住民は考えており、その評を気にしないことにした。
そんなノァグラドをユリシーズは新たなる皇帝として巡察し、人々にその姿を見せたのだ。
一通り市街地を回り、昨日の続きとばかりに挨拶を兼ねた晩餐会がその夜も行われ、どうにか終わった頃には夜中にまで時間は過ぎ去っていた。
連日の行事にユリシーズはすっかり疲れ切っていたが、ダレた姿を人前に晒すわけにはいかず、優雅に振舞い続けたが、人目を気にする必要のない自室の戻ると、途端に抑え込んでいた疲労感が体の至る所から噴き出した。
重苦しい服はさっさと脱ぎ棄て、長椅子に体を投げ出し、情けないため息を吐いた。
「あぁ~、疲れたわ。今少し簡素なものでもよかったのになぁ?」
ユリシーズは横になりながら、同意を求めてナンナに問いかけたが、ナンナは首を横に振り、夫の意見を退けた。
「陛下、伝統ある帝国の頂点に立たれたのでありますから、そのような物言いはいけませんよ。伝統と格式を重んじ、維持可能な範囲において行事や祭典を持続することが、君主たる者の務めでございます。華美なる奢侈は慎まれるべきでありますが、だからと言って簡素すぎるのも問題でございます。皇帝が輝いていなくて、なんとしますか。みすぼらしい皇帝などに価値などございません。上に立つ者には上に立つ者の振る舞いを、下々は求めるものなのです」
ナンナはきっぱりと言い切り、だらけた夫を窘めた。ユリシーズはそれに対して言い返すこともできず、表情は渋い顔に変じ、ナンナの他に室内にいた二人に助けを求めて視線をそちらに向けた。
「現実的な範囲において、伝統を重んじるのは当然かと思います」
とアクトが言い放ち、
「格好良かったです! また何かの記念式典があったら拝見したいです!」
とアナートがはしゃぎながら述べた。
「ええい、皇帝になったというのに、誰一人として私を擁護してくれんではないか! なんたること。王者とは、かくも孤独なのか」
ユリシーズは不貞腐れて、そっぽを向いてしまった。
「陛下、たかが数日程度の儀式で妙な気分を出さないでください。誰かに見られたり聞いたりされたら事でございます」
「うるさいぞ、アクト。ここにはいつもの顔触れしかおらん。ここで本音や素を出さずに、いつ出すというのか」
皇帝には皇帝の振る舞いが求められる。それゆえに、ユリシーズはそれを演じ切って見せたのだが、やはり面倒だという気持ちの方が強かったのだ。
そもそも、ユリシーズは根っからの王侯貴族ではなく、その出自は農民なのだ。畑を耕して、大地の実りを受け取る、それがそもそもの仕事であったのだ。
それが叔父の出世ともに、たまたま一族の中で学の有る数少ない存在として呼び出されたのだ。叔父の手伝いをしている気でいると、勝手に立場や権限が次々と強化されていき、ついには帝国の一番上まで到達していたのだ。
その点を考えると、なんと場違いなと思うのであった。
「まあ、不貞腐れても仕方がないし、アクト、お前にも同じ苦労をさせてやろう。感謝して、ありがたく受け取るがいい」
ユリシーズは上体を起こして椅子に座り直し、そして、意味ありげな笑みを浮かべながらアクトを見つめた。先程の言葉といい、その笑みといい、なにかよからぬ命令が飛んでくると考え、アクトは姿勢を正して身構えた。
「まず、お前を近衛兵の任を解き、私の護衛から外れてもらう。代わって、大隊長に任命する。どうだ、喜ばしいことであろう?」
さらりと言ってのけるユリシーズであったが、その言葉の意味を知っているアクトとしては、血の気が引く思いであった。なお、軍隊の役職や官位などに無知なアナートは首を傾げるだけであった。
「陛下、正気ですか!? 百人隊長やなんかをすっ飛ばして、いきなり大隊長とか、無茶苦茶です」
「百人隊長は制度や伝統の上で、就任させるのが無理だからな。だから、さらに上を用意したのだよ」
「えぇ・・・」
話す内容が余りにも現実的に有り得ない話であったので、アクトの混乱は増す一方であった。
「ナンナ様、大隊長とか、百人隊長とか、凄いんですか?」
「そうですね。まあ、初陣も済ませていない十五歳の若者に任せる職務ではないですね」
おそらくは相当無理をして軍の方に話を通したのであろうが、無茶が過ぎるとナンナは思った。
「ざっくり説明すると、若者が軍に入ったときは、当然兵卒から始まります。その後は経験を積んで伍隊、什隊を任されることはありますが、なんと言っても百人隊長は別格ですね。なにしろ、“叩き上げ”が絶対条件であり、これは遥かな昔からの伝統であり、皇帝と言えど動かせない制度でありますから」
つまり、皇帝の頼み事であっても、百人隊長を初陣前の若者に任せることなど、できはしないというわけであった。
「百人隊長にも色々と上下の階級はありますが、その中で最上位に位置するのが筆頭隊長と呼ばれるもので、軍団の屋台骨となる主力ね。筆頭隊長になると他の百人隊長に対する指揮権が付与され、何組かの百人隊を指揮下に置き、“大隊”が編成される。その大隊の指揮官が大隊長と呼ばれるわ」
「ええっと・・・、つまり、アクトはその大隊長になるってことは、明日から数百人も部下が付くってこと!?」
「そう考えるのが妥当ですわね」
アクトが驚愕するのも当然か、とようやく言葉の意味を理解したアナートは思った。自分だったら、絶対に逃げ出す案件であった。
「制度上、百人隊長は“叩き上げ”が絶対条件であるから、お前を就けることはできない。しかし、大隊長にはそういった制度は“明文化”されていない」
「ですが、大隊長には筆頭隊長が着任するのが慣例でありましょう?」
「慣例であって、明確な軍法が制定されているわけでない」
法律になっていないからヨシ! で押し通したというわけである。伝統を重んじる態度が微塵も感じられないのはどうしたものかと、アクトは頭を抱えざるを得なかった。
「それにだ、アクト、お前、評判かなりいいぞ。どの隊長に尋ねても、高評価の言葉しか聞かれなかった。だから大丈夫だろう」
「それは個人的な戦闘能力が評価されただけです!」
ユリシーズがアクトと出会って数日後、ユリシーズはアクトを近衛兵にするよう軍に働きかけたことがあった。連れてきた十三歳の少年をいきなり近衛兵としたいとはいくらなんでも、というのが当時の隊長達の反応であった。
ならば実力を示すしかないと考え、アクトを練兵場に放り込み、しばらく“揉んで”やってくれと隊長達に任せたのだ。
するとどうだろうか、隊長達の態度が一変したのだ。剣も槍も格闘術も十三歳とは思えぬほどの熟達しており、特に弓に関しては叶う者がいなかったほどの腕前であった。唯一の弱点は馬に乗ったことがないことであったが、この二年で腕前を伸ばし、馬を走らせるどころか、騎乗での戦闘もすでにこなせるようになっていた。
「摂政閣下の直轄兵でなければ、即座に引き抜いていたところだ」
これがアクトに対する隊長達の偽らざる評価であった。
だが、それとこれとは別問題であった。あくまで隊長達のアクトへの評価は、個人的な戦闘能力であって、戦闘“指揮”能力ではないのだ。前者後者の差異はあまりに大きく、武芸が達者だからと言って隊長に向いているかというわけでなく、逆に武芸がイマイチでも隊の指揮は得意、などということもある。
亡くなった先帝ユリウスは双方の特性を兼ね備えた稀有な存在であり、その側近くにいたため、ユリシーズは何か勘違いしているのではないかと、アクトは不安になってきた。
実際、ユリシーズは軍務に関しては素人同然であった。叔父ユリウスが将軍時代に書記官として帯同しており、軍隊に在籍していたこともあるのだが、仕事の内容は文字の書けない将軍の代筆係と、軍団の帳簿管理であった。つまり、軍人ではあっても、戦闘経験は皆無で、まして部下を率いて指揮することなどもなかったのだ。
「まあ、どこの軍団長も渋い顔をして、快くは思っていなかったがな」
「それはそうでしょうね」
アクトも軍団長と同意見であった。いくら皇帝の依頼とはいえ、十五歳の若者を大隊長に任命するなど、前例がない上に、実利を伴わないワガママとしか受け取り様がなかった。
「しかしなあ、一人だけ話の分かる者がいた」
「その指揮官を更迭するべきかと具申いたしします」
どうしても大隊長に就きたくなかったアクトは、ユリシーズに同調した指揮官の更迭まで言い出したが、それを無視してユリシーズは話を続けた。
「第八軍団のブーンが引き受けてくれたよ。明日にでも顔を出して、挨拶しておくのだぞ」
「ああ、ブーン叔父貴のところか」
そう言ったのはアナートであった。侍女が指揮官級の軍人と知己とは意外であったので、アクトは驚いてアナートの方を振り向いた。
「アナートの知り合いか?」
「ええ。ブーン叔父貴は私と同じく草原の民の出身で、元は流れの傭兵をやっていたのよ。で、将軍時代の先帝に実力を評価されて正規軍として組み込まれて、そのまま出世していったそうよ。で、今では軍団を一つ任されるまでになってるわ」
「異郷の指揮官か・・・」
帝国においては市民権を有する自由民が一般庶民の中では階級が一番上であるが、異郷の出身者であっても市民権を手にすることはできた。それには二つの道があり、一つは多額の税金を納めて市民権を買うことであり、もう一つは規定された期間を軍隊で過ごし、軍役を全うすることであった。
中には軍役終了後にも軍隊に残り続け、最終的には指揮官級にまで上り詰める者までいる。
「アナートの言う通り、ブーンは草原の民だ。私の昔からの顔見知りでな。だからお前の件を引き受けてくれたというわけだ。あそこは軍団所属の兵員に加え、直属の部隊に三百騎からなる軽装弓騎兵を抱えていてな。機動力で言えば、帝国の全軍団一と言ってもよい。まあ、アナートが三百人ほどたむろしている軍団と思ってくれ」
「地獄ですか、そこは?」
「かもな」
男二人の無茶苦茶な言い様に、アナートは不機嫌そうに睨みつけたが、二人は無視して話を続けた。
「陛下のご命令とあれば従いますが、私の下に着く兵が従うかどうかは分かりませんよ」
「そこはお前の力でどうにかしろ。お前にはいずれ、帝国軍の重鎮となり、方面軍司令にでも就いてもらうつもりでいるからな。今からでも、どの方面軍に行きたいか考えておくか?」
「東西南北、どの方面でも億劫と言えば億劫ですが、強いて言えば西部方面軍が一番やりがいが湧いてくるでしょうか」
陸伝いに西方に向かうと、最終的には旧帝都アルバンガに辿り着くことになる。もし、アルバンガを取り戻すことができれば、しぼむ一方の帝国の栄光に歯止めがかかり、逆転の躍進を成すための原動力となるかもしれない。
そう考えると、アクトとしては西方への想いが強くにじみ出てきた。
しかし、自分はまだまだ初陣も果たしていない若造であり、あまりにも気が早すぎると思わざるを得なかった。ユリシーズに期待をかけられるのは悪い気分でもなかったが、あまりにも性急すぎるやり方に不安を覚えてもいた。
そんな時であった。部屋の扉が叩かれ、皆の注目がそちらに集まった。
「誰かな?」
「ランジェにございます。例の男児が到着いたしましたので、連れて参りました」
「おお、意外に早かったな。入ってもらってかまわんぞ」
ユリシーズが入室を許可すると、男が一人と少年が一人、部屋に入ってきた。
男の方はくすんだ紫色の衣をまとっており、アクトはそれが“宦官”の衣服であることを知っていた。
宦官は去勢された男性のことであり、宮中での雑事や皇族の世話を担当していた。
通常、宮殿の一角にある皇帝一家の居住区画は男子禁制であり、皇帝及び皇族の男性以外は立ち入ることが厳しく制限されていた。アクトの場合は皇帝の警護役ということもあって、特別な許可が出ており、今もこうして皇帝皇后と私的な繋がりができるようになっていた。
しかし、それでは仕事が回らないこともあって、去勢を施した宦官であれば入ることができるようになっていた。そのため、皇族との関係を手にするために去勢をする者もいた。
種を失う代わりに出世のための早道をする、これを狙う者は後を絶たないが、皇后や皇族の女子に妙な虫が寄り付かないようにするための措置でもあり、割と昔から続けられていた。
「おお、ヘルモ少年だな。よくぞ参った。ランジェ、下がってよいぞ」
ユリシーズの言に従い、ランジェは恭しく頭を下げて部屋より退出し、少年一人だけが残された。しかし、ヘルモと呼ばれた少年は臆することなく進み出て、両膝を付き、両手の甲を地面に付けて手のひらを晒し、頭を恭しく下げた。
(あれは確か、南方の貴人に対する拝礼だったかな?)
手のひらを見せて何も持っていないことを強調して、敵意がないことを示し、その状態で頭を下げることにより貴人への敬意を表す。南方の方で使われている作法であり、そちらの出身かとアクトは判断した。
実際、南方の暑い気候の太陽に晒されていたのであろうか、少年の肌は褐色であった。
「ああ、そんなに畏まらずともよい、ヘルモ少年よ。立つが良い」
「はい、失礼いたします」
ヘルモはゆっくりと立ち上がり、ジッとユリシーズを見つめ、次なる言葉を待った。見た目から察するに、まだ齢が十に届くかどうかという子供であるというのに、よく行き届いた作法が身に付いていると、その場の全員が感心した。
「陛下、こちらの少年は?」
「南のジプシャン地方に神童あり! と吹き込まれてな。どれ試しにと、呼び寄せてみたのだ。なるほど、中々に優秀であると感じたわ」
ユリシーズは上機嫌にヘルモの肩を叩き、周囲もその言に納得して頷いた。
「皇后陛下、提案がございます。アナートを解雇にして、この者を側仕えにするというのは、いかがでありましょうか?」
「アクト! あんた!」
アクトによる不意な提言にアナートは不機嫌になり、アクトの襟首を掴んでは前に後ろにブンブン振り回した。
「ほら、これだよ。こういう態度が良くない。そちらの少年の方が作法を身に付けている」
「なるほど、アクトの提案も一考に値するのう」
「そんな、ナンナ様まで! 私はお払い箱ですか!?」
捨てられると思ってアナートは泣きそうな顔になったが、それを見たナンナは笑って応じた。
「大丈夫ですよ、捨てたりしません。それに、いくら少年とはいえ、去勢しておらぬ男子を私の側仕えにはできませんよ」
「よ、よかったぁ」
ナンナの言葉を聞いてアナートは安堵のため息を漏らし、周囲を笑わせた。
「それで、陛下。この少年はいかがいたしましょうか?」
ナンナは礼儀正しい少年に好感を持ち、その扱いに興味を持ち始めた。
「ふむ、ここまで行き届いた躾がなされているならば、人前に出しても問題あるまい。しばらくは私の側において、宮殿や帝都の空気に慣れてもらうとしよう。成長した暁には、状況に合わせて配属先を決めることとしよう。ヘルモ少年よ、それでよいな?」
「はい、陛下のご厚情、胸に染み入りましてございます。非才にして若輩の身ではございますが、精一杯に務めさせていただきます」
ヘルモは今一度恭しく頭を下げ、ユリシーズもそれを満足そうに眺め、頷いた。
後世に成功談と同じく失敗談も多く伝わるのがユリシーズという人物であった。そのため、後の歴史家からの評価も分かれており、名君暴君の評は人によって様々で、それは定まっていない。しかし、ある一点に関しては、後世の人々が口を揃えて高評価している事柄がある。
それは“人材登用”。どこからともなく優秀な人材を見つけては登用し、自身の治世において大きな影響を与えてきたことだ。隠れた人材を見つける“運の良さ”と、それを即座に抱き込む“決断の速さ”を持っているのだ。
アクトやヘルモはその代表的な例として後世に伝わっている。
「ならば、今この時より陛下にお仕えする同輩だな、ヘルモ。私はアクトだ、よろしく頼む」
アクトは手を差し出して握手を求めると、ヘルモもそれに応じ、二人か叩く握手を交わした。
「アクト様、よろしくお願いいたします」
「様はいらん」
「いえ、年上の方には敬意をもって接するのは当然でありましょう。ましてや先輩でありますから」
まあ、いいかと考え、アクトは優しく微笑んでヘルモの言を受け入れることにした。
「そうそう。こいつは明日から大隊長様になるんだから、今のうちに媚び売って、小遣い銭でもせびれるようにしときなさい」
アナートが歩み寄ってきて、アクトとヘルモの肩をポンポンと馴れ馴れしく叩いた。その軽すぎる態度にイラっときたのか、ヘルモはアナートに蔑むような視線を突き刺した。
「アクト様、この無礼極まる女子は、どこのどちら様でございましょうか?」
「くわぁ、なにこいつ! 丁寧な物言いの中に、刺々しいのを潜ませてるわね! てか、年上には敬意をもってとか、さっき言ってなかったっけ!?」
「では、発言を修正いたします。“相手を選んだ上で”年上の方には敬意をもって接するのは当然でありましょう、と」
「うわぁ、ムカつく!」
「ヘルモ、これに関しては慣れろとしか言えんわ」
若い三人のやり取りに、ユリシーズもナンナも大笑いし、その声は部屋中に響き渡った。
後世、《栄光の盾》と呼ばれる英傑となるアクトであるが、その活躍の側には五人の人物の働きが大きく影響しており、《盾の五星》と称されることとなる。
その五人の名は、アナートで始まり、ヘルモで終わる。理由は、アクトと最初に出会ったのがアナートで、五人の中で最年少なのがヘルモであるからだ。
こうして。“盾”の下に五星の内の二つが顔を揃えることとなったが、全ての五星が揃うのには、今少しの時間を要することとなる。
~ 第四話に続く ~