第十八話 グーダ砦の戦い(6) ~騎馬疾走~
異変はすぐにパルシャー軍本陣からも見ることができた。パルシャー側から見て右翼側面に位置する山から、数百騎の騎兵が崖にも等しい坂を駆け下り、突撃状態にあった自軍の右翼騎兵の脇腹に喰らい付こうとしているのを視認した。
「バカな! あれはエフルの騎馬ではないか! 奴ら、草原に帰ったのではなかったのか!?」
アッシュにとって、完全に想定外の事態であった。報告では、侵入したエフル族は好き放題暴れまわり、略奪品を抱えて草原に戻っていったと聞いていた。
にも拘らず、今目の前に現れ、こちらに襲い掛かろうとしていた。
伏兵は警戒していた。それゆえに、方々に斥候を放ち、奇襲や後背への迂回機動など、様々な可能性が検討され、それを一つ一つ潰していった。
そして、決戦に及び、数の利を活かし、正面決戦を挑んでいるのだ。
だが、それはご破算となった。アッシュは目の前に広がる地形から、右手の山裾に兵を隠し、頃合いを見て横槍を入れてくると踏んでいた。斥候を放って調べさせたが、そこに伏兵の姿はなかった。
なにしろ、伏兵であるエフル族は山頂部に潜んでいたからだ。それも、決戦が始まる遥か前からそこに潜み、ジッと機会を伺っていたのだ。
これこそ、アクトがアッシュに掴ませた偽情報の効果だ。“エフル族は草原に帰った”と思わせ、それへの対処を怠らせた。たった一度しか使えぬ切り札だが、その獰猛なる牙は、敵の臓腑を一撃で抉り出すのに十分すぎた。
現在、パルシャー軍右翼はライアス軍左翼と激突しつつあった。そこへ、無防備な側面に、突如として敵騎兵が割り込んできたのである。混乱は推して知るべきだ。
正面の敵、そして、いきなりの側面攻撃。対処の遅れたパルシャー軍右翼は次々と討ち取られ、躯を荒野に晒していった。
槍が、あるいは剣が振るわれるたびに一人、また一人と馬より落とされ、命を散らす。完全なる不意討ちの結果、パルシャー軍右翼は総崩れの状態だ。
戦とは、将と将の読み合いでもある。己の手札と相手の手札を考察し、地形や天候も勘案して、どう兵を動かし、どう相手を倒すか、読んで読まれての繰り返しである。
そして、今回この読み合いにおいて、側面攻撃が完璧に決まった瞬間にアクトに軍配が上がったと言ってもよい。
そう、アクトはこうなることを最初から読み切っていたのだ。
アクトの考察は当初、失敗していたと言ってもよい。“三日月切り”は完全に敵の虚を突き、パルシャー軍を撤退に追い込むことに成功した。だが、想定以上に味方が無能すぎたため、勝てる状況でありながら大敗北を喫し、グーダ砦に逃げ込むという失態を犯した。
ここでアクトは作戦を切り替え、敗残兵を刈り取りに来た敵軍を、逆に刈り取る算段を始めた。
まず、存在を隠していたエフル騎兵を先行させ、密かに決戦場となるであろうグーダ砦前の脇にある山中に潜ませ、指揮する軍団は堂々とグーダ砦に入城させた。
そして、翌日には鞘当て代わりに小規模の部隊を敵にぶつけ、“わざと”敗れさせた。さらにヘルモを敵陣に派遣して停戦交渉を“失敗前提”で進めた。これでパルシャー側にライアス軍弱しを徹底的に印象付け、攻勢を促した。
ダメ押しとばかりに、砦への籠城ではなく、その前面に布陣して、決戦に誘い込んだ。籠城戦の面倒さを考えれば、平地での決戦でできる限り敵を減らしておくのが得策と判断。まんまと正面決戦の運びとなった。
またいざ決戦となると、中央に歩兵、両翼に騎兵と“カンナエ”の再現を狙う布陣をライアス軍が採ったことから、これに対処すべく、正面から堂々と攻め込み、そして頓挫させた。畝堀と砦からの援護射撃により、パルシャー軍中央は後退と再編を余儀なくさせた。
ここで、深追いに近い空堀を乗り越えての前進で、ライアス軍が自ら死地に飛び込んだ判断。逆に“カンナエ”の再現よろしく、両翼突破による包囲攻撃に切り替えた。中央を再編するための時間稼ぎという意味合いもあり、両翼攻撃は即座に行動に移された。
そして、騎兵による両翼攻撃こそが破滅への切っ掛けとなったのだ。パルシャー軍は決戦場の脇に潜ませた伏兵に気付くことなく攻撃を仕掛け、不用意に脇腹を晒すこととなったからだ。
***
「策はなったぞ! 左翼部隊はそのまま前進! エフルの部隊は戦場を横断せよ!」
軍団中央に位置するライアス軍の本営、その指揮官たるアクトはあらん限りの声で絶叫。直ちにそれは実行に移された。
左翼部隊はエフル騎兵部隊との連携ががっちりと噛み合い、すでに敵右翼は蜘蛛の子を散らすように蹴散らされ、もはや戦力と呼べない状態まで散々に叩かれた。
そこからの動きもまた早かった。というのも、エフル騎兵部隊にはすでにアナートを伝者として飛ばしており、次なる行動の指示をあらかじめ出していたからだ。
すなわち、敵右翼を蹴散らしたら戦場の中央を横断し、逆方向の右翼へ移動して敵左翼を叩け、という指示であった。
そして、その指示は忠実に実行された。
挟撃によりある程度片付いたところで隊をまとめ、一気に敵味方の中央軍がにらみ合う戦場中央を一気に走り抜け、反対側の戦場に殴り込んだのであった。
これに対し、、パルシャー軍は動けなかった。なぜなら、パルシャー中央軍はまだ再編が完了しておらず、下手に動くと更なる混乱を招く可能性があったからだ。動けたのは、パルシャー軍左翼寄りの部隊で、乱入者を足止めすべく動いたが、それも間に合わなかった。
あまりに早いエフル騎兵部隊の動きに指示が遅れ、今度は混戦気味になっていたライアス軍右翼とパルシャー軍左翼との戦いの場には参加せず、その後方に回り込んだのだ。
パルシャー軍はこのとき、重大な欠陥を抱えていた。すなわち、中央軍と左翼軍との間に“間隙”が生じており、その隙間にまんまとエフル騎兵部隊が入った形となった。
これで、パルシャー中央軍が危機的状況に陥った。右翼の騎兵部隊は蹴散らされて、敵左翼が戦線を一気に押し上げてきており、相対する敵中央軍も前進する構えを見せていた。ここに、数百騎程度とはいえ間隙の空いた左翼にまで滑り込まれる格好となった。
つまり、前方及び左右の三方向から攻撃される危険性が生じたのだ。
ここで手早く騎兵を動かし、間隙を埋めつつ態勢を整え直せば、まだ打つ手はあった。だが、手持ちの騎兵は蹴散らされるか、前線で拘束された状態であり、アッシュには手札が残っていなかったのだ。
そろそろ頃合いかとアクトは判断した。左翼の敵は蹴散らし、右翼もエフル騎兵部隊が回り込んで優勢に進めている。そして、中央も準備が整った。
そんな時、ベズーザが馬を駆って慌てて本営にやって来た。
「将軍、先程の騎馬部隊はなんなのですか!?」
「見て分からんのか? 友軍だよ。同盟を組む友好国エフルからの助っ人だ」
何が何だか理解していないベズーザを、アクトは睨みつけた。なにしろ、呼んでもいないのに、勝手に持ち場を離れ、司令官に詰問じみた問いを投げてきたからだ。不快を通り越して、殺意すら湧いてくるほどの愚劣さであった。
「将軍! 私はあれのことを何も窺っておりませんぞ!」
「話す必要を感じなかった。なにより、命令無視ばかりする愚劣な味方よりも、あちらの友人らの方が余程頼りになる。この戦いが終わったら、処罰を覚悟しておきたまえ」
アクトは近くにいた兵に命じ、ベズーザを摘まみ出した。邪魔者がいなくなって清々したところで、気持ちを切り替え、大きく息を吸って叫んだ。
「さあ、諸君! 勝利は目の前にある! 前進せよ! 前進せよ! ライアス帝国に栄光あれ!」
「栄光あれぇ!」
放たれた矢のごとく、一斉に目の前の敵に向かって我先にと突進していった。
これをパルシャー軍は防ぐ手立てもなく、次々と打ち崩される結果となった。両翼の騎兵が突いては引いてを繰り返し、敵の陣形を乱しに乱し、そこへ歩兵が波のごとく雪崩込み、戦線は崩壊した。
敵中に孤立したパルシャー軍の左翼騎兵部隊も次々と討ち取られ、もはや戦力と呼べぬほどに討ち減らされた。
中央も同様で、両翼を挟まれた格好で防御も後退も上手くいかず、正面からの攻勢に一人、また一人と血を噴き出して大地に倒れていった。
どうにか追撃を振り切ったときには、四万を数えていたパルシャー軍の数は二万を切っており、失った兵の数は二万を超える大損害となった。
一方、ライアス帝国軍はアクトの的確な指示によって損害を極力減らしつつ、最後は三方向からの攻撃に加え、徹底的な追撃によって戦果を稼いだ。気持ちのいいくらいの快勝であったが、それでも二千名ほどの犠牲を払うこととなった。
「本来なら、不要な戦であった。味方の心理を読み切れなかった分、私の負けだな」
山と積みあがった敵兵の死体の山を見ながらも、アクトの気持ちは晴れなかった。
本来、彼の頭の中の構想では“三日月斬り”が達成された段階で、すでに今回の戦争は終わると考えていたのだ。パルシャー軍が慌てて後退し、それに呼応してティルノモスの駐留軍が追撃ないし堅守で片付くはずだった。
ところが、機を逸した無理な追撃と言う、考える限り最悪な選択を味方がしてしまい、折角稼いだ“三日月斬り”の優位性をふいにするという大失態を演じてしまった。
これを危惧して、ヘルモを派遣していたのだが、ヘルモが若すぎる上にジプシャン人という生粋の帝国人でないことを理由に不当な扱いを受けてしまった。伝言すればちゃんと動くと考えていたことが、今回の惨劇を生んだと甘さだと、アクトは反省せざるを得なかった。
昔からの帝国人の中には、新参者には風当たりが強い者が多いと聞かされていたが、命のかかっている戦争の真っ最中でもこの様子では先が思いやられるというものだ。
(これは早いうちに修正しておかねばならんな。ベズーザ、お前には生贄になってもらうぞ)
大勝を収めた将と言う割には浮かないを顔をして、アクトはゆっくりと馬を進めた。居並ぶ将兵は勝利の雄叫びを上げ、口々に帝国の名を讃えていた。
これでいい。少しずつでも、帝国の栄光を蘇らせていくのには、勝利に勝利を重ねていくしかない。今回は防衛戦であったが、次は失われた旧領奪還に知恵を絞りたいものだとアクトは願った。
こうして、アンティノー地方をめぐる一連の戦いは終わりを告げることとなる。結果としては係争地を守り抜いた帝国側の勝利であったが、どこか浮かれた気分が生まれようのない空虚な勝利だと、ヘルモは後に述懐している。
係争地が係争地であるかぎり、戦の火種は消えることはない。どちらかが亡国となるまで、戦争は続いていくのであった。
~ 第十九話に続く ~




