第十六話 グーダ砦の戦い(4) ~中央前進~
ライアス帝国軍、パルシャー王国軍、睨みあう両軍であったが、最初に動いたのはパルシャー側であった。
両軍ともに、両翼に騎兵を配し、中央に歩兵というよく見られる横陣で対峙し、そして、中央部を前進させたのだ。
数の上では、ライアス側二万五千、パルシャー側四万となっている。しかし、ライアス側は多数の負傷兵を抱えており、実際の戦力は倍以上離れていた。
そこで、パルシャー軍司令官アッシュは、数に任せた正面攻撃を仕掛けたのだ。
もし、砦にこもられてしまえば、面倒な攻城戦となる。いくら防御が低いグーダ砦といえど、やはり壁があるのとないのとでは難度に差が出てしまう。
むしろ、城外に布陣している今こそ、数に任せた攻撃によって損害を生じさせ、逃げられる前に打撃を与えようというのだ。負傷兵が増大すれば士気にも影響するであろうし、その後の殲滅も易くなるというものであった。
「盾、構えぇい! 中央、前進せよ!」
アッシュの号令の下、いよいよ前進が始まった。
見当たる問題は、なんと言っても空堀だ。急ごしらえとはいえ、ライアス軍は中央部の歩兵が並ぶ位置の前に空堀を掘っていたことだ。丁度人間がすっぽり入るほどの深さがある。
だが、それだけだ。柵もなければ、逆茂木もない。単純な堀だ。騎兵の侵入を防ぐのにはいいにしても、歩兵ならばすんなりよじ登れるほどの深さしかない。
ならば、迷うことなく前進だ。そうアッシュは考え、盾を構えつつ、歩兵を前進させた。
前進させた歩兵部隊が徐々に敵との距離を縮める。だが、ライアス軍は構えたまま微動だにしない。
(堀にはまってから動くつもりか? それでは乱戦になって、数の差がますます覆らなくなるぞ)
アッシュは敵将アクトの考えが読めなかった。だが、ことここに及んで急な作戦変更は全体に悪影響を及ぼしかねない。あくまで、数に任せた前進を続けた。
そして、それは突如として異変が起こった。前進する部隊の隊列が急に乱れ始めたのだ。整然と前に進んでいた兵達の頭がにわかに乱れ始め、中には転倒する者まで現れました。
「何が起こっている!?」
アッシュには何が起こっているのか分からなかった。空堀に差し掛かるにはまだ距離が空いているし、隠していた落とし穴にはまったという感じでもなかった。
何本かの筋が走り、そこの左右が乱れたように感じた。
そこへ、前線からの伝令兵が駆け足で走り込んできた。
「申し上げます! 我が方、堀にはまっております!」
「なんだと!? まだ距離は空いているではないか!?」
「あ、いえ、敵は“横”だけではなく“縦”にも堀を掘っていました!」
***
「かかったぞ。弓隊、放てぇ!」
それはアクトの号令から始まった。号令を聞いた旗振り役が後方に控える砦に向かて合図の旗を振ると、城壁から一斉に無数の矢が飛び出した。狙いは隊列が乱れたパルシャー軍だ。
パルシャー側は弓矢による射撃を警戒し、そのため隊列を組んで盾を構えて前進したのだ。だが、今は隊列が乱れており、そこへ容赦なく矢が降り注いだのだ。
たちまち、パルシャー軍は阿鼻叫喚の地獄を作り出した。降り注ぐ矢に対して有効な防御ができず、次々と貫かれては悲鳴と血飛沫で場が満たされた。
「槍隊、前へ! ・・・総員、投射!」
この混乱をアクトは逃さない。次は歩兵の中から投槍を持つ部隊を前面に出し、そして、混乱する敵部隊に向かって槍を投げつけたのだ。
隊列が乱れたところに矢が降り注ぎ、さらに追い打ちとして投槍が飛び込んできた。次々と体を貫かれ、パルシャー軍の歩兵は討たれていった。
「弓隊、今一度斉射! しかる後、中央は前進!」
アクトはもう一度射撃を浴びせ、さらに歩兵での突撃を号令した。
矢が再び降り注ぎ、そこへライアス軍の歩兵が斬り込んできたのだ。堀を飛び越え、迫りくるライアス軍に対して、パルシャー軍は対応が遅れた。
そして、再び死体が積まれていった。
「うへぇ、こりゃすごい。あんな小細工でこんなに混乱するなんて」
押しまくっている味方の戦いぶりに、アクトのすぐ側にいたアナートが感心していた。大したことなさそうなあの程度の“工夫”でこうもあっさり敵陣を乱し、損害を与えたからだ。
「まあ、ちょっとした小細工だよ。なにしろ、堀が横じゃなくて、縦に掘られているなんて、“農民”以外は思いもよらないだろうな」
アクトの用意した罠は、空堀とは垂直方向に“畝”を作ったことだ。農家ならば、野菜などを作る際に畝を用意するのは当たり前であり、目新しいものではなかった。
だが、それはあくまでアクトが“元”農家であるからで、生粋の軍人にしてみれば、既知の方法ではないのだ。
横方向の堀を目立つように空堀を用意し、そして、垂直方向にも堀を用意したのだ。
しかも、遠くからは見えにくいよう。手前は薄く盛り上げ、奥になれば少しずつ盛り上がるように高さを調節して土を削ったり盛ったりした。また、畑と違うのは、畝があるという感覚がないほどに、畝間を取っていたことだ。
もし歩いてきたとしても、普通に歩いてくる分には何の障害にもならない。それくらい、遠くから見ても分からない程だ。実際、畝の高さは膝上に届くかどうかの高さしかないからだ。
だが、“盾を構えて隊列を組む集団”が整然と進入してきた場合は別だ。畝に当たった列は確実に乱れる。そして、左右にぶれる。ぶれはするが、左右には動けない。人の波が別の畝で止められ、左右の動きを封じてくるからだ。
結果、訳の分からないうちに、隊列に乱れを生じさせる。
そこへ矢と槍が降り注ぐ。
ちなみに、城壁上に待機してる弓隊は、足を負傷するなどして移動が困難な兵士達が担っていた。外に出て戦う分には問題があるが、その場に留まって弓を構える程度であればなんとかできる。負傷兵の有効活用だ。
押しまくる前方の味方を後目に、アクトは右隣にいた第三軍団、すなわちベズーザの指揮する部隊を眺めた。はっきり言えば、動きが鈍い。指揮官のやる気のなさが、そのまま兵にも伝わっているようで、動きが悪いのももちろんの事、隣接する部隊との連携も悪い。
(ヘルモの報告通り、これはいかんなぁ)
追撃を潰されたのも、無理な追撃をしたのも、命令不服従な点も、アクトには悪い印象しか与えていない。今日のこの戦で挽回の機会もあるのだが、それでも働く意欲に乏しい。いよいよ本気で処分を考えねばなと決意が固まりつつあった。
そして、前線に視線を戻すと、中央はこちらが優勢に進めていたが、敵の両翼がにわかに騒がしくなっていた。旗指物が動き回っており、部隊の再配置を行っているようであった。
「これは両翼の騎兵が出てきますね」
中央が分の悪い戦いを強いられている以上、両翼の騎兵を前進させ、どうにか挽回したい腹積もりなのだろうとヘルモは感じた。
「ああ、やはりアクト様は素晴らしい。ここまでの戦況、全部“読み通り”ではないですか」
「それは少し違うな、ヘルモ」
ヘルモに言う通り、アクトのこの状況を読み切っていたのだが、その認識は正しくなかった。そのため、余裕の笑みを以て弟分に返した。
「読んだのではなく、相手に読ませたのだ。こう動くなら、こう動いた方がいいとな。それがこちらの読ませた偽情報だとも知らずにな」
「なるほど」
やはり若さに似合わずとんでもない明晰な方だと、ヘルモは改めて感服した。
「敵の騎兵を歓迎せねばならんし、そろそろこちらも第二段階に移行しようか。アナート、事前に話した指示通りに動くよう左翼の騎兵隊に伝令を頼む。その後はお前も好きに暴れていい」
「へっへぇ~ん。その言葉、待ってたわよ。見てなさい、敵総大将を射落としてやるから」
アナートは馬首を返し、嬉しそうに左翼陣地へと馬を走らせた。
「中央、歩兵隊、一度さがれ! 次の“掃討戦”までに部隊を再編する。急げ!」
アクトは堀の上に渡し板を通し、馬で空堀を越えた。もう、防御を意識する必要はない。次の敵騎兵の突撃を両翼がいなしたその瞬間こそ、総反撃の時だ。すでに、アクトの頭に描く絵図には、追撃している友軍の姿が思い浮かんでいた。
~ 第十七話に続く ~




