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第十五話 グーダ砦の戦い(3) ~布陣~

 不調に終わった停戦交渉の翌朝、ついに両軍が相対し、激突することとなった。

 パルシャー軍の総司令官アッシュは無事に夜が明けたことに、逆に肩透かしを食らっていた。士気の差、兵力の差、それらを諸々考えると、奇襲なり夜襲なりで仕掛けてくるものと考えていたからだ。

 そのため、昨日の停戦交渉の後、警戒度合いを上げ、備えていたのだ。だが、来なかった。


「昨夜、夜間歩哨を行っていた部隊は後方に配置しろ。へばって合戦では使い物にならんからな」


 兵の疲労を考え、アッシュはそう指示を飛ばした。どのみち、兵力差は歴然としている。パルシャー軍は四万であるのに対し、ライアス軍はせいぜい三万。しかもその三万の内、半数は負傷か疲労で本来の力を発揮できない状態にある。

 つまり、実質的には倍近い戦力差があるということだ。

 しかも、パルシャー側にとってありがたいことに、敵将アクトは籠城ではなく、出撃を選択し、砦の外側に布陣をしていたことだ。弱いとはいえ、砦は砦。その城壁に拠って防戦を行うのが数の少なさを補う常道というのに、わざわざ討たれに出てくるとは考え、笑いが止まらなくなった。


(とはいえ、何の策もなし、というわけでもないか)


 敵陣に目をやると、まず目に見えて分かるのは“空堀”の存在だ。敵が横隊を展開し、その前に空堀を掘っているのだ。前に占領したときにはなかったので、ここ数日のうちに用意したということだ。

 そして、歩兵の横隊の左右に騎兵を配していた。


「フンッ、“カンナエ”か」


 戦いの歴史を変えてしまった、今なお語り継がれる“カンナエの戦い”、それは指揮官、将軍が夢見る完全なる“包囲殲滅”。誰もがやろうとしても、誰もなし得ないやり方だ。

 中央を歩兵で受け止めて敵を抑え込み、両翼の騎兵を押し上げて退路を断ち、そして囲い込む。言うだけなら簡単だが、そこまで持ち込むまでに、指揮官には工夫がいるのだ。

 そして、これをなし得たのは、カンナエの地を地獄に変えた“雷光(バアル)”と、それをすべて学び取ったブリウス将軍くらいなのであった。

 あの戦いからすでに数百年が経過しているが、依然として当時の陣形のままだ。使用する武器や兵器に変化はあったものの、戦闘の概念はそこまで進歩していないからだ。誰もあれ以上の戦い方を未だに編み出せていない。

 だから、それを真似する。教本通りに動く。当然、相手もそれを理解して動く。ゆえに失敗する。

 しかし、アッシュは油断はしない。両翼突破からの包囲殲滅をするのは目に見えているし、それを防ぐやり方も心得ている。それは敵将アクトも承知のはずで、そこから何か工夫を行ってくるはずだ。


「あるとすれば、あそこだが・・・」


 アッシュが臭いと踏んだのは、自分から見て右手、敵からすると左翼側にある“山”だ。


「おい、あそこの山はどうか?」


 アッシュは側に控えていた部下に、山を指さしながら尋ねた。


「裏手を確認しましたが、伏兵の姿は確認できませんでした」


 そう報告を受け、アッシュは首を傾げた。それでは、今目の前にいる敵がすべてということとなる。あまりに“工夫”がない。


「敵を買いかぶり過ぎたか・・・?」


 一抹の不安はあったものの、アッシュは敵の布陣に合わせて、自軍の布陣も行った。すなわち、中央に歩兵、両翼に騎兵という、同じ陣形だ。

 伏兵がない以上、正面からぶつかれば数の多いこちらが有利である。しかも、相手の士気は低い。軽く押してやれば、砦に引き返してしまう可能性もある。

 ならば、城外にいる間にできるだけ削って、そこから攻城戦に移るのが最良だとアッシュは判断した。

 価値は揺るがない。堂々たる正面決戦にて敵を潰す。それだけだ。



               ***



 一方のライアス帝国軍を率いるアクトは、敵が布陣を開始したのを隊列中央より見ていた。


「まあ、そうなるわな」


 敵の布陣を見ながら、アクトは呟いた。“雷光バアル”が包囲殲滅を戦場に持ち込んで以来、この両翼に騎兵を配した横陣が主流となっている。騎兵の機動力を生かすのには、開けた空間的余裕がいるし、それを活かすのであれば両翼に置くのが一番だからだ。

 無論、中央に配置する場合もあるが、それは前方への突進力だけの存在となり、決定的場面に投入するのであればいいが、柔軟性に欠けるやり方でもある。

 ゆえに、騎兵の大半は両翼へやり、中央には少数の騎兵のみで、あとは歩兵ばかりだ。


「将軍、よろしいのですか? 本当にこのまま戦闘に突入して」


 アクトに尋ねてきたのは、第三軍団の指揮官ベズーザであった。ベズーザの部隊は中央右側に配備されており、定石通りならばアクトと共に正面から敵を受け止める役目となるのだ。


「不満かね?」


「ええ。不満です。折角城壁があるのですから、籠って戦うべきでしょうに。倍する敵を前に平地に布陣するなど、愚の骨頂ですぞ」


 ベズーザの意見は正しい。数の利が向こうにある以上、地形的要因によってそれを補うのは当然であった。そして、この状況にあって利用できる地形は、やはり城壁なのだ。


「まあ、そのために堀を作ったのだ。君らが“愚の骨頂”を犯して、手早い追撃をしなかった結果、こういう奇策に出ざるを得なくなったのだがな」


 アクトは嫌みでベズーザに返した。ベズーザは露骨に嫌そうな顔をしたが、それ以上は何も言わず、自分の部隊へと帰っていった。

 その背中を睨みつけるのは、アクトの側にいたアナートであった。


「ないよあいつ。いけ好かないわね」


「同感ですね」


 アナートに相槌を打ったのはヘルモであった。ヘルモはこの軍人だらけの中にあって、唯一鎧兜を身に付けていない。分かりやすく“文官”であることを見せつけるためだ。しかも、目立つ黒っぽい服を着ていた。周囲の軍装が赤を基調にしているのが多い中にあっては、かなり目立つと言わざるを得ない。


「お前がここにいる。その横に私がいる。アッシュとかいう敵の司令官は、ここを攻めてくるだろうよ」


「そう、伝えておきましたからね」


 昨日の交渉の席においてヘルモがわざとアクトの位置をばらしたのも、全てはアクトの指示があったからだ。将軍自らが“囮”を引き受けるなど、ヘルモはどうかとも考えたが、まあこの人なら何とかするだろうと考え、その自身は“目印役”を引き受けたのだ。

 アクトは全部読んでいた。パルシャー側がヘルモの出身であるジプシャン地方にテコ入れをしていること、そのためジプシャン系の住人を懐柔していること、ヘルモを派遣すれば必ず取り込もうとすること、これらすべてをである。

 案の定、アッシュはヘルモに対して誘いをかけてきた。ヘルモが全力で相手の興味を引きつつ、引き抜きの余地を与えたように見せかけることにより、中央の戦列を押し上げて攻め込んでくるはずだ。

 すでに戦い始まっており、そのための小細工もすべて完了している。あとは、皆が指示通り動いてくれればそれでいい。

 動いてくれなさそうなベズーザは、この戦いで一番活躍しなさそうな中央右側に配置している。あんな奴に手柄を立てさせてやることも、“情報”を与えてやることもしなかった。そのため、作戦の全容を把握しているのは、アクトとその麾下の武将だけであった。


「皆、驚くだろうな。そして、落とし穴にはまるだろうな。まあ、それすら“囮”なのだがな」


 アクトはすでに勝利を確信していた。すでに幾重にも罠を張り巡らせており、敵も味方もそれに気付いていない。気付いていれば、敵は“右翼”を固めたはずだからだ。


「では、始めるとしよう。アッシュ将軍、お前の首が胴から離れるのもあと少しだぞ」


 アクトの合図と共に、陣太鼓が打ち鳴らされた。それこそ、グーダ砦の戦いの開始を皆に告げ、気持ちを引き締めることとなった。

 そして、ライアス、パルシャー両軍は激突する。



              ~ 第十六話に続く ~

 

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