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第十四話 グーダ砦の戦い(2) ~停戦交渉~

 ライアス帝国側から使者がやって来た。

 パルシャー王国の侵攻軍は色めき立った。この期に及んで何用か、というのがおおよその反応であった。なにしろ、明日、ライアス帝国軍のこもるグーダ砦への攻撃を開始するからだ。

 ライアス帝国軍ははっきり言って半壊状態であった。ティルノモスに駐留していた東部軍は追撃に失敗し、パルシャー側からの逆激を被り、万を超す損害を出し、慌ててグーダ砦にこもったのだ。

 それ自体が罠であった。敗残兵が蜘蛛の子を散らして逃げ回られては手間であったので、わざとグーダ砦を空にして、そこへ逃げ込むように仕組んだのだ。

 結果、ズタボロの帝国軍は予想通り砦に逃げ込み、却って逃げ道を失った。あとはじわじわ締め上げていけばよい。そう考えていた。

 しかし、その状況下でライアス帝国軍に援軍が到着した。長距離行軍によってパルシャー軍の後方を扼し、一時的な撤退に追い込んできた厄介な相手、アクト軍団であった。

 これによりライアス帝国軍はどうにか盛り返したが、それでも受けた損害が大きく、パルシャー側の攻撃が迫っていた。

 そこへ帝国からの使者の到着である。事前の方向では“停戦交渉”をしたいということであったが、もちろん侵攻軍総司令官のアッシュは応じるつもりはない。追い詰めた側が持ちかけるならともかく、追い詰められた側が持ち出す停戦交渉など、時間稼ぎ以外の何物でもない。

 しかし、使者には会うことにした。どんな戯言を言うのか興味があったし、なによりアクトなる者が何を言ってくるのか、気になったからだ。長距離迂回機動という奇策を以てこちらをかく乱してきた相手がどうこの状況を打開してくるのか、一人の軍人として興味の惹かれることであった。

 アッシュが上座に座し、その左右にずらりと諸将が並んで座り、そして、使者を通すように衛兵に告げた。程なくして、一人の少年が姿を現した。

 若いな、というのがアッシュを始めとする居並ぶ面々の使者に対しての第一印象であった。

 たった一人で敵陣に乗り込んでくるのであるから、相当な胆力を要する。そうなると、かなり場数を踏んだ偉丈夫か、あるいは相当な切れ者でもやって来るかと考えていた。しかし、目の前の少年はどちらにも見えなかった。

 しかし、タダ者ではないことも、アッシュにはすぐに分かった。齢はおそらく十代半ばと言ったところであるが、虚勢を張っている様子も、怯えて落ち着かないという風でもない。完全に自然体で立っていた。つまり“慣れて”いるということだ。

 この若さでこうした場面に場慣れしているとは、相当にできる。そうアッシュは感じた。

 少年はゆっくりと前に進み出て、アッシュから十歩の位置で止まり、そして跪いた。両膝を付き、甲を地に付けて両の手のひらを見せ、頭を垂れてきた。

 アッシュはそれがジプシャン式の拝礼であることを知っており、いたく感心した。ライアス式でも、パルシャー式でもない方法で敬意を示す。傲岸でも卑屈でもない、その間を入れて拝礼してくるとは予想外であった。

 実際、少年は褐色の肌をしており、帝国領南部にあるジプシャン地方の出だということは分かった。


「使者殿、ご苦労。面を上げられよ」


 アッシュに促されたが、少年は微動だにしない。頭を下げたままだ。

 だが、アッシュは不機嫌になることはない。これもジプシャン式の拝礼であることを知っているからだ。

 なぜ、アッシュがジプシャン地方の風俗に詳しいのかと言うと、それが国王の方針であるからだ。パルシャー王国の現国王ウワードは、ライアス帝国に報復するべくあの手この手と策を練っていた。そのうちの一つが、ジプシャン地方への離反工作であった。

 ジプシャン地方は帝国有数の穀倉地帯でもあり、帝国に吸収されるまでは独立した国として栄えていた経緯がある。そこをついてジプシャン地方を帝国から離反させ、帝国経済に打撃を与えようという計画があった。

 そのため、ジプシャンへの工作を進めており、その一環としてジプシャン系住民への厚遇があてがわれた。アッシュもその計画に多少かかわった経緯があって、その際に当地の風俗を学んでいたのだ。

 計画自体はさほど大きな成果はなかったが、その際に入れた知識はしっかりと頭の中に残っていた。少年の作法に理解があったのは、そういう事情があったからだ。


「畏まらずともよい。面を上げられよ」


 アッシュが再度促すと、少年は今一度深く頭を下げてからようやく顔を上げた。ジプシャン式拝礼では、王などの最上位の相手には五度拝礼するか、“畏まるな”と言われるまで頭を下げ続けることになっていた。


「ライアスからの使者かと思ったら、まさかジプシャン人がやって来るとは思わなんだぞ」


「私は出身こそジプシャンではございますが、皇帝陛下の恩寵を以て帝国人となりました者でございます。名はヘルモと申しまして、アクト将軍の書記官を務めてございます。不滅の魂を持つ月の守護者、王の中の王たるウワード陛下、その片腕たる天稟の名将アッシュ将軍に拝謁が叶いましたることを、まずもってお礼申し上げます」


 これ以上にないへりくだった挨拶であり、アッシュも思わず顔を緩めてしまった。


「では、ヘルモとやら、いかなる用向きでこちらへ参ったか?」


「ハッ、私はアクト将軍より、明日にでも起こる両軍の激突を止めてくるように仰せつかりました。つまるところ、停戦交渉にございます。条件に付きましても、私に一任されております」


 またしても意外な言葉であり、アッシュは目を丸くして驚いた。なにしろ、目の前の少年はただの伝言役ではなく、条件を詰めてくる交渉役として派遣されてきたということだからだ。

 本来なら少年を交渉役にするなどふざけているのかと激高するところであるが、アッシュはそう考えなかった。なぜなら、ヘルモの腰にはあらかじめ見える位置に吊るしておいた“銀の駅鈴”が、アッシュの目に飛び込んできたからだ。

 駅鈴は身分証のようなものであり、これがあれば各地の官舎などで便宜を図ってもらえるのだ。しかも、皇帝直轄を意味する鷲の意匠が施されていた。つまり、皇帝から信任を受け、前線の将軍からも委任を受けるほどの人物、ということだからだ。

 少年に与えるには高価すぎる玩具であるが、それだけこの少年が周囲から買われていることの証であり、アッシュとしてはますます興味の惹かれるところであった。


「ふむ・・・。では、ヘルモとやら、早速だが停戦に関する条件を述べてもらおうか。条件次第では、兵を退くのもやぶさかではない」


 アッシュの言葉に諸将はざわめいた。有利な状態を捨てるのか、という危惧が生じたからだ。

 しかし、それはないな、とすぐに諸将は考え直した。なにしろ、アッシュはニヤついている。条件を聞くだけ聞いて最終的には突っぱねるつもりだと察したからだ。

 ならば自分達もそれに付き合おうと、ニヤニヤしながらヘルモの言葉を待った。


「停戦の条件は“現状維持”でございます。現在の軍の位置を国境と成し、以て両国の和平としよう、というのがアクト将軍のお考えにございます」


「なにぃ!?」


 条件を提示するにしても、あまりに帝国有利な条件であった。東部軍は半壊し、アクト軍団という援軍を得たとはいえ、数の差は大きく開いている。しかも、寄って立つのは防備が整っていないグーダ砦。大きく譲歩するならまだしも、五分の条件での停戦など有り得ないからだ。

 当然、諸将も口々に不満を漏らした。ふざけてるのか、バカバカしい、などという言葉が飛び交うが、どこか白けており、怒りが感じられなかった。なにしろ、初めから突っぱねる気であったので、聞く姿勢にも余裕があったからだ。


「ヘルモよ、それでは話にならんぞ。こちらは明日にでも砦に攻撃を仕掛け、帝国軍を蹂躙するつもりでいる。そのような条件では、停戦する意味を見出さない」


 そうだそうだと、アッシュの言葉に周囲も頷いた。勝てる戦を捨てる理由はない。あるとすれば、帝国からの大幅な譲歩があった場合のみである。

 しかし、ヘルモはそんな雰囲気など意にも介さず、話を続けた。


「無論、それには理由がございます。もし明日攻撃しましたらば、あなた方は大変なことになるからでございます」


「大変なこと・・・。具体的には?」


「ここにおられる方の大半が『天の台座ダフマ』に掲げられることになりましょう」


「なんだと!?」


 またしても、意外過ぎる言葉であり、アッシュは思わず叫んでしまった。

 パルシャー王国において、貴人の葬儀は聖地である『天の台座ダフマ』において、鳥に遺骸を食べさせるのであった。また、勇敢に戦った軍人もそれを行う権利が与えられるため、ヘルモの言葉は軍人にとっては栄誉の保証とも言えた。

 しかし、それは同時に「お前ら死ぬぞ」という言葉でもあり、これにはさすがに諸将も怒った。


「どういうつもりだ!」


「交渉しに来たのか、ケンカを売りにのか、どっちだ!?」


「言葉を選んで喋れ! 寿命を縮めるぞ!」


 方々から罵声が飛び交うが、ヘルモは平然とアッシュを見つめるだけであった。

 アッシュは何度か手を叩いて騒ぎを止め、改めてヘルモを見つめた。


「ヘルモよ、それでは明日の戦は帝国軍の勝利に終わる、と言っているようにしか聞こえぬが?」


「そうでございます。ですから、皆様方の命と引き換えにして、停戦しましょうと申し出ているのでございます。領土と違って、失った命とは、天より戻ってくるわけではございませんので、こちらが用意できる最大限の譲歩でございます」


「抜かしおるわ」


 端から交渉する気はなかったので、アッシュには特に憤りはなかった。だが、これで相手の腹の内がおおよそ読めた。


(勝ち目がないと見て、脅しでこちらの足を止めに来たか。わざわざ『天の台座ダフマ』を交渉の席で持ち出して、後方が危ういぞと“誤認”させる腹積もりであろう。だが、帝国の国力からして、万を超す更なる増援は有り得んぞ)


 余裕があるからこそ、頭の働きも快調であった。アッシュはそう判断し、ニヤリと笑った。


「ヘルモよ、残念だが、それは譲歩とは言わぬ。軍人には軍人の矜持があり、命を失うことを恐れては戦などできぬ」


「失って価値を認識するのが命にございます。二度と手に入らぬからこそ、貴重なのでございますぞ」


「その言葉は、そっくりそのまま砦にこもる帝国軍に伝えてやれ。大人しく武器を捨てて降伏するのであれば、命までは取らぬ。そう、命は貴重なのだからな」


 交渉はこれまで、と言わんばかりにアッシュは言葉を遮った。


「それにしても、ヘルモよ、齢に似合わず、その胆力、その知識、見事なものよ。どうだ、いっそのことこのまま私に仕えぬか?」


「御冗談を・・・」


「冗談では言っておらんぞ。明日、我らは砦を攻撃する。生粋の帝国人でない者まで殺すのは本意ではない。その若さで死ぬのは嫌であろう?」


 これはアッシュの本心であった。アッシュは目の前の少年をいたく気に入り、本気で引き抜こうとしていたのだ。礼儀よし、胆力よし、頭脳よし、これほどの逸材は滅多にお目にかかれないからだ。


「残念ですが、私は死ぬつもりはございません。なぜなら、明日の戦で勝つのは帝国軍でありますから。ですが、万一にもパルシャー軍が勝利し、かつ私が運よく生き残っておりましたら、その節はよしなにお願いいたします」


「言質は取った。楽しみにしておるぞ、ヘルモ」


 交渉は決裂した。というより“どちらも”交渉をまとめるつもりはなかった。だからこそ、すんなり話が終わったのだ。

 ヘルモは立ち上がり、そしてもう一度頭を下げた。


「アッシュ将軍、明日は私だと分かりやすくするために、鎧兜を身に付けずに参戦いたします。そして、その横におられるのが司令官たるアクト将軍でございますよ」


 最後にそう申し伝えてから、ヘルモはその場から退出していった。

 場に静寂が戻り、諸将の視線は上座のアッシュの方へと向いていた。この場の意義がなんであったのか、それを聞くためだ。


「疑心、アクトとやらめ、こちらに揺さぶりをかけ、どうにか切り抜けようとしたのであろう。だが、挑発に乗らず、奇襲の隙もなく、時間稼ぎもできない。ハハッ、これで手詰まりかな」


 何の心配もない。アッシュはそう諸将に告げ、それで安堵の空気が生じた。


「しかし、やはり、なにかしらの奇襲を考慮すべきではないでしょうか? すでに別動隊が場外に出ており、砦攻略に取り掛かったところで後方を扼する、ということも有り得ます」


 将の一人がそう告げ、アッシュもそれには同意した。


「思えば、ティルノモス攻略時もそれにやられたものよな。だが、後方を遮断できるだけの大兵力をもはや出せぬし、出してしまえば砦に残留する部隊が瞬殺される。あとは、そこそこの規模の部隊で上手く待ち伏せ、横槍を入れてくるくらいだが、それも斥候を放って調べればよかろう」


 やはり、そこまで心配するほどの事でもない。数の差が有る以上、それを活かして堂々と攻め込めばいいだけなのだから。

 こうして、決戦前夜の交渉は“お互い”の意思を尊重して不調に終わった。もう明日の決戦は避けられない。両軍は砦を巡り、ついに激突することとなった。

 そして、この勝者こそ、係争地であるアンティノー地方を制することになると、互いが認識して、夜が更けていった。



             ~ 第十五話に続く ~


 

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