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第十三話 グーダ砦の戦い(1) ~偽りの敗北~

 パルシャー王国軍は少しばかり忙しない動きをしていた。意気揚々と国境の都市であるシオンを出立し、国土奪還を御旗として進軍。アンティノー地方の中心地である城塞都市ティルノモスを攻撃した。

 そこまではよかったのだが、行方不明となっていた敵増援部隊があろうことか手薄な後方に現れたかと思うと、聖地『天の台座ダフマ』を破壊するとの情報が入り、やむなく撤退した。

 しかし、ティルノモスに入っていた間者や内通者とうまく連携が取れ、追撃の機会を遅らせるどころか、逆に待ち伏せしてこれに大損害を与えることにまで成功した。

 そして、空にしておいたグーダ砦に敵軍を押し込め、そのまま殲滅するために再度進軍を開始したところであった。

 問題となっていた『天の台座ダフマ』については、多大な犠牲を払いながらもどうにか守り切り、領内を荒らし回っていたエフル族の集団も引き上げたと報告が入った。

 ようやく後方の安全が確保できたと、侵攻軍の司令官アッシュやその他諸将も安堵し、全面の敵に対して集中できることとなった。

 しかし、何もかもが上手くいくというわけではなかった。半壊状態になったティルノモス駐留軍をグーダ砦に追い込んだまでは良かったのだが、そのグーダ砦に敵の増援が入ったのだ。

 調べてみると、その部隊は後方を扼した部隊と同一の部隊のようで、援軍到着によりライアス帝国軍の士気が回復したということだ。半壊状態の士気の低い部隊なら余裕で勝てるつもりでいたが、奇抜な作戦で裏を突いてくるような部隊及びその指揮官である。一気に難しくなったとアッシュは考えた。


「とはいえ、やって来た敵援軍も一万数千。合流した敵軍は多めに見積もっても、三万に届くかどうかといったところか。しかも、負傷者や疲弊した兵士が多く含まれているとなると、数字通りの戦力とは言い難いな」


 アッシュのこの意見には諸将も賛成のようで、体勢が整う前に一気に圧し潰そうという考えで一致した。

 進軍中は奇襲を警戒しつつ小まめに斥候を放って注意を払っていると、そこへ敵部隊が進路上に立ち塞がっているとの報告が入った。

 さて、どうしたものかとアッシュは馬を走らせると、そこには確かにライアス帝国軍が陣取っていた。しかし、思っていたより少ないようで、アッシュの見立てでは千数百といった程度の中規模な部隊であった。


「どういうつもりだ・・・?」


 アッシュは敵の意図を測りかねた。数に勝る敵を相手にするのであれば、砦にこもって籠城戦をするのが定石とも言えた。あるいは、勝ち目なしと判断して撤退するか、だ。現に、グーダ砦は防御力がそれほど高くなく、ティルノモスにまで引き上げることができれば、それに越したことはないからだ。


「まずは一部隊を一当てしてみて、こちらの様子見、といたところではありませんか? おそらく、敵軍は例のアクトとかいう増援軍の将が掌握していることでしょうし、こちらの出方や情報を欲して、取りあえず兵を出した、という感じで」


「なるほど、ありそうなことだ」


 部下の意見にアッシュは納得し、こちらも兵を繰り出すことを決めた。


「よし、こちらも二千ほど兵を出して、様子見といこう。なにしろ、いきなり後方に現れるという奇襲に出た相手だ。どこからか不意打ちを狙ってくるやもしれん。周囲の警戒を厳と成せ!」


「ハッ!」


 アッシュの指示に従い、直ちに二千ほどの兵が目の前で展開する敵部隊に向かって歩を進め、同時に斥候用の小部隊を周囲に展開し、奇襲に備えた。

 そうこうしているうちに、敵味方の激突が発生し、激しく武器がぶつかり合い、怒声が飛び交う戦場となっていった。



              ***


 一方で、砦から出撃してきたライアス帝国軍は合計で千五百名。パルシャー軍が繰り出してきた二千より少なめの数であった。しかも、そのすぐ後ろには四万近い本体が控えており、当然ながら勝つのは不可能であった。

 しかし、それに気圧されている者はただの一人もいない。情報収集と時間稼ぎのため、程々に戦ってからの偽装撤退であることを事前に知らされていたからだ。


「押し込まれるな! 逆に押し返してやれ!」


 現在、盾を構え、槍や剣を握って、兵士達が押し合いを続けていた。その中に百人隊長ケントリオのテオドルスも混じっており、最前線で戦いながら味方を鼓舞し、周囲を奮い立たせていた。

 テオドルスは兵卒から什長、什長から百人隊長ケントリオへと順調に出世し、しかも、アクトが選りすぐって編成した最有力の部隊を任される間までに成長していた。

 かつてはアクトにケンカを吹っ掛けて、逆に返り討ちにあうという醜態をさらしたが、今ではその武芸に加えて明晰なる頭脳にも心服し、最も信頼できる存在としてアクトに頼りにされていた。

 最前線で歩兵の指揮をやらせれば、あるいは部隊最強かもしれないとの評もあり、その評に恥じぬ戦いぶりを今も敵味方に披露していた。


「五番隊さがれ! 六番隊、前へ!」


 その少し後方で全体の様子を眺めつつ、的確な指示を飛ばしているのはアクト軍団副長のソロスだ。

 ソロスはアクト軍団の大黒柱であり、その実力は誰しもが認めるものであった。元は会計士ということもあって数字に強く、兵站管理や行軍計画はいうに及ばず、設営から労務までこなしていた。およそ軍団の事務仕事は、彼と彼が組織した事務小隊がほぼ回しているような状態であった。

 それでいて戦闘指揮もこなし、常に手堅い一手を打って陣形を崩さない堅牢な指揮官でもあった。軍団の長たるアクトはとにかく活動的で、自身が最前線で武勇を奮うこともしばしばで、全体を統括する指揮官不在を補うのが、ソロスであった。

 奇抜なアクト、堅実なソロス、正反対の戦い方をする二人が絶妙に噛み合い、北部戦線では類稀なる戦果を上げ続けていた。

 そして、戦場を東部戦線に移ってからもそれは変わらず、アクトの無茶ぶりに毎度のことだと応え、確かな形と成し、部隊全体の戦功を築き上げた。


(まあ、今回のこれは負けの偽装をしなくてはならんから、少々面倒なのだがな)


 アクトからの指示は、程々に戦って機を見て“敗走”することを求めてきた。被害を抑えつつ、わざと負けるのは何かと面倒であった。

 なにしろ、今戦っている雰囲気から察するに、相手が“弱い”からだ。

 正確には、相手が弱いのではなく、アクト軍団が強すぎると言った方が適切であった。帝国側が出してきたのは総勢で千五百名であるが、実際に最前線で戦っているのは五、六百名。たまに交代用の部隊を前に出して入れ替えているが、戦っている兵士はほぼ北部戦線から引き抜いてきた歴戦の猛者、部隊の最古参連中であった。

 十数年ぶりの実戦となった東部軍と違い、北部軍は年に何度も蛮族とやり合ってきており、完全に戦慣れしている状態であった。当然、練度が桁外れで、実力を出し過ぎてパルシャー軍の前衛を破壊しないように手加減しているくらいだ。

 ちなみに、作戦の詳細は誰も聞いていなかった。アクトは必要なこと以外は絶対に漏らさない質で、先頃の“三日月斬りクレセント・マーチ”も詳細を把握していたのはごく少数で、いきなり夜中に起こされて密かに野営地を出たときは、誰しもが驚いたほどだ。

 それほどまでに、アクトは情報を秘匿し、実行に移すまでは秘密を通してきた。

 しかし、それに対する不満はほとんどない。アクトの考えは奇抜であるが、振り返って考察してみると理に適った行動ばかりで、最終的には納得する者が多いからだ。

 今回のこれにしても何か考えあってのことだろうと、素直に行動に移せるまでに、古参連中は慣れ切っていた。


(さて、そろそろいいかな)


 ソロスは側にいた旗持ちに合図を送ると、旗持ちは後方に向かって旗を大きく降った。すると、少し離れた岩場から法螺貝の音が響き渡り、独特の音が戦場を駆け抜けた。

 それが合図であった。テオドルスら古参組が一瞬だけ本気を出し、盾で一気に押し返したのだ。パルシャー側の最前線はそれで押されてしまい、数歩下がる者や尻もちを付く者などが続出した。


「引けぇ!」


 ソロスの掛け声と共に部隊が一斉に下がり、古参組が殿軍しんがりを務めつつ、砦の方へと駆けて行った。



              ***


 最前線での動きは当然、アッシュの目にも飛び込んできた。

 アッシュは見逃さなかった。最後の一瞬だけ、敵部隊が全力でぶつかって来たことを。間違いなく手練れであり、その気になればこちらの前衛を崩して損害を与えれたはずなのだ。

 ではなぜ、それをしなかったのか。一つは数の差だ。いくら手練れと言えど、万を超す部隊を相手にするわけにはいかず、あくまで程々にぶつかって小競り合いで済ませたかったことだ。

 もう一つは、わざと負けたふりをして後退し、罠に誘い込もうとしたことだ。

 現に、敵は隊列を乱して砦に向かって走っている。あれの背を追えば、戦果を上げることもできるであろう。

 だが、慎重なアッシュはそれを良しとしなった。法螺貝の鳴った岩場もそうだが、他にも伏兵を潜ませておく場所はいくつかある。下手に追撃を掛ければ、手痛い損害を出す危険があった。


(まあ、今の状況で焦って戦果を求めるものではないな)


 アッシュはあくまで慎重かつ冷静であった。逃げる敵部隊への追撃は許可せず、小競り合いで負傷した者の手当てを急ぐように指示を出した。

 また、日も傾いてきていたため、夜営の準備を始めるように指示を出した。

 明日はいよいよグーダ砦に迫り、敵との決戦に及ぶことになると考えると、誰もが気持ちを高ぶらせたが、アッシュだけはなにか言い知れぬ予感に襲われていた。

 何もかもが順調だ。敵を蹴散らし、周囲を警戒して奇襲の隙も与えず、兵にはしっかりと休養を取らせる。望み得る最高の状態といえるだろう。

 だが、相手は奇抜な策で一時的とはいえ、パルシャー軍を撤退に追い込んだ指揮官だ。このまま何もせず手をこまねいているだけとは思えなかった。


(おかしい。何かを見落としているような気がする)


 敵は砦にこもって籠城戦をするか、あるいは動かせる兵を出撃させて迎撃するか、明日になってみなければ分からない。

 夜襲の可能性もあったので、歩哨の数も増やして警戒に当たっているが、砦側にこれといった動きも見られなかった。

 気を回し過ぎたか、とアッシュは思ったが、その時、部下の一人がアッシュのいる天幕に入ってきた。


「司令官、敵方より使者が参っております」


「ほう、使者とな」


 やはり何か手を打って来たか、そう考えてアッシュはニヤリと笑った。


「で、何の要件だと言ってきた?」


「とりあえずは、陣の門前にて待たせておりますが、どうも停戦交渉をしたい、と」


「停戦交渉だと!?」


 これまた意外な提案であった。だが、これで敵に意図がはっきりしたと、アッシュは確信した。


「なるほど。こちらが誘いに乗らず、隙もないから、いよいよ手詰まりとなったか! アクトとやらも、存外底が浅い。よかろう、その使者とやらを通せ。どんな条件を持ち出すか、聞くだけ聞いてやろう」


 無論、ここまで有利な条件が揃っている状態での停戦など有り得ない。明日には砦への攻撃を始め、近いうちに敵軍を殲滅できるのだ。この状態での停戦など、愚の骨頂と言えた。

 余裕ある態度で使者をおちょくり、さらに相手の顔を歪ませてやろうと、アッシュは密やかに笑った。

 そのやって来た使者もまた、アクトの仕組んだ壮大な罠の一環だとも知らずに。



           ~ 第十四話に続く ~ 




 

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