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第十話 三日月斬り(6) ~遅すぎた追撃~

 パルシャー軍が撤退を開始してから四日目の朝、ヘルモは目覚めと同時にティルノモスの駐留軍が慌ただしく動き出そうとしていることに気付いた。寝床にしている官舎の窓から様子を見るに、明らかに出撃しようとしている感じであった。

 あれほど出撃するのを渋っていたというのに、今度は一転して出撃しようとしているとは何事かと、直ちに装いを整えて、駐留軍司令部に顔を出した。

 当然ながら、司令部に居並ぶ諸将には、また来たのか、と言わんばかりに歓迎されない雰囲気で出迎えられた。本来ならぶった切って城壁から外へ放り投げたいところであったが、皇帝の側近とあってはさすがにそれはできなかった。


「ベズーザ様、この有様は何事でありましょうか?」


 忙しそうに、というより慌ててあちこちに指示を出しているベズーザは顔を合わせたくもないヘルモの質問に、露骨に舌打ちして睨みつけてきた。


「見ての通り、出撃する。パルシャー軍の連中に一泡吹かせてやるのよ」


 あまりに遅すぎる決断であった。すでに相手が撤退を開始してから四日経過している。今から追撃して間に合うのかどうか、ヘルモはあまりに準備のない場当たり的なやり方に辟易した。


「すでに四日も日が空いたというのに、今になって追撃とは随分と悠長なことですな」


「敵が引いたら、追撃するのは当然であろう!」


「でしたら、なぜ目の前の敵がいなくなってから、今になって追撃すると言い出すのですか!? 敵はもう遥か彼方なのですよ!?」


 愚策愚行に過ぎる、ヘルモは目の前のベズーザにしろ、他の諸将にしろ、すでに軽蔑の感情しか湧いてこなくなっていた。指揮官が変わるとこうもバカバカしいことが起こるのか、そう感じずにはいられなかった。

 ヘルモの仕えてきた上司は、ユリシーズとアクトである。内政屋の皇帝と戦争屋の軍人という畑違いな二人ではあるが、どちらもヘルモにとっては仕えるに値する上司であった。

 能力的な点はいうに及ばず、目の前の愚者達との決定的な違いは“責任感”だ。二人とも己の職分に対しては全責任を負う覚悟と責任感を有し、常に全力で問題の解決に当たっていた。明確な指示を飛ばし、ときに部下の意見を聞いて修正し、常に最大利益を得ようとする姿勢を崩さない。

 その信念や行動があればこそ、自分を始め多くの人々が忠義を尽くそうとしているのだ。

 だが、目の前の面々からはそれが一切感じられない。責任感もなく、長期的な戦略的視野もなく、ただ保身に走っているだけにしか感じれなかった。


(ああ、早く帰りたいなあ)


 ヘルモは心の中で真剣にそう願ったが、目の前の愚行を止めねばならないため、また嫌われるのを覚悟で直言しなくてはならないと決めた。


「なんだ、お前は! 追撃しろと言ったかと思えば、今は追撃に消極的だったり、一貫性のない奴め!」


「四日前に正しい選択が、今日も同じ価値を有しているとお考えですか!? すでに状況は変わっているのですよ!?」


「・・・、奴ら、急に全力で逃げ出したのだ。罠があると考え、敵を見張っていたのだが、反転して迎撃するのに適した地点を通過した途端、一気に行軍速度を上げて、全力で逃げ出した。つまり、罠ではなく、本気の撤退だと分かった。だから追撃をするのだ」


「ですから、そう四日前に申したではありませんか!」


 アクトからの命令無視の上に、遅すぎる決断という恥の上塗り。考える頭を持っているのか、甚だ疑問になってきた。もちろん、これには理由がある。明確な責任者が不在であるからだ。

 元々の東部軍の責任者は現在の軍部局次官のリキニウスであった。老齢を理由に第一線を退き、中央への異動となったのだが、その後任がちゃんと決する前に今回の侵攻が発生した。つまり、現場の責任者不在での迎撃となった。

 その点では同情的にもなるが、それでもアクトの指示を悉く無視した挙句、破滅に突き進もうとする選択を採らせないよう、ヘルモは嫌々ながらも付き合わざるを得ないのだ。職務放棄はヘルモが最も嫌うことであったからだ。


「では、騎兵のみをただちに先行させ、敵を追撃してください。それらなら、四日の距離も埋めることが可能です。無論、数の上で不利でありますから、軽く当たる程度で十分です。それで敵の足を乱せます。敵の行軍速度が鈍れば、他の部隊も追いつけることができますし、上手くすればグーダ砦に入られる前に捕捉できるかもしれません」


 ヘルモは特に軍事の専門家というわけではないが、アクトに役立ちたい一心で多少は兵学書を修めており、この程度であれば助言できた。もっとも、アクトにはその手の助言は不要であり、あくまで書記官や交渉役、すなわち将軍に付随する事務方の役目の方が重要であり、それを頼りにされていた。

 だからこそ、アクトはヘルモをティルノモスに単独で派遣したのだ。

 だが、ティルノモス駐留軍の首脳部は、アクトの想定以上に“使えなかった”。


「使い番が口を挟むな! 戦果を挙げねば、我らの立場がなくなるのだ!」


 とうとう口にした。保身第一、国の在り方など一切考えない愚劣の極み。自分の顔にかかった泥を拭うために、兵員や物資を浪費する愚行。いよいよヘルモの怒りも限界を超えようとしていた。


「ならば、なぜ四日前に出撃しなかったのですか! あの時追撃していれば、今頃は敵将を虜にし、余裕で尋問に興じることでもできたのでしょうに。準備ができてないからと出撃を渋り、今は準備が不十分なのに出撃をしようとしたり、あなたは、いえ、あなた方は軍人の職責や存在意義をなんと心得ているのですか!?」


 国を守り、民を守るために軍隊は存在する。少なくとも、ヘルモはそう考えていた。

 だが、目の前の軍人を“称する”顔ぶれからは、それらが一切感じれなかった。国家国民のために最善を尽くし、栄光ある帝国の一員として責務を全うする、そんな当たり前のことすらしようとしていない愚物の集団であった。

 かつての帝国は軍人であれ文官であれ、大なり小なり帝国の栄光が永遠に続くと信じ、その一翼を担うことを誇りに感じていた。だからこそ、国としては極めて強固であった。

 あの“雷光バアル”という最強の存在を相手にした時でさえ、滅亡寸前まで追い込まれたものの、最終的には勝利を手にした。帝国の栄光のために、誰も彼もが戦った結果だ。

 だが、今はそれが失われている。失われているからこそ取り戻したい。ユリシーズとアクトはそのために戦っている。

 その姿をいつも見せつけられていたからこそ、ヘルモはその真摯なまでの帝国への思い入れに打たれ、二人のために若輩ながら知恵を絞ってきた。

 それゆえに、許せないのだ。自分のようなかつては異郷と呼ばれた場所の出身者ではなく、生粋の帝国人たる目の前の面々の不甲斐なさに、憤りを感じるのだ。


「フンッ! 貴様のような異民族の子供ガキにどうこう言われる筋合いではない! 大人しく引っ込んでいろ!」


 ベズーザのこの一言に、ヘルモは完全にキレた。頭の悪さは言うに及ばず、出自に関係なく自分を登用してくれた皇帝ユリシーズ将軍アクトへの侮蔑と感じたからだ。

 目の前の男は帝国の今後のためにも存在してはならない。ゆえに、殺す。ヘルモは生まれて初めて明確な殺意を覚えた。


(この男は殺す。“合法的”に殺す。自分の手で殺す。そうできるだけの状況を作ろう。ならば、ここは黙認が妥当か)


 おそらく、この追撃は失敗する。すでにかなり距離を空けられている上に、準備不足だ。なにしろ、敵が撤退してからというもの、追撃の準備などしていなかったからだ。あくまで堅守の姿勢を貫いていた。

 そして、敵が所定の地点を通り抜けたところで罠ではなく、本気の撤退と判断して慌てて出撃しようとする有様だ。

 これで敵を補足して倒そうなどと、どう考えても無理な話だ。

 失敗するなら放っておけばいい。命令無視に加えて、補足失敗からの無駄飯食い。処断されても文句は言えない程の失態である。

 ならば、好きにやらせて、見てきたことをアクトに訴え出た方が、目の前の愚物をあの世へ送り出す最短の道だと、ヘルモは判断した。


「では、もう何も申しません。好きになさいませ。そして、痛い目を見て来てください。首と胴が離れる前に、己の愚行を反省できることを祈っておりますよ」


 言えるだけの嫌みを言って、ヘルモはその場を離れた。その背中には明確な殺意の視線がいくつも突き刺さっていたが、これからそれらが死を迎えると思うと、憐れみすら感じるほどであった。


(監査の任務は続行。適度の付かず離れずの位置取りを維持し、追撃軍を見守る。どれだけバカなことをしようと、もう監視だけで済ませる。聞いてもらえぬ助言など、やるだけ無駄だ。さて、馬と食料、それと野宿の装備を用意せねばな)


 ヘルモも追撃に形だけ参加して、見守る任務は続けることとした。相手の非を鳴らすのであれば、情報の集積は不可欠であり、無様な姿を瞳に焼き付けておかねばならなかった。

 だが、悪い方向にヘルモの予想を裏切った。なにしろ、追撃軍が壊滅的な損害を被ったからだ。



                 ***


 追撃軍は開いてしまった距離を縮めるために強行軍を続けたが、その極めつけが乾燥地帯の行進であった。アンティノー地方は肥沃な大地が広がっているが、それは河川の近くに限定されており、離れた場所には灌漑用水路を通して農地を広げていた。

 そのため、そこいらの村人の飲料水ならばいざ知らず、万を超す軍隊ともなると水の補給ができる場所となると、河川か大きめのオアシス程度しかない。そうなると、軍隊を動かす場合はそうした水を補給できる地点を把握して行軍計画を立てるのが常であった。

 だが、今回は準備不足のため事前の行軍計画なるものがなく、しかも普段なら使わないような危険な道を使ったために水の補給ができなかった。

 そこへ待ってましたと言わんばかりに、パルシャー軍が反転攻勢を仕掛けてきたのだ。

 無理な追撃で疲労がたまっており、しかも水不足で力が出ない。最悪の態勢で追撃側が戦うこととなり、結果は惨敗。半数の兵を損なって敗走する羽目になった。

 元来た危険な道は使うわけにはいかず、川沿いに後退したのだが、その先にはグーダ砦があった。

 なお、グーダ砦はパルシャー側が放棄しており、もぬけの殻になっていたため、敗走するライアス帝国軍はそこへと逃げ込んだ。

 だが、そこへパルシャー軍が迫ってきた。というのも、パルシャー軍はこれを機会にライアス帝国軍に決定的な打撃を与えるため、グーダ砦を撒き餌とし、空城にすることでわざとそこへ逃げ込ませ、袋叩きにするつもりでいたのだ。

 どうせ、グーダ砦は防御設備が不十分な建設途上の砦であるし、士気は落ち、負傷兵だらけの兵士では、砦に籠ろうとも大したことはない、そう判断しての行動であった。

 これら一部始終を少し離れた位置で見ていたヘルモは、あまりの不甲斐ない出来事に、ため息を吐くことしかできなかった。

 だが、失望はすぐに希望へと変わった。ヘルモは西方から兵の気配を感じ、そちらを振り向いた。そこには土煙を上げながら接近してくる一軍があった。旗指物から、その一団はアクトの部隊であることがすぐにヘルモには分かった。


「やれやれ、ようやく話の出来る人がやって来た。もう話を聞いてくれないバカの相手はコリゴリだ」


 ヘルモは馬首を返して、やって来るアクトの方へと駆けて行った。

 あの速度であれば、パルシャー軍が砦に殺到する前には砦に到達できるだろうし、残存兵力を糾合すれば、アクトならばどうにかしてくれるだろうとの期待を胸に、ヘルモは馬の脚を急がせた。

 こうして、後の世に“将軍ドゥクスアクトの三日月斬りクレセントマーチ”と称される一連の行動は、アクトのずば抜けた戦略眼と行動力、実行力を見せつけ、ライアス側有利に運ぶものかと思ったが、ティルノモス駐留軍の愚行によってその優位性がすべて帳消しとなる大失敗に終わることとなった。

 しかし、アンティノー地方を巡るこの戦は、まだまだ始まったばかりであった。


              ~ 第十一話に続く ~

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