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第八話 三日月斬り(4) ~長距離迂回機動~

 アクトが考えた奇襲は、長距離行軍による迂回機動を採り、敵の手薄な箇所を突くというものであった。

 そして、これのための下準備を、パルシャー側の挙兵が耳に入った瞬間から準備していたのだ。

 というのも、かつての上司である第八軍団の司令官ブーンから、エフル族の移住者であるトーグとその取り巻きを移籍された段階でこの迂回機動については頭の中で考えついていた。ただ、想定以上に早い段階で使うことになっただけであった。

 エフル族は現在、族長の死去による後継者争いが生じており、大規模な軍事行動ができない状態になっていた。それに関連して、パルシャー側もエフルとの境界に展開していた部隊の多くを引き上げ、今回の侵攻に合わせて再編していることも、ある程度だが掴んでいた。

 これについては、ブーンが個人的に構築したエフル族との交易路があり、その伝手でアクトも情報を仕入れていたのだが、トーグの加入によりそれが強化される格好となった。

 そして、実際に兵を動かすのにあたって、この迂回機動の事を事前に話したのはたったの三名。副長のソロス、伝令役のヘルモ、案内役のトーグだけであった。

 当初はいくらなんでも無茶が過ぎるとソロスもヘルモも困惑したが、トーグが道案内とエフル族との交渉を買って出たことにより、決行と相成った。

 まず、ソロスはできるだけ多くの荷馬車を集めることに奔走した。表向きは増援のための軍需物資や食料を運ぶためということにして集めたのだが、半分は空気輸送であった。

 これが使われたのは、偽装の夜営を行って、進路を外れてエフル族の領域に向かう時だ。兵士らの装備を空の荷台に詰め込み、服一枚で走らせたのだ。

 鎧や武器を装備しながら走るのと、手ぶらで着衣のみで走るのとでは速度も疲労も段違いであり、これが長距離の迂回機動を可能とした。エフル領内ならば襲われることはないと言う前提の行軍方式であった。

 そして、エフル族の領域に入ると、今度はトーグとその部下達が先頭を切って駆け出した。なにしろ、彼らの元々の居住地区であり、領内の先導など容易いことであった。

 また、不意なライアス帝国の進入とあって、エフル族でも動揺が走ったが、それを説得して回ったのもトーグの一派であった。

 無論、ライアス帝国と事を構えるつもりはなかったが、タダで通すのも気が引けたので、それ相応の手土産を要求する部族の有力者もいたが、それはアクトとソロスが賄った。

 アクトは大隊長コホルスに就任してからというもの、前線に出ることが多く、しかも家族もない有様であったため、俸給を使う機会がなく、五年分もほぼ手付かずの状態であった。普段の食事や装備の大半も官給品で賄い、意外と蓄財ができていたのだ。

 軍団指揮官インペリウムの就任祝いと称して、ユリシーズからも支度金が出されており、それも今回使うこととなった。

 また、ソロスは大隊の運用資金の一部をちょろまかし、裏帳簿に貯め込んでいた。細かな事にも口を出し、節制に次ぐ節制を強いてきたので、陰では“守銭奴副長”などと陰口を言われることもあったが、その貯め込んだ裏資金をここで放出したのだ。

 援軍として振り分けられた荷駄隊に加え、自前の資金で追加の荷馬車を手配し、アクトの想定していた輸送量を確保に成功。残った資金もアクトの俸給等と合わせて、エフル族側に提供し、これを以て通行料とした。

 もっとも、これでは少ないなぁ、などと言って増額を要求する業突張りもいた。内輪揉めで辟易している者も多い中、久方ぶりの金づるが飛び込んできたのである。当然の要求と言えば当然の要求であった。

 それに対し、アクトは奸智を尽くした提案を出した。


「君達、いっそのこと、我々と国境を越えないか? こちらは敵の拠点を攻撃する。その間に、防備の薄い村々を襲えば、いい稼ぎになるのでは?」


 まさに悪魔の囁きであった。そして、アクトの提案にエフル族が千名ほど応じてきたのだ。

 なにしろ、久々に略奪を行える好機が来たのだ。しかも、パルシャー側の守備隊はライアス帝国軍が引き付けてくれるという。無防備な相手からの収奪など、エフル族にとって胸躍らせるのに十分すぎる美味しい提案であった。

 そして、更に数を増やした部隊は国境を超える直前で馬車に乗せていた装備を着込み、一気にパルシャー領内へとなだれ込んだ。

 当初、パルシャー側の守備隊は何が起こったのか認識できなかった。内紛中であるため、エフル側からの侵入はなくなっており、たまに斥候程度の数騎を見る程度であった。

 それがいきなり万を超す部隊が目の前に現れたのである。内紛が終了したなどと情報もなく、完全に油断していたところへの攻撃である。しかも、トーグやアナートが騎兵を率いて先に道を塞いだため、国境の砦から他方への連絡ができず、完全に奇襲が成功したのであった。

 砦の守備隊は一人余すことなく皆殺しにされ、襲撃の情報が伝わることなく、帝国軍の侵入を許す結果となった。

 内紛終結までは大挙して押し寄せることはない、という考えが招いた悲劇であった。確かにそれは正しいのだろうが、あくまでそれはエフル族に対してであって、“エフル領域からライアス帝国軍が侵入してくる”ことを想定してはいなかった。

 奇襲が成功したという確かな感触を得たアクトは、道案内をしてくれたエフル族の面々にまずは礼を述べた。

 そして、そのエフル族はアクトの号令を待っていた。今にも駆け出しそうな同盟者達を前に、アクトは天に向かって拳を振り上げ、大声で叫んだ。


「さあ、ともがらよ、狩りの時間だ。存分にやり給え!」


「「ヒャッハー!」」


 待ってましたと言わんばかりにエフル族は絶叫し、我先にと付近へと散って行った。狙いは村や町であり、さらに言うとそこにある金品や人間であった。

 なにしろ、今はそれを妨害するであろうパルシャー側の守備隊がいない。無論、付近の駐留部隊もいるであろうが、その数は大幅に減っている上に、帝国軍が引き受けてくれるというのである。

 今回の侵攻に参加したエフル族の面々にとっては、妨害もなく略奪に勤しめる好機なのであった。内輪揉めのせいでお預けを喰らっていた分、その溜まっていた鬱積を晴らすまたとない機会だ。

 もう彼らの目には、ギラつく欲望以外浮かんでいなかった。

 なお、アクトはこれらの行動に対して、基本的には自由を与えていたが、いくつか条件を提示していた。

 まず、食料である。襲った町村で手にした水や食料は帝国軍に優先的に回すこと。

 そして、『天の台座ダフマ』を目指して帝国軍が進んでいることをそれとなしに吹聴すること。

 この二点のみをエフル族に打診し、その他の手にした金品並びに人間は取り放題だ、としておいた。

 これでエフル側の士気は爆上がりした。エフル族の慣習では、略奪品は基本的に集団の頭領が全部接収し、それから働きに応じて配分されるのが長年の慣習であった。

 その配分こそ頭領の腕の見せ所であると同時に器を測る機会で、部下からすれば頭領に付いていくか、あるいは気に入らないから他所に移るかは、こうした頭領の差配によって決めているのであった。

 その点、アクトの提案は最高のものであった。なにしろ、「食料品以外は奪った先から懐に入れていいよ」と言ってきたのである。こんな気前のいい頭は他にはいない、と喝采したほどであった。

 中にはさらにパルシャー領深くにまで道案内を買って出る者まで現れるほどであった。かつての略奪行でさらに奥まで進んだ者がおり、地理にはそれなりに明るかったからだ。

 アクトはその申し出を喜んで受け、略奪品の分け前が少なくともその点は補填すると約束し、案内役もそれに満足した。

 こうして、進入を果たしたエデス地方は、久しぶりのエフル族の暴虐ぶりを一身に受けることとなった。エフル族は村々に襲い掛かり、住人を虐殺。金品を強奪し、若い女を見れば襲い掛かり、運びやすい子供は奴隷として連れ去った。

 後に、ヘルモはこの件をアクトに問い質したことがあった。無抵抗の民を殺して回るのは、いかに敵国の住人とは言えやり過ぎでは、と。それに対し、アクトはきっぱりと言い切った。


「エフルの略奪者、パルシャーの住民、どちらも“帝国法”の庇護下にない」


 つまり、どちらも帝国の法律の適応外であるため、知った事ではないと断言したのであった。

 これにヘルモはアクトの事を“帝国教の狂信者”と評していた。帝国の庇護下にある者は慈悲と寛容を以て接し、法から外れた者や外国人に対しては、同一人物とは思えないほどに冷淡な態度を見せることもしばしばであった。

 例え同盟者であろうとも、徹底的に利用する。帝国の内と外、その明確な線引きこそ、アクト将軍を形作る信念の根幹だ、とヘルモは後に語っている。

 破壊、収奪、殺戮、その暴風がエデス地方に吹き荒れたが、アクトは意に介することなく、軍を南東方向に進めた。

 案内役の情報も役に立ち、敵の拠点をある程度だが把握でき、その悉くを陥落させていった。

 いずれ情報はエデス地方を飛び出し、近隣の駐留軍がやってくるだろうが、必ず迷いが生じるはずだ。そうアクトは考えていた。

 そして、その迷いは判断を鈍らせる。侵攻する帝国軍を止めるべきか、それともエデス地方を好き放題に暴れ回るエフル族を駆逐するのか。

 そして、極めつけの一手が『天の台座ダフマ』の破壊である。

 諸民族の聖地が破壊されるとなると、まともな判断など下せようもなくなる。とにかく、阻止せねばと動くはずだ。

 しかし、それでは略奪を欲しいままにされ、最悪“家族”が攫われたり殺されたりするかもしれないと“兵士”は考える。これでますます指揮者達は苦しい選択を迫られることになる。

 まさに、それこそアクトの狙いであった。奇襲によって相手をぶった切り、さらに傷口に塩を塗り込む手口は、まさに悪魔の所業であった。略奪に加え、墓荒らしである。正真正銘の悪魔だと、パルシャー側に思われてもおかしくないほどのやり口であった。

 そして、ここからがアクトの悪辣さが更に加速していった。

 『天の台座ダフマ』に近付くと、部隊をいくつかに分散させ、街道付近に伏せたのだ。そして、聖地の危機を聞いて駆けつけてきた敵部隊に次々と襲い掛かったのである。

 聖地目指してひたすらに駆けている部隊である。待ち伏せに対する備えなど二の次で、とにかく急いで聖地へ行軍したため、伏撃への対処ができようはずもなく、次々と撃破されていった。

 アクトは聖地を餌にして、群がるパルシャー軍を次々と狩ったのであった。

 物資の補充はこれで出来上がった。なにしろ、次々やってくる敵の小部隊を狩っていれば、そこから奪い獲ることもできるし、エフル族からの“差し入れ”もあった。兵員の補充は敵地のど真ん中であるためできないが、待ち伏せと彼我の戦力さもあって、損害は極めて軽微であった。


「さて、敵もいい加減、愚かしさを理解したことだろう。小部隊をいくら送り込んだところで、対処できないとな。それほどの数の敵を侵入を許した、そう理解するだろう」


 アクトは皆殺しにした敵の部隊を見ながら、そう呟いた。そして、居並ぶ麾下の武将に視線を移した。


「作戦を次に移すの?」


 アクトの機微を察したアナートが尋ねてきた。アナートは身軽さと目の良さを買われ、斥候として方々を馬で駆け回っていた。アナートがもたらす情報は大いに役立ち、上手く敵を誘引して罠に落とし込むのに活躍していた。


「その通りだ。これだけ派手に暴れれば、アンティノー地方に侵入しているパルシャー軍も慌てて引き返すだろう。聖地を破壊されては、侵攻どころではないからな。信仰だけに!」


 アクトの下手な冗談であったが、連戦連勝とあって士気は高まっており、皆も思わず笑ってしまった。


「トーグ殿、これより西進してテン河を渡り、一路グーダ砦を目指す。そのように、エフル族の方々に伝えておいてくれ」


「心得ました。十分過ぎるほどに財布も膨らんだでしょうし、満足して帰途につくでしょう。将軍閣下には感謝の言葉もございません」


 トーグは満足そうに頷き、アクトへの忠義を改めて口にした。トーグはエフル族の出身であり、エフル族にとってよき頭首とは、強いことと気前の良いことであった。アクトはそのどちらも満たしており、忠義を尽くすのに申し分のない存在であった。

 忠義を尽くして働けば、また褒美を貰える。そうした現金な思考こそエフル族であり、アクトもまたそれを理解しているからこそ、エフル族に対しては気前よく振舞ったのだ。


「で、前座は終わりで、ここからが本番ですかい?」


 百人隊長ケントリオのテオドルスからの問いかけであった。アクトはそれに対して、頷いて応じ、それから西の空を見つめた。


「これだけ派手に暴れ回ったからな。そろそろ敵の侵攻軍にも伝わっている頃だろう。そして、慌てて引き返す。グーダ砦に先んずれば、そこで相手の退路を断ち、殲滅できる。間に合わなくても、敵の撤退によってアンティノーの防衛は成功となるので、戦果拡張はできずともこちらの勝利は変わらない」


「ヘルモが上手く動かしてくれればよいのですがね」


 そう言ったのはソロスであった。ヘルモには駐留軍に追撃するように促す仕事があり、それを成し遂げてくれれば完全勝利となるからだ。


「さて・・・、賽の目がどう出るかは行ってみないことには分からん。全員、最後まで気を引き締めていけよ。無事に帝都に帰り着いて、凱旋式を挙行してもらうのだからな!」


「「おおう!」」


 否応なく高まる士気に、部隊全員が声を上げて叫んだ。そして、意気揚々とアクト軍団は引き上げていくのであったが、事態はアクトの予想を離れ、最悪の結果を生み出すのであった。



               ~ 第九話に続く ~

 

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