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第七話 三日月斬り(3) ~攻城戦開始~

 パルシャー侵攻軍は完全な肩透かしを食らっていた。今、彼らの目の前にはアンティノー地方の重要拠点である城塞都市ティルノモスが見えている。

 ティルノモスは強固な城壁に加え、南と東にはユラ河が天然の堀となっており、北側の丘には出城が備え付けられていた。そうなると、攻め口は西側にしかないのであるが、パルシャー軍はユラ河沿いに東からやって来たため、西側にだけに兵を集めるのは緊急時の対応に難儀することが予想できた。

 そのため、この町を攻めるに際しては、まず、北の出城を攻撃して沈黙させることが求められた。

 しかし、気になる点がある。ノァグラドを出立した後、行方知れずとなった敵方の援軍の情勢だ。

 パルシャー側の総司令官であるアッシュは、この姿が見えない敵援軍が奇襲を仕掛けてくるものと判断し、慎重な行軍を続けてきた。アンティノー地方はかつてはパルシャー側に所属する土地であるため、土地勘があり、奇襲や待ち伏せに適した場所を把握していた。その付近を通過する際には特に念入りに警戒し、厳重過ぎるほどの斥候を放ち、敵の襲撃に備えた。

 しかし、そのどれもが空振りに終わり、とうとうティルノモスを視認できる位置にまで進軍することができた。

 ならば、攻城戦に入ったところで横槍を入れてくるのかとまた念入りに付近や街道に斥候を放つも、それも空振りに終わった。

 あと、考えられるとすれば、道中にあったグーダ砦を強襲し、退路を断つという手段も採ることができた。アッシュ自身、そちらが本命ではと考えていたので、砦との定時連絡のために早馬を何度も走らせているのだが、特に変わった様子もなかった。

 しかし、朗報も入った。後方のシオンから後続部隊が出立し、一万の部隊がグーダ砦に向かって進軍を開始したとの情報が入ったのだ。


「これで合流を果たせば、総数でもこちらが上回る。勝ちは見えてきたな」


 後備えの情報に諸将は沸き立ち、アッシュもまた安堵した。

 しかし、気になるのはやはり消えた敵増援部隊の動向なのだ。どこにいるのか、どれだけ探しても索敵網に引っかからないからだ。

 なぜ索敵網に引っかからないのか、アッシュは地図を広げ、それを凝視した。まだアンティノー地方がパルシャー側の領域であった頃にアッシュは赴任していた経験があるため、周辺の地理にはかなり詳しい。そのときの知識を活かして、ありとあらゆる場所を探していた。

 だが、一万五千もの数の人間を隠せる場所など限られており、そのどれにも姿を確認することはできなかった。


「まさか、本当に逃げ出したのでは?」


 部下の中にはそう嘲笑う者もいたが、アッシュはそれはないと判断した。わざわざ“誇官の儀”まで執り行った将軍が、敵前逃亡などすれば、それこそ歴史に残る大失態というものだ。なにより、そんな都合のいい展開などはないと、アッシュはさらに警戒心を高めた。

 結局、念入りな索敵も空振りに終わったため、予定通り攻城戦に入った。

 現在、アッシュの抱える兵力は三万五千。シオン出立時は四万であったが、グーダ砦に三千の守備隊を残し、さらに索敵や警戒のために小部隊を無数に放っていたので、その数になっていたのだ。

 その三万五千を四つに分け、一つを出城の攻撃、一つを即応用として待機、一つをティルノモスへの牽制用として布陣、一つを休息させた。休息させた部隊は時間と共に別部隊と交代させ、疲労が偏らないようにと配慮した。

 そして、城攻めが開始された翌日、後方から早馬が急報を携えて本陣に駆け込んできたのだ。


「申し上げます! 敵部隊が現れました!」


「やはり後ろに回り込んできたか!」


 我が意を得たりと、アッシュは机をバンと叩いた。


「だが、愚かなことよ。グーダ砦が手薄と踏んで強襲したのだろうが、それは予想済み。備えはしてある。砦攻略に手こずる間にシオンを発した後続が挟み討つ。強襲用の軽装であろうし、奇襲の躓きが響いて、そのままズルズルと、だな」


 読みきった自分が賢明であったと、アッシュはニヤリと笑った。たが、使番の言葉はそれを否定した。


「いえ、敵が現れたのはグーダ砦ではありません」


「なに!? では、まさか、シオンを直撃してきたのか!?」


 さすがに、そこまでの“愚行”は予想していなかった。

 シオンは元々パルシャー王国の王都で、その防御力はグーダ砦の比ではない。守備隊も数が揃っている。なにより、近づく前に補足されるため、奇襲も成立しない。

 グーダ砦強襲でもかなり厳しいのに、更にその上をいく難易度のシオンを強襲するなど、狂気以外の何物でもない。


「シオンを攻撃するなど愚の骨頂よ。無駄に兵を仕損じるだけではないか。敵将め、アクトとかいう若造であったか・・・。蛮勇にも程があるぞ」


「ああ、いえ、敵が現れたのは、シオンでもございません」


「・・・なに?」


 アッシュは首を傾げた。予想が悉く外れたからだ。侵攻軍を攻撃するでもなく、あるいは後方に躍進して退路を遮断するでもない。まったく理に添わない行動であったからだ。


「では、敵はどこに現れたというのか?」


「それが・・・、敵が出現したのはエデス地方です」


「はぁ?」


 余りの予想外の答えに、アッシュは間の抜けた声を発した。意外過ぎたために、諸将もざわめき、どういうことだと口々に困惑の声が飛び交った。

 エデス地方はパルシャー王国の北の端にある地方である。エフル族の領域と近いこともあって、開発が遅れており、はっきり言って田舎、辺境であった。戦略的な価値も薄く、万を超す軍隊を送り出す意味など、とても考えられなかった。


「どういうつもりだ、敵将は。エデスに兵を進めるなど、無意味なことを・・・」


 だが、単に吐き捨てるだけなら誰でもできる。アッシュはエデスへの進軍に戦略的な意味があるのか、必死で考えた。そして、一つの考えに至った。


「あそこは今、間違いなく手薄だ。もし万を超す敵軍が入ってきた場合、止めることはできない。成すがままに蹂躙されるだろう」


 エデス地方は北方の騎馬民族エフル族との境界に近く、そのためかつては防衛力に関してはかなり備えが整えられていた。なにしろ、隙あらば国境を侵し、付近の町村を荒らし回る野蛮な連中であるから、そのための迎撃戦力を常駐させていたのだ。

 しかし、現在はエフル族は内紛の真っ最中であり、大挙してパルシャー領内に侵攻することはないと判断され、エデスを始めとする北部地域から兵員は大幅に減らされている。その減った分を今回の侵攻軍に加えているのであるから、その点はアッシュもよく理解していた。

 常駐していた部隊が大幅に減っている以上、もし侵入されてしまえば好き放題にやられてしまうだろう。しかし、アッシュにはまだ敵の意図が読めなかった。やはり、今回の主戦場とは大きく離れているし、なにより一万五千ではパルシャー国内にいる部隊によってすり減らされることは明白であった。

 あまりにも博打に過ぎる行動、アッシュは相手の意図が読めずに混乱した。


「そんな、おっかぁがいるのに・・・」


 側にいた衛兵の何気ない一言に、アッシュは全身が雷に打たれたような衝撃を受けた。今回の侵攻軍はあちこちから余剰戦力をかき集めて編成された部隊である。そして、エフル族の内部分裂を見て、北部からの引き抜きがかなり大きな比率となっている。

 もし、北部が一方的に蹂躙される状況ともなれば、北部出身者が多い侵攻軍の士気が崩壊する危険性があった。兵士の一言は、まさに家族が心配で気が気でないという感情を如実に表していた。


「緘口令を布く! この会議の席での話は、外に漏らすなよ! 漏らした者は厳罰に処す!」


 まずは口止め。対処を考えずに情報を出してしまえば、抑えることもできなくなり、統制が難しくなるとアッシュが判断したからだ。

 してやられた、アッシュは苦々しい表情を浮かべ、目の前にある地図を睨みつけた。

 アッシュは消えた敵部隊が奇襲を仕掛けてくると警戒していた。その判断自体は間違っていなかったのだが、仕掛けてくる場所を見誤ったのだ。

 援軍のためにティルノモスに向かうと見せかけ、頃合いを見て姿を消し、長駆して隙だらけのエデスへの攻撃を仕掛けてくるなど、完全に思考の外であった。


「完全にはめられた。こんな手で奇襲を仕掛けてくるとは!」


 アッシュは怒りと焦りを拳に込め、それを机に叩きつけた。バァンと豪快な音が鳴り響き、諸将の困惑の色がさらに広がっていった。

 しかし、拳で怒りを発散したことによりある程度冷静さが戻り、どうしてこうなったのかを考え始めた。敵軍が消えた地点と、姿を現した地点を交互に指をさし、何度も確認して、そして気付いた。


「そうか。奴ら、姿をくらませた後、エフル族の領域に入ったのだ。そうすれば、こちらからの索敵に引っかからずに、エデス地方にまで到達できる!」


 二点を結ぶ曲線を、アッシュは地図上でなぞった。さながら“三日月”の弧をなぞるかのような動きだ。距離や時間を考えると、全速力で走り抜けてどうにか可能になるかどうか、というかなり厳しい条件であるが、決して不可能ではない。

 そして、エデス地方に現れたということは、その難しい行軍を見事にやってのけたことを意味していた。

 当然、その効果は大きい。

 今回の戦においては戦略的な価値はない。少なくとも、先程まではなかった。しかし、この有り得ない行軍が価値を作り出してしまったのだ。

 まず、先程緘口令を布いたように、北部が攻撃されたとなると、北部出身者が比較的多い侵攻軍の士気がガタ落ちになってしまう点だ。早く対処せねば士気が崩壊し、攻城戦どころでなくなる。

 次にライアス帝国とエフル族の同盟が未だに強固であるということだ。今回の奇襲はエフル族の領域を通過しなくては決して実行できない攻撃であり、そうなるとエフル族側が通過を許可したということである。他国の軍隊の通過を認めさせるなど、余程の信頼関係がなければ決して認められないことは明白である。それをやったということは、両者の関係は強固であり、エフル族の分裂が解消されれば、再び脅威として立ち塞がることを意味していた。

 そして、エフル族を刺激してはならないということでもある。現在、内紛状態にあるが、もし、パルシャー側が下手に攻撃を仕掛けたら、別れている国論をまとめ上げる結果にも成りかねず、牽制しつつ静かに見守るのがよい。少なくとも、今こうしている様に全力で叩き潰しに行くことを企図していなければ、触らない方が良い。つまり、エデス地方に侵入した敵軍は散々暴れ回った後、エフル族領内に逃げ込むことができるというわけだ。

 長駆して孤軍と見せかけて、実は背後に強烈な友軍を抱えているということだ。これは決して軽視するべきではない。


「くそ、まさか戦線を新たに構築して、アンティノー地方制圧を妨害してくるとは! こんなやり方、あの伝説の将軍“雷光バアル”のようではないか!」


 およそ軍人であるならば、“雷光バアル”と呼ばれた古の将軍の名を知らぬ者はいない。かつてライアス帝国は勃興期に滅亡寸前まで追い込まれたことがあった。その時の対戦相手が“雷光バアル”と呼ばれた将軍であり、当時のライアス帝国軍はたった一人の男に震え上がったほどだ。

 その最初の一撃は、冬山の雪道を踏破し、帝国軍の背後を突くというとんでもない一手であった。これは大きな犠牲を払いながらも成功を修め、帝国軍は完全な奇襲を受けることとなり、大きく出遅れることとなった。

 その動きによく似ている、アッシュは今回の敵の動きを見て、そう感じたのだ。


「急報! 急報!」


 アッシュの考えがまとまらぬうちに、次なる知らせが飛び込んできた。焦るアッシュは舌打ちしながらも、一軍を預かる将として無様を晒すわけにはいかず、飛び込んできた使い番を見やった。


「今度はなにか!?」


「エデスに侵入した敵軍ですが、エデス地方の村や町を略奪、破壊して行軍を続け、そのまま南東方向に進んでおります!」


 アッシュは報告を聞くと、すぐに地図に視線を落とした。エデス地方から南東方向にあるめぼしい都市や拠点を見つめた。重要な箇所がいくつかあるが、エフル族領域に逃げ込めるという安全な退路を失ってまで進軍する意味を見出せなかった。

 なお、先程の衛兵も使い番の言葉を聞き、「おっかぁが、おっかぁが」と顔面蒼白になりながら呟いていた。

 当然、アッシュの耳にも入っていたが、焦りよりもまず頭を使うことを優先した。将たる者が思考を放棄することなど許されないからだ。


「どういうつもりだ。背後を失い、全滅するのがオチだぞ。深入りしてくる理由はなんだ!?」


「し、将軍、まだ続きがあります」


 使い番が恐る恐る告げると、アッシュはさっさと話すように促した。


「敵はエデス地方を荒らし回り、そして、こう喧伝しておりました。我らは『天の台座ダフマ』を破壊すると」


「「なんだと!」」


 その場の全員が悲鳴に近い絶叫を上げた。使い番の言葉はそれほどまでに衝撃的であったからだ。

 パルシャー王国の最大部族であるエラン族を始め、この地域の諸部族は空飛ぶ鳥を神の御使いとして崇めている。そして、死者の遺骸を鳥に食べさせると、その魂を天にいる神の御許へ運んでくれると信じていた。

 そして、特に重要なのが『天の台座ダフマ』と呼ばれる場所で、パルシャー諸民族発祥の地とされる場所に建てられている神殿であった。各部族の族長や有力者はここで死して眠ることを第一に考えており、遺骸をこの地で鳥に食べさせるのが最高の礼葬とされた。

 そのような聖地を破壊されては、国全体の士気に関わるというものだ。

 都市や街道を描いた地図であったため、“墓”の場所は地図に記されていなかったが、確かにエデス地方から南東方向に進めば、『天の台座ダフマ』に辿り着くことは可能であった。


「万を超す軍を侵入させた理由が、よもや墓荒らしであったとは!」


 常軌を逸しているとしか思えなかった。少なくとも、この場の面々には、この計画を立てた敵将が悪鬼のごとく思えてきた。


「し、将軍! すぐに戻らなくては!」


「落ち着け、者共! ここで陣を解いては、ティルノモスの駐留軍に背を晒すことになる。追撃してくださいと教えてやるようなものだ」


「で、ですが・・・」


 もう、軍としての機能が著しく削がれていた。兵も、将も、士気が崩れている。攻撃も、撤退も、どちらもやりにくい状況になっていた。

 だが、それでも撤退しなくてはならなくなった。全力で領内に侵入した敵軍を屠らねば、今後の遠征など望めようもないからだ。


「・・・このまま攻撃を続ける」


「将軍!?」


「慌てるな。攻撃するフリだけだ。この一日の内にティルノモスにいる手の者を動かす。それで、追撃の手が入らぬよう情報を操作する。効果がどれほど出るかは分からないが、そのまま撤退するよりかはマシであろう?」


 アッシュの言葉に一同は感心した。このような緊急時であろうとも、その思考は冷静そのもの。最善の一手を探し出し、示してくれる。諸将はアッシュの言に賛意を表し、場はどうにか鎮まった。


「よし、では行動に移す。現在、出城に相対している部隊はそのまま攻撃を仕掛けろ。やる気のなさを悟られぬように、ちゃんと攻めるのだぞ! 他の部隊は牽制を入れつつ、密かに撤収作業にかかる。もちろん、兵士達に動揺が広がらないよう、情報は伏せたままでな。その間に、こちらも情報操作をしておく。・・・よし、各員作業かかれ!」


「「ハッ!」」


 アッシュの号令を受け、諸将は慌ただしく自分の指揮する部隊へと戻っていった。

 意気揚々とティルノモスに迫りながら、まさかたったの一日で撤収に追い込まれるとは、完全に予想外であった。


(アクトとやらめ、今に見ておれよ。この屈辱、何倍にして返してやるからな!)


 こうして何の成果も得られぬまま、アッシュ率いるパルシャー侵攻軍は撤退へと追い込まれた。アクトの打った奇想天外な一手が、見事に状況をひっくり返したのだ。

 しかし、今回のライアス帝国、パルシャー王国の戦争はまだ始まったばかりであり、武力以外の交渉はまだ成立しそうにはなかった。



              ~ 第八話に続く ~

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