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第一話 出会い

 それは陽光降り注ぐ穏やかな昼過ぎのひとときであった。

 風の吹き抜けるなだらかな丘陵地帯を三頭の馬が駆けていた。それぞれには人が乗っており、一人は豪華な衣装に黒く染め上げた絹のマントを身に付けており、見るからに身分の高そうな男であった。別の馬には赤い艶やかな衣装を身にまとった女性と、同じく赤い衣装を身にまとっているがまだ幼い少女であった。


「おお、あそこにウサギがいるぞ!」


 男は少し離れた場所にウサギがいるのを見つけ、それを指さした。


「行ってまいります!」


 少女は男が指さす方向にいるウサギめがけて馬を走らせた。少女の黒髪が流れるように後ろに波打ち、手綱を放して股と鐙にてしっかりと下半身に力を込め、同時に弓を構えた。

 大地を蹴飛ばして疾走する馬は少女の小さな体を揺さぶるが、構えた弓と番えた矢にぶれはない。それは完全にウサギを捉えていた。

 ウサギは狙われていることに気付き、慌てて逃げ出すがすでに遅かった。少女は兎の動きに合わせて体をひねり、そして、矢を放った。

 狙い違わず、“二本”の矢がウサギに突き刺さり、絶命させた。


「ん? なにかしら、これ」


 少女が撃った矢は無論一本である。なのに、もう一本刺さっている。訳が分からず首を傾げていると、少年が一人、駆け寄って来るのが見えた。その手には弓が握られており、もう一本の矢の主はこの少年だろうと少女は推察した。

 少女から見て、少年はごくごくありきたりな服装で身を包んでおり、矢を入れておく矢筒を腰に付け、弓を手に握っており、おそらくは狩人か農民の子供なのだろうと考えた。

 しかし、その瞳に宿る強烈な意思の光は初対面だというのに妙に引き込まれ、風になびく赤茶色の髪はその強い光を表すかのごとく揺らめく炎のようであった。


「ねえ、この矢はあなたの?」


「そうだよ。狙ってたのに、いきなり馬で近寄られたから、危うく逃がすところだった」


 少し不機嫌そうに少年が話しかけていきたので、少女の方もムッっとなって馬から飛び降り、転がっていたウサギの死骸から自分の矢を抜いた。


「私の矢は心臓に命中してる。あなたの矢は腹ね。絶命させたのは私の矢なんだし、こいつは私の物ってことでいいわよね?」


「冗談じゃない。こちらの矢の方が早くに命中している。だからこちらの物だ」


 少年もウサギから矢を抜き、それを挟んでお互い睨みあった。

 少女としては意固地になって獲物を求める必要はなかったが、目の前の少年に押し負けたような気がするので、少しばかり意地を張ってしまったのだ。

 一方の少年は持って帰らないことには、今夜の夕食にも事欠く有様であり、貧しい身の上ではウサギ一羽とて諦めるわけにはいかなかった。

 微妙な空気が二人の間に流れる中、少年は二頭の馬が駆けよって来るのが目に入った。しかも、着ている服装から、すぐにそれが貴族なのだと分かると、しまったと後悔した。

 物見遊山か、狩猟か、とにかく貴族の遠掛けに出くわし、その獲物を奪い合っているからだ。無論、少年としては今宵の夕食のためなのだが、そんな理屈は通用しない。なにしろ、相手は貴族であり、農民の命一つなど、そこいらの草と何ら変わらないからだ。

 逃げ出すこともできない。なにしろ、相手は馬で、こちらは徒歩だ。

 ならば殺すかというのも、これまた無理だ。目の前の少女の腕前は先程見ており、妙な動きをすれば矢が飛んでくるだろう。それでおしまい。勝つ自信はあるが、必ず矢を受ける。そうなれば、第二射を放つ前に、別の二人にやられてしまう。

 ならばと、少年はそうした考えをおくびにもださず、堂々と大地に立ち、駆け寄る二人を出迎えることにした。

 程なく、二人が睨みあう少年少女の前まで到着し、双方を交互に見やった。


「アナート、これは何事ですか?」


 声を発したのは、馬に乗る女性であった。雅な衣装に身を包んでいることから、貴婦人だということはすぐに分かった。農村の薄汚れた女性しか見たことのなかった少年にはその女性があまりにも美しく、思わず見とれてしまった。

 女性に尋ねられた少女は少年を指さし、訴えかけた。


「こいつが獲物を掠め取ろうとしているのですよ!」


 アナートと呼ばれた少女は激しく少年を糾弾したが、濡れ衣もいい所であるため、少年は指さす少女の腕を掴み、そして払い除けた。


「掠め取ったというのなら、それは君の方だろう? いきなり馬で突っ込んできて、危うく逃がすところだったんだ」


「気易く触らないでよ!」


 少女は再び少年を睨み返したが、馬に乗った男が馬を操って側に寄せ、その間に割って入った。


「アナート、そういう品のない訴えかけ方はいけませんよ。従者を務めたいのでしたらば、今少し優雅に振舞うよう心掛けなさい」


 馬上からそう窘められ、少女はムスッとしてそっぽを向いてしまった。確かに、これは貴人の従者の振る舞いではなかったが、馬上の男は気にもかけずに笑って流した。

 次に男は少年の方を振り向くと、意外なものが目に飛び込んできた。少年は数歩下がって跪き、手にして弓はもとより、帯びていた矢筒や短剣も外して地面に置いていた。

 しかも、弓は右手に、短剣は左手側に置いていた。使う方の反対側に置くことで素早く襲い掛かることができないようにし、敵意がないことを示す作法であったため、馬上の男は少年がただの農民や狩人ではなく、誰かがちゃんと礼儀作法を仕込んだ者であることを感じ取った。


「少年よ、そこまで畏まらずともよい。おもてを上げよ」


 少年は遠慮がちに顔を上げ、馬上の男と視線を合わせた。馬上の男は穏やかな顔つきをしているが、どこか自分によく似た雰囲気を感じ取り、なんとなしに親近感を覚えた。


「少年よ、名をなんと申す?」


「ハッ、まずは騒ぎを起こしましたることをお詫び申し上げます。俺・・・、いえ、私の名はアクトと申します」


「ん? アクトとやら、少し北方の訛りがあるな」


「ハッ、元々は北のラグア地方の農民の子でございました。両親が亡くなり、この付近に住んでおりました叔父に引き取られ、ここで狩りをしながら暮らしております」


「おお、ラグアの出身であったか!」


 男は急に上機嫌になり、馬を下りて少年の前に立った。


「奇遇だな。私もラグアの出なのだ。叔父上の手伝いに駆り出されて、故郷を出てから久しく戻ってはおらんがな。ははっ、何とも懐かしいものよ。ほれ、これはおぬしが持って行け」


 男は転がっていたウサギを手に取り、それを少年に差し出した。自分が仕留めたものではなかったのだが、自分の連れと所有権を争っていたので、それを自分の裁量で決したことにしたのだ。

 アナートはそれで少々へそを曲げてしまい、不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。従者の態度に苦笑いしつつ、男は話を続けた。


「すまんな、アクト少年よ。こやつは気が強くて、私も持て余し気味なのだよ。名はアナートと言って、北西の草原の民の出だ。退屈な田舎暮らしを嫌がって、帝都に来たはいいものの、ろくな働き口がなくて困っていたところを我が妻が拾ってな。それ以来、従者としている。妻の名はナンナだ」


 そう紹介され、アクトは馬上にある貴婦人に一礼した。


「ホホッ、今は狩りにて和んでおるところ。アクトとやら、そのように畏まらずともよいわ」


「ハッ、奥方様の優しき心遣い、痛み入ります」


 アクトはもう一度、ナンナに頭を下げて礼を述べた後、今度はアナートにも話しかけようとしたが、こちらはまだそっぽを向いたままで、とても話しかけれる雰囲気ではなかった。


「やれやれ。すまんな、アクト少年よ。ときに、見事な弓の腕前をしておったが、それは誰から教わったのか?」


「叔父上より教わりました。弓を始め、剣や槍、礼儀作法や読み書きなど、色々と教わりました。聞き及んだところ、先々代の皇帝陛下の側近くに、近衛として仕えていたと」


「おお、叔父は元近衛であったか。なるほど、納得だ」


 近衛兵は皇帝の身辺警護や宮殿の警備を担当する兵士であり、その性質上から武芸に明るいのみならず、鉄の忠誠心や貴人に仕えるための作法を習得しておく必要がある。

 目の前の少年がその手解きを受けていたのであれば、農民とは思えぬ行き届いた作法に納得がいくというものであった。


「アナートよ、おぬしも少しばかり、この少年を見習って、作法の一つでも覚えてはどうかな?」


「いりません! 私にはこれがあれば十分ですから」


 そう言うと、アナートは持っていた弓を今一度強く握り、それから矢筒に手を伸ばして残っていた矢を全て右手の指の中に挟み込んだ。その数、実に八本。

 そして、そのうちの一本を弓の弦に番え、そして、構えた。アナートが立っている場所から五十歩ほど先には一本の木があり、それに向かって矢を放った。

 矢は狙い違わず木に命中し、幹の丁度真ん中辺りに矢が刺さった。

 そこからが少女とは思えぬ妙技を見せつけた。右手の指に挟みこんでいた矢を番えては放ち、番えては放つを繰り返し、あっという間に持っていた矢を全て放った。しかも、全てを標的の木に命中させたのみならず、最初に命中させた第一射の矢を円で囲むように残りの矢を命中させていた。


「どう? これがあなたにできる?」


 どうだと言わんばかりに、アナートは標的の木を指さし、アクトを挑発した。

 当のアクトは素直に感心し、賞賛の拍手を少女に贈った。


「見事な速射、連射術だ。とてもマネできない。でも、君の雰囲気から、まだ完成の域に達していないと思うのだが、どうかな?」


 アクトの指摘は当たっていた。未完成の技だと言われてさすがにムッとなったが、間違いではないためアナートはそれを素直に認めた。


「矢をありったけ指で掴んで次々と放つ連射術、これは父さんから教わった。その父さんは十二連射をやっていたわ。しかも、馬に跨って走らせながらね。今の私は八連射が精一杯。それ以上掴むと精度が落ちてしまうから、もう少し体が大きくならないとダメだわ。もちろん、騎射の技術も上げながらね」


「なるほど、それはすごい。騎射の状態で今の技を繰り出されては、よけきるのは難しいな。教わった弓術とは対極に位置する技とはいえ、素直に感心するよ」


 相容れぬ考え方であっても、極みに到達するほどの鍛錬を積んだ者には賞賛を惜しまない。アクトはそうした考え方も師である叔父より受け継いでいた。


「では、見事な技に敬意を表し、“俺”の技を見せてやるよ」


 アクトの口調と雰囲気が変わった。貴人に接する礼儀に通じた少年から、まるで幾度もの死線をくぐり抜けた益荒男のごとき佇まい、そう感じさせる何かを放ち始めた。

 そして、足下に転がっていた石を掴み、それを少し離れた草むらに向かって放り投げた。


「叔父から弓を教わる際にこう言われた。『人を殺すのであれば、矢が一本あれば十分だ。さらに多くの人を殺すのであれば、もう一本の矢があれば事足りる』と」


 石が草むらに飛び込み、そこに潜んでいた野鳥が数羽、石に驚いて空に向かって羽ばたいた。その中で一番大きな“雁”にアクトは狙いを定めた。矢筒から矢を掴み、それを番え、羽ばたく雁に向かって矢を放った。

 矢は僅かに弧を描くように飛び、羽ばたきと同時に加速し始めた雁を、斜め後ろから射抜いた。雁はそのまま矢と共に地面に落とされ、しばらくもがいた後に動かなくなって絶命した。


「なんと・・・、飛ぶ鳥を落とすとは、これまた見事」


 最初に感嘆の声を漏らしたのはナンナであった。鳥を射抜く狩人はいるが、それはあくまで地面にいる状態の鳥を射抜いていた。今のような飛んでいる鳥を射抜くなど、今まで見たこともなかったため、思わず素直な反応が口から漏れ出たのだ。


「うむ、見事だ。アクト少年よ、その齢にて、すでに熟練の弓兵を超えておる」


「お褒め頂き光栄にございます。研鑽を積んだ甲斐があったというものです」


 褒められたことを素直に喜び、アクトは男に対して頭を下げた。そして、そのまま首を回し、アナートの方に視線を向けた。お前にできるのか、と言いたげな顔をしており、それに対してアナートは顔を真っ赤にして憤った。


「くぁぁぁ、ムカつく! 見てなさい! 私だって、それくらいできるんだから!」


 アナートは弓を再び強く握り、矢筒に手を伸ばしたが、先程の連射で撃ち尽くしており、中身は空っぽであって、伸ばした手は空を切った。


「しまった、矢が! ちょっと待ってなさい!」


 アナートは矢を引っこ抜きに行くため、先程的にした木に向かって勢いよく駆け出した。そそっかしい態度に他の三人は大いに笑い、少し尖っていた場の空気が和んだ。


「そう言えば、高貴なる御方よ、まだお名前をお伺いしておりませなんだ。どうか、お教えくださいますよう」


「おお、そうであったな。うっかり忘れておったわ。私の名はユリシーズ。ユリシーズ=クレメンティア=プリンチェプス=インテルテクス=サヴァカーン=ライアスだ。長い名であるから、ユリシーズでよいぞ、少年」


 笑いかける男であったが、アクトは名前を聞いた瞬間に血の気が引き、次に立膝を突いて今まで以上に頭を垂れた。


「重ねて今までの無礼をお詫びいたします、摂政閣下!」


 アクトの知る限り、目の前の男の名乗った名前を使っているのは、このライアス帝国においてただ一人。現皇帝であるユリウス帝の甥で、次期皇帝でもある摂政ユリシーズだけであった。


「構わん、構わん。先程、ナンナも言っておったが、今日は狩りに興じておるだけじゃ。気の知れた仲間内だけの遠乗りよ。そこまで畏まらずともよい」


「お優しきお言葉、痛みります。寛容クレメンティアの名に相応しき振る舞いに、このアクト、感動いたしました!」


 切れ者で、また容赦のない性格だと噂では聞いていたが、実物は大違いだとアクトは思い知らされた。

 ユリシーズはラグア地方の平民出身であったが、叔父のユリウスが出世していくとともに書記官として行動を共にすることになった。

 現皇帝であるユリウスは、はっきり言えば頭が悪かった。文盲で自分の名前を書くことすら苦労する有様であった。そのため、常にユリシーズが側近くに仕え、叔父に代わって色々と代筆するのが長年の習慣になっていた。

 そんなユリウス帝であったが、軍事に関することは天才と言っても差し支えない程に卓越した指揮官であり、同時に武芸全般に通じた最強の戦士でもあった。なにしろ、「剣一本で皇帝の座を勝ち取った」とすら言われるほどに、数々の戦場をくぐり抜けた猛者なのだ。

 先代の皇帝が継嗣を持たずに亡くなったため、誰が後継者になるかでもめた際、居並ぶ反対者を押しのけ、将軍から皇帝へと変じたのがユリウス帝であった。

 なお、そんなわけで皇帝としての執務がまともにできるわけもなく、「軍事以外の仕事はユリシーズに回しておけ」と言ってユリシーズを摂政に就任させ、国政全般を統括させていた。自分は自身の鍛錬か兵士の調練に赴くのみで、政治にはユリシーズが処理した案件の書類に、判子を押すだけの作業をするのみであった。

 そんなユリウス帝であったが、たった一つだけ自分の意志で押し通した法案があった。それは婚儀に関する取り決めの法案で、「いかなる身分の者と結婚しようと、それは当人同士の自由であって、それは何人も非難誹謗を行ってはならない」と勅命を出したことだ。

 ちなみに、これはよく働く甥っ子のためにだけに、ない頭を搾り上げて作ったものであった。

 というのも、ユリシーズの妻であるナンナは踊り子であったからだ。しかも、踊り子とは名ばかりで、実際は娼婦に近いこともしており、その身分が問題となって二人の婚儀に難色を示す者が多かったのだ。

 ユリシーズ自身は廷臣からの評判も上々で、摂政としての職務を全うしており、いずれは皇帝になろうとも問題はなかった。だが、ナンナと結婚した場合、ナンナが皇后と呼ばれる存在になってしまうことが確定してしまうのだ。

 なんで娼婦風情を皇后として敬わねばならないのか、これが二人の結婚に反対していた者達の論調であった。

 それを封じるために、わざわざ勅令を出してまで二人の間を認め、婚儀にまでこぎつけたのだ。こうした経緯から、ユリシーズとナンナの間は苦労して添い遂げたので夫婦仲は非常に良く、またこの結婚を周囲の反対を黙らせて認めてくれたため、ユリウス帝への二人の敬愛の念は強く、その治世に有らん限りの助成を行ってきたのだ。


「さて、アクト少年よ、おぬしの武芸のみならず、礼節にも通じた振る舞い、いたく感心した。このまま農夫、狩人としておくのは勿体無い。どうであろう、このユリシーズに仕えてはみないか? 近侍として、側近くに侍ることを許そう」


 破格の申し出であった。次期皇帝の座が決まっている人物から直々の誘いである。しかもその近侍ともなれば、将来は政権の中枢にまで登り詰めれる機会を与えられたも同然であり、庶民にはまず回ってこないほどの幸運であった。

 アクトもそれにはすぐに気付き、再び膝を付いて頭を垂れた。


「摂政閣下の申し出、身に余る光栄にございます。非才の身なれど、有らん限りの力を尽くしてお仕えいたします」


 アクトの威勢の良い声にユリシーズは満足し、にこやかな笑みと共に新たなる臣下を歓迎した。

 そこへ矢を取りに行っていたアナートが駆け戻ってきて、また頭を垂れているアクトを怪訝な顔で見下ろした。


「あなたさぁ、そんなに頭ばかり下げてたら、そのうち地面と引っ付いてしまうわよ」


「君こそ、貴人に対しての接し方を学んだ方がいいよ。頭を下げないのは、中身がなくて軽いからと勘違いされる」


「な・・・」


 アナートは再び顔を真っ赤にして怒りを露わにし、アクトに掴みかかろうとしたが、ナンナがササっと割って入り、二人を仲裁した。


「はいはい、仲がいいのは結構なことだけど、他人が見てないところでなさい。それよりアクト、先程仕留めた鳥をお持ちして、閣下への忠義の証として献じなさい。アナート、結構な大物でしょうから、あなたも運ぶのを手伝って差し上げなさい」


「えぇ~」


 明らかに不満げな声をアナートは漏らしたが、世話になっているナンナにそう言われてはやむ無しと渋々その言に従うことにした。

 互いに牽制し合う微妙な空気の中、アクトとアナートは離れた場所に転がる雁に向かって歩き出した。


「閣下、今日という日は、よき出会いがありましたわね」


「まったくだ。思わぬところで逸材というものは転がっているものだ。あの少年は良き将として、遠からずやって来る私の治世を支えてくれるだろう」


 ユリシーズとしては、それがもう少し先であることを願っていた。なにしろ、皇帝ユリウスは叔父とは言えどかなり年上で、すでに老人の域に達している。いつ天に召される分からぬ年齢であるため、あの少年が立派な青年になるまで生きているかどうか、分からなかったからだ。

 程なくして、二人が戻ってくると、アクトは自身が仕留めた雁を、アナートはその前に仕留めたウサギをユリシーズへと差し出した。


「おお、やはり大きな鳥であるな。そちらのウサギも合わせて、忠義の証、しかと受け取った」


「はい、閣下。今は若輩者ではございますが、いずれ成長の暁には、さらに大きな獲物を閣下に献上いたしますので、期待してお待ちくださいませ」


「あたしなんか、こいつよりももっと大物をしとめますから!」


「ハッハッハッ、二人とも、期待しておるぞ」


 こうして、後々まで語り継がれる四人が初めて顔を合わせ、希望溢れる未来について語り合ったその日は、栄光と、そして、苦難の始まりであったと伝わる。

 後に《柱石帝ハイ・ピラァ》と呼称される帝国中興の祖ユリシーズ。

 少し気弱なところのある皇帝たる夫を檄を飛ばして支える後の皇后ナンナ。

 ユリシーズの治世において、数々の武功を重ね、長いライアス帝国の歴史においても、一、二を争う名将として活躍する《栄光の盾エイジス》大将軍アクト。

 後にアクトの妻となり、数多の戦場を共にすることとなる《女狩人アルテミス》アナート。

 この四人の出会いと交わりが、これから始まる物語の最初の一頁となるのであった。



              ~ 第二話に続く ~

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― 新着の感想 ―
[一言] 東ローマ帝国の末期を思わせる作品ですね。面白いです。先が楽しみですね。
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