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第四話 アクト軍団出陣

 帝都ノァグラドの大通りを数百人の武装した者達が行進していた。笛の音が響き、太鼓が打ち鳴らされ、勇壮なる姿が沿道の民衆から喝采を浴びた。

 現在、帝都においてはアクトがユリシーズに要請した“誇官の儀”が執り行われていた。これは高級官職についた名誉ある人物を讃える行事であり、古の昔からライアス帝国において行われてきた伝統ある儀式であった。

 しかし、帝国の衰退と共に行われることが稀になっており、前回行われたのは、先帝ユリウスが将軍就任とパルシャー王国討伐の任を帯びた際に行われたきりで、実に二十年ぶりの出来事であった。

 再びパルシャー王国を打ち倒すべく、若き将軍が立ち上がった! というお題目もあって、観衆の声援にも熱が入っている状態だ。

 もっとも、それはユリシーズが事前にあちこちへ“サクラ”を入れて演出し、それに釣られた者達が叫んでいるだけで、はっきりと言えばそれは沿道の民衆の半分程度といったところだ。お祭り気分に浮かれることなく、どこか空虚な雰囲気を漂わせていた。

 あるいは、これこそ帝国の現状を示しているのかもしれない。かつての栄光を懐かしみ、史書を眺めてはため息を漏らす。今の自分達は先祖の栄光に浴することなく、ただ日々を過ごし悲嘆に暮れる。周辺諸国に脅かされ、ただただ怯えるだけの状態というわけだ。

 かと言って、かつてのそれを取り戻そうとする気概も失われており、行進の先頭を行くアクトには人々の表情からそう読み取っていた。


(だが、安心するがよい。今、この国の至尊の冠を頂く御方は、かつての栄光を取り戻そうと奔走しておられる。それが叶うことも、私は感じている。じきに形となって皆の前に現れよう)


 アクトは遥か西の空を見つめた。その空の下には、かつての帝都アルバンガがあった。古の言葉で“王の庫”を意味し、その名に相応しく世界中の富や物、人が集まる華やかな都であった。

 だが、今はかつての栄華が損なわれて久しい。権力闘争に明け暮れた挙句に国力を衰退させ、海賊に荒らされ、都は蛮族の手に落ち、歴史も文化も、帝国の煌めきが全て散逸したと言ってもよかった。

 そして、ユリシーズの計画においては、その旧帝都を奪還し、帝国の復活を世界に向けけて高らかに宣言するつもりであった。

 それを聞いたとき、アクトの心の内にて喝采を挙げた。ああ、やはりこの御方こそ帝国を復活させる御仁であると。そんな偉大なる皇帝にお仕えしていることが、何よりも誇らしいと。

 ゆえに、アクトは武勇を奮い、忠義を尽くし、主君の一助とならんと改めて誓った。

 そして、当のユリシーズもそのための努力を怠ってはいない。口先だけでなく、全力で帝国の復活を狙っている。側近くに仕えるヘルモは、ユリシーズがいつ眠っているのか知らないほどに、夜遅くまで仕事をしているのを目撃していた。

それも多岐にわたる。中央五局から上がってくる書類に目を通し、署名するのは当然の雑務としても、財務状況の改善策を捻り出したり、あるいは新しい法案を重臣らと話し合ったり、休んでいるのを見かけないほどに政務に勤しんでいた。

 アクトはそれもヘルモから聞いており、自分が全力で支えねばと強く思っていた。

 ユリシーズは政務においては比類ない才覚を有している。即位後、数々の改革を成し遂げ、先頃の絹産業の導入も含めて、財政の強化や産業の活性化など、例を挙げればキリがないほどだ。

 だが、軍事に関しては才覚に乏しい。ならば、軍事に関しては全幅の信頼のおける者に委ね、自身は内政に専念し、国力の増強に努めてもらうのが理想と言えた。そして、軍事における皇帝の代理人的な立ち位置にいずれは就ければと、アクトは願っていた。

 当然、そこへ辿り着くには、周囲が認めるほどに武功を重ね、納得させねばならないし、そのための階段を今、ようやくその一歩を踏み出したところであった。

 書物に記されているかつての祭典に比べればささやかなものであるが、この“誇官の儀”を以て帝国の復活を民衆に意識させ、それを“勝利”の栄光で補完し、人々の意識を変えていかねばならない。アクトがこの行進を願い出たのも、それが理由の一つであった。

 実はもう一つ、祭典を開催させた理由があるのだが、それは副長であるソロスと重大な役目を負うことになるヘルモにしか話していなかった。

 副長のソロスはいつも通り、アクトの補佐に徹し、ヘルモはユリシーズが必要になるだろうとのことで、指揮官付きの書記官として派遣してくれたのだ。皇帝直下の書記から指揮官の書記であるから立ち位置としては降格なのだが、ヘルモは快くそれを引き受けてくれた。

 ヘルモは何かと面倒を見てくれるアクトの事を兄のように慕っており、その助けができるのであればと思いがあったからだ。

 そうした二人でさえ、アクトの策を聞いたときはさすがに驚き、無茶が過ぎると止めに入ったほどであった。だが、説明を聞いているうちに納得し、時が来るまでは秘することに納得した。なにしろ、敵はもちろん、味方どころか、皇帝すら欺く行為であり、はっきり言えば危険な賭けであったからだ。

 二人を納得させたのは、アクトへの信頼もあったが、もう一つはアクトの率いる部隊に新たな加入者がいたことだ。


「トーグ殿、帝都を闊歩するご感想はいかがですかな?」


 アクトは馬を並べて進む、一人の若者に話しかけた。


「いやはや、世界にはこれほど人がいるものだと、驚いておりますよ。なにしろ、我が家は馬と羊の方が人より多いですからな」


 若者はアクトの問いかけに、冗談交じりの言葉で返した。

 トーグと呼ばれた若者はアクトより一つ年下で、元々は第八軍団の指揮官ブーンの客将として、そこに所属していた。というのも、トーグは現在、内紛真っただ中のエフル族の出身で、しかも族長家に末席とはいえ名を連ねる者であった。後継者争いに嫌気がさし、十数名の側近とその家族を率いて帝国に移住してきたのだ。

 父の代から親交のあったブーンはこれを快く受け入れ、新たに開墾した土地を家畜の放牧場として提供し、名目上は馬術指南役として召し抱えたのだ。

 実際、エフル族は騎馬民族であり、馬術や騎射の技術に優れ、第八軍団の増強に役立ってきた。

 そして、ブーンはアクトが軍団指揮官インペリウムに着任するのが決まった際に、トーグをアクトに預けたのだ。アクトが率いるのは指揮官が引退した第二軍団であるだろうし、そうなると東部軍行きなる可能性が高い。今は内紛状態だが、いずれはエフル族との共同歩調を考える必要が出てくるため、そうなった際の窓口としてエフル族出身のトーグが役立つだろうとの配慮であった。

 トーグとしても出身部族と帝国の同盟は重視しており、その一助になれるのならばと、アクトの麾下に入ることを了承したのだ。

 アクトとしては、優秀な騎兵を十数騎補完できたわけであるから申し分ないし、ブーンの申し出をありがたく受け取ったのだ。

 そして、トーグにも秘密の計画のことを話していた。というより、トーグがいなくては策自体が成立しない可能性が高いため、話さざるを得なかったのだ。

 トーグはアクトの策をすでに了承しており、こちらもその内容をしばらく伏せておくことも納得してもらっていた。

 しかしながら、トーグは正式な軍人ではなく、客将扱いであり、アクトの私兵に近い形での運用をするつもりでいた。

 そして、この騎馬民族エフルの若き勇者こそ、後に《盾の五星》に名を連ねるのであるが、今はただの客将に過ぎない。現在は小部隊の隊長程度の存在だが、近い将来、アクト軍団の主力を担うようになるのであった。

 なお、この行進に相応しくない人物がしっかりと紛れ込んでいた。他でもない、アクトの顔馴染みであるアナートだ。


「なんで、さり気なく行進に混じってんだ?」


「華があっていいじゃない」


 武装した男だけの行進よりかは、確かに華はあるであろうが、残念なことに艶やかさとは無縁の女狩人である。誰もアナートを女子とは認識していなかった。少なくとも、アクトを始めとする大隊の顔触れの中では、戦友ではあっても女官ではないのだ。


「まあ、私も付いていくんだし、別にいいでしょ」


「誰の許可を貰って?」


「皇后陛下」


 アナートは公式の立場として、“皇后の侍女”ということになっていた。と言っても、側近くに侍って身の回りの世話をするというよりかは、護衛や使い番としての役目が主である。皇后の命によって、あちこち駆けまわっているのが実情だ。


「ほら、ヘルモだって、皇帝陛下の書記官だけど、随行してるじゃない。で、私は皇后陛下の目として、代わりに戦場を見て来いってわけよ」


「見てるだけで済まないくせに。どうせ、敵が近づいてきたら、容赦なく矢を撃ち込むんだろう?」


「当然。自分の身は自分で守るわよ」


 アクトとしてはあまりアナートに目立つ振る舞いはしてほしくなかった。規則の上で、女性の従軍は認められていないからだ。

 男世界に女を放り込んでは風紀の乱れる元であるし、諍いの種になりかねないからだ。

 幸いなことに、アナートは戦友と認識されているため、隊の士気には影響はないが、それでも何かあったときの責任を被るのは、部隊の責任者にしてアナートの軍内における身元引受人にされてしまった自分であるから、アクトとしては好ましい状況でなかった。


「まあ、よいではありませんか。アナート殿の腕前は皆の知るところでありますし、その腕前を存分に奮ってもらった方が、こちらとしては助かります」


 そう言って、アナートの立場を擁護したのは、副長のソロスであった。

 この数年間、ソロスはずっとアクトの下で熱心に働き、その戦いを陰ながら支え続けてきた。その気になればもっと出世できる機会もあったのだが、ユリシーズに願い出てアクトと共に戦いたい旨を伝え、そのままアクトの下に留まったのだ。

 実際、ソロスはよく働いており、はっきり言ってソロスがいなければ部隊がまともに運用できない程に収拾であった。なにしろ、アクトの部隊は北部戦線で連戦に次ぐ連戦で鍛え上げられ、大隊規模であるならば帝国内でも最上位に位置するほどに強くなっていた。

 しかし、その反面、“頭脳労働”をできる人間が極端に少ないのだ。ソロスとそのお抱え事務官しかいないと言ってもいい。ヘルモが加わったのは、ある意味で僥倖とも言える救いであった。

 つまり、ソロスは副長という立場に加え、兵站参謀、行軍参謀、設営参謀の三役まで兼任しており、数少ない事務員で回してきたのだ。

 大隊規模の部隊なればこそ、ギリギリで回してきたのであるが、今回は何しろ大軍団ダグマーである。運用する兵員が十倍どころの騒ぎでない程の大所帯となった。

 しかし、そんな苦労を一切感じさせない懐の深さと実際の事務処理能力を持っていた。アクトが目の前の敵に集中できるのも、余計な雑事から全て解放してくれる副長がいればこそであった。


「いやぁ~、ソロスさん、さすがに分かってらっしゃる!」


「ただし、部隊の品は官給品ですので、使った物資は後で皇后陛下に請求いたしますから、くれぐれも無駄遣いは控えた方が、御身のためにはよろしいかと」


 しっかりと釘を刺すのを忘れないソロス。アナートは渋い顔でソロスを睨みつけ、周囲は行進中であることを忘れるかのように大笑いをした。


「へっへっ、やっぱこうじゃないと、俺らの部隊とは言えないよな。新顔が増えて大所帯になったって、このままの勢いでやりたいぜ!」


 いささか品のない言葉を放ったのは、百人隊長ケントリオのテオドルスであった。

 かつては少年兵にしか見えなかったアクトに見事に返り討ちにされ、それ以来、その強さに惚れ込み、年下の指揮官に付き従って戦場を渡り歩いてきた。突っ込むときには常に先頭、引き上げる際には最後尾に居座るなど、その勇猛さや胆力は部隊一と名高い。

 そんなこんなで什長から百人隊長ケントリオにまで出世したのだが、まともな教育を受けていないせいか文盲であり、言葉遣いもかなり荒い。それを踏まえたとしてもその実力は本物であり、アクトは喜んでテオドルスを推薦したのであった。

 なお、遊び半分でアナートの婿に立候補したが、現在はそれを取り下げている。隊一番の勇者の名折れだとアクトから笑われながら叱責されたが、あんたがさっさと娶ってやれよと心の中で呟きながら、笑って叱責を受けた。


「ほら、諸君、現在は帝国臣民に未来の英雄となる我らのお披露目の場だ。真面目に行進したまえ。ただし、できるだけ賑やかに、華やかに、そして、勇ましく、な!」


「「「おおぉ!」」」


 アクトの呼びかけに応じ、大隊の面々が声を揃えて鬨の声を上げた。帝都の響き渡るその声は、やがて帝国を、世界を、歴史を動かしていくこととなる。

 後の大将軍アクト、そして、それを支える五人の英傑《盾の五星》すなわち、アナート、ソロス、テオドルス、トーグ、ヘルモが一堂に会し、そして、軍団レギオンとしての初陣を飾る戦いが始まろうとしていた。



               ***



 式典の終了後、アクトは予定通り、第二軍団を掌握して、パルシャー王国が侵攻してきたアンティノー地方に向けて進軍を開始した。

 その途上、独立大隊や守備隊などを糾合しつつ、アンティノー地方の拠点である城塞都市ティルノモスを目指して、隊列を成して街道を進んだ。

 だが、事態は急変する。アクト軍団に不思議なことが起こったのだ。

 ある夜、いつものように夜営して夜を明かそうとしたのであるが、その翌朝、夜営地にはただの一人も人影がなくなっていたのだ。

 数にしておよそ一万五千人が、一晩のうちに跡形もなく消え去っていたのだ。

 宿営の天幕や篝火はそのままで、人だけがいなくなっていた。

 そう、“一人の例外”を除いて。


「・・・、よし、予定通りだ」


 夜営地から少し離れた小高い丘の上から、朝日が差し込む夜営地を眺める一人の少年がいた。ヘルモである。

 ヘルモは事前にアクトが何をするのかを聞かされており、そして、とんでもない大役を任されたことも認識していた。

 ヘルモは嬉しかった。それほどの大任を任せてくれるほどに、アクトが自分を評価し、信頼してくれているのだと知ることができたのであるから。

 ヘルモは馬に跨り、無人の宿営地を背にして走り出した。目指すはティルノモス、東部軍が集結しているであろう重要拠点だ。

 こうして、誰も彼もが騙されることとなる、後世“将軍ドゥクスアクトの三日月斬りクレセント・マーチ”と呼ばれる作戦が静かに開始された。



             ~ 第五話に続く ~

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