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第一話 軍団指揮官 

第二部『青年編』始まります。


(∩´∀`)∩

 皇帝ユリシーズが即位し、少年アクトが異例の若さで大隊長コホルスに着任してから、五年の歳月が過ぎ去った。

 その間も、帝国は多事多難に見舞われた。

 スラ、ローチアの反乱を鎮めた後、国内の反乱は特にこれと言ってなかったが、新皇帝即位を狙って、海外の勢力が蠢動し始めたのだ。

 特に、その動きが激しかったのが、北と東であった。

 帝国の北側には巨大な内海が存在し、その沿岸部は草原が広がり、数多くの草原の民が暮らしている。馬の扱いに長けており、傭兵として帝国に入り込んでくる者がいる。アナートやブーンなども、故郷である草原を離れ、帝国に移住してきた者達だ。

 そして、数多の部族が存在するのだが、時折それらを糾合し、巨大化する勢力が現れるのだ。かつて帝国を脅かしたバフォ族という騎馬民族がいたのだが、バフォ族は帝国から莫大な資金を受け取って民族丸ごと傭兵として雇い入れ、かつての帝都アルバンガ奪還に差し向けたことがあった。アルバンガの制圧には成功したものの、バフォ族はそのまま現地で独立し、バフォ王国を築いてしまった。

 このバフォ王国は一応の宗主権をライアス帝国にあると認めてはいるものの、すでにそうした立場は形骸化しており、毎年幾ばくかの貢納金が納められている以外は完全に独立していると言ってもよかった。

 一応、形の上では旧帝都とその一帯を奪還していると言えなくもないが、バフォ族が押さえているので手出しができず、追い出すことも交渉することもままならなかった。

 その強大なバフォ族が民族挙げて西へと移動したため、草原地帯は力を持つ勢力がいない、半ば空洞化した状態が続き、しばらくは大きな力を持つ勢力が現れなかった。

 ところが草原に残っていたバフォ族の分派であるケフィア族が勢力を伸ばし、草原の世界にて覇を唱えるようになってきたのだ。

 そのため、草原の世界と接する帝国北部には度々、ケフィア族やその意を受けた別の部族が侵入し、村や町を荒し始めるようになった。

 これを憂慮したユリシーズは北側の守りを固めるべく、兵員数を増員し、張り付く軍団(レギオン)の数を増やした。

 その中にブーン率いる第八軍団も含まれており、そこに所属するアクトの第七大隊の姿もあった。

 侵入してくる草原の蛮族から帝国を守り、その見事な働きぶりは新帝都ノァグラドの宮中においても噂される程であった。

 もっとも、その原因の半分はアナートとヘルモにあった。使番名目で北の駐屯地に赴いては話を聞き、あるいは戦に紛れ込んだりと、最前線からの情報を直に手に入れて、それを宮中で披露していたからだ。

 そんなわけで北部戦線は一時に比べて安定してきたが、問題は東部戦線の方であった。

 かつて帝国の全盛期であった頃は東方へも多大な影響を及ぼし、その領域に東方部族も傘下に収め、統治も安定していた。また、世界の果てまで続くとされる“草原の道グラスランナー”の遥か先、最高級素材である“絹”の産地があると言われ、商人達もそれを買い求めて旅をしていた。

 しかし、そのかつての繁栄は失われ、抑えていた諸部族の反乱によって道は塞がれ、商売が成り立たなくなっていた。

 そして、その諸部族を統合して国家を形成したのが、帝国の東に隣接するパルシャー王国であり、数々の戦争を繰り広げてきた宿敵と言うべき存在だ。

 パルシャー王国は最果てへと通じる街道を押さえることにより莫大な富を手中に収め、それを武器に帝国へと徐々に触手を伸ばしていた。

 これに対抗したのが、先帝ユリウスであった。ユリウスはパルシャー王国の北方の草原に住まう騎馬民族エフル族を焚き付けてパルシャー王国に侵攻させ、同時に帝国側も大軍を以て挟撃するという策に出た。これが見事に成功し、パルシャー側が慌てて講和を求めるほどに押し込んだのだ。

 これで東部戦線も収まったかに見えたが、ここ最近になってその均衡が崩れたのだ。エフル族の族長が亡くなり、その後継を巡って内部対立が発生すると、パルシャー王国はその不和に乗じてエフル族を押し返し、再び帝国領への侵攻を窺うようになってきたのだ。

 事実、東の国境付近では現地駐屯の軍団レギオンとの小競り合いも始まっており、いつ大規模侵攻が起こってもおかしくない逼迫した情勢になりつつあった。

 そのような情勢下にあって、再び世間を賑わす事件、あるいは慶事が巻き起こった。北部戦線で数々の武功に輝いた若き英雄アクトが、軍団指揮官インペリウムに就任することとなったのだ。

 アクトの年齢は二十歳になったばかりだ。無論、これは帝国の歴史において圧倒的に若い指揮官であり、方々から異論や批判が飛んできた。


「武功を上げていると言っても、やはり若者だ。皇帝はお気に入りを贔屓にし過ぎる!」


 これがよく聞かれる批判であった。アクトの実力を認めつつも、他との折り合いを考えて欲しい、というのが大方の意見だ。

 だが、同時にアクトを推す声も聞こえていた。ブーンを始めとする北部戦線で肩を並べて戦ってきた者達がそれである。


「年齢を問題とするのであれば、アクトの倍する年齢を重ねながら、ろくな戦功を上げない阿呆の方こそ問題にしたい」


 こう発言したのはシュバーであった。シュバーはブーンの息子であり、その私兵集団《穿弓隊フラゲルム》の部隊長として活躍し、アクトとは初陣の頃からの戦友であった。

 アクトの実力を最も間近で見てきた一人であり、それゆえに評価も高かった。軍団指揮官インペリウム就任の話が出た際、真っ先に祝辞と賛意を述べたのもシュバーであった。


「まあ、皇帝陛下の眼力は確かであるし、それを信じるとしよう」


 ブーンは複雑な表情を浮かべながらアクトの出世を一応喜んだ。

 なぜ、複雑な表情を浮かべたのかと言うと、アクトはこの時、第七軍団の第一大隊の隊長をやっていたからだ。軍団レギオンには合計で七組から十組の大隊が編入されている。中でも第一大隊は別格扱いで、軍団の主力と目され、その大隊長コホルスも軍団副司令官と見なされるのだ。

 つまり、アクトが抜け、その麾下の大隊まで抜けるとなると、ブーンの手元にある戦力が大幅に低下することを意味していた。

 アクトの実力は認めるところであるし、軍団を任されても十分やっていけるであろうことはブーンも全く疑っていなかったが、それでも自軍の戦力低下は頭の痛いことであり、息子のシュバーほど喜んではいられなかった。


「まずもって、指揮官就任、おめでとうございます」


 そう祝辞を述べたのはヘルモであった。ヘルモは現在十五歳。伸び盛りの時期であり、体格もかなり大人に近づいてきていた。また、頭脳の方はさらに磨きがかかっており、ユリシーズの書記官を務めながら法務局で新法作成にも携わっており、将来は史上最年少の宰相になるのではと期待される逸材にまで成長していた。


「ありがとう、ヘルモ。陛下よりのご下命、謹んで受けさせてもらう。もっとも、五年前みたいに、また方々に無茶を通したのだろうが」


 アクトは複雑な心境で辞令を受け取った。

 五年前、ユリシーズは初陣前の少年であったアクトを軍の慣例を破って、いきなり大隊長コホルスに就けるという無茶をやってのけたのだ。当初は方々から反対が出たものの、ブーンが引き取る形で就任させ、さらに初陣での凄まじい活躍ぶりに反対者も口を閉ざさざるを得なくなり、実力を以て地位を認めさせた。

 今回もまた、それを狙って不釣り合いな地位を押し付けられたのではと、アクトは危惧した。もっとも、任されたからには全力で応えるつもりでいるし、今までの経験も活かされてくるであろうと考えた。


「それと、最重要なことなのですが、アクト様は軍団指揮官(インペリウム)に就任するということは、“領地”が与えられるということになります」


「ああ、そういえばそうなるのか。いやはや、農家のせがれが二十歳で領主様か」


 自身の数奇な運命に、アクトは思わす笑ってしまった。

 軍団指揮官(インペリウム)に就任すると、数千人の部下を持つことになり、それを養っていく必要が出てくる。その原資となるのが領地であった。

 軍団指揮官(インペリウム)軍管区(テマポリス)と呼ばれる領地を与えられ、そこでの徴税権や事業展開が許可される。国庫からの軍の運用資金の他に、その領地での“あがり”を使って、軍団(レギオン)の維持に努めよということだ。

 指揮官を辞する際には返納しなくてはならないが、それでも一代とは言え領主となり、貴族の仲間入りができるというわけだ。

 その辺りが軍団指揮官(インペリウム)が軍事以外にも明るくなくてはならない点であり、その力量が透けて見えるのだ。

 軍の維持費の余剰金で雇い入れる私兵等がそれであり、私兵の数で指揮官の力量が分かると言われるほどである。

 アクトが所属していた第八軍団の指揮官たるブーンは私兵として特殊弓騎兵隊《穿弓隊(フラゲルム)》三百騎を抱えている。数も練度も申し分なく、しかも全員騎兵。私兵部隊としては最上位に属していると言ってもよかった。

 つまり、アクトが軍団指揮官(インペリウム)になるということは、そうした私兵部隊を抱えることができるようになったことを意味していた。


「で、宛がわれる領地なのですが、陛下はラグアを用意されました」


「ラグアだと!?」


 意外な地名が飛び出し、アクトは思わず声を上げた。それもそのはず、ラグア地方はアクトの故郷であり、同時にユリシーズの故郷でもあるからだ。

 そんな土地であるため、ラグアはユリシーズが皇帝即位後から皇帝直轄地として運用されてきた。当然、力を入れて開発がなされていたと聞いており、その直轄地をアクトの指揮官就任に合わせて軍管区テマポリスとして回すということだ。


「・・・もしかして、私の指揮官就任のために、ラグアを用意していたのだろうか?」


「さて、そこまでは伺っておりません。ですが、説明はすぐに聞けると思います。帝都ノァグラドで正式に任官の儀を執り行う前に、見せたいものがあるからラグアに立ち寄る様にと仰せつかっております。ただし、兵は率いずに来い、と陛下からの伝言があります」


「兵を率いずに?」


 なんとも奇妙な命令であった。部隊を率いて帝都まで行かねばならないのに、その兵を連れずに来いとは意図を図りかねた。


「里帰りでもしてこい、というわけでもなさそうだしな」


「まあ、そんな余裕はないですし、何かを用意しているのは確かでしょうが」


 ヘルモもこの伝言を託されたときに、妙な違和感を感じた。兵を連れてくるなということは、あまり人目についてほしくない“何か”があり、それを少数の人間にだけ公開するということなのだろうと考えるに至った。

 なにしろ、ラグアはユリシーズが熱心に開発していると聞いてはいたが、“どんな”産業を育成しているのかは一切耳にしたことがなかったからだ。


「まあ、命令なら仕方あるまいな。ソロス!」


「はい!」


 部屋の隅に控えていたアクトの部隊の副長が返事をした。

 ソロスはアクトの初陣のときからずっと部隊の副長を務め、アクトの補佐を行ってきた。とっくに出世して大隊長コホルスになっていてもおかしくないのに、未だに大隊の副長のままであった。

 これはソロスがユリシーズに直談判で、ずっとアクトの補佐をしていたと願い出た結果であり、その方が最終的な立ち位置としては最上になれると考えた上でのことであった。

 現に、アクトが軍団の指揮官になったということは、ソロスはそのまま繰り上げで、軍団の副指揮官ということになる。アクトの出世がそのまま自身に返って来るのであるから、全力でそれを支えようというわけである。

 なにより、自身の出世もいいが、支えるべきアクトの才覚や人柄を考えれば、ずっと側にいてその行く末を見てみたいという欲求もあった。


「私がラグアに立ち寄っている間、大隊の指揮権を一時預ける。帝都に向かってくれ」


「了解しました! ただちに準備に取り掛かります!」


 ソロスは居並ぶ面々に敬礼した後、部屋を後にした。


「さて、そうなると、こっちもじきに帰還命令が出るだろうな。なにしろ、大きく空けた穴を埋める作業があるからな」


 ブーンはアクトの方を見ながらそう言った。なにしろ、アクトの大隊が丸々配置換えでいなくなるということは、第八軍団に大きな欠員が出るということであり、部隊の再編をしなくてはならないことを意味していた。


「どんな部隊がやって来たとしても、穴埋めにはならんでしょうがね」


「まったくだな」


 シュバーとブーンの親子の会話に、アクトは少しばかり申し訳なく思った。その大きな穴を空けたのは、間違いなく自分であり、祝福混じりの嫌みの一つでも飛んでくるというものだ。


「ともあれ、アクトよ。今は北と東の戦線がざわついている。どちらに回されるか分からんが、しっかりやっていくのだぞ」


 我が子を送り出すかのように、ブーンはアクトの肩を何度も叩き、目の前の若者を激励した。アクトもそれに対して力強く頷いて応じた。


「ブーン閣下の下で数多くの経験を積ませていただきました。私にとっては、第八軍団で過ごした時間は一生の宝となるでしょう。願わくば、また肩を並べて戦う日が来ることを願っております。その際は、我々で旧帝都アルバンガを奪還いたしましょう!」


「おお、悪くない提案だ。その際は共に戦おうぞ!」


 アクトとブーンは固く握手を交わし、続いてシュバーとも握手を交わした。

 こうしてアクトは居心地のいい第八軍団から離れ、ヘルモと共に懐かしの故郷ラグアへと向かうのであった。

 そして、そのラグアでは、アクトの予想を大きく上回る出来事が待ち構えているのであった。



              ~ 第二話に続く ~

 

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