双子の痴話ゲンカ
「……嫌んなっちゃうな、もう」
双子の妹はぽつりつぶやき、うんざりしたしぐさでテレビの電源をオフにした。
同じ部屋の同じベットに寝転ぶ姉が、枕を抱っこしたまま厚手のパジャマ姿で微笑う。
「嫌んなるって? 何が?」
「だってさ流香姉、ニュース見てると思わない?
この頃はコロナ禍にロシアのウクライナ侵攻、あげくに福島・岩手で震度六強! ぼくらの働きが全然実を結んでないみたいで、長いこと動いてきたのが徒労みたいで!」
後半いささか「頭をやられた」人のような言動に、双子の姉は全く別の苦言を呈した。
「……美香、あんまりムキになるな。両目の色が変わってるぞ」
「あ、ヤバっ、また金色になっちゃった?」
少しあわてて妹が自分の瞳に手をやった。
美香と呼ばれた妹の目は、日本人特有の茶色から、蛇のそれのようなきらめく金色になっている。
双子の姉はくくっとのど奥で微笑ってみせて、余裕を見せて首をかしげた。
「いいさいいさ、どれもこれも出来損ないの『地球の歪み』が起こしたことだ。お前がうんざりすることないさ」
「でもさ……」
美香は大きく息を吐いて、相部屋のダブルベットの上、姉のとなりに同じかっこうで寝転んだ。寝転んでからもう一度大きく息を吐き、一人ごちてつぶやいた。
「……ぼくの魂いっこ潰して、その代わりにみんなが幸せになれば良いのに」
「――あ?」
静かに気色ばむ姉のとなりで、妹は瞳を金色に輝かせたまま、ゆっくりまばたいてつぶやき続ける。
「……ぼくが魂ごと消えて、最初っからいなくなったことになって。その代わりに、恒久の平和とか、永遠の幸福とかが訪れればさ。それはそれで良いと思う……」
もう聞きたくないとばかりに、流香が美香の口をふさいだ。歯と歯の当たる勢いで、同じ形のくちびるとくちびるを重ね合わせて。
同じ形、同じ艶、同じ柔らかさの舌と舌がねっちりと熱く絡み合う。
始めは驚いた様子の美香も、すぐに金色の目で微笑って、姉の求めに熱意をもって応えてみせる。
どのくらい時間が経ったろう。長い間口を吸い合ったあげくにようやく口を離した流香の瞳も、蛇神のようにきらめく金色になっていた。
流香は怒りに満ちた、それでいてどこか泣き出しそうな声音で断じた。
「止めろ、そういうの。
大体この地球がこんなに色々めちゃくちゃなのは、生まれたての俺ら天使が寄ってたかって、はしゃいで『地球創り』をしたからだろう?
何だってミカエル、お前がその責を全部負わなきゃならないんだ……!!」
嘆く流香の背中から、黒い羽根が一対生える。どう見ても女性にしか見えなかった体つきは見る間にたくましく膨れ上がり、美香の目の前に一人の魔王が現れた。
イタリアンローストの珈琲色の短髪に、ひたいには黄金色の山羊のツノ。
恐ろしくも美しい姿に変じた「姉」に馬乗りになられたまま、美香の体も変化していく。変化した姉と同じ顔、金色の長髪に金色の瞳、背中には穢れなき白い羽根。
「……落ち着いてよ、ルシフェル兄さん。
分かってるよ、だから今天界のみんなで、こうして転生を繰り返して『世直し』している最中じゃないか」
「――本当に分かっているのか、お前?
大体俺が堕天して魔王になったのは、お前が『少しでも早く世直しが完了に近づけば』って、いっぺん自ら『生け贄』になって死んだから……!!」
「分かってるよ、分かってるって!
だからもうしない、あんなことは。ただそうなっても良いなって、ただ思っただけ、もうしない」
大きく息を吐いた「ルシフェル」は、空気の抜けた風船のように、「現世の流香」の姿に戻った。
それからまだ金色のままの瞳から、不覚にもひとすじの涙をこぼした。
「――お前が、本当にそんなことしたら。
俺は再び魔王になって、全てのものを滅ぼすからな。そうして、俺も死ぬからな」
「……分かったよ。やれやれ、本当に手がかかるなあ!」
「お前が本気でそういうことを言うからだ!!」
言葉を吐き出した流香の口から、今度は本当の嗚咽が漏れる。
しがみつくように抱きついて泣き出した「双子の姉」に、美香は困り顔で微笑って、今度は自分から口づけた。
窓の外にはしんしんと、季節外れの「春の雪」が舞っている。
今後、二人が何度転生を繰り返し、繰り返せば『地球の世直し』が終わるのか。
二人を創り出した、天上の神様もご存じない――。