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奇跡

気が付けば、俺はそう絶叫していた。


「ふふっ……ふふふ……」


パソコンの画面上で、女が俺を嗤う。


「そんな必死な顔をして……可愛いねえ。

 真美子っていうのは、あんたの恋人かい?」


女の唇にひかれた紅が妙に艶めかしくて、俺は腹にぐっと力を入れた。


「かまわないよ。そんなに会いたければ、会いにくればいいさ。この『Nの世界』に」


次の瞬間、女の手に信じられないくらいの力が込められて、俺をパソコンの中に引きずり込む。


「くっ!」


一瞬内臓が圧迫されて、息が止まった。


しかし次の瞬間、俺は薄く霧が立ち込める岩地の岸壁に立っていた。

暗澹として、少し湿っている。


「ここは……?」


俺はきょろきょろと辺りを見回した。


「ここかい? ここは黄泉さ。

 この世とあの世の境界線、つまりNの世界の入り口ってわけさ。

 こっから先は物語を紡ぐ創造主(神々)の世界」


岸壁から少し離れた位置に、一艘の小舟が漂っている。


「アキラくん!」


舟には真美子が乗っている。


「真美子ちゃんっ! そっちに行っちゃだめだ!」


俺はそう叫ぶけれども、櫂のない小舟はただ頼りなく水面を漂うばかりだ。


「恋人たちの死の間際の逢瀬……か。美しい光景だな」


そう言って男が一人、水面の上に降り立った。

銀の髪を背に流す、ぞっとするほどに美しい男だ。


「ハデス様」


俺の前に立っていた、着物の女がその男に向かって跪いた。


「ハデス?」


俺はその名前に、何かが引っ掛かった。


「作者名、ハデス……投稿小説:殺戮の饗宴

 読者総合ポイント120296ポイントをたたき出す、小説投稿サイトNの世界の不動の1位ランカー」


思わず呟いたハデスのステータスに、ハデスはにっこりと微笑みを浮かべた。

その微笑みがあまりにも冷たくて、俺は鳥肌が立った。


「初めまして、底辺くん。

 そしてさようなら」


ハデスがそういって、指を鳴らすととてつもない衝撃波が走った。

俺はその風圧に吹き飛ばされる。


Nの世界(ここ)は君のような素人がくるところではない。

 それなのに何をどう間違ったのか、空間が繋がってしまった」


ハデスが悲し気に俺を見つめる。


「否、君がこの私の結界(せかい)に傷をつけたのだ」


ハデスはそう言って水の上を歩き、ゆっくりと俺に近づいてくる。


「その罪は万死に値すると思わないか?」


ハデスはそう言って、俺の首に手をかけた。


「アキラくんっ!」


マミコが声を振り絞って叫ぶ。


「哀れだな、近藤真美子。

 お前にはこんな底辺の物語ではなく、この私の物語を食わせてやるといったのに、

 お前はかたくなにそれを拒んだ」


ハデスは俺の首に回した掌に力を込めた。


「ぐはっ!」


息が……できねぇっ!


「やめてっ!」


真美子が叫ぶ。


「これは、それの結果ではないのか?

 私はNの世界(この世界)覇者(ランカー)覇者だ。

 お前が私の物語を食べ(みとめ)さえすれば、お前の命さえ助けてやれるのだぞ?」


ハデスはそう言って俺の首を掴んで、俺を持ち上げた。


「いいえ、私はあなたの物語を食べ(みとめ)ない。

 それを認めれば、この世界は色を失い、意味のないものとなってしまうから」


マミコはそういって、揺るぎのない眼差しをハデスに向ける。


「真美子ちゃん、ハデスの小説を食べれば、真美子ちゃんの命は助かるの?

 だったらっ!」


マミコは俺の言葉に激しく、頭を横に振る。


「絶対に食べないわ! だって……ハデスの小説は……盗作なんですものっ!」


マミコがきつくハデスを睨みつける。


「あたしがネットの妖精『マミコ』になったとき、

 あたしは騙されてこのハデスと契約を結んでしまったの」


マミコの頬に涙が伝う。


「あたしが食べた物語は、全部ハデスに吸い取られて、

 そしてハデスはあたしから吸い取った物語を使ってランカーにのし上がったのよ」


マミコはその場に泣き崩れた。


「あたしはあたしに物語を供給してくれたみんなにただ申し訳なくて、

 物語を食べることをやめたの。

 自分が消滅したっていいって思った。

 みんながどんな思いで物語を紡いでいるのかは知っていたから。

 だからこの命をかけて償おうと思ったの。

 最後にアキラくんの物語を食べてね」


マミコはそう言って泣きながら、俺に微笑んだ。


「どうせ消える命なんだから、惜しくはないわ。

 大好きなあなたにも会えたし、もう、思い残すことも……」


その言葉に呼応するように、マミコを乗せた小舟が離れていく。


「どうせ消える命、だあ? だから惜しくないって? ふざけんな! 

 マミコ! お前何しに俺の前に現れた?

 書かないって決めた俺の物語を食うだけ食って、それは、ただ食いか?

 いや、それだけじゃねぇ、俺が物語を書き始めたきっかけは、そして今も物語を書き続ける理由は、

 全部お前のせいじゃねぇかよ! 責任持って俺の物語を一生食べ続けろよな!」


ブチ切れた俺の周りに波動が起こる。


「これは……なんだ?」


ハデスが周りを見渡すと、ハデスの結界にヒビが入り、崩壊しかけている。


「ハデスの結界が崩れかけている! 今だ! みんな」


そんな掛け声とともに、ペンを振りかざす勇士(作家)たちが雪崩れ込み、

ハデスを取り囲んだ。


ハデスの結界(世界)結界が激しく崩れていく。

 

その衝撃にマミコの乗っていた小舟が、水の中に飲まれていく。


「マミコ!」


俺は水面に飛び込んで、沈みゆくマミコを引きずり上げる。


◇◇◇


ナースステーションから一番近い個室で、真美子はずっと眠ったままだった。


「あら、アキラくん、来てくれたのね」


真美子ちゃんのご両親が、病室の前に佇む俺に声をかけてくれた。

そして俺に気をつかって、ご両親は席を外してくれた。


俺は眠ったままの真美子の頬に触れる。


「そろそろ、起きろよな」

 

意識は戻らないものの、容体は安定しているようで、

今は酸素吸入をしていない。


「お前に食わせる物語を持ってきたんだぜ?」


そう言って、おれはカバンから原稿を取り出した。


原稿から文字が抜け出して宙に踊ると、俺はそれをゆっくりと吸い込んだ。


そして真美子の唇に口づける。


「ふぇ?」


刹那、真美子がぱっちりと目を開けた。

 

「よっ! おはよ」


そう言ってやると、真美子が俺に抱き着いた。


「身体は完治したそうだぜ? 主治医の先生が奇跡だって言ってた。

 だからこれからは、お前に食わせてやる物語は、俺が一生書いてやるよ」


俺は真美子の背に手をまわし、ぎゅっと真美子を抱きしめた。


◇◇◇


初めに言があった。

言は神と共にあった。

言は神であった。

すべてのものは、これによってできた。

できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。

この言に命があった。

そしてこの言は人の光であった。

光は闇の中に輝いている。

そして、やみはこれに勝たなかった。


◇◇◇


Nの世界に生きるすべての勇士たちよ、

物語を紡げ!

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