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突撃☆となりの晩ごはん!

夜が白み始めると、マミコはパソコンの中に帰っていく。

そして丑三つ時になると、またぬっとパソコンの中から抜け出てくるのだ。


「突撃☆となりの晩ごはん」


マミコがそう言って、パソコンの中からぴょんと飛び出してくると、

俺は複雑な気持ちになる。


「アキラくん、ごはんくださ~い!」


そういってマミコは、当たり前のようにテーブルの前に座る。


なんなんだ、この状況は……。

俺は盛大にため息を吐く。


「ごはん♪ ごはん♪ 今日のごはんはなんだろな♪」


マミコは自作の鼻歌を歌いながら、期待に満ちた眼差しで俺を見つめる。


「うっ……」


これは、あれだ。

飼ってはいけないと家族に反対された野良猫にこっそり餌をやっている、

あの感覚に似ているかもしれない。


マミコのキラキラとした無垢な眼差しに、俺は思わず後ずさる。


っていうか餌をあげているのは野良猫なんて、生易しい生き物じゃない。

都市伝説の妖怪『マミコ』だぜ? 


背徳感が半端ねぇわ。


「ごはんをよこせ~! じゃないとお前を取って食うぞ~!」


マミコが少し芝居がかった声色を出すと、俺はあらかじめ印刷しておいたマミコのごはん、

つまり俺の小説をマミコの前に突き出してやった。


「ぬかせ! この第一種危険生物がっ! それを食ってとっとと帰れよ!」


俺の小説を受け取ると、マミコは至福の表情を浮かべて、

愛おしそうにそれをぎゅっと胸に抱きしめた。


悔しいけど、ちょっとドキッとした。


「それでは、いただきます」


マミコは姿勢を正し、几帳面に手を合わせると、


「ずおおおおおおおおおおおお」


紙の中から抜け出した文字を、必死の形相ですする。


最初はその形相の恐ろしさに、ビビりまくっていた俺だが、

数日もすれば、すっかり慣れた。


そして逆に今は、こんなにもすんなりとマミコを受け入れている自分が

少し怖かったりもする。


「俺の小説なんて誰も横取りしたりしねぇんだから、もっとゆっくり食べろよな。

 むせちまうぞ」


そう言って俺はマミコに茶を淹れてやる。


「はうぅぅぅぅ。今日も美味しかったですぅ」


マミコは満足げに感激に打ち震えながら、俺の淹れたお茶をグビッと音を立てて飲んだ。


マミコは一応物語以外のものも、好き嫌いせずにちゃんと食べる。


しかし、味はしないんだとよ。

そしてなんの栄養にもならないらしい。


ただ食物はマミコの口の中で、霧のように消えてゆくのだそうだ。


本当に摩訶不思議な生き物だよな。


俺は改めて、自分の目の前で茶を啜るマミコを見つめた。


その瞬間、マミコと目が合った俺は、条件反射でマミコの前に爪楊枝を出してやる。


「よくわかりましたね、アキラ君」


さすがにマミコが、目を瞬かせている。


俺は気まずげに、目を伏せた。


慣れって、本当に恐ろしい。


「それでっ! 今日の小説の味はどうだったんだよ」


思わず尋ねてしまった。


もう書かないって、決めたのに。

筆を折るって決めたのに。


だからそんなことをわざわざ、マミコに尋ねなくったって、

別にいいはずなのに。


それでも俺は、聞いてしまったんだ。


「人類ではじめてウニを食べた人の心境です」


マミコは俺の問いに、真顔でそう答えた。


「どういう心境なんだよ」


俺はガクッと身体を折り曲げた。


「見た目グロテスクなのに、結構いけるって感じです」


マミコはそう言って目を瞬かせた。


実は今日俺は少し、マミコに意地悪をした。


あまりにもナチュラルに俺の生活に踏み込んできたコイツに対する、

ささやかな反抗もかねて、グッログロのSF小説を食わせてやったのだ。


狂科学者による大量殺人をテーマにしたものだ。


「気持ち悪くはなかったのかよ。

 その……お前、一応女の子、だし……? そういうの苦手なんじゃないかなって」


妖怪に対して、俺は一体何の気を使っているんだ。


なんか、

頭のどこかがひどく冷静に、この状況に葛藤を覚えている。


「描写はやや血なまぐさい感じでしたけど、物語は素敵だと思いましたよ。

 愛する者を奪われて、絶望する天才科学者の心の揺らぎとか、

 そんな天才科学者のことを愛してしまうエクステンデッドの少女の純愛とか」


物語の話をするとき、マミコはひどく幸せそうな顔をする。


「そ……そうかよ。そりゃあ、良かったな」


そんなこいつの表情を、横目で伺いながら、

俺は顔を逸らす。


そしてマミコが食べ終えた文字の無くなった白紙の用紙を、机の上に投げ出した。

机の上にはもうずいぶんと、マミコの食べた物語の残骸が積み重なっている。


「だけどお前に飯を提供してやれるのは、

俺の書いた小説のストックが無くなるまでだからな」


俺の言葉に、マミコは少し寂しそうな顔をして小さく頷いた。


「俺の小説を食べつくした後に行くところは、ちゃんと見つけたのかよ」


そう問うてみたけれど、マミコは答えずに曖昧に笑う。


(うっ……)


俺は良心がズキリと痛むのを感じた。


やっぱり家族に反対された野良猫にこっそりと餌をやっている、あの心境に重なる。


物語を書かないと決めた以上、やっぱり俺にはこいつを飼うことができないのだ。


っていうか、俺はなんてことを考えてるんだ?

やめろ、それは危険思想だ。


俺は俺の思考を、ぶんぶんと頭を振って打ち消す。

















 

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