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3/8

あなたの物語が好き

「ご馳走様でした。

 大変美味しゅうございました」


物語を食べ終えたマミコはそう言って、再び手を合わせた。


「はうぅぅぅ、美味しかったです。

 久しぶりに田舎の実家に帰って、祖母が作る芋の煮っころがしを食べた心境です」


そう言ってマミコは、至福の表情を浮かべるのだが、

その物言いに俺は少し複雑な心境になった。


「悪かったな、スタイリッシュでかっこいい、いまどきの物語じゃなくて」


友情、努力、勝利の方程式で育ったこの俺は、

やっぱりそういう泥臭い物語が大好きだ。


きっとみんなが心に抱いている

「週刊少年ジャンプの編集長になりたい」という

ちょっと痛い夢をどこかで捨てきれていないんだろうな。


それはいまどきの玄関開けたら二秒で異世界、二秒で最強、

といったお手軽ご都合主義な王道とは異なる。


もちろん、それにはそれのいいところがあって、

爽快感は半端ないし、ストレスフリーで読めるという利点はあるのだけれど、


俺はやっぱり、主人公が泥にまみれて、努力を重ねて、仲間とともに勝利を勝ち取る

あの方程式が大好きだなあ。


だけど、ネット小説の世界は厳しい。

王道から少しでも外れると、本当に読んでもらえない。


検索エンジンに、流行りのキーワードをいくつ入れられるか、

人気作品の概要を、盗作にならない程度にいかにうまく模倣できるか、


そういう作品がやはり上位にのし上がっていく。


結果、判で押したような、似たような物語ばかりがランキングに連なっている。


本来ならば、好みという指向はあるにしても、物語に優劣などつけられるものではないのだ。

どの物語も、それは作者の精神の一部なのであり、それだけで尊いものなのである。


しかしいつの頃からか、そんな物語に点数をつけて互いに競い出した。

最初はただの執筆の励みのためという趣旨だったと思う。

他愛のないもので、さして気にするほどのものでもなかった。


やがてサイトのランキング上位者から、ヒット作品が生まれ、

書籍化やメディアミックスにより巨万の富が動くようになると、


数字という魔性に取りつかれて、ランキングという王座を手に入れようと、

誰もが目の色を変えた。


そういう潮流のなかでささやかに抗った者の行く末が、

つまり俺のような底辺作家、といわけだ。


まあ、単純にへたくそだっていう説もあるがな。


俺は小さくため息を吐いて、肩をすくめた。


「別にいいじゃない、いまどきでなくても、スタイリッシュでかっこいい物語でなくても」


マミコはそういってテーブルの上で頬杖をついた。


「うるせぇ。ブクマ1の底辺作家の悲しみがお前に分かってたまるか」


本心から言ったわけじゃなかった。

だけど、どこか心がささくれているのも事実で、少し拗ねたような口調になってしまった。


「私はあなたの物語が好きよ」


いきなりの爆弾発言である。

そういってマミコが、俺の顔を覗き込んだ。


なぜだかドキッとした。


分かっている。

彼女は俺の物語が好きだといったのだ。


決して俺のことを好きだと言ったわけではない。


そこはちゃんと理解している。


だけど、これはひょっとすると、俺のことを好きって言ってもらうより、

なんか、俺の魂を今、激しく揺すぶらなかったか?


俺は妙にどぎまぎとしてしまって、高速で目を瞬かせた。


「文章も決して洗練されたものではないけれど、構想も発想も、飛びぬけていいというわけではないけれど、

 それでも私はあなたの作品が好きよ。

 あなたがどれだけ作品に愛情を注いで書いているのかは、ちゃんと伝わってくる。

 読む人が元気づけられるように、勇気を与えられるようにと、あなたの心が痛いほどに伝わってくるから」


彼女の明るい髪色と同じ、少し色素の薄い瞳が真っすぐに俺を映し出すと、

俺は反射的に彼女から、視線を外した。


「おっ俺は、総合評価2を喰らった、底辺だぞ?

 お、おおおおおお前も物好きだな。

 他に上手い奴なんて山ほどいて、そういう奴を選べば、お前ももっと上手い小説を食べることができて……だな」


 なんだかこの部屋の空気が異様に薄い気がした。


俺は自ら彼女から視線を外したはずなのに、

気が付けばチラリと盗み見て、彼女の表情を思いっきり気にしているのである。


ちょっと待て、どうした俺……。


なんか心拍数が半端ないんですけど。


「体裁の整った上手な小説は確かに世の中に溢れているのかもしれない。

 だけどあなたの物語は、あなたにしか紡げないわ。

 そしてわたしはあなたの物語が好き。大好きよ」


俺はマミコをまともに見ることが出来ない。

だけどマミコはそんな情けない俺から視線を外さない。


なんなんだよ、これは。

心臓に悪りぃよ。


俺の思考回路はすでに爆発している。


「書かねぇぞ!」


それなのに、

気が付いたら、なぜだかそう言ってしまった。


「俺はもう、筆を折ったんだ。

 心血を注いで書き上げた小説も落選したし、ちょうどいい機会じゃねぇか。

 来年からは就活しなきゃ、だし。

 才能がないのは、誰よりも自分が一番わかっているんだ。

 せっかく諦めたのに、寝た子を起こすようなこと、言うなよな」


声が震えている。

情けないほどに、声が震えている。




 

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