妖界門前駅
初投稿品です。
総武線三鷹行き。
水曜日の終電にも関わらず、相変わらず人は多い。
逆に終電だから多いのか――?
遅くまで仕事をした人、接待等で最後まで気遣いをした人、終電間際まで遊んだ人……etc。
様々な人、思いを乗せて今日も電車は職務を果たす。
電車は終点に着き、各々、降車する。
中には酔い潰れてしまって寝たままの人もいる。
◆ ◇ ◆
「お客さん、起きて下さい……。」
「終点ですよ……」
これから車両基地へと向かうため、終点にも関わらず降車しない乗客を起こす乗務員。
起こされている乗客は酒臭い。
おそらく泥酔しているのだろう。
刺激しない様、優しく起こすのが、この乗務員の流儀だ。酔っ払い相手の仕事は大変である。
この酔っ払って熟睡し降車駅を乗り過ごした人物は、専門商社勤務のサラリーマン、ヒロシ、33歳の独身。
彼は仕事が終わり新宿の居酒屋で呑んだ後、飲み屋でエンジョイし終電で自宅のある荻窪へ帰宅中だった。
(終点……?三鷹ッ!)
慌てて目を覚ますと乗務員が目の前にいた。
正確には乗務員らしき人だろうか?
まだ寝ぼけているのか顔の部分が黒くぼやけていてよく見えない。
「お疲れ様です……コチラの世界……に来てしまった……のですね……」
優しい口調と言うか、覇気の無い話し方をする乗務員らしき人。
「……コチラの世界?」
「はい……ここは、あなたが居た……人間の世界……ではありません。」
まだ酔いが回っているのかな?
人間の世界ではないというパワーワードが聞こえた。
「……意味が分からないんですけど。」
「そう……ですよね。周りを……ご覧……下さい。」
当たりを見渡すとプラットフォームこそ見慣れた作りだが雰囲気が違う。
駅名の看板を確認すると――。
妖界門前
「……」
寝過ごした夢を見ているのだろうか。
そうだ、そうに違いない。
ベタに頬をつねってみると――。
「普通に痛い。」
夢では無いのかな……?
「この世界は……初めてですね……ほとんどの方は……同じ様な……リアクション……をとります。」
「ほとんどの方って、ボク以外にもいるんですか?」
「……ええ。」
辺りを、見渡すが誰もいない。
ホームにも誰もいない。
「あなたが……最後……ですから……誰も……いませんよ。皆さん……既に……降りられてます。」
「あの、すいません。これからどうすればいいですか?……ここは人間界じゃないのですよね?」
「私は……ただの……乗務員なので……わかりかねます。」
少し間を開けて、乗務員は続けた。
「1つ……言えるコトは……コチラの……世界に……迷い込んだ……人間が……容易に帰れる……と思いますか?」
乗務員の顔は黒い靄がかかって見えないが、不敵な笑みを浮かべているのが想像できた。
乗務員の姿をゆっくり目で追うと、制服こそ見慣れた服装をしている。顔以外にも、肌が露出している部分は黒い靄がかかっている。
人間の形こそしているが、人間ではない――。
得体の知れない恐怖感をヒロシが襲う。
「かっ、帰るには……何か、条件があるのですか?」
ヒロシは恐る恐る、乗務員に尋ねた。
「お帰りになる場合は、それなりの代償が必要ですよ。」
先程までの覇気の無い喋り方から、急に流暢な口調へと、乗務員の話し方は変わった。
「だっ、代償……。」
悪魔との取引のように何かを犠牲にする必要があるのだろうか――?
「元の世界に戻るには、あなたの寿命と金銭が必要です。」
不気味な口調で話す乗務員。
寿命と金銭――。
どの程度だ。
あの口調から推測すると、少なくはないかも知れない。
あぁ、最悪だ。
こんな事になるのだったらもっと人生を楽しんでおけばよかった。
むしろ、オレ、何か悪いことしたか?
色んなことがヒロシの頭をよぎる。
「代償はどれくらい必要か気になりますよね?」
嘲笑うかの様に乗務員は尋ねてくる。
気になるが聞きたく無い。
むしろ聞くのが怖い。
「まず、必要な寿命は……」
やめてくれ。
心の準備が――。
必要な寿命は、と言って乗務員は沈黙を続ける。
数秒後、沈黙の恐怖に耐えられずヒロシは口を開いた。
「……ひっ、必要な寿命は……?」
半分泣きそうな喋り方だ。
乗務員はゆっくりとした口調で回答した。
「最低でも、3時間です。」
「……?」
「約3時間後の4:25、千葉行きの始発で帰れます。」
「……えっ?」
「JR総武線直結で、次の駅は三鷹です。なお、必要な金銭、つまり料金は約180円ですね。あと、電子マネー使えます!」
「……溜めて話す必要ありました?」
「ないですね。」
あっさりと否定する乗務員。
「今までの流れは何だったんですか?」
少し怒り口調で話すヒロシ。
「いや、私の姿って人間から見たら幽霊系じゃあ無いですか?!なんか雰囲気出した方が、それっぽいかなって思ったんですよ〜。」
恐らく、この口調が乗務員の本当の話し方なのだろう――。
なんだろう。すごくイラつく話し方だ。
「雰囲気とかいらないですよ!コッチは知らない世界に来て恐怖で怯えてたんですから!」
「せっかく異世界に来たのですからサービスです。」
「そんなサービス不要だよ!」
「遠慮しなくていいんですよ。」
「するか!」
「あっ、でも寿命は代償としてキッチリ頂きますよ。」
「えっ……。」
先程までイラつく口調だった乗務員が急に真面目になった。
始発電車までの時間の他にいくらか必要なのか?
「私とこのようなやり取りをしている間に、刻一刻と寿命が迫っていますよ。」
「どっ、どう言うことですか?」
意味深な言葉にヒロシは驚きが隠せない。
「寿命と言うか時間ですね。私とのくだらないやり取りをしている間に、お客様の時間を奪っていますから。」
「最初から時間って言えよ!紛らわしいな!」
「やっぱり雰囲気が――。」
「不要なサービスなんだよ!」
「そんなに遠慮ならさらず。」
「してないから!」
何なんだ、この乗務員は。
「それよりも、明日もお仕事ですよね?この様な不毛な時間を過ごして大丈夫でしょうか?」
「お前が言うのか?あーでも、ヤバい!早く寝たいな。」
「改札出るとすぐにホテルの看板が見えます。そのホテルを利用するといいですよ。」
「親切にありがとうよ!」
若干怒鳴り口調ながらもヒロシは感謝を述べた。
「急いだ方がいいですよ。小さいホテルですからすぐに満室になります。この辺りではそこしかホテルはありませんよ。」
「だったら最初から言えよ!何なんだよ、今までのやり取りは?!」
「それも雰囲気が――。」
「もういいよ!すぐに出るから!」
急いで電車から降りようとした瞬間、乗務員に呼び止められる。
「最後に1つだけよろしいですか?」
「何ですか。手短に言ってくださいよ。」
「私、明日は休みです。昼過ぎまで寝れます!」
「うるせーよ!」