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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

草と獣

作者: あとむららざろ

 ずっと獲物が来る時を待っている。

 じっと草叢の中に身を潜めている。

 草と同化する。

「忍者らしい仕事をしないまま、一生を終えた忍者も少なくなかったらしいよ」彼女の声が脳内で再生された。

 遠い昔、『草』と称される忍者が存在していたらしい。有事が起こるまで、領内や敵地で一般の民として、普通の生活を営み続けるという任務を課せられた忍者。

 こういう、どうでもいい豆知識は、いつも、彼女からの受け売りだ。

 草と同化する。

 イノシシは匂いに敏感だから、数日前から禁酒禁煙する事が一般的だ。禊に似た、人間の生活から離れ、自然に帰る、儀式的な行為。

 別班の人達がイノシシの巣に猟犬を放ったと思われる時刻から、二十分くらい経っていた。やがて、このポイントにイノシシが来るかもしれないし、来ないかもしれない。ロープ罠と猟銃で待ち構える。

 身を潜めながら、思い浮かぶのは、彼女の顔と声と仕草。そして、あの男の顔。

 怒りを鎮める。

 努めて冷静になる。

 そして、確実に、どういう風に、あの男を殺すか、冷静に頭の中でシミュレーションする。

 害獣を駆除する事だけを考える。



 連続殺傷事件のニュースを観ながら、彼女が呟いた、

「『相手は誰でもよかった』っていう言葉は、衝動的な、突発的な、場当たり的な犯行を仄めかしている様に聞こえるけど

 弱そうな、女性や子供だけ狙って、刺してる時点で、『誰でも』じゃないよね」

 俺は答えた、

「弱い者を狙うのが、弱肉強食の、自然の条理で

 殺害する行為自体が目的だとしたら、それを遂行する為に、弱い者を狙うのは、合理的な戦法なのかもしれない

 でも、そういう事をやる様なヤツは、普通に、ケダモノ以下の害獣だな

 吐き気がする」

 沈黙。

 そして、数秒、俺の顔をまじまじと見つめた後、彼女は口を開いた、

「今後、貴方に、生殺与奪の権利が与えられて、命の選択を強いられる場面が訪れるけど

 その時は、よく考えて、選択してね」

 彼女は、時折、予言の様な、オカルト的な発言をする事が多々あった。そして、そういった発言は、ほぼ的中していた。

 困惑。

 沈黙。

 ふと、最近、観たドラマの一場面が思い起こされた。そして、答えた、

「もしかして、それって、よくドラマとかであるシチュエーションのヤツ?

 母体が、かなり危険な状態です

 おかあさんの命か、あかちゃんの命

 どちらを助けますか、的な?」

 彼女の表情が一瞬、強張った。そして、目を伏せた。

 沈黙。

 そして、彼女は視線を上げ、俺の目を見ながら、微笑み、言った、

「私と、お腹の中の、この子は、さっき言った選択肢に含まれてません!」

 驚愕!

「えっ!何?えっ!嘘?!

 おめでた!

 えっ!あかちゃんが、お腹の中に!

 あっ!えっ!あ!ああ!!

 いや、えっと、うん。なんか、前後が逆になったけど、結婚しよう!じゃなくて、結婚して下さい!」

 グダグダになったけど、プロポーズした。

 しばし、沈黙。

 そして、彼女が答える、

「じゃ、今度、田舎の両親に会ってもらえる?

 なんか、父親が、いつも言ってたんよ

『お前なんかに、娘はやれん!』っていう、ベタな茶番劇をやってみたい、って」

 彼女の微妙な笑顔に不自然さを感じながらも、新しい家族を作れる喜びに、嬉しく思い、答えた、

「今、仕事が立て込んでるけど、来月くらい、余裕が出来ると思うから、その時に、ご両親に、ご挨拶をさせていただく機会を作る方向で尽力しますので、お願いします」

「はい」と彼女は答えた。

 けれど、その機会も、彼女も、お腹の中の子も、一人の男によって、全て、奪われた。



 正午前に起きた休日、電源が入ったままだったテレビから、隣接する市の大型スーパーで発生した、通り魔による傷害事件のニュースが流れていた。

 十歳の女の子を庇って、通り魔に刺された女性が心肺停止状態で病院に搬送されたらしい。

 そして、数時間後、テレビのニュースで、その女性が亡くなった事が報じられた。

 そして、テロップ表示される、彼女と同姓同名の名前の表記と、彼女と同じ年齢の表記。

 彼女のケイタイに電話を掛ける。掛け続ける。

 繋がらない。

 繋がらない。

 繋がらない。

 繋がらない。

 共通の知人や友人に連絡を取ろうと思ったけれど、そういった人達を紹介したり、されたりした事もなく、彼女の家族の連絡先すら知らない事を認識して、目の前が真っ暗になった。

 掛け続ける。

 繋がらない。

 繋がらない。

 繋がらない。

 繋がらない。

 繋がらない。

 彼女の現状を確認したくて、電話を何十回何百回と掛け続けた。

 そして、翌朝、彼女の元気な笑顔を見る事が出来た。

 朝のワイドショーで報じられた、昨日の通り魔事件の被害者の、生前の画像として。



 彼女を失った日から、絶望の日々を過ごしていた。酒ばかり吞む日々が続いていた。無断欠勤を続け、会社をクビになった。一応、自己退職扱いにはして貰えたが。

 そういった絶望の日々を過ごしていたある日、彼女の密葬が、彼女の家族だけで行われていた事をテレビで知った。

 彼女に最後の別れを告げる事も出来ないまま、彼女の体は灰になった。そして、四十九日の後、故郷の海に散骨されるらしい。

 その海に行きたくなった。

 その海に身を投げる事だけを考えていた。

 家財道具や身の回りの品や服を、最低限必要なものだけ残し、処分した。住んでいたアパートを引き払った。

 自転車と寝袋を購入した。そして、南下して行った。彼女の故郷を、彼女が眠るであろう海を目指した。

 十数キロか数十キロ、自転車で移動し、適当な町に数日間滞在する。知らない町で、だらだらと過ごす。ぼーっとしているか。寝ているか。酒を呑んでいるか。単調な運動と怠惰を繰り返す。彼女の海を目指しながら。

 そして、ふらふら漂流する舟の様に、彷徨い流されながら、とある島の岸に、錨を沈める事となった。



 彼女の故郷まで、あと十数キロの距離まで来た日の正午前、財布を失くした事に気づいた。所持金の殆どを失った事よりも、その財布の中に入れていた彼女の写真を失った事に、絶望した。

 小一時間、ぼーっとしていた。呆然としていた。ふいに、意を決し、自転車に跨り、ペダルを漕ぎ続けた。何も考えない様に、漕ぎ続けた。そして、夕方前に辿り着いた、彼女の故郷に隣接する港町。彼女の眠る海の端。

 自分と同じ様に、自転車を脇に携えている学生が、十人くらい居た。離島に渡る船を待っている様だ。流される様に、ポケットの中にあった小銭で、その島までの切符を購入していた。衝動的に船に乗っていた。彼女の眠る場所と思われる海に、より、近づきたいと思っていた、多分、無意識に。

 船の上、疑似的な末期(まつご)の目で見た、その海に沈む夕日が、とてもとても美しく感じた。

 この景色をずっと見続けたいと思った。

 死ぬ事を考えていたけれど、生きていたいとも思った。



 彼女の海を見渡せる場所を求め、自転車を押しながら、高台を目指した。無意識に人目を避けていたからか、いつの間にか、緑深い山の林道に迷い込んでいた。

 夜の帳が下り、ぬばたまの闇が辺りを覆い始めた頃、山の中腹あたりに、公園を見つけた。何年も放置されている様な公園。唯一存在する遊具である、連なった大小二つの鉄棒の下の地面にまで、背の高い雑草が生い茂っていた。

 ベンチに座る。リュックの中にあったパンを齧る。草むらの上に寝転ぶ。満天の星空。瞼を閉じる。無数の星々の残像が瞼の中の闇と混じり合っていく。安らかな心地。訪れる眠りの淵。久しぶりに酒を呑まずに眠る事が出来た。



「おめぇさん、ここで、何しとるね?」

 翌朝、誰かの声によって目が覚めた。ポメラニアン犬を抱いている、おばあさんが居た。

 自転車旅行の途中、所持金の殆どを失くし、この公園で野宿していた事を説明する。

「これ食うと、ええ」

 おにぎりとペットボトルのお茶を貰った。

「金が無ぇんなら、役場に行くと、ええ

 働き手の募集の紙が貼っとったわ」

 微妙に嚙み合わない会話をした後、おばあさんは去っていった。けれど、この島で暮らすのも悪くないな、と思い始めた。

 とりあえず、おにぎりを食べ、山を下りた。

 役場の横に郵便局があり、通帳と判子は無事だという事を思い出し、ひとまず安心した。

 役場の掲示板に、おばあさんが言っていたと思われる、移住者募集のポスターが貼ってあった。そこに書かれていた、この島の正式な町名を目にし、驚愕した。そして、納得した。

 彼女を殺した犯人の男は、彼女が住んでいた町の、海を隔てて隣接する町の出身であると、週刊誌で報道されていた。

 その記事で見た、文字だけでしか認識していなかった町に、あの男が生まれ育った島に、今、立っていた。

 彼女に導かれる様に辿り着いた、この島に居たら、いつか、あの男と対峙する機会が訪れると思った。

 そして、その時に、あの男に対する生殺与奪の権利を行使する機会が訪れると思った。



 役場で説明を受け、パンフレットを貰う。

 とりあえず、郵便局で7万円だけ下ろす。

 転出手続きをする為、船とバスと電車を乗り継ぎ、一旦、元の居住地に戻る事にした。

 海岸線が続く車窓。

 彼女も上京する時、この風景を見ていたのだろうな、と、ふと思った。

 その時、彼女には視えていたのだろうか、俺と出会う未来が。そして、自らの命が奪われる未来が。

 そして、思った。彼女が死ぬ直前に視た未来は、どんな未来だったのか?

 少女が殺される未来が視えたから、彼女は身を挺して、凶刃から少女を庇ったのだろうか?

 それとも、少女を庇って、彼女自身が殺される未来が視えていたのだろうか?

 または、どちらの未来も視えてなかったのか?

 そして、思った。その時の彼女には、自らが殺されてしまう未来を避ける事が出来なかったのだろうか?

 占い師は、視る対象の凶を吉へ導く故、他人の凶を自らが被る事が多々あるから、一流の占い師ほど、その凶を受け流す術に長けているらしい(そういえば、この豆知識も彼女の受け売りだ)。

 ああ、そうなんだ。彼女は普通の女性だったんだ。少しだけ未来が視えるだけの。少しだけ未来を変えられるだけの。そして、他人の凶を受け流す事が出来ず、凶悪犯に殺された、普通の女性だったんだ。

 だから、多分、彼女が言った「生殺与奪の権利が与えられる」って言葉には、意味なんてないのかもしれないし、あの島に辿り着いたのも偶然だ。

『復讐なんて、何も生まない!』

 ふと、ドラマとかで、よくある台詞が、頭の中に思い浮かんだ。

 俺は、復讐によって、何かを生み出そうとか、何かを得ようとか、得をしようとか、思ってはいない。

 ただ、あの男によって奪われた幸せを、あの男によって生じたマイナスをゼロに戻して、リセットしたいだけなんだ。

 彼女が言った「生殺与奪の権利が与えられる」って言葉には、意味なんてないのかもしれないし、あの島に辿り着いたのも偶然なのかもしれない。

 けれど、あの島で生活する事にした。

 シルヴァスタインの絵本に描かれていた『ぼく』の様に、『ミッシングピース』を探し続ける事にした。あの島で。いつまでも。ずっと。



 元々、廃業を予定していたお爺さんに師事し、農業を覚え、2年後、農地や設備を安く譲ってもらう形で、トマトをメインに栽培する農家を継いだ。行政等の助成金もあったので、借金を背負う様な、大きな支出にならなかったのは幸いだった。

 農業と並行して、狩猟も学び、狩猟免許を取得した。害獣を駆除する為に。

 農作業を行っている時や、休憩時間や、寝る前や、ルーティンワークをしている時や、何も作業をしていない時や、害獣駆除をしている時、あの男を殺す事を考えるのが常だった。冷静に、確実に、仕留める事だけを考え、頭の中でシミュレーションしていた。

 まず脚を狙う事だけを考えた。散弾を放つか、切断するか、削ぐか、或いは、拘束するか。逃げられない状況にする手段を考えた。

 そして、殺す方法を考えた。射殺。刺殺。絞殺。撲殺。或いは、溺死させるか。転落死させるか。

 そして、彼女が殺害された方法である、刺殺する方法のシミュレーションだけは入念に行った。彼女が殺害されたシチュエーションと同様に、左胸あたりを刺す事だけを重点的に考えた。

 心臓は肋骨と肺の奥にあるから、殺人のプロでも、心臓をひと突きにして殺す事は難しいらしい。

 肋骨の隙間と並行になる様に刃を横にして刺すか。肋骨を避けて腹部から斜め上に刺すか。背中側から刺すか。

 あるいは、普通に、腹部か頸部を刺して、確実に殺すか。

 そして、また、脚にダメージを与える手段を重点的に考えた。逃げられない状況にすれば、ひと突きで殺せなくても、試行錯誤しながら、何度も刺して、確実に殺せるから。

 そんな事を考え続ける生活が5年くらい続いた頃、あの男が少年院から出所した事を、週刊誌の記事で知った。

 けれど、あの男とは出会う事もなく、更に、数年が過ぎた。

 島の住民や農協の人達や猟師仲間と交流を深めながら、あの男を殺す事だけを考える日々を、十年くらい続けた。



 その日は、突然、訪れた。

 イノシシ猟が不発に終わった後の帰路、ふらふらと歩く男と出会った。ひと目、見て、わかった。約十年間、頭の中で殺し続けた男だと。

 シミュレーション通りに、引金を引く。散弾を放つ。足元に着弾する。のたうち回る男。

 想定以上に、のたうち回るから、歩み寄って、頭部を踏みつけた。

 足。側頭部を踏まれた男。地面。

 ぐりぐりと踏みつける。苦痛に耐えながら、当惑する男。

 ぐりぐりと踏みつけながら、腰を落とし、顔を下げ、男の目を見つめながら、言った、

「誰でもいいから、殺したかった!

 …という理由で、お前に殺された女の、婚約者だったのが俺だ!

 そして、その時、その、お腹の中に居た赤ん坊の、父親が俺だ!

 誰でもいいから、ではなく、お前を殺したかった!

 この日を待っていた!お前と出会う日を!十年間!ずっと!ずっと!」

 男は絶望の表情のまま、固まっていた。

 そして、男は頭部を激しく振り、俺の足から逃れ、脚を引きずり、這いつくばりながら、惨めに、逃亡を図り始めた。山道を梺の方向に。 

 引金を引く。散弾を放つ。脚あたりに着弾する。また、のたうち回る男。

 男の頭部の顎部分を踏みつけながら、言う、

「なんで、謝罪の言葉の、ひとつも、言えないんだ?

 なあっ!

 オイッ!」

 男の顎が動く。何らかの言葉を発していた、

「ごげぐががぎ!ごげぐががぎ!ごげぐががぎ!ごげぐががぎ!」

 多分、『ごめんなさい』って言っているんだろうけれど、何も、心に響かなかった。リュックサックからナイフを取り出す。けれど、その瞬間、また、這いつくばりながら、男は逃亡を図り始めた。山道の梺の方向でもなく、山頂の方向でもなく、横の崖の方向に。

 崖下には、荒々しい波飛沫が舞う、ごつごつとした岩場が広がっている。

 転落死を図ろうとする男。咄嗟に、男に向かって、ホームベースを狙う野球のランナーの様にヘッドスライディングしていた。

 伸ばした右手が、男のジャケットの襟の後ろ部分を掴んだ。

 デジャヴを感じた。

 昔、出会って間もない頃に、彼女が言っていた言葉が、ふいに、脳内で再生された。

「究極の選択クイズ!!

 貴方の大切な人が高い所から飛び降りようとしてましたが

 貴方は、落下しつつあった、その人の奥襟の部分を、咄嗟に掴んでしまいました

 さて、貴方は、

 手を放して、その人、転落死

 手を放さず、その人、窒息死

 さあ、どっち?」

 ああ、思い出した。懐かしい。究極の選択クイズと言えば、『ウンコ味のカレーか?カレー味のウンコか』ってのが、有名なヤツだな。

 崖の淵、這いつくばる様な格好で、ウンコみたいな男の、命運を握っていた。

 手を放すか。放さずにいるか。

 転落死か。窒息死か。

 ここ十年間程、この男の殺害方法を、何千回、何万回と、頭の中でシミュレーションし続けてきたけれど、急に、選択肢が狭められた。

 手を放すか。放さずにいるか。

 ずっと、殺したいと思っていた男の、生殺与奪の権利が、今、俺の手の平に、握らされていた。

 先程まで、この男の命運が俺によって握られていた様に、自分も他人に命運を握られていて、十年の歳月をかけて、この場所、この場面に導かれた様な気がして、何故だか、急に恐怖を感じた。

 そして、二者択一の答えではなく、別の答えを選ぼうと思った。

 左腕も伸ばす。襟を掴む。少し引き上げる。折り曲げた左腕で男の頸部をフックする。プロレス技のチョークスリーパーの様に。

 這いつくばっていた姿勢から、腹部の下に、自らの膝を片方ずつ、入れていった。男と共々、転落しない様に、出来るだけ、後ろに重心を取りながら。

 膝で地面を付いて、力が込められる体勢になった。ずっと、殺したいと思っていた男を引き上げる為に。

 崖の淵、男を引き上げる為に、土下座に近い姿勢をしている自分が、滑稽にも思えたが、右腕を男の脇の下に通し、力を込め、引き上げた。

 殺したいほど憎んでいた。けれど、この男の死によって、彼女の海が汚される事が耐えられなかった。そして、男が自殺という逃げ道を選ぶ事も許せなかった。

 仰向けに倒れた男が、へらへら笑っていた。笑い続けていた。死に面した恐怖の為か、頸部を絞められた後遺症か、ただただ、笑っていた。人格と精神が崩壊したらしい。

 さて、どうしよう。

 男を殺したかった。偶発的に近い状況での、窒息死や転落死ではなく、なるべく、直接、自らの手を下して。

 けれど、今の状態の、この男を殺す事に意味を見出せなかった。もっと、恐怖に歪む表情や、絶望する様を見たかったのに。

 結局、この男は、殺す価値もない人間だったのかもしれない。この十年、無駄だった様な。無駄じゃなかった様な。

 ふと、思った。人格や感情や記憶を無くした人間は、それらを無くす前の、殺戮する衝動を有しているのか?有していないのか?

 よく、わからないけれど、この男を、野放しにしてはおけないと思った。

 とりあえず、使っていなかった蔵に、この男を閉じ込めておこうと思った。

 とりあえず、生かし続けよう。

 死ぬまで。

 殺さない程度に。

 躾をしながら。

 最後まで責任を持って。

 飼育しよう。

 両膝を散弾で打ち抜かれて、這いずる事しか出来なくなった害獣を。

 

 

 


 

 

 


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