聖母になるまでの鎮魂歌(レクイエム)17
…は??と驚かずにはいられなかった。アスフェルトという目標があったからいままで、戦争に対しても乗り気であった。自分でも、天上人に会られるだけではなく、仕られる可能性があることが一番嬉しかった…自分は、他の人とは明確に違うことの確証が欲しかった。しかし、そのアスフェルトは元から落ちぶれていた。私の理想像とは遠く離れていた。欲望を制した天上の中の天上人ではなく、ただの人間であった。目標を失った今、本当は平民街で悠々自適に暮らしたいのが本音だ。それに、そんな大掛かりなことをやることは必須ではないだろう。なにせ、能力を使える奴隷は私の見える範囲だけでも20体以上はいる。その奴隷一人一人に同じようなことを仮にやるとしても、一位を取るのは簡単じゃないため、そんな可能性は塵の彼方であろうし、それに、見た感じ、20年以上の歳の差を感じさせる奴隷は一人もいない。…つまり、あいつは私だけにこんな試練を選んだんだ。…取るべき行動は当然…
「おかしいですよね!!なんで私だけこんなにきついのですか!?」
と訴えかけることだった…こいつは、視線を私に向けて…至って真面目な様子で口を動かした…その答えが…驚くべきものだった…論理的な意味では、今までで一番驚いたかもしれない。こいつの答えはこうだった。
「今回のインフレ犯人を暴き出すため…いや、正確には、そのインフレ犯人を見つけ出して欲しい。」
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は? おかしかった。普通、イエラ家なら参加者の情報はきっちりと知っているものではないのか?いや、もしかすると、犯人がイエラ家でも暴ききれないくらいの凄腕なのかもしれない…と思ったが、使者の可能性で、それは潰えた。確かに今回のインフレを起こした犯人ならば、イエラ家の情報網を掻い潜ることもできるかもしれない。だけど四六時中ずっとそばにいる使者だけは、どう考えても掻い潜ることはできないだろう。デ●ノートのキ●のように、エルの監視下で色々やれたのは、あくまで監視下を惑わすような行為だけだ。仮にデ●ノートみたく協力者がいたとしても、条件がまるで違う。本家のデ●ノートの場合は、デ●ノートを通じて、キ●がデ●ノートを描かなくても協力者が書いたことで、キ●の容疑をさけたりしたが、この戦争の場合、そのデ●ノートのようなものは、現実世界にあるわけ…って!?
そう直前までそう思った自分が少し情けなかった…あるじゃないか。知名度が低いけど、デスノートのようなものが…『能力』だ…、…もし相手が能力者ならば、イエラ家を欺きながらpt稼ぎをできる…イエラ家当主も頭を抱えるくらい使者からの報告はいたって合法のやり方または行動なのだろう。だけど、もし何かしらの協力者が裏で糸を引いていたなら、報告上は真面目にやり続けられるだろう。…だけど、まだわからない。仮にその犯人を調査する目的でも、なんで私を選んだのだ?はっきり言って、今回の犯人が裏で何をやっているか検討がつかない。最悪、他の国と繋がっている可能性だって十分にあり得る。もしそうだったら、犯人は目的のためになんでもする犯人ということになる。つまり、現状で一番大事だと思われるシオンさんの転生者、つまり私がみすみす殺される可能性を当主自ら作り出していると言うことになる。そんなことするくらいなら、自分の部下とかに調査させた方が良いだろう。むしろ、戦争を途中辞退した私と比べても調査スキルはそっちの方が格段に優れている。…ますますわからない。そのため、目の前のクソ当主に聞いてみることにした。
「なんで、わざわざ私を選ぶんですか?」
と至極当たり前の質問をしてみた…しかし、今までシオンさんのことさえ淡々と答えたこいつは、今回初めて口籠もった。
「…、…すまないな。こればかりは、まだ教えられないんだ。我慢してくれ…」
…『まだ』か…シオンさんの転生者であるからなのか、私に対してはやたら素直だな…まぁ、それはこちらとしては好都合だが…、どうしようか?今の当主と私との取引、つまり、シオンの身の安全は保証する代わりに、私の平民街への生活の保証という取引は、正直言って、現状私にものすごく不利だ。今はこの当主の温情という名の慢心でなんとか取引が成り立っているような状態である。もしこの当主がその気になれば、私は一生、シオンさんの人格復活のための実験台にされて、ペット生活だ。いや、今までの当主の態度から、結構な待遇は与えられるかもしれない。それでもいつ終わるかわからないため、死刑囚と同じである。だから、この取引をせめて対等の立場までのし上げる必要がある。この取引を成り立たせるため、一発逆転の可能性がある能力の一つを手に入れる必要がある。最悪、能力の話が嘘だったとしても、今までの待遇上、私に害を与えることはないだろう。…こうなったら、とことん前進するか…
「…取引上、教えられない情報があるのはイーブンじゃないです。…ならば、あなたのその対価に見合うだけのものを私にください。」
…すこしやりすぎだろうが…今までの待遇上、これはまだセーフのラインに入るだろう…調査という名目上、完全自由行動など許されないだろう…しかし、あわよくば、この”戦争”でのその行動自由権を手に入れたいなぁ、とすら思っていた…だけど、釣れたものというのは…海老で鯛を釣るどころの騒ぎではなかった。鯨を釣るのに等しかった…この人が、代償として提示してきたのは…
「…確かにその通りだ…それじゃあ、こんなのはどうだろうか?」
そう言って、こいつは、『カロン〜』と一声あげた…その時、音もなく一人の忍者とおぼしき、服装の少女が一人、現れた…、コスプレすらさせてしまうあたり、やっぱり趣味が偏っていると、相変わらずのジト目を条件反射でしてしまう…
「この子は、『カロン』。この子を今日から一生、君の召使い兼、護衛兼、使者役として仕えさせる。この子の能力は、”憎悪紙死”と”擬態透過”のダブル持ちだ。能力の詳細については、この子から聞いてくれ。必要となれば、いくらでもこの子に命令していい。これでどうだ?」
「…能力者って…能力の二つ持ちは可能なのですか?」
「いや、絶対に不可能だ。」
「じゃあ、なんでこの子は、二つも能力を持っているんです?」
「…まぁ、極めて珍しい個体だってことだ。だけど、好きなように扱っていい。大事に扱うもよし、ボロ雑巾のように扱うもよし。すべてを許可する…これなら、イーブンじゃないか?」
能力一つを持っているだけでも有利なのに…それが二つ…イーブンどころか、ちょっとばかし有利になった気がするのだが…まだ判断するのは早いか…
「…ちなみに、この子はどれくらい従順ですか?」
「ん〜、具体的に従順さを確かめたことはないが…前に1ヶ月食事与えるのは忘れても、食べ物一つ奪わないレベルくらいだな。ちなみに、他から奪うこともなかったわけだから、見上げたものだよ。この子の従順さに関しては、大体それくらいだ。…あ!そうそう、主人が変わったからといって、君に従わないような真似はしないから安心してくれ。それと、さっきこの子に聞けばいいと言ったが、この子の記憶を見れば確実だったな。いやー、4000年生きていると簡単なことを疎かになってしまうのかなwww」
へ?今、聞き間違えただろうか?…1日ではなくて…1ヶ月??おかしすぎる…こんな超人を…好きなようにできる…のか??そう思わずにはいられなかった。…いやいや、まだ判断するのは早すぎる。とりあえず、どういうスペックか判断しないことには、始まらない。…そう思って、まず最初に試しに”思考移動”をやってみよう。
「…さっそく、このカロンのスペックを見るために、”思考移動”をしてみたいです。」
そう当主に言った。先ほど自ら提案したため、当然その申し出は了承されて、机の下にいる子を通して、生まれてから現在に至るまで、カロンの今までの記憶が流れてきた…!!!??…!???!?
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…は________は….hahahaha。
1時間後…カロンの今までの記憶の伝達は全て終わった…結論…この子…チョーやばい。そもそも、記憶の伝達自体が、過去の体験を追体験するようなもので、その時の感情や心の痛みが自分のもののように流れてくる…それだけなら、まだいい…いや、よくもないが…本当にやばいのは、脳がフル回転するときの痛みだ。勉強した時に、知恵熱みたいなものが出るのは、勉強熱心だった人なら誰しもが陥る現象であろう。しかし、この思考移動…入ってくる記憶の数が多いせいか、普通に感じる知恵熱の何倍もの熱さと、それに伴う痛みがでてくるように錯覚してしまう。それが本来ならば1番の苦痛であろう…しかし、この子の悲惨な記憶はそれらの痛みと同等の純粋な精神的苦痛を与えてきた。…純粋な精神的痛みが、脳の物理的な痛みを凌駕するなんて、なかなかあるものじゃない。…そう考えると、この子の悲惨さが身に染みてわかると思う。…だけど…なぜだろうか?これほどの痛みなら本来なら、一週間以上は寝込んで、それでも精神治療をしても治るはずのものではないのに…精神はどんどんポジティブの方向へ向かっている…それどころか、もうすぐで思考移動する前と変わらないような心理状態である…いや、自分のことを観察してもしょうがない。今は、目の前のことを進めよう…そう思い、再びこの当主と話し始める。
「…この子のスペックについては十分すぎるほど、わかりました…しかし、『この戦争で一位を取る』=『黒幕を暴いて、自分がその黒幕に成り代わる』か『黒幕の不正を暴いて、その不正関係者を全員失格にする』くらいしかないのは、お互いわかっていると思います。どちらにせよ、結構な労力です。もしこれで能力発現をしなかった場合、あなたが約束を破ったとして、私の平民暮らしを叶えさせてもらいますよ。」
「…なるほど、いや~、高価のものを与えてイキリ始める少女というのもまた一興…見ている側としてはうっとりするな。」
「…次、同じことを言ったら、殺しますよ。」
「まぁまぁ、そう気を荒立たせずに、平和にいこうじゃないか…了解したよ。もし、今回の戦争で君が成果をあげたにもかかわらず、能力が発現し始めなかった場合は、問答無用で君の平民暮らしを約束しよう。…もしそれを破った場合は、どうなるかはもうわかっている。『カロンの能力によって、私は死ぬ』…そうだろう?」
「わかっているならいいです。それじゃあ、まず。この奴隷の鎖をとってください。このままの姿だと流石に怪しすぎます。それが終わったら、あなたからもらった10万ptを持って、今回の犯人探りに早速行ってきます。」
「了解」
そういうと、当主は、本棚の裏側にいた奴隷を手に合図だけで呼び、他よりも少し背の高めの少女が来た。その少女は、私を一瞬一瞥したが、すぐに鎖の方へと視線を移した。その途端、鎖は砂でのように崩れ落ちた…崩壊系の能力か…何度見てもすごいものだな…そう感想を心の中にこぼし、視線を再び当主へと向けた。
「それじゃあ、色々ありましたが、形だけのお礼をします。ありがとうございました。」
そういって、カロンと一緒にオリシアは、当主の部屋の窓から飛び降りて、屋敷を出て行った…
部屋には、たくさんの少女の奴隷と当主だけが残る…普通なら自分の命が、オリシアの気分次第ですぐに散るような状況で、ポジティブな感情など抱けるわけもない…そのはずだった。しかし、転生のたびに死を体験した当主にとっては、自分の命などゲームにおける自分のライフと変わらないほど安っぽい。そんなことよりも当主の気分は…あることで今まさに最高潮であった。
「…もしこの戦争で、何が起ころうと…これでやっと、シオン復活が、約束される…それだけで、…私…、いや…僕は嬉しいよ。お姉ちゃん…」




