聖母の語り初め(かたりぞめ)
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…どこの床を探しても開けられそうな場所はなかった。…いや、馬鹿か?僕は。そもそも、スティアの能力を使えば、最低でも目で認識できる扉はなくなる。もっと言えば、あいつらの最新技術を使えばなんでもありだ。…しょうがない。使いたくはなかったが、この床全部を”移動”させよう。そう思って、床に手をかけようとしたその時であった。…一つの床が開いたのだ。別に僕が開こうと思って、開いたわけじゃない。勝手に床部分が開いたのだ。ということは、…三人目の加害者のお出ましということか。…なぜこのタイミングで出てくるかわからないが、さっきの能力を使われる前に不意打ちをしよう。そう思って、今15度くらい開かれている床の場所まで、”移動”して不意をつこうと思った。しかし、その瞬間
「提案があります!!!取引しましょう!!!」
という大声が聞こえてきた。…取引かぁ…確かに、これほどの技術を持つ連中の取引はこちらとしては魅力的だ。それに、わざわざそんな話を持ち出す時点で奴らが追い込まれていることを示していることになる。…普通に考えたら、まぁ魅力的なものだろうな。だから、僕は端的にその提案に答えた。
「絶対に断る。」
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「…え?....なんでですか!?」
「あー、そうだ。一つ言っておくけど、これ以上その扉開くなよ。今から少しでも開くそぶりでも見せたら、お前が言った取引は完全決裂だ。わかったか?」
「…わかりました。」
「…それじゃあ、まず初めにお前の問いに答えてやろう。…信用が全くできないからだ。もし取引途中にお前の能力がまた発動したらどうする??それだけじゃない。お前らの技術は僕らには未知の分野だ。もしかすると、この状況を打開できるものでも発動するのかと思うと、お前らの提案を受け入れて何かのメリットがあったとしても、それで僕ら全員一網打尽だと話にならない。」
「今、私たちの戦力は僕だけです。そもそもそんなものがあったら最初から発動しています。」
「…いや、わからないぞ。もし、その起死回生の一手がお前らの命を犠牲にして発動するものだったらどうだ?それだったら、この状況でも発動するのは躊躇われるだろう?それにそうじゃなくても、僕がお前ら加害者たちに会ってから、現在に至るまで体大10分だ。もしかすると、時間が少し必要なだけでもう準備が揃っていることだって考えられる。…つまりはそういうことだ。お前らの提案を受け入れるほどこちらとしても余裕がない。」
「『妹さんの過去』のことでも?ですか?」
「!!?…どういうことだ?」
「もしあなた方が、今まで捕まえた同胞たちを無傷の状態に治し、我が祖国まで返してくれるなら、僕たちは今後あなた方に危害は加えませんし、今後も加えるつもりはありません。そして、あなたが欲しい情報を全て教えます。」
「…必要ないな。」
そう一蹴しようとしたが、反射と言われるほどの速さで返答が返ってきた。
「 記憶の”移動”があるからですか?流石にあれには驚きました。我が自慢の祖国でもこの情報だけはなかったですしね。しかし、私の考えが正しければこの技術は不完全でしょう?もし完全なものならば、あなたは私の能力をもっとも警戒していたはずです。しかし、あなたは私をナメた。…この時点であなたの能力はまだ発展途上というわけです。彼女らでたとえ練習したとしても、盗聴器からの怪我具合から推察するショックからいつ記憶欠陥になってもおかしくないです。もし私を含めて行ったとしても同じです。つまり、本当に得たい情報が手に入れられない可能性が高いのですよ。それでもいいですか?」
「…お前、交渉技術は三流だな。今がお前の言い分なら、すべてこの言葉で肩がつく。『俺の妹をナメんな!?クソどもが!!』とな。確かに、僕にはテイミリィの過去は知らない。しかし、テイミリィには教えられないだけの理由が必ずあるはずだ。親愛なる妹はいつでも最善の策を取る。それを知っているから、僕は例え知らなくてもいいわけだ。いつか教えられるときが来た時にじっくりと聞くさ。…第一、クソである自分が妹に離れて妹の個人情報を盗み聞きとか、そんなことできるわけないだろ!もういいや。お前の発言も飽きた。一生、牢屋で眠っていろ!」
「待ってください!わかりました!!この部屋にあるものに限らず、同胞のものも好きなものを持っていっていいです!!使い方がわからなければ、お教えいたします!!技術が欲しければ、知っている範囲で教えます!!もし、祖国の記憶がどうしても欲しいなら、私が犠牲になります!!だから、あの二人だけは助けてください!!!お願いします!!お願いします!!お願いっ」
そう言い終わるよりも早く、やつがいる床に触れて、やつごと牢屋へ”移動”した。おっと、奴の四肢はまだ取っていなかったな。まぁ、シャーリドさんには例の結界の縮小版でシャーリドさんだけを覆うような結界が非常時には自動的に張り巡らされる仕組みのものを持っている。だから、心配ないだろう。そう思い僕は奴の四肢を取りに、牢屋へ”移動”した。
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牢屋では、四肢を失い、意識を失ったスティアと二人目の加害者。臨戦状態の三人目の加害者。そして、例の結界を発動させた状態のシャーリドさんが立っていた。あー、やっぱりか。ごめんなさい。シャーリドさん。と心の中で謝った。そして、すぐに意識をやつの四肢を奪いにかかることに集中した。奴は、怯えた表情で、僕を睨めつけてくるが、まぁどうでもいい。それよりもやつの能力を使われると極めて面倒だ。早めに退場させるかと思い、僕は今のやつの距離ごとやつの四肢を”移動”した。瞬間、やつはおぞましい悲鳴をあげ、痛みで転げ回ったが、もう無駄だ。汚い血飛沫を撒き散らしながら、目には三日間寝ていない人のように細かい血管がたくさん見え、それでもなお僕を睨みつける気迫をその胸に宿していた。四肢を失ったこいつには、能力以外に力はない。しかし、その能力が未知数のため、少々厄介だ。まだ意識はあるようだし、脳震盪でも起こして意識を失わせて、能力を封じるか。大丈夫、もしこの衝撃を乗り切ったら、死なせはしないさ。ハンマーで少し頭を殴るくらいだが、それで死んでもまだ二人被験者はいる。だから、大丈夫さ、と思いながらやつの頭を牢屋にあった不清潔であっちこっちに錆びているハンマーで殴って意識を失わせた。
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目の前では、三人目の加害者の頭と四肢の出血を”治癒”しているシャーリドさんの姿がある。この加害者三人には、僕の記憶”移動”の向上のための犠牲になってもらうつもりだ。それよりも、今はシャーリドさんに聞くことがある。このくらいの治療ならシャーリドさんは話をしながらでも治療可能なはずだ。そう思い、僕はシャーリドさんに聞いた。
「すみません、シャーリドさん。今回の事件での動機は、僕の予想通り、やはり『僕』でした。…記憶を自分で失った身で失礼極まりないのですが、僕のことで知っていることを教えてもらえませんですか?」
…そう聞いたが、返事は返ってこなかった。それは、答えないことの意思表示ではなく、むしろ答えようとして話を考えているような素振りだった。そして、僕が聞いてから約5分。シャーリドさんは重く閉ざしていた口を開いて言った。
「わかりましたわ。…でも、この話を聞く前によーくこのことを心に刻んで。…たとえどんなことが起きても、あなたは何も悪くないから、思い悩んだり自己嫌悪に陥らないでちょうだい。そのことは、あの子、テイミリィの人生最大の願いに直接つながることにもなるから。もしその感情に支配されたらそれはあの子の思い、いやあの子自身を裏切るのと同義。だから、…お願いね。」
それときのシャーリドさんはいつもと変わらない口調、いやところどころに涙が混じっていて、真剣そのものの雰囲気を漂った感じであった。
「…わかりました。たとえどんな真実が来ようとも、受け止めてみせます。」
そう躊躇いなくいうと、シャーリドさんは少し笑顔を浮かべて真実を語った。
「あなたの能力”超回復”と”警鐘”。これらはね。…あなたに存在するはずがないの。」




