その9 消息(Part. D)
「参ったよ。これじゃあドアーズも敵わないわけだ。」
かぶりを振って、エーレンツァはうなだれる。
力量は把握してもらったわけだが、このままでは勘違いが残ってしまう。
「…彼は生きていますよ。私はむしろ、彼の願いでここにいます。」
「願い…?」
とりあえず彼からの用事を果たそうと、エーレンツァ宛の手紙を取り出して渡せば、彼女はしばらくそれを読み、ため息をつく。
中身は分からないのだが…。
「…あい分かったよ。まさか“あんなところ”に行っちまうなんてね。こっちの気もしらないで、じじいのくせに、いつまでも頭の中は子供なんだから…。」
どこか日常感と寂寥感を含んだ口ぶりに、二人の関係が少し察せられた。
しばらくそっとしておくべきではないか…?
その場を去ろうか考えていると、パンと支部長が両手で頬を叩いて自らを律する。
それから私の肩を叩いて、傷までありがとうね、と言うと、受付へと歩き出す。
「おや…今度は睡眠の魔術かい?先生は何でもおできになるんだね。空間が不安定だったのは、この子が寝かされていたからか。」
受付に戻ると、支部長は二人の様子を見てかぶりを振った。
戦闘が始まった段階でハーミアと受付嬢は眠らされてしまったようで、その犯人たる教え子の護衛が、眠る彼女達の横でしっぽを一振りしてみせる。
私とエーレンツァの戦いを察知して、二人の介入を防ごうとしたのだろうか。
支部長には私が犯人だと思われてしまったが、まあいいか…。
「…それじゃあ、あの子達が起きるまでに、依頼の話でも進めておこうかね。」
「…良いのですか?」
「どうやら先生もあの人の被害者ってわけだ。仕方がないから…ここでの生活くらいは支援してやるさ。」
白い歯を見せて笑うエーレンツァの表情は、柔らかなものに戻っていた。
その9 終
【ひとこと事項】
・睡眠の魔術
相手の脳に働きかけ、睡眠を促す魔術。
・空間術が不安定だった理由
眠らされつつも、オリヅルはかなりの時間空間の維持に努めていたようだった。