その8 力量(Part. D)
「…!」「――っ!!」
無詠唱の転移から放った不意の一閃は、虚空から取り出した杖に防がれた。
触媒無しの保有術を見て目を見開くも、彼女はすぐに距離を取るように右、左、右とジグザグに転移を繰り返し…と思いきや、そこでふと消え、
「…背後を取ったつもりですか?」「―くっ!!」
こちらの背後を取った剣が空を薙ぐ。視線を誘導し、一旦去っていくと見せかけて、背後から再び不意打ちをかける、実に良い動きである。
が、私は支部長の背後にいる。
「私もこれくらいの転移術は使え…!?」
次の瞬間、連続で転移して回避せざるを得なくなる。
様々な方向から次々と小石が現れては、相当な速度で飛んでくるのだ。
厄介なのは、小石の現れるタイミングが不揃いであるということ。
恐らく使われているのは、保有術と、飛礫の魔術と、転送術。
まず、保有しておいた石を飛礫の魔術で無数に射出する。
大きさを不均一に用意してさえおけば、一定の魔力を加えるだけでも小さな石は速く、大きな石ほど遅く射出が始まる。
こうして生まれた時間差に加えて、各々の石に転送術を用いて位置や方向を制御することで、オールレンジ攻撃と石の再利用を可能としているのではないだろうか。
そこまで考えた時点で、攻勢に転じようと弾性のある障壁を複数展開してみせる。
加えて、飛んできた石に再び転送術をかけて相手側に位置や方向を変える。
石の嵐の渦中にお互いが身を置く展開となった。
「ちっ…!ぐぁっ!!」
手足を吹き飛ばされても再生するこちらに対して、転送と転移を繰り返して攻防を維持しなければならない彼女は、次第に消耗していき、石を受けて負傷し始める。
それでも彼女は暫く防いでいたようだったものの、ある時投石が止み、彼女がかぶりを振った。
「…ここまでやってダメなら、あたしの負けだよ。」
やっと降参の意を示したので、彼女の割れた額に手を当てて回復の魔術を施せば、みるみるうちに傷が塞がる。
「転送術を応用した石の嵐。お見事でした。」
「相手に勝てなきゃ意味なんてないがね。」
二の手、三の手を考えた転送術の応用戦術。
正直感服していると、その辺りで周囲の空間の維持が限界を超え、崩壊を始める。
気が付けば我々は、第5支部の奥の小さな部屋に立っていた。
その8 終
【ひとこと事項】
・飛礫の魔術
近くにある物体を弾き飛ばすことができる魔術。物体の質量に比例して射出に必要な魔力量が多くなる。
・障壁の魔術
周囲に物理的、または精神的な干渉を防ぐ結界を展開する魔術。
・回復の魔術
傷を癒し、体を健全な状態に戻す魔術。自然治癒力を活性させる方法の他、時間を操る魔術師が傷つく前に体を戻す、死霊術士が不死の力で身体を再生させるなど、様々な方途が存在する。