その7 疑い(Part. D)
「聞けばあの子は、最近先生に食事を援助していたという話ですね…。全く、良い大人なのだから資金繰り位きちんとして頂きたいですね。」
勘定を間違えたが故の、赴任早々の極貧生活。
それを知った教え子は、弁当を作りすぎただとか、近所からもらっただのと理由をつけては、かたじけなくも弁当をいくらか分けてくれていた。
「面目ありません…;」
私は頭の後ろ、支部長は腰の後ろに手をあてて奥へと進む。
と、事務所らしき小部屋に入った途端に、視界が何もない大空間へと変化する。
「ああ…食費の請求ですか?」
瞬間、エーレンツァが十数メートル程離れた場所へと転移する。
振り向き様に彼女は、ポシェットから二尺程のショートソードを抜き放った。
「空間展開に、無詠唱の転移術、それに保有術…さすがは支部の長ですね。」
突然密室に連れ込まれる理由など、相場が決まっている。
とはいえ展開された空間術の維持が、早速やや不安定な点が気になるのだが…。
「…あんた、ドアーズの行方不明の理由を知っているんじゃないかい?」
状況から察する限りでは、彼女と転送術科の前任教師である彼は知り合いで、突然私が入替えになったことに不審に思っている、といったところか…。
「…あの人はね、この国でも相当な転送術の使い手なんだ。それがワープした先で行方不明?新米術士じゃあるまいし。…そうしてその後すぐに、どこの馬の骨とも分からないあんたが何食わぬ顔でやってきた。このわけを知るためにも、まずはあんたの力量を試させてもらおうじゃないか。ひょっとすると…敵討ちになるかもしれないしね…!」
彼女は再び無詠唱で転移をすると、瞬時に眼前に現れて、ショートソードを横薙ぎに振るった!
その7 終
【ひとこと事項】
・詠唱
魔術の発動に必要な準備所作の1つ。魔術を発動するために呪文を唱えることを指す。熟練により部分的に省略して発動できることを略唱、詠唱なしで発動できることを無詠唱ということがある。
・空間術
周囲とは異なる空間を作成する魔術の総称。応用の幅がかなり広い。生成される空間の性能や状態は、術者の技量や状態に大きく依存する。
・保有術
空間術の応用の1つで、自身の固有の空間に財を収め、取り出すことができる魔術。袋や鞄等、元々そこに「空間がある」と認識できるものを触媒に発動させると比較的簡単であり、熟練すると虚空から物を取り出せるようになるという。




