その4 春夜の露天商(Part. D)
授業期間開始まで数日といった頃。
ある夜、暖かに華やぐ大通りを歩いていた。
人々が行き交う中で、日に月が代わるように露店が夜店へと様変わりしていく。
「あっ、イヌウサギだって!!ほしいっ!」
子供の視線の先には、薄暗い路で籠を並べる露天商。
小汚いバンダナを巻いた無精髭の中年で、口元をにやつかせている。
いかにも危なげ、という感が出ていて、実に良い。
「-っ!!行くわよっ、ほらっ!」
「待って~!!」
「へへへ…。またどうぞ。」
母が子を連れ、逃げるように大通りに出たところで、ぶつかりそうにすれ違う。
それを目で追っていた店主が、こちらに柔和に声をかけた。
「…お客さん、イヌウサギですよ!今、大人気なペットの最後の一匹でさ。」
「…ほう。」
店主が見せた籠の奥には、何かしらの獣の影が見えていた。
イヌウサギといえば、耳が兎のように長い動物であったはずである。
この辺りでは珍しくもないこの生物が、いつ“大人気”となったかは分からない。
しかし先の少年の反応を考慮すると、あながち嘘でもないのかもしれない。
「使い魔として使役して良し、愛玩動物として愛でて良し!こいつ一匹侍らせておけば、周囲は可愛い可愛いって黄色い声でいっぱいになりますよ!」
「…あ。」
ふと、一人の少女が頭に浮かんで、そこからこの生き物の適所を思いつく。
そんなこちらの表情を、才ある店主は見逃さなかった。
「お客さん。あっしは店じまいにしたいんで、この売残りを半値にしますぜ?」
食指が動いた瞬間だった。
その4 終
【ひとこと事項】
・大通り(リンデ通り)
王都5番街の目貫通り。昼夜を問わず様々な専門店や出店でごった返している。
・イヌウサギ
長い耳をもつ子犬のような生物。通常、体長は20~30cm程度。
・使い魔
魔術士が使役するものの総称で、地上の生物から魔法生物まで種類に富む。