その2 挨拶(Part. D)
「あの、母が渡すようにと…。」
「ほう…焼き菓子ですか。」
入学式の翌日のこと。
丁寧にも私の元へと挨拶に来た少女が、両手で菓子折りを差し出した。
死霊術準備室のインテリアに囲まれているせいか、その手は小さく震えている。
彼女の名は、ハーミアという。
転送術士ポケット、つまりこの菓子折りを本当は受け取るはずだったその男に師事するために、入試を通過し王都へやってきた。
成績は中々といったところで、故郷の長が書いた推薦書には“素直で真面目”と書いてある。
座右の銘は“すべての日々がそれぞれの贈り物をもっている”-。
確か、古の文明より伝わる格言だったか…。
背丈は小さいものの、顔立ちは良く整って、髪は肩まで届かない位か。
切りそろえた前髪が、どこか初々しい。
「…あなたの将来の夢は、転送術士の国家資格を取得して、故郷でワープ屋を営む母の元で働きたい、ということで合っていますか?」
「はい…放課後には転送術士協会で働かせて頂こうと思っています。」
小さく頷いた少女は、その労働の対価を学費と生活費と経験の足しとするという。
推薦書の内容は、あながち嘘ではないようだ。
「転送や転移の魔術は、既に行使できるのですか?」
「簡単にですが…。」
やってみるように促せば、彼女は菜箸程の長さの杖を取り出す。
そうして少々の詠唱を伴えば、柔らかな光に包まれながら30cm程後方へ瞬間移動して、隣にあった龍のはく製と目が合って、ひぃと小さな悲鳴を上げた。
「大丈夫。本人の許可を取ってはく製にしているものですよ。」
「きょ、許可っ―(๑°ㅁ°๑)!?」
やや長めの詠唱を伴うものの、さらりと転移を成功させる程度の実力。
これなら入学試験の折にも、ポケットの眼鏡に適ったことだろう。
賛辞を贈れば、”ありがとうございます”と、ぺこりと頭を下げられた。
その2 終
【ひとこと事項】
・王都
ジルオール王国の都、メイ・ジルオール。5代に渡って戦乱の禍を逃れている。
・転送術士の資格
認可を受けた教育機関で転送術の科目を一定数修めた者が受験できる国家資格。
・転送術士協会(協会、ワープ屋)
資格を持つ転送術士達が運営する組織。各地に支部を持ち、対価に代えて人や物の輸送を行っている。
・すべての日々がそれぞれの贈り物をもっている
ominis habet sua dona dies. Marcus Valerius Martialis, Epigrammata
・推薦書
入試を受ける際に提出した所見票。地元の有力者に書いてもらう習わしがある。
・ハーミアの母親
転送術士であり、故郷の村でワープ屋として働いているようである。
―――
・Part. D
ディアスを一人称とするパート