その13 行路(Part. H)
ガラガラガラ、ガラガラガラ。
グリューンリッテ方面、ブラウテューベン行の乗合い馬車が、ゆらゆら道を行く。
早起きの眠気が春の陽気に膨らんで、私の頭に船を漕がせる。
お腹側に抱えたリュックも、中で丸まる子犬で暖かい。
「そういえば、どうして転送術で目的地まで行かないのですか?」
向かいに座る先生が、そんな質問をする。
「行路も含めて安全を確かめる任務ですから、途中も端折っちゃだめってことなんです。それに、転移点が安全かどうか、きちんとそこまで足で近確かめるのが、王国の決まりですし。
…それに転送術は術者の知っている場所にしか送ることができないので、こういう折に色々な場所を踏破しておくと、移動の幅が増えて経験になります。」
国家試験の定番の筆記問題だったので、自由時間に授業をしてもらったのかな。
ううむ、と唸って、あごに手を当てる先生に、少し嬉しくなる。
「転送術士も大変ですねぇ。」
「母には“色んな場所に飛び込んでいけ!”ってよく言われていましたからね。」
「…。」
今頃家で何をしているのかな?
母の顔がちょっと頭に浮かんで、頬が緩む。
馬車の幌から外を覗けば、街道沿いに、春の長閑な農家の景色。
「そうですか…ではいつか、“勇者の揺り籠”にも行ってみたいと思いますか?」
「えっ!?…あはは(´艸`*)流石におとぎ話の場所までは…;」
まずは現実の場所から覚えていきます、と答えると、先生も頷く。
「…でも本当にそんな場所に行けたら、勇者様に会えちゃうかもしれませんね!」
おとぎ話で寝かしつけてくれた優しい声と、その時に抱いた憧れが込上げる。
遠く故郷の方角の景色を眺めみつつ、懐かしさに身を浸した。
その13 終
【ひとこと事項】
・ブラウテューベン
西方戦争時代に王都を守る砦として建造された街。石造りの景観を色濃く残す。
・転送術士としての力量
多く場所を踏破した術士ほど転送先の種類が多く、優秀とみされる。
・転送術士の国家試験
年に一度行われる転送術士の認定試験。一般の合格率は60%程度。
・勇者
その技能的、知識的な超越性から別世界からやってきた来訪者とも噂される存在。彼彼女らを題材とした戯曲やおとぎ話も多く、民衆に慕われている。
・おとぎ話「勇者の揺り籠」
世界に危機が訪れると、必ず勇者様が現れる。それはどうしてじゃろうか?勇者様達はこの世界の悲しみや、苦しみを、“世界を映し出す鏡”を見て知り、自身がどう振舞うべきかを考えるのじゃ。悪は滅ぼされ、善は救われる。故に皆の者よ、善き行い、正しい生活を心がけようね。
-ある少女が老人より聞いた話




