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vol.6 修行生活

   [Ⅰ]



 武器屋のドランさんと少し話をした後、俺はローシュさんの家へと戻った。

 外はもう日が昇り始めており、ファーレンの街並みをはっきりと浮かび上がらせていた。人の姿もわずかだが確認できる。

 軒を連ねる石造りの建物の屋根には、雀のようにチュンチュンと鳴く小鳥が、数羽見かけた。

 それは長閑な朝の光景であった。澄んだ空気も心地いい。

 昔の人は、早起きは3文の得と言ってたけど、こういうのが見れるのも悪くはない。


(……のんびりと落ち着く、良い朝の景色だ。でも……異世界にいるというのに、俺は何でこんなに落ち着いていられるんだろう。昨日から、そう考える自分がいる。確かに、自殺を考えていたからというのも勿論あるが……恐らく、ここまで落ち着いていられるのは、前世と思われる源義経の記憶を継承しているのが原因に違いない……)


 義経の記憶を探ると、彼は物事に動じない性格をしていた。

 合戦では一騎駆けをする事もザラであった。

 そう……義経は武将なのに、(いくさ)の最前線を馬に跨り、自軍の先頭を駆けるのだ。

 普通は後ろに控えているのが当たり前なのに……。

 よく生きていられたなというレベルである。俺ならば、小便ちびってる状態だ。

 だがとはいうものの、俺は自分の意識の変化に、それほど戸惑ってもいない。

 1つ残念なのは、日本にいた頃に義経の記憶があったならば、俺は自殺なんぞ考えなかっただろうという事だけであった。


(まぁこればかりは、今言ったところでどうにもならんか。さて、それよりもだ……衣食住は確保したけど、無職だから収入源を探さないといけないな。居候させてもらっている以上、滞在費くらいはなんとかしないと、流石に悪い。それに、身体も鍛えないといけないしな。だが……それに関しては、さっき閃いた事があるから、それをやってみるか)


 実はさっきの武器屋で、天魔の秘術を使った時に、効率の良い身体の鍛え方を閃いたのである。

 それは何かというと、天魔の秘術を日常生活の中で行使するというモノであった。

 天魔の秘術は、霊体と肉体を結ぶ7つの経路を操って霊力を増幅させ、身体に影響を与える秘術なので、これを日常で行使していれば、逆説的ではあるが身体のトレーニングにもなる筈なのだ。

 まぁ……義経はやっていなかったみたいだが。

 だが、とはいうものの、俺はというか……義経は、7つある経路の内、2つしか使えていなかったようだ。

 肝臓と小腸の辺りにある開陽(かいよう)揺光(ようこう)と呼ばれる経路のみである。

 ちなみにだが、経路の大体の位置を言うと、頭・左右の胸・心臓・胃・肝臓・小腸の辺りである。

 また、7つの経路にはすべて名前があり、北斗七星の各星の名前を充ててるようだ。

 義経の記憶によると、上から天枢(てんすう)天璇(てんせん)天璣(てんき)天権(てんけん)玉衡(ぎょっこう)開陽(かいよう)揺光(ようこう)となっているみたいである。

 以前、スピリチュアル系のサイトか何かで見たが、もしかすると、この経路というのは、インドのヒンドゥー教に出てくるチャクラ? に似たモノなのかもしれない。

 それと、経路を開くには、基礎霊力を上げて鍵となる手印を結ばなければならない。

 鍵となる手印は7つあり、俺はそれらをすべて覚えているが、扱える経路が2つなので、それ以外は使う事ができないのである。たとえ使ったとしても無反応なのだ。

 以上の事から、俺はとりあえず、日常生活の中で、1つ目の揺光(ようこう)を開きつづける、という事から始めようと考えているのであった。


 まぁそれはさておき、散歩から帰ってくると、家の玄関前にローシュさんが立っていた。

 するとローシュさんは俺の姿を見るなり、慌てて駆け寄ってきたのである。


「クロウさん、どこに行ってたんですか? 朝起きたら、姿が見えなかったので心配したんですよ」

「ああ、すいません。ちょっと早く目を覚ましてしまったので、周囲を少し散歩してきました」

「そうだったんですか。クロウさんを起こしに行ったら居なかったので、焦りました」

「え、焦る?」

「あ……いや、変な意味ではないですよ。いつの間にか居なかったので、どこに行ったんだろうって思っただけですから」


 ローシュさんはそう言って、後頭部をポリポリ掻いた。

 まぁ何はともあれ、少し驚かせてしまったようだ。謝っとこう。


「すいません。驚かせてしまったみたいで」

「いや、良いですよ。ところで、どの辺りを散歩されてたんですか?」

「向こうにある武器屋の所まで行ってきました」

 俺は武器屋のある方角を指さした。

「ああ、ドランさんの所ですか。あそこは私達もよく利用するんですよ」

「そうなんですか。ついさっきまで、そのドランさんと話をしてたんですよ」

「え? ドランさんと」

 ローシュさんは意外だったのか、少し驚いた表情を浮かべていた。

「朝早くから金属を叩く音が聞こえてきたので、ちょっと覗見してたら、ドランさんに気付かれてしまってね。まぁそれが切っ掛けで、少し話をしてたところなんですよ」

「そうだったのですか……それはそうと、朝食にでもしましょうか? もうそろそろ出来ると思いますので」

「すいません。食事までご厄介になってしまい」

「いいですよ。気にしないでください」――



 朝食の後、ローシュさんは騎士の鎧を着て、ノードスラムに出勤していった。

 日本にいた頃の自分を思い出す一幕であった。場所は変わっても、こういうのはどこも同じである。

 で、俺の今日の予定だが、リーサに、ファーレンの街を少し案内してもらう事となっている。

 これはローシュさんの提案によるものだ。

 リーサは昨日の戦いで出血を結構したので、暫く騎士の仕事はお休みする事となったのである。


 ローシュさんが出勤した後、俺はリーサと共に、外へと繰り出した。

 その際、俺は1つ目の経路・揺光を開き、静かに霊力を操作し始めた。

 修行の開始である。まずは徐々に慣らしていくところからだ。 

 ちなみにだが、リーサの今日の服装は、俺とよく似た布の服であった。鎧は装備してない。武器も短剣のみである。

 綺麗で可愛い子なので、もっとおめかしすればいいのにと思ったのは、言うまでもない。

 まぁそれはさておき、家から出ると、街の通りには沢山の人の姿が確認できた。

 馬に乗る者や、徒歩の者等、それは様々である。


「ねぇ、クロウ……兄さんから聞いたんだけど、今朝、ドランさんの武器屋に行ってたの?」

「ああ。散歩していたらカンカンと音が聞こえたもんだからね」

「そうなんだ。欲しい武器は見つかった?」

「いや、買い物で出かけたわけじゃないからね。でも、この国で使われている武器や、造る素材の事を色々と教えてもらったよ」

「へぇ、クロウは武器を造る素材とかも気にするんだ」

「俺がいたところと、武器も少し違うからね」

 

 今朝、ドランさんに聞いたところによると、この国の武器は、製鉄業者から鉄の塊を買い、それを熱し、ハンマーで叩いて伸ばし成形するというのが主流なようだ。

 なので、日本刀のように何層にも折り返すという鍛造方法はしないみたいである。意外と不純物の少ない金属素材を使ってるのかもしれない。

 まぁそれはさておき、義経の剣術は西洋剣より、日本刀のようなソリのある剣の方が良いので、近い内にドランさんに相談しようなどと思う、今日この頃であった。


「なるほどね。ところで、クロウ、どういう所が見たい? そこを案内するわよ」

「じゃあ、ここで生活する上で、覚えておいた方が良い場所を教えてくれると助かるかな」

「覚えておいた方が良い場所ねぇ……わかったわ。ついてきて」――


 その後、リーサは、食料を扱う市場や、道具と魔法薬を扱う店、それとこの国で信仰している宗教施設や、憩いの広場等の場所を案内してくれた。

 どこも人が沢山いて活気があり、日本の近代的な様式に慣れている俺からすると、どれも新鮮なモノばかりであった。

 文明の利器がなくても、皆、生き生きとしている。寧ろ、日本にいる人の方が疲れて見えたくらいだ。

 でも、一通り見た感じ、治安が悪そうではあるので、そこは気を付けた方がよさそうである。

 世紀末系の某漫画みたいな奴等も結構いたからだ。あべし!

 まぁそれはさておき、ヘミアの広場という場所に来たところで、リーサは俺に振り返った。


「とりあえず、こんなとこかな。生活していくうえで、知っておいた方が良いのは。他に、何か気になるところとかある、クロウ?」

「気になるところか……まぁ特にコレというのは……あ、そうだ! そういえばさ、この国で稼ごうと思うと、どういう仕事がいいかな? 俺みたいな奴でも、できそうな仕事だと良いんだけど」

「え? 仕事を探してるの?」

「まぁ……リーサの家にご厄介になるからには、滞在費用を渡さないといけないからね。それに、こんな世の中じゃ、多少は必要だろう?」

「滞在費の事は、そんなに気にしなくていいのに……でも、お金は確かに必要だね。どこがいいかな……」


 リーサはそう言って空を見上げた。

 程なくして、リーサはポンと手を打った。


「あ、そうだ! クロウにぴったりな仕事を斡旋してくれる所があるよ」

「仕事の斡旋?」

「ヴィルカーサっていう仕事の斡旋所があるんだけど、そこは色んな依頼が舞い込んでくるのよ。ちょっと危険な仕事が多いけどね」

「危険な仕事ね……で、例えば?」

「ヴィルカーサに入ってくる仕事というと、護衛や探索、魔獣の討伐とか、賞金首の捕獲とかね。早い話が、賞金稼ぎの集まる所よ」

「確かに、危険が伴うモノが多そうだね」


 ファンタジーゲームでいうところの冒険者ギルドみたいな組織なのかもしれない。

 化け物やならず者が多そうな世界だから、こういう組織でもないと、世の中回らないのだろう。


「クロウは凄腕の剣士だから、一杯稼げるかもしれないよ。それに、仕事の成績如何によっては、王国騎士になれるかもしれないし」

「王国騎士? なんで?」

「実を言うと、私と兄さんはもともとヴィルカーサで賞金稼ぎをしてたのよ。ミーシアやベイルもね。アムリは違うけど。で、そこで大物の賞金首を捕らえたから、騎士団からお誘いが来たのよね。だから王国騎士になったの」

「へぇそうなんだ。なら、とりあえず、そこに行ってみるかな」

「じゃあ、行こっか。コッチだよ」――




   [Ⅱ]




 ローシュはノードスラムに出向いた後、ゴードンに九郎についての報告をした。

 その後、ローシュはノードスラムを1人出て、ドランの武器屋へと歩を進めたのであった。

 武器屋へとやって来たローシュは、そのまま店の中へと入った。

 店内の壁には、剣や槍に鎧といった沢山の武具が、所狭しと立て掛けられている。

 客は1人もいない。店内は静かであった。

 奥にはカウンターがあり、その向こう側で、髭を沢山蓄えた中年の男が腕を組み、椅子に腰かけていた。店主のドランである。

 ドランはローシュの顔を見ると、笑みを浮かべた。


「よう……立派な格好じゃねぇか。そういえば、第7騎士団に入ったって言ってたな。いつもと違う装備だったから、見違えたぞ」

「ご苦労さんです、ドランさん」

「で、なんか探し物かい?」

「いや、近くに来たものですから、ちょっと寄っただけですよ」


 ローシュはそう言って、店内に陳列されている長剣の柄に手を掛けた。

 剣を手に取り、ローシュはそれを眺めながら、世間話を始めた。


「最近どうですか? 武器はよく出てますか?」

「まぁそこそこな。ここ最近、街の外で魔獣が結構暴れてるらしいから、賞金稼ぎ連中がよく来るよ」

「へぇ、どんな武器がよく売れます?」

「そうだな……剣や槍に弓はよく出るな。まぁ剣でも、あまり長物は売れないがな。なんだ? また騎士団で、ウチからまとめ買いでもしてくれるのか?」

「いや、ただ聞いてみただけですよ。深い意味はありません……ン?」


 ローシュはそこで、カウンターの奥にある一振りの長剣に目が留まった。

 自身が使う剣よりも長い大剣な為、思わず目が行ったのである。


「その剣は?」


 ドランは剣に振り返る。


「ン? ああ、これか。これは……ファーランドから預かった長剣だ。売り物じゃない」

「え!? ファーランドの?」

「ああ。アイツ、この間、大物賞金首を捕まえたらしいんだが、その時、剣を曲げちまったそうだ。で、修理に持ってきたんだよ」

「そうですか。ところで、その大物賞金首って誰です?」


 するとそこで、店の入口から声が発せられたのであった。


【お前の職場に昔いた奴さ……前の第7騎士団長アルサール・ディ・バランだ】


 ローシュは入口に視線を向け、苦虫を噛み潰したように渋い表情になった。


「ファーランド……」


 入口に立っていたのは、2mはあろうかという、やや浅黒い肌をした長身の男であった。

 銀色の鎧に黒のマントを纏う出で立ちをしており、黒く長い髪を後ろで束ねていた。

 彫りの深い顔をしており、眼つきは鋭い。

 また、筋肉質な体型であり、首の太さがそれを物語っていた。

 その後ろには、仲間と思われる男女が数名いた。 

 ファーランドは鼻で笑う。


「ふん……ローシュ……賞金稼ぎから足を洗ったんだってな。すっかりお役人気分か。お前等が無能だから、俺がアルサールを捕らえてやったんだよ。元騎士団長っていうから、どれだけ凄い剣士かと思いきや、てんで大したことなかったぜ」

「確かに、お前の剣の腕は認めるよ。俺もお前には剣で勝てない。だが……調子に乗らんことだな。そのうち、お前も痛い目を見る時が来るよ」

「ふん、負け惜しみか。下らんな。だがまぁ、お前の気持ちもわからんではない。俺がいる限り、ファーレン1の賞金稼ぎにはなれんからな。ま、せいぜい、騎士団で頑張れや。賞金稼ぎの落ちこぼれが」

「なんだと、貴様……」

 

 2人は険悪な雰囲気になっていた。

 そこでドランが溜息を吐いた。


「お前等、喧嘩は他所でやれ。それはそうと、ファーランド、剣を取りに来たんだろ? もう出来てるぞ」

「ああ、幾らだ」

「1000リアだ。ソリの確認をしてくれ」

「ほらよ」


 ファーランドはカウンターに銀貨を数枚置き、剣を受け取った。

 そして剣を鞘から抜き、その仕上がりを見たのであった。

 そこでファーランドはニヤリと笑った。


「いい仕上がりだ。流石、ファーレン1の鍛冶屋だよ。さて、ようやく相棒が帰ってきたぜ。コイツをまともに扱えるのは、ファーレン1の剣士である俺様だけだからな」


 そこでドランが口を開いた。


「いや……そうでもないぞ」

「あん、なんだって?」

「名前は教えられんが……この街に、それを使いこなせる凄腕の剣士はいる。そいつはお前以上かもしれんな」


 ローシュはそれを聞き、とある人物の顔が過ぎった。

 ファーランドは目を細める。


「誰だ、そいつは?」

「名前は教えんよ。お前の事だから、絶対に喧嘩を売りに行くだろうからな」――

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