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vol.5 夜明けの街

   [Ⅰ]




 ゴードン隊長の部屋から出た俺達は、少し離れた所で2人を待っていた。

 その間、近くに窓があったので、俺はそこから外の景色を眺めていた。

 ここが2階という事もあり、街の向こうに広がる壮大な湖の姿が目に飛び込んでくる。

 対岸が見えないほどの大きさな為、まるで海であった。

 今は日が傾いていることもあり、夕焼けの赤い空を湖面は映している。それがちょっと不気味であった。


(さて……そろそろ日没か。世界は変わっても、夜はあるようだ。太陽があるということは、ここはどこか別の銀河系なのだろうか。それに加えて、彼等と普通に言葉が通じているのも、解せない話だ。まぁファンタジーな世界だし、何でもアリなのかも。不都合があるわけじゃないし……どうでもいいか。それよりも、腹減ってきたな。山に登る前、最後の食事という事で、好きなカレーライスを沢山食べてきたが、それももう消化してしまったようだ。……とりあえず、衣食住を何とかしないといけない……)


 ふとそんな事を考えていると、2人は部屋から出てきた。

 リーサが彼等の元へと近づき、声を掛けた。


「兄さん、何の話だったの?」

「ああ、今後の事について、少し話があっただけだ。たいしたことではないよ。さて……それでは、今日はもうこれで終わりにして、皆で一杯やりながら、食事にでもするか」


 ローシュさんはそこでアムリに視線を向けた。

 アムリは頷く。


「そうですね。とりあえず、マウドーラ酒場にでも行きますか?」

「いいねぇ。今日は色々あったから、丁度そんな気分だったぜ」と、ベイル。

「決まりね。勿論、クロウもよね?」


 リーサはそう言って俺をチラッと見た。


「勿論、彼もだよ」


 リーサは俺に微笑む。


「だって。じゃあ、クロウも一緒に行こうね」

「ええ、それはありがたいです。でも……ちょっと問題が……」

「問題?」


 俺はそこで自分の服装を見回し、彼等に言った。


「この服で行っても良いんですかね? これだけ血塗れだと、食事する場所にはあまりそぐわない気がしますけど」


 そう……今の俺は血塗れなのだ。

 できれば替えの服が欲しいところである。


「替えの服は……ないよね。道具入れの中、何も入ってなかったし。もしかして、お金も持ってない?」と、リーサ。

「この国のお金は持ってないよ。自分の国のなら少しはあるけど。でも、使えないと思う」

「へぇ、クロウのいた所って、どんなお金なの?」

「これだけど」


 俺はそこで、ミリジャケの胸ポケットから折り畳みの小さい財布をだし、中身を見せた。

 ちなみに、中身は2000円と小銭が少々だ。貧乏が憎い!


「なにこれ……この銅貨と銀貨みたいなのはともかく、クロウの所では、おじさんの顔が描かれたこんな紙切れをお金として使ってるの?」

「変わったお金だ……初めて見る。どうやって作られたモノなんだ……かなり精巧な出来だが……」と、アムリは目を細めた。

「本当ね……」

「おい、何だそれ、そんなの初めて見るぞ」


 5人は俺の財布の中身を見て、首を傾げていた。

 この反応は当然だろう。

 国が違う以前に、世界的な常識が違うのだから。

 と、そこで、ローシュさんが顎に手を当て、少し考える素振りをする。


「確かに、珍しいお金だ……でも、使えない事には変わりない。それに……これだけ服に血が付いてると、クロウさんの言うように周りが驚くかもな。よし……わかった。私がクロウさんの服を買ってあげよう」

「え? 良いんですか、ローシュさん」

「いいよ。それに、君は命の恩人でもあるからね」

「へぇ……兄さん、今日は太っ腹だね。私の服だって、買ってくれた事ないのに」

「おい、リーサ。お前はいつも一言多いんだよ。だいたい、お前も給金貰ってるんだから、俺が買う必要ないだろ」

「えへへ」


 ローシュさんとリーサは、仲の良い兄妹のようだ。

 いつもこんな感じなんだろう――


 ローシュさんに服を買ってもらった後、俺は他の皆と一緒にマウドーラ酒場へとやってきた。

 ちなみに買ってもらった服だが、この国では一般的な布の服である。

 白い長袖のシャツに青系のボトムという単純なモノだ。

 デザイン的に上も下もゆとりがあるせいか、風通しのいい服であった。

 また、ブーツも買ってもらった。まぁこれはまんま皮のブーツだ。

 それから、ローシュさんがお金を支払うとき、店員が全部で400リアと言っていた。

 なので、多分、リアというのが、この国の通貨単位なのだろう。


 話は変わるが、今まで着ていた衣服は、とりあえず、デイバッグの中に入れておいた。

 これらは一度、自分で洗濯してみるつもりだ。

 ただ、衣服の血痕は時間が経ってるので、完全には落ちないだろう。

 その時に着るかどうか考えるつもりである。


 マウドーラ酒場はビアホールみたいなところであった。

 店内は結構広い。木製の丸テーブルが幾つも置かれており、奥にはカウンター席もあった。

 酒場と聞いて、場末のバーみたいなイメージがあったが、全然そんな感じは無く、店内は明るい雰囲気に包まれていた。

 中は賑わっており、そこかしこから豪快な笑い声が聞こえてくる。

 また、客層も俺達みたいに鎧を着こんだのや、布の服を着た者、魔法使いのようなローブ姿の者等、それは様々であった。勿論、人種も様々である。

 それと、テーブルにいる人数を見たところ、俺達みたいな5、6人程度で来ているのが多いようだ。

 ファンタジーゲームに酒場がよく出てくるが、案外、リアルにするとこんな感じなのかもしれない。

 まぁそれはさておき、俺達は空きテーブルに腰掛け、食べ物と酒を注文した。

 俺はよくわからないので、皆のおススメをお願いしてもらった。

 彼等の奢りな上に、この国の事も分からないので、俺はまな板の上の鯉状態である。

 暫くすると、店員が忙しそうに、注文した料理や酒などを持ってきた。

 見た感じ、肉や野菜を炒めたモノや、スープにパンと思われる食べ物が多かった。

 食欲そそる匂いがするので、美味そうである。というか、既に俺の腹は鳴っていた。

 そして、皆に酒が行き渡ったところで、ローシュさんが労いの言葉を掛けたのであった。


「さて、それじゃあ、今日は皆ありがとう。全員が無事帰ってこれたのも、皆のお陰だ。そしてクロウさん……貴方のご助力のお陰でもあります。ありがとうございました。貴方と会えたのも、大地の神・エルニーサのお導きなのかもしれません。今日は我々のおごりです。たくさん食べてください」

「どうも、ご丁寧にありがとうございます。俺も、貴方達に保護していただいたのを感謝しております。ありがとうございました」

「我々もですよ」と、アムリ。

「貴方がいなければ、我々は全滅してたかもしれません。ありがとうございました」と、ミーシアさん。

「そうだよ、クロウ。私、貴方に感謝してるんだから。それと、今度、私に剣術教えてね」


 リーサはそう言って俺に微笑む。


「おう、それだよ。今度、俺と手合わせしてくれよ。クロウが、あの化け物倒したの見てたら、このままじゃいけねぇと思ったんだ。頼むぜ」


 ベイルは豪快に俺の肩をバシバシ叩いてきた。

 俺はそんなベイルに苦笑いを返した。

 なんか面倒な展開になりそうだ。


「お、奇遇だな、ベイル。私もそう思ってたところだ。さて、それはそうと、そろそろ食べようか。皆もお腹空いただろ」

「ええ」


 そして彼等との酒宴が始まった。

 酒の席という事もあって、皆、会話が弾んでいた。

 そこで、この国の色んな話を聞けたが、まだ異世界初日である。

 情報収集はほどほどにして、俺は皆との会話を楽しんだのであった。


(そういえば、ここ最近、まともに人と話した事なかったなぁ。なんか久しぶりに、人間的な会話してる気がするわ。日本にいた時は、金の切れ目は縁の切れ目みたいな感じで、親しい人は皆離れてったからなぁ……)


 などと、思いながら――

 



   [Ⅱ]




 翌日の明け方、俺は目を覚ました。

 やはり、慣れない寝具だったので、グッスリとはいかなかったのである。

 おまけに、昨日行使した天魔の秘術のお陰で、俺は筋肉痛であった。寝れないのは、それも関係してるのかもしれない。

 ちなみに俺が寝ているところだが、ローシュさんとリーサの家である。

 早い話が、居候させてもらう事になったのだ。

 これはローシュさんの提案なのだが、この国には身寄りもないので、ありがたい申し出であった。

 とはいえ、なんか悪い気もしたので俺は少し悩んだのだが、アムリもその方が良いと強く勧めてくれたので、まぁこうなったわけである。


 話は変わるが、ローシュさん兄妹の家はログハウスみたいな2階建ての建物であった。

 物置として使っていた部屋を俺にと宛がってくれたのだ。感謝である。

 それと、ローシュさん達兄妹は、両親と4人で暮らしているそうだ。

 昨晩、俺を見た時、両親は驚いてたが、2人が事の成り行きを説明したら、温かく迎え入れてくれた。

 ちょっと涙が出そうになったのは言うまでもない。


 まぁそれはさておき、早く目が覚めてしまったので、俺はとりあえず、この付近を散策することにした。

 外は明け方の為、薄暗い。それと若干肌寒いが、寒気がするほどでもないので、ローシュさんが買ってくれた服のまま、俺は散歩を開始したのである。

 ファーレンの街の中は静かであった。

 やはり、こんな時間帯は皆、寝ているんだろう。

 フォーレン湖が近くにあるせいか、薄い靄みたいなモノも街中に漂っている。

 それが若干視界を悪くしていた。



(靄のせいか、見通しはあんまよくないなぁ。でも、こうやって新鮮な空気を吸い込みながら歩いていると、気分はいいな。それに、なんか海外旅行にでも来ている気分になってくるよ。……ン?)


 と、そこで、やや離れた所からカンカンと金属を打つ音が聞こえてきたのである。

 俺はその音の発生源を辿る。

 程なくして、俺は音の発生源へと到着した。

 そこは、大きな看板が掲げられた石造りの四角い建物であった。

 看板には剣と盾と槍の絵が描かれている。

 モロに武器屋といった佇まいの建物だ。


(へぇ、ここに武器屋があるのか。でも店は閉まってるな。って事は、鍛冶でもしてんのかな。ちょっと覗いてみよう)


 音の聞こえる方へと近づいてゆくと、明かりの漏れる窓があったので、俺はそこへと向かった。

 そして、窓からそっと中を窺ったのである。

 中にはドワーフみたいな髭面のごついオッサンがおり、ハンマーを片手に剣のソリを治しているようであった。

 見たところ、結構長い剣だ。

 刃渡り1mくらいのモノである。


(その昔、刀匠の刀打ちを義経は見てた事もあるからか、なんか懐かしい気分にさせるね。そういえば義経の記憶を探ると、奥州平泉で藤原秀衡に匿ってもらっていた時、自分の刀を一応作ってるんだな……あまり使ってなかったみたいだけど……ン?)


 ふとそんな事を考えていると、そこでオッサンはハンマーを置いて立ち上がった。

 そして、オッサンは近くにあった椅子に腰かけ、机の上にあるグラスに手を伸ばしたのである。

 どうやら、休憩のようだ。

 と、その時であった。

 オッサンは何かを飲みながら、俺のいる窓辺へと視線を向けたのである。

 そして、次の瞬間。


【ブヴォ!】


 オッサンは俺の顔を見るなり、盛大に吹いたのであった。

 どうやら、驚かせてしまったみたいだ。


「なんだ一体! オメェ、いつからそこに居やがった!」


 これは俺も悪い。

 謝っとこう。


「驚かせてしまいましたか……すいません。朝早く起きてしまったので散歩してたら、カンカンと鉄を打つ音が聞こえてきたモノですから。なもんで、ついつい音に引き寄せられてしまいました。申し訳ない」

「なんだよ、ったく。驚かすなよな。で、なんだ? 武器が欲しいのか? だったら店が開いてからにしてくれ。こちとら、今は忙しいんだ」

「あの、もしよかったら、その剣見せてもらっても良いですか?」

「あん? 剣が見たい? は、好きにしろ。だが、俺が休んでる間だけだぜ。そこから入って来てみればいいさ」


 オッサンはそう言うと、後ろの扉を指さした。

 どうやらあそこが工房の裏口なのだろう。


「ではお言葉に甘えて」


 そして俺は裏に回り、工房の中へ入らせてもらったのである。

 工房の中に入った俺は、ソリを治している最中の剣を見た。

 ソリは粗方治ってるが、まだ完全ではない。


「手に取ってみても良いですかね?」

「ああ。でもお前さんにゃ、その剣は無理だな。それはもう少し筋力のある奴じゃないと扱えない」


 俺は剣を手に取り、刃先を眺めた。

 西洋の両刃タイプの剣で、重さ的に3kg以上は優にあるだろう。

 ただ肉厚があるので、刺したり叩き斬ったりする方を優先させた剣かもしれない。


(剣は確かに重い……日本刀は1kg程度だし。だが、天魔の秘術を使えば、振り回せる範囲内だ。昨日……あの化け物と戦って分かったが、間合いが広い剣の方が、この世界では良いのかもしれない。生前の義経は、やや短めの太刀を好んでいたが、この世界では人間相手ばかりでもなさそうだし……)


 ふとそんな事を考えていると、オッサンの声が聞こえてきた。


「な? お前さんじゃ、無理だろ。その剣は、普通のより少し重いんだから」

「確かに重いですが、そうでもないですよ」

「はん。じゃあ、振ってみろや。そこにある試し切りの棒にな。お前さんみたいな身体じゃ、剣に振り回されるのがオチだぜ」


 オッサンは馬鹿にしたような笑みをこぼしながら、工房の少し離れた所にある木の棒を指さした。

 ちなみにその棒は直立で台に立っており、十字の形のモノであった。

 多分、人型に見立てたモノなのだろう。

 触ってみたが、軽そうな木であった。

 桐みたいな木でできているのかもしれない。

 まぁそれはさておき、俺は手印を組み、短時間だけ天魔の秘術を使った。


「では、行きます」


 その刹那!

 俺は袈裟に振るい、そして更に、崩れ落ちる上部分を逆袈裟に斬りあげたのであった。

 棒は3等分され、パラパラと床に落ちてきた。


「え……お前、今何した……斬ったのか……って斬れてるな」


 オッサンはポカンとしていた。

 想像していたよりも素早い斬撃だったからだろう。

 オッサンは俺を見ると、溜息を吐いた。


「俺の目も曇っちまったなぁ……お前さんの実力を見抜けなかったとはな。見た目で判断しちゃいけねぇって事か。ところで、お前さん、名前は?」

「クロウと言います。これから時々、こちらの工房に顔出しても良いですかね? 勿論、店の方にも行きますよ」

「ああ、構わねぇよ。それと俺の名はドランだ」


 まぁそんなわけで、俺はまた新たな人と知り合う事ができたのであった。

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