vol.4 湖畔の都
[Ⅰ]
彼等は馬車と馬でここに来たらしく、近くにある川の畔で馬を休ませているとの事であった。
まぁそんなわけで、今、ローシュさんとベイルがそれらを取りに行っているところだ。
そして、俺を含めた他の者達は、少し離れた所にある森の街道に移動し、彼等を待つのであった。
ちなみにだが、化け物はあのままである。
まぁそれはさておき、俺は移動する時、ミリジャケとデイバッグ、それからスマホを回収しておいた。
それと、首吊り用のロープは、化け物に引きちぎられて滅茶苦茶になってたので、そのまま捨てることにした。
また、ミリジャケは化け物の火炎で所々焼け焦げていたが、とりあえず、原型はとどめているので、俺は今、それを着ているところだ。
他に羽織るモノがない上に、シャツは化け物の血で染まっていたので、これは仕方ないのである。
以上の事から、俺は今、ちょい血生臭い状態であった。
俺の人生で初の血塗れ体験であるが、義経とかは普通に経験がある為、それほど驚きはない。
その所為か、なんともいえない複雑な心境であった。
こればかりは慣れるしかないのだろう。
(さて、とりあえず、スマホは電源切っておくか……この世界じゃ使わん気がするし。それに……これはある意味、オーパーツみたいなモノだから……今は邪魔だ)
俺はスマホの電源を切り、デイバッグの中に仕舞った。
そこでリーサがこちらに来る。
「今、そのスマホ? とかいうの仕舞ったけど、もう使わないの?」
「ああ、役に立たないのわかったからね。ここじゃ、ただのガラクタだよ」
「ふぅん、そうなんだ。ところで、クロウは凄い剣の使い手みたいだけど、剣を持ってないのね」
「まぁ……あんまり、必要ない所にいたからかな」
リーサは怪訝な表情になる。
「必要ない? なんで?」
「俺が住んでたところでは、ええっと……ガルヴェリオンだっけ? ああいう危険な化け物とかもいないし、許可なく街中で武器を携帯してると、捕まっちゃうからね。だからさ」
「平和な所だったんだね」
「そうでもないよ……でも、まぁ暴力的な意味では、割と平和だったかもね」
俺はそう言って、さっきまでいた世界の事を考えた。
(……わけのわからん多数の法律で雁字搦めな上に、意味不明な名目の税金や、目に見えない暗黙の掟や取り決めみたいな風習が沢山あって、尚且つ、互いが互いを監視して上辺だけのおべっかを使い、上辺だけの付き合いをして自己満足に浸る胸糞悪い所だった……とはいえんな。まぁ悪い事ばかりでもないか……衣食住や娯楽は満ち溢れてたし、国民皆保険のような社会保障制度みたいなものは割としっかりしてたし……)
リーサは空を見上げて、何やら考える素振りをする。
「暴力的な意味では平和ねぇ……なんだか難しい所に住んでたんだね。でも、クロウは凄腕の剣士だから、平和な中でも、そういう鍛錬はしてたんでしょ?」
答えにくい質問だが、とりあえず、そういう事にしておこう。
「まぁそんなところかな。その昔……とある山の中で、鬼のように強い人に修行させられてたよ」
「へぇ、山の中で鬼のように強い人とかぁ……なんか凄いね。あ! 兄さんとベイルが来たよ」
そんなやり取りをしていると、ローシュとベイルが馬車と馬と共にやって来た。
ちなみにだが、彼等は王国騎士である事を隠すため、賞金稼ぎの格好でここまで来たそうだ。
普段はこんな鎧ではなく、王国の紋章が入った鎧を着ているそうである。
まぁそれはさておき、この後、俺は彼等の馬車に乗せてもらい、ここを後にしたのであった。
その道中、すぐ近くにあるという女神像の所へと寄ってもらった。
なぜ寄ってもらったかというと、もともと俺はそこに倒れていたらしいからだ。
噂の女神像は、あの化け物がいたところから100mほど離れた所にあった。
森の街道沿いのちょっとした広場みたいな所にあり、それなりに大きな白い石像であった。
大きさ的には、高さ5mに横幅が1mくらいで、女神というだけあって、若く美しい女性の像であった。
どことなくだが、古代ギリシャの女神像を彷彿とさせるモノである。
「クロウが倒れていたのは、ここだな」
ベイルはそう言って、女神像の足元を指さした。
思いっきり、赤土の地面であった。
「へぇ……こんな所に倒れていたんですか」
「ああ。ここ最近、追剥ぎみたいな野蛮な事をする連中が増えて物騒になってきてるから、一時的にさっきいた場所にクロウを避難させたんだよ。まぁ今となっては、あの場所の方が危険だったかもしれないがな」
「はは、かもしれないですね」
俺はそこで女神像を見上げた。
だが、女神像の顔を見た瞬間、妙なデジャブを感じたのであった。
「ン? あれ、この顔……どこかで」
「何か思い出したのか?」と、ベイル。
俺は女神像の顔を見ながら、記憶を辿る。
そして次の瞬間、とある人物の顔が脳裏に過ぎったのである。
「ああッ、思い出した! この顔、見覚えがあると思ったら、あの占い師の顔にそっくりなんだ」
「ええ! どういう事、クロウは女神様に会ったとでもいうの!?」
リーサは目を大きくしていた。
「いや、顔が似ているというだけだよ。こんな姿はしてないから。でも、なんか似てるんだよね……」
俺はそう言って女神像の顔をまじまじと見た。
するとそこで、ミーシアさんの声が聞こえてきた。
「この女神像は、大地の神、エル・ニーサといいます。私達が信仰する神の1つです、クロウさん」
「大地の神、エル・ニーサ……」
「我が国では、豊穣の神にして、旅立ちの神として崇められている女神様です」
「そうなんですか。なるほどねぇ……大地の神か」
見れば見るほど、あの占い師と似ていた為、俺はこの女神像の顔を暫し眺めた。
(似てるな……空似かもしれないが。まさか、幾ら何でも、あの占い師が神様って事はないよな……でも、あの占い師の言う通りにしたら、この世界に来たんだ。何かあるに違いない……けど、ま、どうでもいいか。前の世界の事は綺麗さっぱり忘れて、とりあえず、この世界を見てみよう。それに……義経の記憶ももう少し探りたいし……)
ふとそんな事を考えていると、ローシュさんが俺の肩を叩いた。
「クロウさん、そろそろ行きますか?」
「ええ、行きましょうか。ここには他に何も無いようですしね」
そして俺達は、この女神像を後にしたのであった。
[Ⅱ]
ガシュワンの森を抜け、草原に囲まれた砂利道を延々と進んでゆく。
森を抜けた向こうは壮大な草原地帯となっていた。
しかも、夏のような日射しが照り付けており、中々に暑い気温であった。
日本でいうと7月頃の気温かもしれない。
だが、日本のように湿度はない上に、風も結構吹いていたので、そこまでの熱気はなかった。
とりあえず、暑さでへとへとになる事は無さそうなので、少しホッとしてるところである。
それから暫く進み、俺達は日の沈む前に、ロートリア王国の東方に位置するという湖畔の都・ファーレンへと到着したのであった。
湖畔の都・ファーレンは、その名の通り、ファーレン湖という大きな湖の畔にある都である。
まぁそれさておき、道中に彼等から色々と話を聞いた。
それによると、この街にある第7騎士団の出先機関・ノードスラムという騎士団詰所に、彼等は駐在してるらしい。
そんなわけで、俺は今、彼等と共に、そのノードスラムという建物に向かっているのであった。
街に目を向けると、中世ヨーロッパのような建造物が立ち並んでいるのが目に飛び込んできた。
以前、イタリアの地方都市ベネツィアの写真を見た事があったが、そんな雰囲気がするところであった。
街の至る箇所に水路があり、まさに水の都という感じだ。
その際、行き交う人々の姿が視界に入ってくる。
そして、俺はそれらの人々を見て、内心かなり驚いていたのであった。
なぜなら、どうかんがえても人間じゃない者達も沢山いたからだ。
(なんだありゃ……獣人か? 毛むくじゃらの狼みたいな奴が武具を装備してるぞ。おまけに、あっちにはエルフみたいに耳の長いのがいるし。なんとなくだが……『遠い昔、遥か彼方の銀河系で』がキャッチフレーズの映画の1シーンみたいだ。やっぱ、俺が今いる所は、どっかの異世界なんだろうな……まぁあの化け物と魔法が出てきた時点で、わかってた事だけど。今更ながらにそれを感じるよ……)
また、人口も結構いるらしく、そこかしこで賑やかな街の風景が見られた。
日本のような近代的な建物はないが、風情があって良い街であった。
ファンタジーRPGの街をリアルに再現すると、こんな感じに違いない。
(人間だけじゃないところが良いね。多分、このロートリア王国は多民族共生国家なんだろう。俺みたいなアジア系の奴も、それほど不思議がられないかもしれない……ン?)
ふとそんな風に考えていると、馬車はゆっくりとスピードを落とし、前方にある金属製の頑丈な柵に囲われた敷地内へと入っていったのである。
奥には石造りの白く四角い建造物があり、その脇には蒲鉾型の屋根をした厩舎みたいな建物があった。
それから程なくして、馬車は敷地内の真ん中辺りで止まる。
するとそこで、御者のローシュさんがこちらに振り返ったのであった。
「さて、ではゴードン隊長に報告に行くとしよう。クロウさんも、一緒に来てくれるか?」
「良いですよ」
ノードスラムの中に入った俺達は、ローシュさんを先頭に進む。
建物の床が石畳なせいか、ひんやりとした冷気を感じる室内であった。
壁の色が雪のように白い為、それも影響してるのかもしれない。
通路の壁には騎士団の建物らしく、剣や盾のオブジェに、騎士の像も置かれていた。
まぁだいたいそんな感じの通路である。
また、時折、他の騎士ともすれ違うが、全員、茶色い胸当てと肩当てみたいな防具を装備していた。
そして、その胸当てには、紋章みたいなモノが刻まれているのである。
ちなみにだが、紋章は向かい合う2匹の馬をモチーフにしたモノだ。
それはさておき、俺達は階段を上り、2階の通路を進んで行く。
それから少し進み、ローシュさんは通路の奥にある木製の扉の前で立ち止まったのである。
ローシュさんはそこで、扉をノックした。
中から声が聞こえてくる。
「誰だ?」
「ローシュです。ただいま全員戻りました。ガシュワンの森の件で報告があります」
「わかった。入れ」
「では失礼いたします」
ローシュさんは扉を開く。
俺は他の皆の後に続き、部屋の中に足を踏み入れた。
中は10畳程度の広さで、床には赤く分厚いカーペットが敷かれている。壁には本棚があった。
奥には書斎机があり、その上には燭台が置かれている。
燭台にはろうそくの炎が揺らめいていた。どうやらこの国には、電灯設備の類はないみたいだ。
書斎机には髭を生やしたダンディなオッサン騎士が腰掛けており、今は執務中のようであった。
オッサン騎士はブロンドの髪をオールバックにしており、眼つきは鋭い。
歳は40代から50代くらいで、頬にある切り傷が特徴のちょっと厳つい感じの男であった。
また、銀色の胸当てと肩当を装備しており、ここに来るまでに擦れ違った騎士より高級感があった。
恐らくこの人が、ゴードン隊長なのだろう。
ちなみにだが、部屋の中にいたのはこの男1人だけである。
「ガシュワンの森の調査、ご苦労であった。ン? その者は……」
「実はそれなのですが……とりあえず、順を追って説明します」――
[Ⅲ]
ローシュは、ガシュワンの森であった出来事を説明していった。
九郎が言っていた占い師の話はせず、大体の経緯を説明する。
そして、一通り説明を聞き終えると、ゴードンは溜息を吐き、目を閉じたのであった。
「まさか、行方不明になっている原因が、ガルヴェリオンだったとはな……なんで、あんな魔獣があの森に……今、1体は倒したと聞いたが、他にはいなかったのか?」
「他は見ておりません」
ゴードンはそこでアムリに視線を向けた。
「アムリ、お前はどう見る?」
アムリは1歩前に出て、その問いに答えた。
「他は見ておりませんが、王宮で見た資料によると、ガルヴェリオンは群れを作らないとなっておりました。恐らく、あの1体だけだと思います。ですが、断言はできませんので、一応、森の中を調べたほうが良いかもしれません」
「そうか……次から次と面倒が起きるな。それから、そこの者……クロウといったか。ご助力感謝する」
「ああ……いえ、お気になさらないでください」
「貴殿には、また後ほど、改めてお礼をさせてもらおう。では、ご苦労であった。各々はまた明日に備え、今日はゆっくり休むがよい」
【ハッ】
九郎を除いた5人は背筋を伸ばし、キビキビとした所作で一礼をする。
そして、扉を開き、彼等は退室を始めた。
だがその時、ゴードンが呼び止めたのである。
「待った!」
6人は振り返る。
ゴードンはそこで2人を指さした。
「ローシュとアムリ……お前達は少し残ってくれるか。話したい事がある」
【ハッ】
2人を残し、4人は外に出る。
扉が完全にしまったところで、ゴードンは彼等を手招きした。
そして、彼等が傍に来たところで、ゴードンは2人に囁いたのであった。
「クロウとか言ったか……お前達、あの者を監視しろ。もしやすると、ファルメキアの間者かもしれん」
ローシュとアムリは顔を見合わせる。
「え、しかし……彼は」と、アムリ。
ゴードンは続ける。
「女神像の前で倒れていたのは、芝居という事も考えられる。いや……いずれにしろ、監視を怠るな。これは極秘事項だが……ファルメキアの密偵がいるとの通達が王都からあったのだ。しかも、我が国の中に裏切り者がいるともな。もし不穏な動きや、その本性を現した時には奴を捕らえろ。場合によっては殺しても構わん。頼んだぞ」
ゴードンの言葉を聞き、2人はゴクリと生唾を飲み込む。
そして、扉の外へと静かに視線を向けたのであった――