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vol.2 天魔の秘術

   [Ⅰ]



 化け物を見た俺は、あるモンスターの名前が過ぎった。

 キマイラ……これがゲームならばそう呼ばれているに違いない。


(な、なんだよ、この化け物は……これもコスプレか……いや、にしては殺気が半端ないぞ。つか、あの動きはもはや、人の動きじゃない……)


 森の中から突如現れたキマイラみたいな化け物は雄叫びを上げる。


【ガオォォォォン】


 そして次の瞬間、吹っ飛ばした剣士2人に向かって、ライオンの頭が火炎放射器の如く、炎を吐いたのだ。

 地に伏せる剣士2人は地面をゴロゴロと転がり、炎を何とか避けた。

 2人は慌てて立ち上がり、剣を構える。同じくして、魔法使い風の2人も杖を構えた。

 そこで浅黒い肌の剣士が、信じられないモノを見るかのように声高に叫んだのであった。


「コ、コイツはガルヴェリオン! なんでコイツがこの森にいるッ!?」

「まさか……こいつの仕業だったのかッ! ここ最近、この森で行方不明になる者が後を絶たないのはッ」と、もう1人の男剣士。


 魔法使い風の男が険しい表情で答える。


「どうやら、そうかもしれない。チッ……まさか、ガルヴェリオンがいるとは……不味い」

「ミーシア! 奴に眠りの魔法を頼む!」


 浅黒い肌の剣士が、魔法使い風の女性に指示をした。

 女性は頷くと、目を閉じてボソボソと何かを呟き、杖を化け物に向けた。

 するとその直後、杖の先端にある水晶球から灰色の霧のようなモノが発せられたのである。


(おいおいおいおい……なんだよ、コレ。トリックか……いや、それ以前になんだよ、この展開は!? あの化け物が吐いた炎は、多分、本物だ。物凄い熱気があった。どういう事だ、一体……もしかして俺、本物のファンタジー世界にでも迷い込んでしまったのか……)


 などと俺が思う中、灰色の霧が化け物に到達する。が、しかし、化け物は翼を羽ばたかせ、霧を振り払ったのであった。

 ミーシアと呼ばれた女性は眉間に皺を寄せた。


「駄目だわ! 眠りの霧が効かない! アムリの火炎魔法を試して」

「ああ、そのつもりだ」


 アムリと呼ばれた男は杖を化け物に向け、先程の女性と同じく、何かを小さく呟く。

 すると程なくして、杖の先から直径1m程の炎の球体が現れ、化け物目掛けて放たれたのである。

 炎の球体は化け物に直撃し、炎上する。

 だが、化け物は意に返したそぶりもなく平然としているのであった。


「チッ……どうやら、私の火炎魔法はコイツには効かないようだ」

「仕方ない。我々もいくぞ、ベイル!」

「ああ、ローシュ!」


 そこで剣士2人が化け物に斬りかかる。

 化け物は炎を吐き、彼等を迎撃した。

 剣士2人は左右に分かれて炎をなんとか躱し、化け物へと一気に間合いを詰め、剣を振るった。

 2人の剣は化け物の胴体に到達する。が、しかし、化け物の皮膚は相当厚いのか、彼等の剣を受けても、かすり傷程度だったのである。

 その直後、化け物は大きな前足で彼等2人を左右に振り払い、吹っ飛ばした。


「グハッ……バ、バカな……かすり傷だけだと!」

「ウソだろ……噂には聞いてたけど、ここまで頑丈なのかよ!」


 すぐに剣士2人は起き上がったが、青褪めた表情をしていた。


「おい、アムリ! 他の魔法はどうだ?」と、浅黒い肌の剣士。


 アムリと呼ばれた男は頭を振る。


「いや、恐らく駄目だろう。私がかつて王宮で見たガルヴェリオンの資料を見る限り、コイツは魔法そのものに耐性があるとなっていた。恐らく、魔法自体それほど効果がないのかもしれない」


 それを聞き、彼等は身構えたまま化け物と距離を取り始めた。

 化け物は後ずさる4人を見て、舌なめずりをする。

 ちなみにだが、舌なめずりをしているのはライオンみたいな頭の方だ。

 まぁそれはさておき、奴を見る限り、どうやら俺と女性剣士は眼中にないようだ。


「アムリ、王宮の資料には、ガルヴェリオンを倒す方法は書いてなかったのか?」と、白人の男剣士。

「方法は1つです。直接攻撃する以外ありません。それ以外で倒せた例を私は知りませんから」


 剣士2人は顔を見合わせ、溜息を吐いた。

 浅黒い肌の剣士は自信なさげに口を開いた。


「本当かよ……でも、俺達だけで倒せるのか、この悪名高い化け物を……」

「それ以外の方法がないなら、やるしかないだろ。それとも逃げるか? ベイル」

「コイツが俺達を逃がしてくれるんならな」


 剣士2人のやり取りを見る限り、ちょっと弱気であった。

 するとそこで、下の方から声が聞こえてきたのである。


【あのぉ、ちょっと……重いんですけど。いつまで乗ってるの、君】


 よく考えたら、押し倒したままの状態になっていたの忘れていた。

 俺はすぐさま横に退いた。


「あ、ごめんごめん。とっさの事だったもんで」

「んもう……でもありがとう。一応、礼は言っておくわ。さて……」


 女性剣士はそこで立ち上がり、腰の剣を抜いた。

 ちなみにだが、モロに両刃の西洋剣であった。


「君は下がってた方が良いわよ。その身なりを見る限り、こういった事は苦手そうだし。おまけに……最悪の化け物だしね。ガルヴェリオンがこんな所にいるなんて……下手すると私達、全滅かも……」


 女性剣士は険しい表情で唇を噛み締める。

 この仕草を見る限り、芝居っぽさは感じられない。


(なんか知らんけど、すごい展開だ。でも、この女性の表情や、彼等の会話内容を聞く限り、演技してる風ではないんだよな……って事は、これは今本当に起こっている事なのか……。仮にそうだとすると、俺は今、どういう事になってんだ? なぜか知らんが、義経の記憶まであるし……う~ん、わけがわからん。まぁいい、後にしよう。他にも色々と気になる事があるし……)


 とりあえず、俺は女性に訊ねた。


「そんなにヤバい化け物なんですか?」

「見ての通りよ。多分、私達じゃ勝てないわ。って……君、なんか知らないけど、余裕だね。言っておくけど、君も危ないんだよ。わかってる?」

「う~ん、それなんですが、俺も初めて見る化け物なんで、何と言ったらいいか……でも、凄い威圧感は伝わってきますよ」

「威圧感て、君ねぇ……まぁいいわ。君は下がってて」


 と、彼女が言ったその時であった。

 なんとそこで、化け物の山羊みたいな頭が、呪文みたいなモノを唱え始めたのだ。

 アムリと呼ばれた男が慌てて叫ぶ。


【不味い! ヴェリスタンの魔法だ! 麻痺させる光の矢が来るぞ! 物陰に隠れろ!】


 そして次の瞬間、化け物の前に光の球体みたいなモノが現れ、そこから無数の光の矢が勢いよくに放たれたのである。

 光の矢は剣士2人とミーシアと呼ばれた女性に突き刺さる。

 アムリと呼ばれた男は木の陰に隠れ、なんとかそれを避けた。

 するとその直後、光の矢に射抜かれた3人は身動きせず、ばたりと倒れ込んだのであった。

 3人はプルプルと身体を小刻みに震わせていた。まるで痙攣しているかのように。

 ちなみにだが、俺達の方には飛んで来なかった。というか、来たけど途中で消えた。多分、射程圏外だったんだろう。

 そこで女性剣士が叫んだ。


「ローシュ兄さんッ!」


 そして女性は剣を構え、彼等のところへと慌てて駆け出したのである。

 どうやら、あの男剣士は彼女の兄のようだ。

 というわけで、俺は今この時をもって、ボッチになったわけである。残念!


(美男美女兄弟だねぇ……まぁどうでもいい話だが。さて……どうするか。今はこの状況だから、逃げた方が良いんだろうけど、もともと死ぬ覚悟をしてこの展開だから、たいしてビビってもいないんだよね。まぁ驚きはしたけど。それに、少しも気になる事があるんだよなぁ……俺の中にある義経の記憶の中で……天魔の秘術か……)


 そう……天魔の秘術だ。

 実を言うと、この記憶の部分が一番引っ掛かっていたのである。

 これは源義経が元服する前、まだ遮那王と呼ばれていた頃に、何者かから教わった秘術の名前だ。

 義経の記憶によると、教わったのは鞍馬山に棲む鬼の面を被った者のようだ。

 この者の事を義経は天狗と思っていたみたいだが、記憶の中でこの者は『天魔の秘術を以って平家を討つがよい!』と言っていた。

 それと秘術を授けるに当たり、こうも言っている。


『天魔の秘術は、誰にも話すべからず、教えるべからず……術が世に知れ渡れば、其方に災いが訪れよう……平家を討つこともかなわぬやもしれぬ。だが心するがよい……天にも魔にも通じる秘術ゆえ、誤れば、その身を滅ばすことさもありなん……』とも。


 この内容から察するに、恐らくその当時、平家を疎んでいた手の者なのだろう。

 案外、朝廷の流れを汲む者なのかもしれない。あの当時は平清盛も結構無茶をやっていた。院政を行っていた後白河法皇を幽閉したり、とか。

 まぁそれは今は置いておいて、この天魔の秘術である。

 記憶によると、これが義経の身体能力の秘密なのだ。

 天魔の秘術とは簡単に言うと、霊体と肉体を繋ぐ七つの経路を操り、霊力を高め、神通力を得る秘術なのである。まぁ早い話が、超能力を身に着ける為の秘術だ。

 義経はこの秘術を以って武蔵坊弁慶に勝ち、そして合戦では数々の武勇を打ち立てたのである。

 平家を滅ぼした壇ノ浦の合戦において、義経は八艘飛びをしたとされているが、重い鎧を着こんで5mから6mくらい飛んだという八艘飛びなんぞ、普通はできるわけがないのだ。

 でも、この秘術ならば可能なのである。

 だがとはいうものの、義経は平家打倒を優先するあまり、その秘術の奥深くまでは習得してはいなかったようだ。

 生前、義経が天魔の秘術によって得られたモノは、身体能力向上と癒し手と呼ばれる霊力を使った少々の回復法だけであった。

 まぁとりあえず、そんな記憶が俺の中にあるのだが、実を言うと、ちょっと半信半疑であった。


(さて……どうしたもんかね。これ、本当なのかな。もし本当なら、死ぬのやめて、ちょっとトライしてみたくなる術だ。実生活で役に立ちそうだし……ン?)


 などと考えていたその時であった。


【デヤァァ!】


 大きな掛け声と共に女性剣士が駆け出したのである。

 化け物は彼女の兄と思われる剣士に向かい、大きな口を開けて襲い掛かろうとしているところであった。

 女性剣士は勢いをつけ、化け物の首筋に剣を突き立てる。が、しかし、深くは刺さらず、逆に勢いの反動により、体勢を崩してしまったのである。

 それが命取りであった。次の瞬間、化け物は彼女に目標を変え、大きな牙が見え隠れする顎を開き、肩にかぶりついたのだ。


【キャァァッ!】


 バキバキという化け物の容赦ない咀嚼(そしゃく)音が聞こえてくる。

 女性の肩口からは大量の出血があり、重力に従い垂れ始めていた。

 万事休すである。

 ちなみにだが、男の魔法使いは木の陰に隠れたままであった。

 あの化け物の凶悪ぶりを見る限り、多分、戦意は喪失状態だろう。


(はぁ、このままだと、次は俺だな……どうしよう……せっかくだし、天魔の秘術を試してみるか。でも、あの鬼の面かぶった奴が義経に教えた内容だと、多分、今の俺が使うと、あとで肉体的な反動が来るはずだ。ある程度鍛えた肉体じゃないと秘術に耐えられんと義経に言ってたし……でも、まぁいいか。どうせ、俺は死ぬ覚悟で来たんだ。たとえ失敗したとしても、最後くらい、華々しく散ってやろう……)


 俺はそこでデイバッグの中から首吊り用のロープを取り出した。

 少し太めで長さは10mの白いロープだ。

 俺は義経の記憶を頼りに、急いでロープに簡単な細工をした。

 そして、ミリジャケを脱ぎ、長袖のシャツ姿になったのである。

 と、その時であった。

 化け物は首を振り、女性騎士を真横に放り投げたのだ。

 女性騎士はゴロゴロと地面を転がり、グッタリと横たわる。

 死んではいないかもしれないが、もう完全に気は失っているみたいであった。

 化け物は女性へと近づいてゆく。止めを刺すつもりだろう。


(さて、行きますか……多分、天魔の秘術はあまり長く行使できない。対峙しながら、使うタイミングを見図るしかないな)


 俺はミリジャケを頭上に掲げて日除けを作り、うろ覚えの牛若丸の童謡を歌いながら、奴の気を引く為に、即席のアホの舞いを披露することにした。

 ちなみにだが、牛若丸の童謡をチョイスしたのは、小さい頃に親父から聞かせれてよく知っていたのと、彼の人生への花向けみたいなもんだ。


【京の五条の橋の上……大のおとこの弁慶は……長い薙刀ふりあげて……牛若めがけて切りかかる……牛若丸は飛び退いて……持った扇を投げつけて……来い来い来いと欄干の……上へあがって手を叩く】


 化け物はそこで動きを止め、俺へと視線を向けた。

 そして、こちらに向かい、悠々と歩き始めたのである。


(よし、奴の気をこちらに引けたな。とりあえず、あの女性は早く手当てしないと死ぬかもしれない。仕方ない……癒し手も試してみよう)


 俺はそこで動きを止め、秘術を発動させるための手印をミリジャケの中で結び、義経の記憶を頼りに霊体の操作を始めた。

 するとその直後、不思議な現象が起きたのである。

 なんと、身体全体にドンという振動があり、何かと繋がったかのような感覚が俺の中に現れたのだ。

 それだけではない。次第に、浮遊しているかのように身体が軽くなったのである。


(半信半疑だったが……どうやら、天魔の秘術は本当のようだ。とりあえず、準備は整った……あとは化け物が俺の間合いに入るのを待つのみ……記憶にある義経の勝負勘を信じよう)


 少しは警戒してるのか、化け物は俺へとゆっくり近づいていた。

 そして5mくらい近づいたところで、化け物はその本性をあらわにしたのである。

 化け物はネコ科の猛獣のように、前足を大きく出して、俺目掛けて一気に飛び掛かってきたのだ。


(よし、今だ!)


 俺は上に掲げるミリジャケを奴の顔に向かい投げつけた。

 化け物の顔にミリジャケがかぶさる。

 これで、一時的に奴の視界を奪う事が目的であった。

 続いて俺は、投げ縄の仕掛けを施したロープの環を奴の両前足に掛けた。

 ロープは奴の前足2つに掛かり、深く食い込む。

 それから俺は残ったロープを持つと、身体強化の恩恵を信じてジャンプし、奴の背中に飛び乗ったのである。

 俺はそこですぐさま2つの首にロープをぐるぐる回し、固く結んだ。

 そして化け物から飛び降り、女性剣士の元へと向かったのである。

 後ろを振り返ると、化け物はロープに縛られもがきながら、やや苦しそうに咆哮を上げていた。


【ウガァァ! ウガァァァァァァァ!】


(動けば動くほど、喰い込むよ、化け物さん。まぁロープの耐久性がどの程度か知らんけど……)


 俺は女性に駆け寄り、傷の具合を見た。

 かなり深く牙が入っていて出血は酷いが、息はしている。

 俺はそこで掌に霊力を集中させた。

 すると、オーラのような暖かな光が手に帯び始める。

 そして俺は、彼女の患部に手を当てたのである。

 20秒ほど手を当てていると、出血が徐々に治まり始めた。


(ふぅ……血は止まったか。とりあえず、このくらいにしておこう。筋肉の強張った感が出てきてる。俺の身体の方が、そろそろヤバいかもしれん……ン?)


 と、そこで、女性剣士が目を覚ました。

 息が荒く、少し苦しそうな感じだ。出血が酷いから無理もない。

 女性は俺に気付き、弱々しく言葉を紡いだ。


「ン、ンン……ハァハァ……あ、あれ……君は……」

「目を覚ましたようですね。今は暫く安静にしてたほうが良いですよ」

「でも、ガルヴェリオンは……ハァハァ……」

「化け物は今、ロープに縛られてもがいてますよ」


 俺はそう言って化け物に視線を向けた。

 だがその時であった。

 ブチッという効果音と共に、化け物が物凄い咆哮を上げたのだ。

 まぁ要するに、化け物がロープを引きちぎったのである。

 化け物は怒り狂い、羽をバタつかせながら、四方八方に炎を吐いていた。

 かなりお怒りの御様子である。


(あらら……やっぱあのロープじゃ耐えきれんかったか。まぁなんとなくそんな気はしてたけど……しかたない。正攻法で行くか……あの化け物の弱点は、恐らく……)


 俺はそこで、彼女の脇に転がる西洋剣を手に取った。


「この剣、ちょっと借りますね」

「ちょっと……い、いったい何をする気なの……それより、君、剣なんて使えるの?」

「ああ、ご心配なく。こういう剣は初めてですけど、それなりに武芸を修めた記憶はありますんで」

「ガルヴェリオン……かなり、怒ってるわよ。ハァハァ……大丈夫なの?」

「怒ってる? だから良いんですよ」


 俺はそう答えると、化け物に向かって駆けたのである。


(さて、まずは厄介な、あの山羊頭を何とかしないとな。こいつ等の弱点は……喉から腹にかけての部分だ。さっき、首にロープをかけていた時にわかった。そこが猫のように皮が薄い。だから、そこを切り裂くのみ!)


 彼女の西洋剣は、義経が平家との合戦で帯刀していた薄緑よりやや重いが、その分リーチがあったので、ある意味好都合であった。

 まぁそれはさておき、化け物も俺の接近に気が付いたようで、炎を吐きながらこちらに突進してきた。

 俺は駆けながら炎を横に少し飛んで避けた後、霊力を操りながら更にスピードを上げ、奴へと急接近する。

 そこから俺は、体をコマのように1回転させながら剣を振るい、山羊の喉笛を切り裂いた。

 続いてそのまま勢いを殺さず、俺は奴の胴へと周り、左の羽の付け根を切り裂いたのである。

 その刹那、山羊頭の口から血が噴き出し、だらりと首が下がる。

 そして、少し化け物はバランスを崩したのである。

 これが義経の剣技の神髄であった。

 天魔の秘術も然ることながら、義経が鬼の面から習った剣技は、無駄のない円の動きを基調としたモノなのだ。

 身体の小さい義経にはかなり効果的な剣技であった。

 しかも、傍から見ると、まるで舞をするかのように相手を斬りつける為、ある意味、美しくもあり、恐ろしくもある剣術なのである。


(ヒュゥ……義経の記憶通りに剣が振るえた。それと、踏み込むべきところで、しっかり前に行く義経の経験が、今の戦いでもだせた。すごいな……身体は小さかったけど、やっぱ義経は剣豪だわ。勝負勘とかも半端ない。……だが、まだ戦いは終わってない。次で、奴を仕留めないとな……)


 俺はそこで剣をやや上段で寝かし気味に構えた。

 俗にいう(かすみ)の構えというやつだ。

 化け物は予期せぬ深手で俺に警戒したのか、少し後ずさる。

 羽を使って飛び上がろうとするが、片方が動かない為、かなりよろけていた。


(片方の羽の付け根を斬って正解だったな。なんとなく、空中攻撃してきそうだったから、早めに手を打っておいたよ。自分でも怖いくらいに戦況を見れている。これも恐らく、義経の生前の記憶に、俺が感化されているからなのかもしれない……まぁそれは置いておいて、今はこいつを倒すのが先だ)


 化け物は上手く動けない為、やや焦っている風であった。

 俺は今が勝機と見て、奴に向かい、正面から一気に間合いを詰めた。

 ライオンの顎から炎が吐き出される。俺はそれを避けながら前に駆ける。

 すると化け物は、俺へ覆いかぶさるかの如く高く飛び上がり、鋭利な爪を伸ばしながら2本の前足を俺へと振るったのである。


(そうきたか……だが、弱点がガラ空きだよ)


 俺は霊力を操りながら奴へと向かいジャンプする。

 そして化け物の喉元に剣を深く突き刺し、さらに横へと薙いだのであった。


【グギャァァ!】


 断末魔の悲鳴のような、化け物の叫び声が森に木霊する。

 だがしかし!


(これで終わりだ……って……あら、力が……)


 なんとそこで、突如、力が入らなくなってしまったのである。


(やばッ……ここで力切れかよ……霊力を無理に使い過ぎたか)


 これが慣れない身体で、天魔の秘術を使った反動なのだろう。

 秘術に肉体が耐えられなくなったのだ。

 その為、滞空している俺は、無抵抗のまま化け物の下敷きとなってしまったのである。

 化け物はほぼ死んでいたが、俺は臍の辺りまで化け物の下敷きになっていた。


(グェェ……くるぢい……オモイィィィッ! ここでこの展開かよ!)


 そして俺は、木陰にいる魔法使い風の男に向かい叫んだのであった。


【そこの木の陰にいる兄ちゃん! 助けてェェェェ!】と――

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