vol.12 伝統の戦い
[Ⅰ]
これは、九郎とリュシータが湖の畔で話をしていた頃の話である。
湖畔の都ファーレンを十字に走る大通りの一画に、馬に跨る十数名の騎士の一団がいた。
年齢も性別もバラバラで、男女混合の一団である。
一団の約半数は、磨き抜かれた銀の鎧と純白のマントを纏い、腰には厳かな衣装を凝らした剣や槍を帯びていた。
それ以外の者は白や青のローブをその身に纏い、杖のようなモノを腰に差している。
そんな構成の一団だが、共通点が1つだけあった。
一団が纏うローブとマントには、向かい合う2匹の馬をモチーフにした紋章が描かれているのである。これがこの一団の最大の特徴であった。
そして、その一団は今、大通りのとある区画へと向かっている最中であった。
そこにあるモノ……それは、この地域の防衛を司る第7騎士団の詰所・ノードスラムである。
程なくして一団は、ノードスラムの敷地内へと入って行った。
一団の向かう先には、ファーレンを預かる騎士団の隊長であるゴードン以下数名の者達が、お出迎えをしているところであった。
その中に、ローシュとリーサ、アムリとベイルの姿もあった。
ゴードンは一団の姿が見えたところで背筋を真っ直ぐ伸ばし、顎を引く。
ローシュ達もそれに倣い、背筋を伸ばした。
そんな中、ローシュは心の中で溜息を吐いたのであった。
(やれやれ……これは大変な事になりそうだ。王都の精鋭、第1騎士団の副団長と、我々の長である第7騎士団の団長が共に来るとは……。アルサール前騎士団長がモルグ伯爵と共に、ファルメキアと内通していたという噂は本当なのかもしれない……。今日は長くなりそうだから、リーサを連れてきてよかった。ミーシアはお勤めの日でいないしな……)
騎士の一団は彼等の前で止まり、馬から降りた。
そこでゴードンは恭しい所作で頭を下げた。ローシュ達もそれに続く。
顔を上げたところで、ゴードンは口を開いた。
「お待ちしておりました。ロートリア王国第1騎士団、副騎士団長アレイクス様、そして第7騎士団、騎士団長ウィガン様。王都ロードミリアムからの長旅、ご苦労様でした」
一団の先頭にいる壮年の男性騎士が前に出る。
その男の歳は40代半ばくらいだろうか。体も大きく、歳の割に筋骨隆々とした者であった。
精悍な顔つきをした凛々しい男で、射抜くような鋭い目をしている。
口と顎に整った髭を生やし、ブロンドのやや長い髪を後ろに流していた。
この中で一番年長の騎士であった。
「うむ。丁重な出迎え感謝する。さて……では早速だが、アルサールに会わせてもらおうか」
「ハッ! こちらになります」
ゴードンはキビキビとした所作で、一団をノードスラムの中へと案内した。
ローシュ達もそれに続く。
(さて……今日の俺達の仕事は、第1騎士団の方々のお手伝いとゴードン隊長は言っていたが、一体、何をさせるつもりなんだろうか。まぁどちらにせよ、まずは地下牢に行って本人と対面してからだろうな……)
そんな事を考えながら、ローシュはゴードンの後に続いてゆく。
ノードスラムの地下へと降りた一団は、その奥にある薄暗くかび臭い牢獄へと足を踏み入れた。
幾つかある地下牢は殆ど無人であった。たった1つを除いて。
ゴードンはその牢の前で立ち止まり、一団に向き直った。
「こちらでございます」
一団は鉄格子の向こうにいる壮年の男に視線を向けた。
その男はジメジメとした石畳の床に腰を下ろしていた。
男の髪と髭は無造作に伸び、薄汚れたヨレヨレの衣服を着ている。
手足には金属製の黒い腕輪をしており、その腕輪には数十キロはあるであろう鉄球が鎖で繋がっていた。
そう、男は完全に四肢を拘束されていた。
多少の動きだけは、許されている状態である。
まず、先程の年長の騎士が話しかけた。
「久しぶりだな、アルサール卿、いや……国賊アルサールと言った方が良いかな」
「フン……元気そうだな、ウィガン。お前が私の後釜とはね。そして……そちらは第1騎士団の者か。知った顔も多少いるが……ぞろぞろ引き連れて、一体何をしに来た? 処刑の日取りでも報告に来たのか?」
アルサールは悪びれた様子もなく、ウィガンに返した。
「このような場所にいるというのに、貴方はお元気ですな。とはいえ、賞金稼ぎ風情に不覚を取ったらしいですから、貴方も衰えたモノだが」
「向こうが俺より強かっただけの話だ。多分……お前よりもな。で、何をしに来た? 世間話でもしに来たのか?」
「無論、貴方を尋問する為に来たんですよ。ただし……貴方を尋問するのは我々、第7騎士団ではない。我が国の最精鋭……第1騎士団によって、ですがな」
そこでウィガンの後ろに控えていた若い男性騎士が前に出た。
サラッとしたブロンドの長い髪を靡かせ、その騎士はアルサールに視線を向ける。
やや細身の体型ではあるが背は高い。180cm以上はあるだろう。
また、スラっとした背格好であり、鎧を着ていても、そのスタイルの良さが見て取れる。
顔立ちもよく、まるで女性と見紛うほどの美丈夫であった。
歳は恐らく、20代前半といったところだろう。
「久しぶりですね、アルサール卿……私を覚えておられますかな? とはいえ……貴方とまさか、こういう形でお会いするとは思ってもみませんでしたが……」
アルサールは若い騎士の胸にある紋章をチラッと見た。
彼の紋章の色は、他の騎士達と違っていたからである。
「覚えているよ。アレイクス・オン・ディ・ラーハイン……久しぶりだな。武門の名家であるラーハイン家の天才魔剣士として、巷の噂で聞いているぞ。しかし……時の移り変わりとは早いモノよ。数年前に王都で、父君であるルディアス大元帥と会った時、君もそこにいた。あの時の君は、ロートリア王立魔法士官学院を卒業し、まだ騎士に成りたての頃だったな。それが、ロートリア第1騎士団の副騎士団長とは、偉くなったものだ。父君は元気か?」
「ええ、お陰様で。まだ現役で今も頑張っております」
「そうか。しかし、王家の流れを汲むラーハイン家の者が、このような所へ派遣されるとはな」
「それが今回の私の職務です。数日は続くでしょうが、暫くお付き合い願います」
アレイクスはそこでウィガンに視線を向け、静かに頷いた。
ウィガンは頷き返すと、ゴードンに指示をした。
「ゴードン、この男を尋問室に移送しろ!」
「畏まりました」
ゴードンはローシュに牢の鍵束を渡した。
「ローシュよ、この者の拘束具を外し、例の部屋へ連れて行くのだ」
「ハッ!」
そしてローシュ達は、作業に取り掛かった。
―― それから数時間後 ――
第1騎士団によるアルサールの尋問は、今も尚、続いていた。
そんな中、ローシュとリーサと他数名の者達は、尋問室へと続く通路の警備をしていた。
これより奥にいるのは、第1騎士団の者と第7騎士団の騎士団長、そしてアルサールのみであった。
ローシュ達は尋問室から離れた所にいる為、中の様子は窺い知れない。
それに加えて静かな為、ローシュは警備中ではあるが、少し退屈を感じているところであった。
(今日の尋問はいつまでやるのだろうな。数日続くと言ってたから、初日から無理な事はしないと思うが……しかし、第1騎士団の副騎士団長が、まさか、あのアレイクス・オン・ディ・ラーハインだったとはな……驚いたよ。炎を自在に操る天才魔剣士として噂は聞いた事がある。ソーサリアとしての力はどうか知らないが、剣の腕はすでに、王都で並ぶ者なしと言われている魔剣士だ。恐らく、エルシャリオンで今年開かれるヴァルアラムに、ロートリア騎士団代表として出るに違いない……)
ローシュがそんな事を考える中、隣のリーサが話しかけてきた。
「兄さん、そろそろ交代の時間よ」
リーサはそう言うと、近くに置いてある砂時計に視線を向けた。
「確かに、そろそろ交代時間だな。では、俺が呼んで来よう。リーサは他の騎士と共にここに居てくれ」
「わかったわ」
ローシュは近くにある待機室へと向かった。
待機室に入ったローシュは、室内を見回す。
20畳ほどある細長い室内の中心には、大きなテーブルが1つあり、そこに数名の騎士達がいた。
彼等はそこで談笑しているところであった。
(ベイルはいるがアムリの姿がない……)
そこでベイルがローシュに気付いた。
「お、ローシュ。もう交代の時間か?」
「ああ。ところで、アムリはどこだ?」
「アムリはあそこにいるよ」
ベイルはそう言って、部屋の奥にある窓辺に視線を向けた。
するとそこには、椅子に腰かけ、外をぼんやり眺めるアムリの姿があったのである。
ローシュはそんなアムリへと近づき、声を掛けた。
「アムリ、交代の時間だ」
「ン? もうそんな時間ですか……」
アムリはそう言って立ち上がる。
しかし、何か考え事をしていたのか、なんとも言えない複雑な表情をしていた。
「どうしたんだ、アムリ。何か考え事か?」
「ええ……」
「ははん。さては、王立魔法士官学院の同期だったアレイクス副騎士団長の事でも考えていたな?」
「いえ、そうではないです。ちょっと、クロウさんの事をね……」
アムリはそう言うと、また外に視線を戻した。
「クロウさん? 何か気になる事でもあったのか?」
「彼……ガシュワンの森で会った時、魔法薬の類を持ってなかったですよね?」
「ああ、確かそうだったと思う。持ち物はロープくらいだったし……それがどうかしたのか?」
「そうですよね……なら、どうやってリーサを治療したんでしょうね? それがこの間からずっと気になっていてね……」
「言われてみると、確かにそうだな。どうやって治療したのだろう……」
ローシュは顎に手を当て、考える素振りをした。
アムリは頷くと続ける。
「リーサの傷は恐らく、かなりの深手だったと思います。ガルヴェリオンの牙をまともに受けたのですから。なので、それを治すとなると、それなりの魔法薬が必要です。ミーシアの癒しの魔法でも相当時間が掛かると思います。しかし、魔法薬を持っていないとなると……どうやって治療したのでしょうね。非常に気になります。あの時、私は木の陰に隠れて見ていたので、クロウさんが何をしたのか、よくわからないんですよ。しかも、あの帰りの道中、クロウさんは魔法を使えないと言ってましたからね……」
「確かに、アムリの言う通りだ。どうやって治したのだろうな……」
「ええ……」
2人は暫し無言になった。
「さて、それはそうと交代でしたね」
「ああ」――
[Ⅱ]
ファーレン湖で盗賊親子の家族問題に巻き込まれた俺は、気分転換の為に……というか、当初の予定通り、ドランさんの武器屋へと向かう事にした。
その隣には、丸眼鏡に帽子を被ったリュスがいる。
衣服は白いワンピース風なので、可愛い女の子という出で立ちだ。
この間と同じ格好だとバレるからだろうが、俺がすぐ分かったくらいだ。
他の者にバレる可能性は、無きにしもあらずである。特に、あの時の護衛者には。
なので、もう少し凝った変装しろよ、と思ったのは言うまでもない。
(あ~あ……なんか想定外の展開だなぁ。でも……まぁいいか。リュスは話しやすいから、色々とこの世界の事も聞けそうだし。リーサとローシュさんは騎士団に所属してるから、あまり下手な事は聞けないんだよね。なんとなく、俺とファルメキアの関係を疑ってるフシもあるし。変に誤解されると後が面倒だからな……ン?)
と、その時であった。
地面から「ゴゴゴ……」と地鳴りが聞こえてきたのである。
続いて地面が少し揺れた。
どうやら地震のようだ。
震度的には2くらいだろう。
「最近、こんな地震が多いのよね。悪い事の前触れじゃないかって、皆、噂してるけど……」と、リュス。
「続いてるのなら、そう考えたくもなるだろうね」
日本にいた時に東日本大震災を経験してるから、正直、無いとは言い切れないところである。
まぁそれさておき、ドランさんの武器屋が前方に見えてきた。
「ねぇクロウ、さっき言ってた武器屋ってあそこの事?」
「ああ、あの武器屋だ。最近、店主の人と仲良くなってね」
「へぇそうなんだ。私、この武器屋は来た事ないけど、階級の高い賞金稼ぎは、このお店に来るって聞いた事があるわ。鍛冶の腕が凄く良いらしいわよ」
「らしいね。リーサもこの間、そんな事を言ってたよ」
するとリュスは頬を膨らませ、面白くなさそうな顔をした。
「リーサって、この間の騎士団の人?」
「ああ、そうだけど」
「ふぅん……さっき恋人じゃないって言ったけど、クロウってあの人の事どう思ってるの?」
なんとなく探りを入れてる感じなので、もしかするとヤキモチを焼いてるのかもしれない。
えらくなつかれたもんである。
「どうと言われてもねぇ……まぁでも、今のところ、恋愛感情というのは無いかな。どっちかというと弟子みたいな感じだし」
「え、弟子? ……なんで?」
「実は今、ちょっとだけ剣術を教えてるんだよね。だからかな」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、今度、私も教えてもらおうかな。でも、ちゃんと私を守ってよね。クロウだけが頼りなんだから」
リュスはそう言って俺の腕に手を回してきた。
「えぇ……両方かよ。というか、リュスってリジョル階級じゃなかったっけ? 剣はそれなりに使えるだろ」
「そうだけど、私はリジョルでも一番下の方だよ。ボードウィン認定官に頼んで、なんとか上げてもらったんだから」
そんなやり取りをしつつ、俺達は武器屋の中へと入っていった。
店内には賞金稼ぎ風の奴等が何人かいた。
あまり大きな店内ではないので、少しむさ苦しい感じであった。
カウンターに視線を向けると、帽子を被った恰幅の良いおばさんがいた。
見た感じ、ドランさんの姿はない。
(先客がいるな……って、当たり前か。営業してんだから。さて、ドランさんがいないな……あのおばさんに訊いてみるか……)
俺はカウンターへ行き、おばさんに話しかけた。
「あの、すいませんが、ドランさんはいますか?」
「ん、旦那かい? 後ろの作業場にいるから呼んであげるよ」
おばさんは後ろの扉を開き、大きな声で呼んだ。
「お~い、あんた、お客さんだよ!」
「あん? わかった。今行く」
と、ドランさんのぶっきら棒な声が聞こえてきた。
程なくして、奥の扉からドランさんが姿を現した。
「こちらのお客さんが用があるんだって」
「誰だ一体……って、なんだ、クロウか。今日はなんだ? 剣でも探しにきたのか?」
「すいません、忙しいところ。ちょっと教えて欲しいことがあったので」
「何が知りたい?」
「それなんですけど――」
俺は刀を作るための素材の価格を訊ねた。
それらはメインである鉄から、鞘や柄といった拵えの素材もである。
義経も日頃、刀の手入れはしていたので構成は把握している。なので、それらを基に、費用を見積もることにしたのだ。
ちなみに、義経のいた平安時代後期は、江戸時代型の時代劇でよく見かける一般的な日本刀と拵えが微妙に違う。
だが、基本的には大きな変わりはない。まぁ一番の違いは柄だろう。平安時代後期は柄巻きというのがないのだ。あの当時は柄木の補強に鮫皮を鞣したモノを巻いて終わりだったのである。その上から紐で巻くという事をしなかったのだ。
なので、そこが少し引っかかる部分だが、まぁその辺は現物合わせの代用品でやるしかないだろう。
「――という感じなんですけど、どんなもんですかね。大体で構わないんで、金額的な事を知りたいんですけど」
ドランさんは腕を組み、眉間に皺を寄せた。
「ムゥ……剣の素材である鉄に関しては1000リアで仕入れられるが、他のはちょっとはっきり言えねぇな。まぁでも完成品じゃなくて素材だから、1000リアもあれば全部揃えられるんじゃねぇか。そんなに大きな物でもないしな。なんだったら今度、工芸品屋の店主にでも、訊いておいてやるよ」
「いいですかね。すいません。よろしくお願いします」
「おう、良いって事よ」
今のところ、素材代は2000リアくらいと見積もっておくとしよう。
完成までとなると多分、その4倍から5倍は考えておかないといけないだろう。10000リア以上は見ておいた方がよさそうだ。
だが、問題は自分でどこまでやるかである。
特に鉄の鍛錬は俺1人ではできない。
ドランさんに炉や工具も借りないといけないし、刃紋を入れる焼き刃土も探さないといけない。
研ぎ石も探さないといけないので、完成までに結構時間はかかりそうだ。
まぁ色々あるわけだが、その辺はもう少しお金が入ってから考えるとしよう。
(まずは仕事をして金稼ぎだな……とりあえず、直近の生きる目標はできたよ)
ふとそんな事を考えていると、ドランさんは意味ありげに微笑んだ。
「ところでクロウ、お前はエルシャリオンで開かれるヴァルアラムの選抜大会には出ないのか? お前なら、かなり良いところまで行けそうな気がするけどな」
ドランさんは妙な言葉を口走った。
と、その直後、店内の賞金稼ぎ達が、なぜか俺に視線を向けたのである。
なんとなく驚き混じりの妙な視線であった。
まぁそれはさておき、意味不明な単語だったので、俺は思わず首を傾げた。
「エル……ヴァラ……なんですかそれ?」
するとドランさんは目を丸くした。
「はぁ? お前、ヴァルアラムを知らないのか?」
「知りません。なんですか、それ?」
と、そこで、隣にいるリュスが話に入ってきた。
「4年に1度、エルシャリオンという国で開催される武術大会の事よ。ロートリアとファルメキアが戦うんだけど、それがヴァルアラムっていうの。ちなみにヴァルアラムは古代語で『勇者の戦い』って意味ね」
「へぇ、ロートリアとファルメキアの武術大会ねぇ……そんなんあるんだ。初めて知ったよ」
ドランさんが腕を組みながら溜息を吐く。
「お前さん、剣の腕は大したもんだが、もう少し世の中を見た方が良いぜ。ヴァルアラムに出場するのは、この国の騎士やヴィルカーサの戦士からしたら大変な栄誉だからな」
「そうなんですか。まぁでも、あまり興味はないですかね」
ドランさんの口振りを聞く限り、この国ではかなり有名なイヴェントのようだ。
まぁとはいえ、俺にとってはどうでもいい大会である。
「興味ないのか……惜しいな。クロウなら、王都で行われる選抜大会に残りそうな気がするんだが。でもお前さん、この間、アレクラント階級で登録したって言ってたし、そのうち、ヴィルカーサから案内が来るんじゃねぇか。選抜大会の出場資格はアレクラント階級の登録者だけだからな」
「へぇ、アレクラント階級だけなんですか。でもなんでロートリアとファルメキアが他の国で戦うんですか? 確か今、両国は紛争状態だって聞きましたけど」
「色々とあるのよ。300年前にロードヴァインで内戦が起きた時、和平の仲介に入ったのが北の大国・エルシャリオンなのよ。それ以来、エルシャリオンの発案で両国友好の為に、ロートリアとファルメキアの精鋭が戦う武術大会が開かれることになったのよね」と、リュス。
「友好の為の親善試合ねぇ……」
するとドランさんは頭を振った。
「まぁ建前上はそのネェちゃんの言う通りだが……親善なんて生易しいモノじゃないぜ。騎士や剣士の死者も、時々出てるからな。もうあれは代理戦争みたいなもんだ。国と国の意地のぶつかり合いだよ」
死人が出るほどのヴァイオレンスなイヴェントのようだ。
話が来ても断るとしよう。
殺伐としたのはあまり好きではない。
「ところで、選抜大会が開かれるって言いましたけど、定員は決まってるんですか?」
「確か……騎士団から5名と、ヴィルカーサから5名だったと思う。ファルメキアも同じ条件よ。で、今のところ、優勝者はファルメキアが何年も続いてるのよね。大会にはロートリア王家とファルメキア王家も顔を合わせるから、負けた時はもう王様の怒りが爆発するって聞いた事があるわ」
「なんか負けると大変そうだね。ところで……ヴィルカーサってファルメキアにもあるの?」
するとその直後、シンとした静寂が店内に訪れた。
やや冷たい感じの空気であった。
そんな空気の中、リュスが口を開いた。
「な、何を言ってるの……あるに決まってるじゃない。ヴィルカーサはロードヴァインの時代からずっとある組織なのよ。それに、エルシャリオンや他の国にだってあるんだから。って……クロウが以前いた国にはないの?」
「ないよ」
「……」
そして、また店内はシンと静まり返ったのである。
どうやら俺は、また恥ずかしい質問をしてしまったようだ。




