vol.11 少女の悩み
[Ⅰ]
リュスに案内され、俺は街はずれにあるファーレン湖の畔へとやって来た。
周囲は背の低い草原となっているので、かなり見通しが良い場所であった。
幾つかの木々や岩が点在してるだけで、他に背の高いモノは何も無い。
それ以外のモノもいるにはいるが……今は隠れているので視界に入ってこない。多分、俺の出方でも窺っているのだろう。
リュスは湖の近くにある岩の1つに腰掛けた。
俺もその辺の岩に腰掛ける。
そこで涼しげな気持ちの良い風が吹いてきた。
爽やかな気分にしてくれる風であった。
「へぇ、なかなか良いところだね。周りには誰もいないし。まぁあの辺りに、俺達を付けてきてる奴が何人かいるけどな……リュスの友達か?」
俺はそこで、とある木の辺りをチラ見した。
するとリュスは、面白くなさそうに溜息を吐く。
「ん、もう……来なくて良いって言ったのに。そいつ等は多分……私の護衛よ。お父さんが制止するのを聞かずに、私がファーレンに来ちゃったから」
「可愛い娘だから、心配なんだろ。で、話ってなんだ?」
リュスは顔を俯かせ、表情を落とす。
「じゃあ早速だけど、ちょっと愚痴を聞いてよ。聞いてくれるんでしょ?」
「ああ。でも、何もしてやれないかもしれんけどな」
「いいわよ、聞いてくれるだけで」
リュスは俺に微笑むと、少し間を空け、静かに話し始めた。
「……お父さんは、私を後継者にしたいんだろうけど……正直、やりたくないのよね……こんな仕事……。でも、私、物心ついた時にはこんな事やってたから……他に生き方も知らないし……最近、自分の気持ちに整理がつかないの」
「やっぱそういう話か。このあいだ会った時から、なんとなくそんな気はしてたよ」
「え? なんで?」
「リュスを人質にとった時、悪態も吐かない上に、殆ど抵抗しなかったからな。諦めるのが早すぎたから、何かあるな、とは思った」
俺の言葉を聞き、リュスは苦笑いを浮かべる。
「だからクロウはさっき……私に似合わないって言ったのね」
「まぁね。で……いつから、そんな事を思うようになったんだ?」
「いつからだろ……やっぱアレが原因かな。実は以前、襲撃した行商の荷馬車があったんだけど、その時も私は護衛隊として潜り込んでたのよ。で、その時、依頼人の子供も一緒にいたのよね。私よりだいぶ小さな女の子が……。しかも、その子、襲撃の時に大泣きしちゃってさ。私そこで、積み荷を襲うのやめさせたのよ。なんかそれ以来、この仕事が嫌になり始めて……今でもその子の顔を思い出すのよね……」
リュスはそう言うと、また溜息を吐いた。
こんな風に思うという事は、根っからの悪人ではないのだろう。
家庭環境が問題なのかもしれないが、そこから逃れる術も知らないから、悩んでいるに違いない。
「なるほどね……で、リュスはどうしたいんだ? 盗賊団から抜けたいのか?」
「どうしよっかな……辞めたいけど、お父さんの悲しむ顔も見たくないし……ああ見えて、私には良いお父さんなのよね」
「意外と普通に悩んでるんだな。まぁでも、その2つは両立できなさそうだね。あの親父さん、生粋の盗賊って感じだし。多分、この道から足を洗う事はないと思うよ」
「それはわかってるわよ。でも、クロウも言ったけど、私には向いてないのよ……この仕事」
リュスはそう言って、近くにある小石を手に取り、穏やかな湖面に投げこんだ。
小さな波紋が、悲しげに広がりを見せてゆく。
俺はその波紋を眺めつつ、彼女に言った。
「俺が言えた義理ではないが、1つ忠告しておこう。今、リュスがやっている仕事は無理に続けるモノではない。今のままの心の状態で仕事を続けると……何れ罪悪感に押しつぶされるよ。心を鬼にできないなら、続けるべきではない。とはいえ、俺は鬼になれとは言わないよ。やめたいなら、やめればいい。後は……親父さんを納得させる方法を考えるだけだと思うけどね」
「お父さんを納得させる方法か……何かあるのかな……」
リュスはそこで空を見上げた。
何かを考えているのだろう。
程なくして、リュスは俺に振り向いた。
「ねぇクロウ、話は変わるんだけど……この間の護衛の時、騎士団に所属してる女の人と一緒にいたけど、もしかして騎士団と掛け持ちしてるの?」
こんな質問をしてくるという事は、この間の脅し文句が効いてるのだろう。
もしかすると、騎士団の出方が気になっているのかもしれない。
「してないよ。リュスもさっき言ってたように、俺はつい最近、ヴィルカーサに登録した剣士……という肩書以外は持ち合わせてない」
「じゃあ、なんで騎士団の人と一緒に行動してるの? もしかして……恋人とか?」
「そういうのじゃないよ。まぁ色々あってね」
少しリュスの表情が和らいだ。
「恋人ではないのね。じゃあ、どういう関係なの?」
「そんな大した関係じゃないよ。簡単に言うと、俺は彼女達に保護されたんだよ。で、この国の事を知らないから、色々と教えてもらってるだけさ」
「保護された……なんで?」
「少し長い話になるけど……――」
減るモノでもないので、今までの経緯を簡単にではあるが、リュスに説明した。
だが、ガルヴェリオンの事とかは伏せておいた。
この間、リーサから聞いた話によると、アレを1人で倒せる奴はそうはいないらしい。
なので、そっち方面で注目されるのを避けるためであった。
「――というような事があったんだよ。まぁそういうわけで、俺は今、彼女達の家に厄介になってるんだ。色々と親切にしてもらった恩もあるから、何らかの形で返さないとな……と思って、今に至ってるんだけどね。信じるか信じないかは、リュスに任せるよ」
話し終えると、リュスはポカンとしていた。
まぁ信じてくれるとも思ってないので、俺からすると想定内の反応だ。
「クロウ……今の話ってどういうこと? 気がついたら、ガシュワンの森にいたって……そんな馬鹿なことある筈ないでしょ」
「まぁそれが普通の反応だと思うよ。ただ……俺自身、嘘は言ってない」
「じゃあ、それまでどこで何してたのよ」
「俺はこの国に来る前、日本という国にいた。そこで、死に場所を探して、山の中を彷徨っていたよ」
俺はなぜか知らないが、正直に答えていた。
リュスが話しやすかったからかもしれない。
「二ホン? 知らないわよ、そんな国……というか、死に場所求めてってどういう事よ。私をからかってるの?」
「からかってはいない。俺は至って真面目に答えているよ。死に場所求めて山の中を彷徨ってたら妙な霧に飲み込まれて、気が付いたらあの森にいたんだから」
「その二ホンという国の事はともかく……死に場所だなんて、なんで……そんなこと考えるのよ。だってクロウは……あれだけの剣の使い手なのに」
リュスは目尻を下げ、悲しげな表情をしていた。
こういう話をすると大抵の人はこんな顔をする。想定内の反応だ。
まぁそれはさておき、剣の腕は義経の記憶によるモノなので、これは流石に話せない。が、死ぬ理由は明確なので話しておいた。
「世の中が嫌になったからだろうな……まぁそれが理由だ。今は……初めて見るこの国に少し興味が湧いたから、自殺は保留中だけどな」
これが嘘偽りのない俺の本音であった。
この世界に来てから、興味と混乱の日々を過ごしてきたが、どこか冷めた目で見ている自分がいる。
恐らく、死を決意した自分が、まだどこかにいるのかもしれない。
前世と思われる義経の記憶を持ってはいるので、武術や当時有効だった兵法というモノは持ち合わせているが、生きる為の目標が今は無い状態であった。
それに、彼の記憶はあくまでも彼のモノであって、自分のではない。
ただ皮肉にも、俺と義経は、人に裏切られて死を決意したという事だけは同じであった。
どうやら俺達は、そういう星の元に生まれてきたんだろう。
「保留中って……ダメよ、そんなの!」
リュスはなぜか怒っていた。
「は? なんでリュスが怒るんだ?」
「ダメなモノはダメなの! というか、なんでクロウの方が重い話なのよ! 私の悩みより、深刻じゃない!」
「俺は別に愚痴ってはいないぞ。それに悩んでもいないし、今は死のうとも思ってないよ」
「だから、そんな風に考えたらダメだってば! それに、あれだけの剣の腕をもってるのに、自殺だなんて馬鹿げてる! なんで私よりも自由なのに、自由じゃないのよ」
よくわからんが、なぜか俺はリュスに説教されている。
するとリュスは突然、ビシッと、俺を指さしたのであった。
「クロウ……私、今、考えたわ。私、これから貴方と一緒に行動する。そして、自殺しないように見張ってるんだから。それを理由に、お父さんに納得してもらって盗賊団抜けるわ」
「はぁ? いや、絶対納得しないだろ。その前に、色々と無茶苦茶だぞ」
なぜか知らないが、リュスは暴走していた。
「納得させるわ。それに……私とクロウが出逢ったのは……その……多分、運命なのよ」
リュスはそう言って頬を染め、モジモジしだした。
かなりロマンチストな傾向があるようだ。
(しかし……なんつー強引な子だ。というか、もしかして俺、この子に惚れられたのか。ニューフィアって、人間も恋愛対象になるんだろうか? そういや、リーサが以前、ニューフィアと夫婦になる者もいると言ってたな。という事は、その可能性もあるのか。でも、今はあまりそういう気分にはなれんのよな……)
俺は問題点を指摘して、とりあえず、思いとどまらせることにした。
「運命って大袈裟な……というか、指名手配されてるんじゃないの?」
「そんなの変装で乗り切れるわよ!」
リュスは立ち上がり、自信満々にそう告げた。
偏頭痛が起きそうになったのは言うまでもない。
「あのさ……本ッ当に、考え直した方が良いよ。俺と行動するという事は、常に捕まる可能性が付きまとうという事なんだから」
「じゃあ、クロウが私を守ってよ! 私、貴方に守られたい!」
「おいおい、なんだよ、その絵に描いたような本末転倒計画は! 手段の為に目的を選ばないになってるぞ! って、ン?」
するとその時であった。
【ちょっと待ったぁ!】
大きな声と共に、木の陰から黒い衣服を着た男が現れ、こちらへと走って来たのである。
恐らく、彼女を思いとどまらせようと、盗賊仲間が来たのだろう。
途中から大きな声で話をしてたので、隠れていた奴にも聞こえたに違いない。
ちなみにだが、走ってきたのは口髭を生やしたニューフィアのチョイ悪風なオッサンであった。
ヘアスタイルは短めで、色はリュスと同様、やや光沢のある灰色の髪だ。
上背は俺よりあり、結構筋肉質な体型をしている。腰には剣を帯びていた。
整った顔つきをしており、なかなかのイケメンオッサンであった。
まぁそれはさておき、こっちにやって来たそのオッサンは、俺をキッと睨みつけ、リュスに向き直った。
「おい、リュシータ! お前、自分で何を言ってるのか、わかってるのかッ。幾らお前がコイツを気に入ったと言っても、それは許さんぞ!」
「ちょうどよかったわ。お父さん、私は決めたの。私、クロウと一緒にいる事にするから。だから、もう盗賊団はぬけるわ!」
「何を言うか! お前は俺の元にいればいいんだ。こんな、どこの馬の骨ともわからん奴と一緒にさせるか!」
どうやらこのオッサンが、リュスの親父さんのようだ。
この間、白い仮面を被ってた奴に違いない。体型も似てるし。
まぁそれはさておき、リュスはそこで俺の隣に腰掛け、肩を寄せてきた。
「ねぇ、クロウも何か言ってよ! お父さんを説得して! 私、やっと抜ける理由が見つかったんだから」
「はぁ? 俺? というか、この状況で俺に振るか、普通」
そこでオッサンが俺にメンチを切ってきた。
「おい、貴様! 幾ら腕が立つからといって、うちの娘を誑かすような真似は絶対に許さんぞ!」
「あのね、リュスのお父さん。そういう話じゃなくって……」
俺が言い終わる前に、オッサンは怒声を上げた。
「お前に、お父さんだなんて言われる筋合いないわ!」
「じゃあ、オッサン! 俺の話をまず聞け!」
「オ、オッサン……貴様、なんだその言い方は!」
俺もいい加減疲れたので、思わず溜息を吐いた。
「ハァ……面倒臭い親父さんだな。まぁいい……俺から1つアンタに言っておこう。リュスはな、盗賊稼業をやりたくないそうだ。今の仕事をしていると罪悪感で辛いんだと。良い子なんだよ、リュスは。親のアンタが、娘の気持ちに気付いてやれなくてどうするんだよ。可愛い娘が悩んでいるんだから、もう少し寄り添ってあげたらどうだ。自分の考えだけが正しいと思ってるから、こんな事になるんだよ。これを機に、親子でもう少し話し合ってくれ。俺からは以上だ」
リュスと親父さんはシーンと静まり返った。
親父さんはそこでリュスに視線を向ける。
「今の話は本当なのか? お前……盗賊は嫌だったのか?」
リュスは気まずそうに、コクリと頷く。
「うん……私……誰かが泣くような仕事したくない。だから……いつも引っ掛かりを覚えながら仕事をしてた。お父さんの悲しむ顔も見たくなかったから、今まで言い出せなかったけど……」
「そうか……」
オッサンは弱々しい声でそう言うと、リュスが座っていた岩に腰を下ろした。
少し落ち込んでいる風であった。
無言の時が過ぎてゆく。
暫く沈黙した後、オッサンは口を開いた。
「リュシータ……すまなかったな。お前の気持ちも考えずに、こんな仕事させてしまって……。でも、お父さんはこんな仕事しか出来ないんだ。いや、知らないと言った方が正しいか。実は俺も……お前のように悩んだ時期もあったんだ。お前を見てたら、昔を思い出しちまったよ」
「え? お父さんもなの……」
オッサンは頷くと続ける。
「ああ。お父さんは死んだ親父から今の仕事を習ったんだが、その時にはもう盗賊団は結構デカくなっちまっててな。俺は後継者として皆の期待が大きくなってしまって……へッ、辞めるに辞めれなかったんだよ。で、今みたいになってしまったわけだ。俺もこれまで心を鬼にして盗賊稼業をやって来たが、それでもたまに嫌な気分になる事はあった。だからなるべく、普通の荷馬車は襲わず、調子こいてるイケすかねぇ商人連中に狙いを定めて、強奪をやってきたんだ。ついでに極力、殺しもしないようにな。ま、それでもあんまり気分のいいもんじゃねぇがな。でも……そうか……嫌だったか。なら仕方ない……リュシータを俺と同じような目に合わせるわけにはいかねぇな。このジャグーナ盗賊団も……俺の代で終わりにしちまうしかねぇか……うん……」
オッサンはやや悲しげな表情で、そう告げた。
最後は、自分自身に言い聞かせるかのようであった。
オッサンはそこで俺に視線を向ける。
「クロウ……いや、クロウさん。アンタ、リュシータにちゃんとした生き方を教えてやってくれねぇか。俺は恥ずかしい話だが……他の生き方は教えてやれない……頼む」
オッサンは両掌を組み、俺に祈るような仕草をしてきた。
この国ではこうやってお願いするのだろう。
まぁそれはさておき、こんな風に言われると俺も困るところである。
「あの、言っておきますけど、俺はこの国の生き方なんて知らないですよ。多少、武芸の心得はあるので、ヴィルカーサで剣士やってるだけですから」
「それでもいい。リュシータはアンタの事が気になって、わざわざこの街に来たんだ。それに、コイツが自分の意思で動くなんて事は……実は今までなかったんだよ。多分、アンタに何か感じるモノがあったんだろう。だから、頼む。いや、頼んだぞ」
「お父さん……ありがとう」
「リュシータ、困ったことがあったらいつでも言ってこい。お父さん、力になってやるから」
2人の間で会話がどんどん進んで行く。
(えぇ……なんか知らんけど、超断りにくい展開になってきた。どうしよう……)
と、そこで、オッサンは立ち上がった。
「あの、お父さん……どうしました?」
「じゃあ、クロウさん。リュシータの事は頼んだぞ! また会おう!」
オッサンはそう言うや否や、この場から駆け出した。
「ちょ、ちょっと待てや、オッサン! 話は終わっとらんぞ!」
だが俺の呼び止めもむなしく、オッサンは他に隠れていた者達と共に、颯爽と草原を駆け抜けて行ったのであった。
リュスを残して……。
「クロウ……ありがとう。お父さん、納得してくれたわ」
リュスは無邪気に抱き着いてきた。
「あのさ……君達親子は、当の俺の意見は無視か……」
そして俺は額に手を当て、大きな溜息を吐いたのであった。




