vol.1 追憶の森
[Ⅰ]
夕暮れの薄明りの中、鬱蒼と生い茂る草木を掻き分け、俺はデイバッグを背負いながら山の中を突き進む。
周囲は不気味なほど静かであった。聞こえてくるのは、俺が踏み鳴らす足音と荒い息遣いだけだ。
日が沈み始めると共に、肌寒さも増し、辺りは薄い靄のような霧が漂いだしていた。今は初夏に入ったところだが、日が沈むと山中はかなり肌寒い。
それに加えて、無節操に伸びた杉の木の枝が通せんぼするかのように、俺の衣服と顔にちょっかいを出してくる。
はっきり言ってあまり良い気分ではないが、俺は目的を達成する為にそれらを掻き分け、ひたすら進み続けたのである。
そんな中、俺は、昨日出会った占い師の女性とのやり取りを思い返していたのであった。
これは昨日の昼頃、街の大通りを歩いていた時の話だ――
「そこの貴方、お待ちなさい!」
俺を呼び止めたのは、利休帽を被り、黒い和服を着るという出で立ちの若い女性であった。
女性の前には、即席の折り畳み机があり、その上には、筮竹と呼ばれる細長い棒が沢山収まる筒が置かれていた。対面には無人の折り畳み椅子がある。
もろに易者といった風体の女性だ。結構、綺麗な女性だったのを覚えている。年は20代半ばぐらいだろうか。まぁ大体、俺と同じぐらいの年齢だろう。
俺は確認の為に、とりあえず自分を指さした。
女性は頷く。
「そう、そこの貴方です。貴方、特別に無料で占って差し上げましょう」
「いや、いいですよ。遠慮しておきます」
俺はそんな気分でも無かった為、すぐさま女性に背を向けた。
すると女性は奇妙な事を口走ったのである。
「貴方、このままだと運命に押しつぶされますよ。苦難の人生でよろしいのですか? もしかしたら新たな運命が開けるかもしれませんよ」
女性の言葉に俺は思わず振り向いた。
なぜなら、今の俺は、理不尽に襲い掛かる苦難の連続で、心底参っていたからだ。
女性はそんな俺を見て、少し微笑んだ。
「お困りなのでしょう? ならば、時には人の話に耳を傾けることも必要です。さぁそこにお掛けください。占って差し上げます」
女性はそう言って、対面にある無人の椅子を指さした。
少し迷ったが、俺は渋々、椅子に腰掛けた。
「では占いましょう」
女性は易者として長いのか、筮竹の束を手に取り、慣れた手つきで何かを始めだした。
暫くすると結果が出たのか、女性は俺に微笑んだ。
「占いの結果が出ました。ご安心ください。貴方にはこの先、新たな道が開かれています。だがその為には古いモノを捨てなければなりません」
女性はそう告げると、妙な方向を指さしたのである。
「あそこに見える山をご覧ください」
俺は女性の指先を追う。
するとそこは、俺の住む地域で一番高い山であった。
「あの山がどうかしたのですか?」
「あそこに見える山の中腹に、貴方の運命を変える切っ掛けがあります。明日の夕刻、そこへ向かいなさい」
「は? 明日の夕方? そんなこと急に言われても……」
当たるも八卦、当たらぬも八卦という中途半端な占い結果かと思ったら、えらく具体的な内容だった。
妙な占い結果だと俺が思う中、女性は真面目な表情で続けた。
「運気には時期というものがあります。今を逃すと、もう切っ掛けは訪れないかもしれません。行くか、行かないか……決めるのは貴方です。私からは以上です」
女性はそう告げると、筮竹を筒に仕舞い始めたであった――
昨日、そんなやり取りがあったのだが、俺はたいして信じてはいなかった。
運命を変えられると言っていたが……まぁそんな事はどうでもいい。
俺は自分の人生を終わらせるために、ここに来たのだから。
今回、この山に登ったのも、占い師に言われたからではなく、ある意味、当てつけみたいなモノでもあったりする。
無責任で適当な事を告げた占い師に対して、俺なりの仕返しみたいなモノだ。お前のアドバイスの結果を見せてやるよ、という歪んだ考え方の……。
次から次へと訪れる不幸に、俺はもうほとほと嫌気がさしていたのだ。
放火魔による火事で母と家を失い、それから暫くして癌で父が死に、その後発覚した両親の多額の借金。
それらは父が連帯保証人になっていたからだが、判明した時期が遅かったので相続放棄もできなかった。
しかも、ことは当然、それだけでは終わらない。
それが判明するや否や、俺から親しい人達も離れていった。
勤めていた会社にも容赦なく電話してくる借金取り。そのお陰で、俺も退職をする羽目になった。
退職なんぞしなくてもよかったのだが、積み上げた信用が地の底にまで落ちた事もあり、会社での居場所も次第になくなっていった。
自己破産してやり直すという選択肢もあったが、その気力も、もはやない。
年齢を考えれば、まだ多少の修正は効くのかもしれないが、もうどうでもよくなってしまったのだ。
その為、俺はもう、この世から身を引くことにしたのである。
今にして思えば、名前通りの人生であった。
俺の名は里見 九郎。
子供の頃や学生時代はこの名前のお陰で、苦労人などと揶揄われたりもしたが、俺の人生はまさにあだ名通りの感じだった。
中々に笑えないジョークである。
この名前の由来は、父の義経好きが高じてつけられたらしいが、正直、妙なフラグだったと言わざるをえまい。残念な話だ。
だいたい、1人息子に九郎はないだろと、生前の父に突っ込んだことはあるが、今となってはどうでもいい話である。
とはいえ、俺は別に父を恨んではいない。
借金に関しては、仕方ない部分もあった上に不運も重なったからだ。
それ以外は良い父だった。
今思い返すと、俺の人生は悪い時ばかりでもなかったが、正直、ここ最近の不運はそれらを霞ませるに十分なモノであった。
人生の最終手段を決断させるに十分な……。
(もう終わらせよう……この世にもう未練はない)
俺はそう心の中で呟きながら、薄暗い山の中を黙々と登り続けた。
そして、山の中腹辺りに差し掛かったところで、とりあえず、俺は立ち止ったのである。
そこで位置を確認する為に、俺はスマホを見た。
(さて、スマホの地図を見る限り、大体、この辺りから山の中腹に差し掛かるな……そろそろ死に場所を決めるとしよう。見せてやろうじゃないか、あの占い師に俺の死に様を……ン?)
だがその時であった。
なんとドライアイスのような真っ白く深い霧が、突如、四方八方から俺に向かって押し寄せてきたのである。
(なんだ、この霧は……一体……)
俺は成す術無く霧に飲み込まれてしまった。
周囲は真っ白で何も見えない。
(あ、あれ……身体が……)
そして次の瞬間、足元がおぼつかなくなるほどの眩暈に襲われ、俺は意識を手放したのであった。
[Ⅱ]
これは……夢か、幻か……俺は今、いつか見た時代劇を思わせる古風な日本の屋敷内にいた。
俺は日本刀を手に持ち、外へと向かい歩を進めている。
戸を幾つか引き、屋敷の庭に出た俺は、その先に佇む門へと向かい、しっかりとした足取りで歩き続けた。
そして、門の前に来た俺は、重厚な門扉を開き、外に出たのである。
門の真ん前には、時代劇に出てくる僧兵のような出で立ちの大男が1人いた。幾つもの矢をその身に受け、大きな薙刀を地面に打ち付けて立っている。
その姿はまさに仁王立ちであった。
微動だにしないところを見ると、この大男は恐らく、もう死んでいるのかもしれない。
その大男の更に向こう側には、時代劇に出てきそうな鎧武者達が沢山おり、剣や槍に弓を構え、今にも襲い掛かろうとしいるところであった。
その中の1人が、俺を見るなり、声高に叫んだ。
【源九郎義経! 泰衡様の命により、その首貰い受ける!】
俺はそこで前に出ると、絶命しているであろう大男に視線を向け、言葉を紡いだ。
『のちの世も……またのちの世も……めぐりあはむ……染む紫の……雲の上まで』
そう告げた俺は、鎧武者達に向き直り、自分の刀を首に当てた。
【この源九郎義経が首、くれてやろうぞ! どこへなりとも連れてゆくがよいッ!】
そして、俺はそこで目を覚ましたのであった――
(ハッ!?……今のは夢か……にしてもリアルだったな。でも……今のって、源義経の夢だよな。マジか……)
まるで、自分が義経だったかのような気にさせられた夢であった。
おまけになぜか知らないが、義経が経験してきたであろう記憶のようなモノまで、俺の中に残っているのだ。
(なんで俺の中に義経の記憶があるんだ……もしかして、俺の前世は源義経だったのか……わけがわからない。ン? ここはどこだ……一体)
俺はそこで現実に戻った。
目の前には、緑の葉をつけた無数の枝が、不規則に重なる光景が広がっていた。
枝葉の隙間からは木漏れ日が差し込んでいる。
時折、温かで心地よい優しい風が通り抜け、俺の頬を撫でていた。それと共に、さわさわとした枝葉の擦れる音も。
また、どうやら俺は仰向けで倒れているらしく、背中に地面のひんやりとした冷たさが感じられた。
(なんでこんな所にいるんだ……って、そういや俺、山を登ってたんだっけ。で、山の中腹辺りで立ち止まったら、霧が押し寄せてきたんだったな。その後、意識が遠くなったの覚えてるわ。多分、そこで倒れたんだろう。まさか、気を失うとは……おまけに、少し頭痛がする。アイタタタ……)
これらの現状を考えるに、俺は恐らく、あの場で倒れてしまったのだろう。予想外の展開である。
俺はそこで額を押さえつつ、ゆっくりと身体を起こした。
すると、その時であった。
【お、目を覚ましたようだな……そこの森の街道にある女神像の前で倒れていたから、心配してたんだよ】
背後から突如、野太い男の声が聞こえてきたのである。
俺は声のした方向へと視線を向けた。
すると、大きな木に寄り掛かる外国人が3人いたのだ。
性別は全員男であった。年齢は3人とも20代から30代と思われる。
肌は北欧系のような白い肌の者と、やや浅黒い中東系の顔立ちをした者達であった。
身長は俺と同じか、少し高いくらいだ。
ちなみにだが、俺の身長は178cmで体重は65kgくらいである。
3人とも、メタル系のミュージシャンを思わせる鬱陶しいほどの長髪で、割とイケメン君達であった。
だが、特筆すべきは、彼等の格好だろう。
なぜなら、彼等は全員、中世ヨーロッパの戦士や剣士を思わせる格好をしていたからだ。鎖帷子のようなモノや金属製と思われる西洋鎧を着こんでいるのである。
しかもその内の1人は、ファンタジーゲームの魔法使いを思わせる捻じれた木の杖を持ち、黒いローブまで着ているのである。
以上の事から、俺の第一印象はコスプレ大好きな外国人3人組というモノであった。
山の中でファンタジーゲームごっこをして遊んでいたのかもしれない。
死に場所求めてやって来たら、コスプレ野郎どもの遊び場だったようだ。
笑えん話である。
(まぁいい。一応、礼だけは言っておくか。その後、とっとと次の死に場所を求めるとしよう……)
つーわけで、俺は彼等に礼を言った。
「ありがとう、君達が介抱してくれたのか。助かったよ。ちょっと気を失ってしまったようだ。ところで、君達は?」
「俺達は旅の者さ」
浅黒い肌をした剣士風の男が、流暢な日本語で答えた。
(旅の者って……すごいなりきってるねぇ。発音を聞く限り、来日して長い方なのだとは思うが……こういう時くらいは、普通に会話しろよ)
などと思っていると、男は俺をジロジロと見ながら話を続けた。
「しっかし……アンタ、見た目もそうだが、服装も変わってるな。この辺じゃ、こんなおかしな服装した奴は見た事ない。どこのモンだ? もしかして、ファルメキアの方から来たのか……異民族っぽいし」
お前に言われたくないと思いつつ、俺は自分の服装に目を向けた。
下は黒のデニムで、上はカーキのミリジャケ。靴はスニーカーだ。
まぁ確かに、今この場においてはだが、俺は変わった部類に属するだろう。
そこで、黒いローブを着た男が話に入ってきた。
ちなみにだが、見た目は北欧系で、丸眼鏡を掛けたちょい痩せ型の男だ。
「顔付きからするとですが、セイゲンの森に住まう民ではないですか」
「は? セイゲンの森?」
すると俺の声をかき消すかのように、剣士2人が大きな声を上げた。
「セ、セイゲンの森だって! シャイナの海の向こうにある陸地だろ? ここから、めちゃくちゃ遠い所じゃないか……」
「それより、今言った事は確かなのか、アムリ?」
「私は以前、師と共にあの辺りへ行った事があります。そこで実際に、森の民と会う事も出来ましたから。ちょうどそこにいる彼のような顔つきの方々でしたよ」
「本当かよ。まぁでも、セイゲンの森の民ってファルメキアにも少しいるらしいから、そこから来た可能性はあるな」
浅黒い肌の剣士はそう言って、胡散臭そうに俺を見たのであった。
なんか知らんが悪者を見るような視線だ。
まぁそれはさておき、はっきり言って話についていけない。
彼等は真面目な顔つきでこんな話をするのである。
(何かヤバい薬でもキメてファンタジーごっこしてんのか、こいつ等……わけがわからん。と、とりあえず、この場から早々に離れるとしよう)
俺はそんな事を考えつつ、そこで立ち上がった。
「おいおい、そんなに勢いよく立ち上がって大丈夫か?」
浅黒い肌の剣士が心配そうに俺を見る。
「大丈夫ですよ。少し休んだおかげで、元気が出てきました。それでは……」
と、俺が言い掛けたところで、また別の方向から元気な声が聞こえてきたのである。
【ただいまぁ! 一応、大丈夫そうだったよ。もう出かける? って、あれ?】
俺は声の方向に振り向いた。
すると、白いローブ姿の若い女性が1人と、剣士風の若い女性が1人、森の中から姿を現したのである。見た感じ、2人共、北欧系だ。
また、白いローブ姿の女性は、先端に美しい水晶球がついた杖を持っており、絵にかいたような魔法使いコスプレの女性であった。某RPGゲームなら、白魔導師といったところだろう。
ヘアスタイルは対照的で、剣士風の女性はベリーショートで、白いローブ姿の女性は肩よりも長いロングヘアであった。
髪の色は2人共ブロンドで、結構、綺麗な方々であった。
2人の女性は俺を見るなり、笑みを浮かべた。
「あ、目を覚ましたんだ。よかったね、無事で」と、コスプレ女性剣士。
「あら、お目覚めでしたか。気を失っておられたようでしたから、心配してたんですよ。お身体は大丈夫ですか?」と、魔法使いコスプレ女性。
俺は2人に向かって苦笑いをした。
「あ、どもです。ナハハ……ハハ……」
(なんか知らんが、また新しいコスプレメンバーが現れたぞ……まだいるんじゃないだろうな。結構な団体でコスプレを楽しんでいるのかもしれない。他の仲間が来る前に、早く撤収したほうがよさそうだ。まさかこの山の中腹で、こんな事をして遊んでいる奴等がいたとは……世の中わからないモノだ。ま、わかりたくもないが……とりあえず、場所を変えよう)
というわけで、俺は彼等に頭を下げ、この場から立ち去ることにした。
「色々とありがとうございました。では私はこの辺で」
「えッ!? って、ちょっと待ちなさいよ。このガシュワンの森をそんな格好で行ったら死ぬわよ」と、女性剣士。
(ガシュワンの森? 一体どんな設定でコスプレごっこしてんだよ。あほくさ……)
俺は無視して歩を進めた。が、数歩進んだところで思わず立ち止まったのである。
なぜなら、周囲に立ち並ぶ木々が見覚えのないモノだったからだ。
(あれ……俺が登っていた山の木ってこんなだったっけか? 確か、登ってた山は杉の木だらけだった気がするぞ。でも、周りの木々は広葉樹だ。どういう事だ、一体……)
そんな事を考えながら立ち止まっていると、後ろから声が聞こえてきた。
「お~い、待てよ。どこに行くのか知らんが、荷物忘れてるぞ」
振り返ると、浅黒い肌の剣士がデイバッグとスマホを手に持ち、真上にあげていた。
(あ、そういや、荷物の事を忘れてたわ。デイバッグには首吊り用のロープ以外、たいした物は入ってないが……まぁいい、取りに行こう)
つーわけで、俺は彼等の所へ行き、荷物を受け取った。
「すいません。うっかりしてました」
「おう。でもアンタ、その道具入れの中身は多分、盗まれてるぜ。ロープだけしか入ってないからな」
(俺は旅人じゃねぇよ)などと思いつつ、彼に言った。
「ン? 中を見たんですか?」
すると浅黒い肌の剣士は、頬をポリポリ掻きながら申し訳なさそうに答えた。
「へへ、わりぃな。実はアンタをここに運んだ時に、変わった道具入れだったのと、あまりに軽かったもんだから、中を確認したんだよ。まぁそういうわけだ。すまない。でも、中身を盗んだのは俺達じゃないぞ。俺達がアンタを見つけた時には、もうすでにその道具入れは軽かったんだから。多分、俺達が来る前に街道を通った誰かが盗んだんだろう」
「いや……別に謝らなくても良いですよ。何も盗まれてませんから」
「へ? 盗まれてないって……じゃあ、お前……あんな荷物だけで、このガシュワンの森に来たのかよ」
「そうですよ。おかしいですかね?」
俺の言葉を聞き、全員がポカンとしていた。
(なんだこいつ等は……まぁいい。とりあえず、スマホで現在地を確認しよう。登っていた山の景色と違うから、拉致されて捨てられた可能性が少しある。金目の物はもともと持って来なかったし……)
俺はスマホを手に取り、スリープを解除した。
(電波は……圏外。GPSは受信できてない……どこだ、ここ……今月分は通信料は払ってあるから、回線が止められている可能性はないと思うが……ン?)
するとそこで、目を大きくしながらスマホを覗き込む彼等の姿が視界に入ってきたのである。
ちょっと鬱陶しかったので、俺は思わず彼等に言った。
「あの、どうかしたんですか?」
「な、なんだこれ!? どうなってんだよ!」
「なんだそれは?」
「なんか、変わったの持ってるね、君」
剣士風の男女3人が、眉間に皺を寄せて首を傾げている。
ローブを着た男女2人は、得体の知れないモノを見るかのように、ジッとスマホを見ていた。
わけがわからん反応である。
「何って……ただのスマホですよ」
「スマホって何? 知らないわよ、そんなの」と、女性剣士が俺の隣に来て覗き込む。
「は? スマホを知らな……!?」
と、言いかけたその時であった。
背後の森から、恐ろしいほどの殺気が発せられているのを俺は感じとったのである。
俺は後ろを振り返る。
すると黒い何かが、こちらに向かってすごい勢いで迫っていたのだ。
俺は思わず女性剣士を押し倒していた。
「危ないッ!」
「キャッ!」
そして次の瞬間!
【シャァァァ】
風を切るような唸り声と共に、大きな黒い影が俺達の真上を勢いよく通過したのである。
「な!? ゴフッ」
「コ、コイツはッ! なんでここにコイツがッ!? グハッ」
黒い影は剣士2人を吹っ飛ばし、そこに着地した。
影の正体を見た瞬間、俺はその異様な姿に恐怖した。
なぜなら、そこにいたモノは……神話やファンタジーゲームに出てきそうな悍ましい化け物だったからだ。
全体的にはライオンのようなネコ科の化け物だが、明らかに違う。
頭部にはライオンと山羊の顔があり、胴体はライオンのような猛獣。その背中には蝙蝠のような羽が生えていた。そんな化け物が今、俺の目の前に姿を現したのである。