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ルート1の5:鬼の爪

 本日、桜花学園臨時休校。その知らせは午前6時頃に緊急連絡網という形で回ってきた。理由は今朝、学園生5人が何者かに暴行を受けたというものだ。事件の場所は

「……校門前か。随分大胆な場所じゃないか」

受話器からはクラスメイトの声がやや興奮気味に流れてくる。発見者は誰よりも早く学園に出勤している美月ちゃんママらしい。そして被害者は信じられないことに

「赤木先輩だって!?」

思わず声をあげた。自主的に見張り番についていた空手部のメンバーがやられたと言うのだ。発見時には5人全員意識を失っていたものの、いずれも軽症だったようだ。”不幸中の幸いだよね”そんな言葉が最後に付け加えられた。

「ありがとう。それじゃぁ次に回すよ」

受話器を置いた。怪我がないっていうのは確かに良い知らせには違いない。けれどもそれだからこそ

「やばいな」

次の連絡相手を名簿からパラパラと探しながら呟いた。ろくな怪我も与えないまま意識を喪失させる。つまり余分な攻撃は避けて急所を正確に、しかしダメージは残さないよう加減をして打ち込む。実力差があるからこそ出来る芸当だ。”マグレ”は有り得ない。相手は5人でしかも全て空手の有段者だ。ましてや全国大会優勝の経験もある主将の赤木先輩も含めてだからな。俺は聞いた内容を簡潔に次の相手に伝え、そしてそれとほぼ同じ内容を”速報”で流しているテレビの電源を落として2階へあがった。

 ”コンコンコン”親父とお袋の寝室、つまり現在マリサとミィちゃんが使っている部屋の前。

「マリサ、ミィちゃん。俺なんだけど」

返事はない、よな。昨日は二人に

”明日から当分朝練ないからゆっくりお休みくださいませ”

とか言っちゃったもんな。まだ二人ともスヤスヤ夢の中だろう。普段朝早くから頑張ってるだけにゆっくりと寝かせてあげたいんだけどさ、残念ながら生徒会役員だけは今日お仕事があるらしいのだ。少なくともマリリンには起きてもらうしかないよな、気の毒だけど。

”コンココン、コンココン、コンコンコン、ココン”無駄にリズムを刻んでみる。返事はない。

「マリサー、ミィちゃーん。おはようございます」

やっぱり返事はない。”ゴホン”と咳払いをしてキョウタロウ、クールボイスの準備。誰が見ているわけでもないが前髪をかきあげて

「愛しのハニー。君のダーリンことキョウタロウ君が来ているよ」

「お入りになってあなた」

テメェ起きてるんじゃねーか! 勢いよく扉をオープンしたら二人とも天使のような寝顔でおネンネされておりました。しかもちゃんとベッドは2台あるのに仲の宜しいことで、一つのベッドでお嬢様二人はお休みになられております。お互い寄り添うように手を握り合って、足なんかも微妙に絡んでそうな複雑な起伏の掛け布団。見る人が見ればこれ、禁断のカップル成立してますよ。しかし許可取らずに入っちゃったけどやっぱりまずいかな。いや緊急時だからしょうがないよね。それにちゃんとノックもしたし、寝言とは言え許可っぽい返事ももらったわけだから。ウンウンと腕組みしてる俺の目にはスヤスヤ寝息を立てている二人様。ムズムズと何かが湧き上って参ります。ミィちゃん方に歩み寄り、その愛らしい寝顔へ向け、何か越えてはいけない壁を破ったような気がしつつも小声で

「や、焼き肉挽き肉ミンチ肉〜おじさんその子をどうするの〜」

「仲良く一緒に混ざりましょう〜スイッチそこだよ圧搾機(アッサクキ)〜ムニャムニャ」

早朝から負のオーラに苛まれそうだよミィちゃん。先にマリリン攻略しようか。今度はそのフランス人形顔負けの端正なお顔に

「マリリンコ、ウェイクアップ」

ホッペつんつん。反応はなし。釣りゲーでもやってみようか。

「キャストしま〜す」

マリリンの口元に人差し指をスーっと降ろして……つんつん、つん。”マク”ヒットしました〜。ろくにルアーアクション披露しないうちから掛かるとかマリリンだぼハゼ並”ガブリ”エキサイティングバイト!? 危うく疑似餌(ユビ)を持っていかれそうになったキョウタロウ君はしばしうつ伏せで悶絶。気を取り直して立ち上がる。遊ぶのはこれくらいにしてそろそろ起きてもらおう。

「ららら貧乳」

”ピク”おお部屋全体が瞬く間に邪悪なオーラに満たされていくではないか。これは洒落にならないからやめておこう。”フー”と冷や汗を腕で拭って

「麗しの姫君。その閉ざされた(マブタ)を開く(スベ)をお教え下さい」

王子様(キョウ)のキスですわ」

「そのルビの振り方確実に間違ってるから。ていうか目覚めてるなら早く起きるといいよ」

それでも”スヤスヤ”と相変わらず天使のような寝顔のマリサ嬢。ん〜すこやか過ぎて寝たフリっていう感じがピンと来ないな。コイツやっぱり寝てるんだろうか? 腕組み。

「無い(チチ)

”バシン!”

「おはようキョウ。どうして顔にモミジ型の判子押されて壁に半分くらいめり込んでるのかしらまるで俺の逆鱗に触れてビンタでも食らったみたいよ」

「おはようマリサ。そこまで分かっててあえて純粋無垢な寝起きを装うお前に敬意を表して何も聞かないことにするよ」

 トーストと飲み物だけという即席の朝食を二人で食べながら、俺は今朝の連絡内容をかいつまんで説明した。マリサがパンにマーガリンを塗りながら

「赤木先輩がやられるなんて信じられないわね。これで武装高校が犯人っていう可能性は減ったのかしら」

呟く。”ハイ、どうぞ”と香ばしいパンを手渡されて

「ま〜学園(ウチ)の空手部精鋭5人なら、あのモヒカン軍団20〜30いても無理だろうな」

「100人掛かりくらいでやられたとか、そういうのはないかしら?」

俺はマリサにミルクの入ったコップを渡しながら

「いや、数に物言わせて集団リンチっぽくやったなら軽症かつ気絶、にはならないだろ。削り取られていくように傷やら何やらでいっぱいのはずだ」

連絡で聞いたような”綺麗な倒され方”にはならないだろう。チビチビとコップに口をつけて牛乳飲んでるマリサ。大きくなるといいね、色んなとこが。

「もしキョウの言うとおり腕が立つヤツが犯人なら、きっと少人数だと思うの」

”どうしてだ?”とトマトジュースを飲みながら首を傾げると

「赤木先輩って相当強いじゃない? そういう人をあしらえるような実力を持った連中が10人も20人もいるとは思えないのよ」

”まぁそういう考え方もあるかもな”とコクンと頷いてみる。ふと居間のテレビを見れば有名なコメンテイター達が桜花学園の対応を非難するような論評を展開している。ダイジェストで申し上げれば

”早朝に襲われてるのに放課後に警戒してどうするか”

ということだ。その内容には一理あるけどさ、それをメシのタネにして騒ぐだけの君達も大概だと思うんだ、心の中で抗議しておいた。

 「最初に被害にあった生徒によると相手は集団でしかも鈍器などの鉄パイプを持っていたらしい。そして顔は黒の目だし帽で確認できなかったが、モヒカンスタイルの髪が上から出ていたようだ」

「まんま武装高校じゃないか。目だし帽とかの前に髪切っておけよ」

生徒会役員会議室。ミユキ先輩が黒板に整理していく情報に思わず突っ込む俺。

「武装高校の集団リンチ説が濃厚かしら。キョウ?」

隣のマリサがノートに黒板の内容をメモしながら尋ねる。俺は昨日の外周で被害にあった学園生を見つけたときの様子を思い出した。

「あの時は体の色んなところに殴打の痕があったしな。武装高校かどうかはまだ断定できないけど濃厚だ。特濃」

腕組み。

「限りになく黒に近いけど灰色。疑わしきは被告の利益って立場なのキョウは?」

”いや連中を弁護するつもりはないけどさ”と付け加えておく。ミユキ先輩が教壇の後ろで続けている。

「……そして今朝、校門前でやられた空手部の部員達によると、襲われた相手はたった一人だそうだ。容姿は黒尽くめ、ということ以外はなかなか思い出せないらしい」

役員達がザワめく。マリサは今朝少人数だとは言っていたけど

「まさか一人なんてね」

流石に意外だったようだ。”静かに”とミユキ先輩が場を沈め

「そして今回も金品の類は取られておらず、時刻もまた早朝だ。ここからは私の推測になるが」

お姉様は髪を腕でサラサラサラと流す。非常時でも髪はツヤツヤ御手入れ万全。

「昨日と今朝の事件は関連があると見て間違いないと思う。そして犯行が行われたのは昨日、今日と二日連続だ。この点で犯人の活動拠点が事件の場所から遠いとは考えにくい。つまり遠方からやって来てたまたま通り魔的に行った、あるいは突発的に行ったという可能性は省いて良いと思う」

まぁ確かに、住処が犯行現場から遠いとこで連日の犯行はちょっとしんどいだろうな。

「そして狙われたのは二回とも桜花学園の学園生だ。今朝の事件、わざわざ正門の前で起こしたという事実。たまたま学園(ウチ)の生徒が被害者だったと考える方が不自然じゃないだろうか」

それからコンコンと黒板を叩く。そこには”貴重品は無事””犯行の時刻は朝”。

「金が目的でもない上に、出勤、通学など人目の多い時刻を狙う。それも連続でだ。偶然か? 目的は無くただ”スリル、快感”という理由だけだろうか? それだけでは説明がつかない程リスクは大きいと私は思う」

お姉様はそこで腕組み。

「そして選んだ相手はあの赤木を含めた空手部だ。娯楽の遊び相手にするにはやはりリスクが大き過ぎる」

口調は冷静だけどミユキ先輩、降ろしている拳はギリっと握っている。相当怒っているようだ。

「人目につく時間帯。襲うには不適当な相手。大胆な場所。連日の犯行。これら不可解な点に食いついて来たTV局も多い。宣伝効果は上々のようだ」

意味深なことを呟いてからミユキ先輩、教壇の上のリモコンを手にとって、壁に設置された薄型テレビに向かってスイッチを押した。モニターには今朝の事件について街頭インタビューしているアナウサーが映し出された。それを腕組みして眺めながら

「犯したリスクに見合うだけの目的があると仮定して、そしてそれが今の時点で既に成就しているとすれば一つだけだろう」

そこで俺達に流し目を向けて

「一般に向けたメッセージだ」

 そこでガラリと扉が開いた。コツコツとハイヒールの音を立てて入って来たのは美月ちゃんママだ。ミユキ先輩によるとさっきまで警察に事情を聞かれていたらしいが

「お疲れ様です」

生徒会長として母を労うミユキ先輩に”ありがとう”と笑顔で答え、そしてミユキ先輩を席に着くよう促がしてから、メガネのフレームをクイとあげて今後の予定を話し始めた。

 「こういう時って校則って不便よね」

まだ昼前とも言えない帰り道、校門を抜けたところ。マリサが生徒手帳をパラパラとめくりながら呟く。美月ちゃんママの話した内容をかいつまんで言えば

”犯行時刻が早朝なので、警察の要請もあって事件解決までは登校時間を午前10時以降にずらしたい。しかし桜花学園の学園規則には早退、臨時休校など授業を早めに切り上げたり休みにする措置はあっても、登校時刻を遅らせるものはない”ということだ。つまり

「当分は休校にせざるを得ないなわけか。判子主義に文書主義。それで日本が信用を得ている部分が多いんだけどさ、こういう時はもう少し柔軟な発想でも良いんじゃないか?」

「美月のお母さんもその辺り、理事会に掛け合ったらしいんだけど上の頭が固いらしいわ。それに外から来たせいか多少の嫌がらせもあって……あ、これ秘密にしといてね」

”そういう泥臭いのは苦手だな”と溜息を吐きながら”OKOK”と言う。携帯を開いてワンセグTVをつける。”高校生連続傷害事件”と題されたバラエティ番組で無難なトークを繰り広げている芸能人。誰が名付けたのか”桜花狩り”なんて言葉がチラホラ聞こえてくる。

「今回はしかも生徒を見張りに立たせていたそうですよ。教育者としてはこれどうなんでしょうね?」

「考えられないですね。保護者様からお預かりした大事な御子息様方を……」

バッテリーがもったいないので閉じた。

「ミヤコちゃん?」

マリサの声にふと前を見れば頭を抱えてフラフラしながらミィちゃんが登校してきている。具合が悪そうだ。二人で駆け寄って

「ミィちゃんどうしたの? 風邪でも引いたのかい?」

頭を撫で撫でするとミィちゃん

「ありがとう兄さん。実は昨日のお昼から具合が悪くて」

”お昼?” 俺とマリサが顔を見合わせる。

「ミヤコセンサー的には”お姉ちゃん”のクッキーを食べてから右目にドナウのように美しい川が広がっていてもうビューティフォ」

「「早く言ってねそんな大事なこと!?」」

 自宅の最寄り駅の改札を抜けたところ。マリリンの背中ナデナデが利いたのかちょっと元気になったミィちゃん。今日の事情は電車の中で説明して当分は”役員会議くらいしかないよ”と添えた。そうして自宅を目指して並んで歩いているとそこにだ。

「桜花の生徒だよなお前ら」

行く手を阻むように十字路の両脇から出てきたのは今朝の役員会議で説明を受けたとおりの方々。黒の目だし坊に学ラン、鉄パイプに角材などなどを装備してモヒカヘアーを隠すのに失敗したお兄様方がゾロゾロ。数は30人くらいだ。

「そうですが、何か御用かしら?」

マリリンは100万ドルの笑顔で猫装備。すると一人が前に出てパイプを肩にトントンとしながら

「それだけ分かったら十分だ。悪いがちょっと痛い目にあ」

ミィちゃんがいないと思った直後に響いたムチのような風切り音。気付けば先頭にいたモヒカンがオモチャの人形のようにコンクリート壁に叩きつけられていた。そのまま万有引力の法則に従ってズルリと地面に崩れるモヒカン。笑顔で見下ろしているのは腕組みしているミィちゃん。何が起きたのか普通に見えませんでしたけど?

「あ〜、イったかもしれないわ。モロに延髄入ったわよ今のサイドキック」

マリリンが額に青線を降ろしながら解説してくれました。ミィちゃん人差し指を立てながら

「聞けばお姉様のご友人に手を挙げたそうですね? 一人も逃がしませんからノーウェイトゥーエスケイプ」

ニパっとしてから妹。まだ事態を把握しきれていないモヒカン凶器装備軍団へ脱兎のような速度で飛び込んだかと思えば先ほどの破裂音をハイテンポで響かせながら上段、中段、下段、胴回し、後ろ回し、(カカト)落し。途切れること無く流れるような連続蹴りを目にも留まらぬ早さで次々に打ち込んでモヒカン達を壁や路面やらに叩きつけていった。次々と繰り出されていく正確無比にして軌道予測不能な悪魔のムチ。30人もいた軍団があっと言う間に最後の一人だ。もはや意味不明。突如として出来上がったモヒカン達による地獄絵図にお顔が真っ青のラストモヒカン。その前へニッコリ歩み寄る妹。クルっと背中を見せたかと思えば垂直に飛び上がって

「飛び後ろ回しね。えげつな」

マリリンのそのセリフを風切り音が裂いて悪魔のムチを食らったモヒカンがコンクリート壁へ叩きつけられた。俺はその厨二病の如き光景を見つめつつも今はなきアクロポリスの丘に築かれたゼウス像の如く石化。

「正中線が基本で、頚椎にアゴ、こめかみ等などに全て変則の蹴り、ね」

コクコクと一人納得してるマリサ嬢。そして倒れているモヒカン軍団のマスクをテキパキと剥いでいく妹。まぁ中身は想像通りのモヒカン軍団だったんだけどさ、それよりさっきの何よミィちゃん。いまだ天空神の威光を放ってるキョウタロウ君に気付いて駆け寄ってきた妹

「ちゃんと加減したので気を失ってるだけですよ。心配しないで兄さんドンウォリー」

背伸びして俺の頭を撫でて石化解除を試みている。

「あれ? このモヒカンどこかで見たことない?」

マリリンが指差しているのは大の字で伸びてるモヒカン。いやもうどれがどのモヒカンとか筆者とかも把握してないから俺にも分からないような気が……

「これあの野球部のガチホ○の投手(ピッチャー)じゃないか!」

「やっぱり?」

 証拠ということで携帯で伸びているモヒカン軍団を撮影して、お姉様やら美月ちゃんママやらに送信している俺達。写真をデコってるミィちゃんに”メー”しつつも、事件が一気に解決しそうな気がして安堵の溜息。これ”あのグランド”がすっげー密接に絡んでるんじゃなかろうかな、とか思いながら携帯を閉じかけて

「おっと、警察にも連絡を入れておくよ」

再び開けば

「ダラしないですね〜ほんとダラしない」

艶っぽい声に振り向けば真っ黒なスーツに真っ黒なカッター、真っ黒なネクタイに真っ黒なレザーの手袋、そしてそれと正反対の真っ白な肌をしたショートヘアーの麗人がいつの間にか俺達の背後に立っていた。理解とか理屈とかそういうものじゃない。動物的な危機を感じて俺は二人に覆いかぶさるように押し倒した、が、間に合わず今まで受けたことのない衝撃が脇腹を襲ってコンクリート壁に叩きつけられた。そのまま意識が飛びそうになって崩れ落ちるが、あまりの痛みに意識が覚醒。

「キョウ!」

「兄さん!」

おお! 麗しの姫君が二人も俺に駆け寄ってくれたじゃないか。これは無様なシーンはここで終わっておかないとな格好悪いぞキョウタロウ君。ヨロっと立ち上がると突然堪えきれない吐き気に襲われ”う”っと口元に手を当てる。ドロっと右手にこぼれたのは真っ赤な血だ。最悪。内臓やられたかもしれん。膝がガクガクとして力が入りにくい。そんな俺の様子にショックで青ざめてるツインテールやら妹やらに

「そういう顔はNGだぞ? 普通は心配かけまいと笑顔作るもんだろこういうシチュってさ」

ちょっと無理っぽい感じはするがクールフェイスを作ってみた。

「勇敢なボーイフレンドですね。だけど身代わり一回分じゃとでも護衛とは言えないですけど」

嘲笑気味に呟かれたその一言に、マリサは無言でしゃがみ込むと地面にそっと右手をついた。俯いたまま

「だけどその一回分のせいで、あんた死ぬわよ?」

まるで食パンでもムシるかのように”バリ”と路面を削り取った。しかしそれに臆すこともない男装の麗人。整えられた眉の下、その栗色の瞳の宿った目を細めて

「そんな石コロで何が出来るのですか」

笑っていた。その返事がこれとばかりに全力投球のマリサ。発砲音だ。冗談抜きで絶命を免れない対戦車(アンチタンク)(キャノン)。しかし信じられないことに、その魔弾はいつの間にか麗人の左手に握られていた黒いバトンにアッサリと弾かれて上空へ消えた。が、既に懐に飛び込んでいたマリサが渾身の正拳をその鳩尾(ミゾオチ)に叩き込んでいた。工事現場でも聞かないようなえげつない音だ。死んだな。比喩抜きにそう思った直後

「へ〜。あなたがマリサちゃんですね〜?」

その一言。信じられないことにギリギリと破壊神の拳が押し戻される。見れば正拳の先にはあの黒いバトンだ。右手にも握られていたそれにシッカリと受け止められている。

「これは私も本気でかからないといけないかも知れません。ということで」

端正な顔立ちを崩す寒気のするような醜悪な笑み。

「死んでもらいましょうか」

次の瞬間、両手に握られたバトンの先端がスルっと地面に落ち、その手に握られていたものが真の姿、鈍く光る短刀へと変わった。瞬間サっと血の気が引いたマリサ。その青い瞳の瞳孔がショックで肥大するのがハッキリと見えた。次の瞬間、二つの凶刃が左右からマリサの喉を食い破る。何かを叫んだ俺。それしか出来ない無力な俺。だけどさ、やっぱり来てくれたよ。その取り返しのつかない寸前のところ、間一髪。絶対的な防波堤のように間へ立ちふさがった武神がその二つの刃をクロスさせた両手で握り止めていた。

「下れ八雲」

言われて飛びのいたマリサ。そして俺に駆け寄る。

「へ〜……飛んだ化け物がいたもんですね?」

麗人は今度はミユキ先輩の喉に狙いを定めてその腕に力を込める。が、ピクリとも動かない。微かな動揺が見られる。

「良いんですか? このまま刃を引き抜けばゴッソリと指が持っていかれますよ?」

それにお姉様。

大量生産(カズウチ)の刃物に傷つけられるほどヤワな鍛え方はしていない」

いつものように冷たい笑みを浮かべたかと思えば”バリリ”という音が鳴った。俺は生まれて初めて素手が刃物の刃を握りつぶす音を聞いた。

「思ったより良い得物だが、少々鋼を強く入れすぎているみたいだな。大苦無(オオクナイ)を使いながら刃折れを考慮しないとはまだまだ未熟だ」

呆然としている麗人の前で、粉々になった鉄クズをパラパラと落とすお姉様。次の瞬間吹っ飛ばされた麗人は10数メートルは離れたコンクリート壁に(ハリツケ)にされていた。体を中心として壁面に広がる蜘蛛の巣のように入った(ヒビ)がその衝撃の大きさを物語っている。やはり何が起きたのか分からない俺。お姉様がサラサラサラと髪を腕で流している一方、俺は寄り添ってくれているマリリンに

「いまミユキ先輩何したの?」

「デコピンよ」

「ウソー!?!?」

「あわわ兄さんあんまり大声出すと傷に触ります!」

 それから俺の方に歩み寄って来てしゃがみ込んだお姉様。俺の口元に薬指を当てて血をそっと拭うと

「「「あ」」」

三人が呆気に取られる中、舌の先で味見をなさいました。な、何をなさるのでしょうかミユキ先輩ハァハァ。しばらくして

「人騒がせなヤツだ」

胸に手を当てて一人ホっと溜息を吐いていた。訳も分からず三人でお姉様の端正な顔を眺めているとニコっとして

「お前、今朝トマトジュース飲んだろ?」

全てが解決した。

 警察が来て現場検証を行い、モヒカン軍団やらまだミステリーな男装の麗人やらを拘束してパトカーに乗せて行った。モヒカンはともかくとしてもこの麗人、抵抗すれば逃げられる可能性があったかも知れないのに、お姉様に吹き飛ばされてからまるで糸の切れた操り人形のようにただただ呆然としているばかりだった。やっぱりショックだったのかな、ミユキ先輩が強過ぎて。

 俺はひとまず病院でレントゲンやらエコーやらの検診を受けたが、普段の訓練のたまものか大した怪我はなかった。

”良かったじゃないか”

とユキたんに肩を叩かれて脱臼しかけたがその場で直してもらった。その後は俺達も警察様に同行して、”お疲れでしょう”と出されたアイスティーを飲みながら面倒くさい書類を書いたり事件の内容やらを事細かに説明した。その時にマリサが削り取った路面やお姉様が砕いたコンクリート壁についても各々が正直に話したのだが、笑って取り合ってもらえなかった。普通はそうだよね。

 結局学園前まで送られて開放されたときには西日が差していた。

”まぁこれでカタはついたと思いたいな”

茜色に染まってる校舎を見ながら思った。

 帰り道。ミユキ先輩、マリサ、俺、ミィちゃんの順で横に並んで駅に向かいながら談笑。

「全く、ミヤコからとんでもないメールが来たからお前もう死んだのかと思ったぞ?」

制定カバンから朱色の携帯を取り出して俺にズイと見せてくるお姉様。どうでも良いけどデフォルメされまくったカニのストラップが可愛い。どれどれと俺とマリリンが覗き込む一方では下を向いて赤面している妹。


---------------------

送信者:ミヤコ@私の妹

件名:地球滅亡

本文:

ねねねねねねお姉様助けてください! 私の兄さんが宇宙から飛来した妖怪グラビティボンバーverβに襲われて千切(チギ)っては投げ、千切(チギ)っては投げされて口から血とか青汁とか良く分からない液体ブチまけつつも体にニトログリセリンと”24”のDVDを巻きつけて

「トコロテンには三倍酢もへー」

とか頂けない呪文を唱えつつ地球ごと妖怪を吹っ飛ばそうとしてます! あと新種の沢蟹とかも見つけたので良かったら来て下さい! ウィンク!

----------------------


「お兄ちゃん2文目あたりで死んでるよね?」

”エヘヘヘ”とか可愛くハニかんでるミィちゃんに半泣きで突っ込む俺。隣ではマリリンお腹を抑えたままヒクヒクとうずくまっている。コイツの笑いのツボもどうかと思う。妹が赤面しながら

「で、でもお姉様だって返信内容こんなんじゃないですか!?」

デコレーションされまくってキラキラしてるピンクの携帯を俺に押し付ける妹。マリリンは腹筋を押さえながら涙目で覗き込んで


---------------------

送信者:麗しのお姉様

件名:Re:地球滅亡

本文:後宮はともかくカニは保護してくれ

---------------------


「俺の命は甲殻類より下ですか」

路面でのたうちまわってるマリリンの横で、涙ながらに詰め寄る俺に苦笑いしながらお姉様。

「じょ、冗談だ後宮。確かにカニは大好きだがお前の方がもっと好きだ」

「本当に俺のほうが好きなんでしょうね!? って……え?」

「あ」

沈黙。マリリン石化。俺石化。ユキたん顔が沸騰。ミィちゃん一人キョロキョロ。その日受けた一番の衝撃は脇腹への一撃ではなく、夕暮れの駅前での一言だったとさ。


第一章:「俺の義妹も破壊神」:完


で、終わると見せかけておいて、最後に申し上げておこう。本日、俺たちの前に立ちはだかった謎の麗人。後にいつものメンバーの輪に加わることになる。その名は園田(ソノダ)美鬼(ミキ)

という訳で第一章完結です^^

ここまでお付き合い下しました読者様、そして

桜花学園キャラクターのイラストを作成して頂きました紅零様には

心よりお礼申し上げます<(_ _)>


2章でノーマルルートが完結致します。

そしてそれから読者様から投票頂きました結果を元に

ヒロインルートを執筆して参ります^^

それでは引き続き、本拙作を宜しく御願い申し上げます。

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