男だけど、双子の姉の身代わりに次期皇帝陛下に嫁ぎます 〜皇宮イミテーションサヴァイヴ〜
竜騎士だけど、皇太子殿下が俺から鎧兜を分捕ります 《男だけど、双子の姉の身代わりに次期皇帝に嫁ぎます 〜皇宮イミテーションサヴァイヴ〜 お礼スピンオフ》
一体、俺が何をやらかしたと言うのか。
「お前がウィルフレッドか?」
俺の名前を呼ぶこの人は、この帝国の皇太子ウィリアム様だ。
事の始まりは、今から数年前。
平民だった俺の前に1人の使者が訪ねてきた所から始まる。
◇
「「「おかえりなさいませ、ウィルフレッド様」」」
目の前に聳え立つ大きなお屋敷を前に、無意識に後ずさってしまう。
このお屋敷で働く人達が総出で迎えてくれたのだが、あまりの人数の多さに目が回りそうだ。
「今日からここが、ウィルフレッド様のご自宅になります」
どうやら俺は、このお屋敷の主だった人の庶子らしい。
お貴族様がメイドの1人にお手つき……貴族の間では特に珍しい話でもなく、よくある話の一つだろう。
しかし先日、そのお貴族様……俺の父に当たる人物とその家族が事故に合い、命を落としたそうだ。
家督を継ぐ者が居なくなった貴族家で働く者達は、悲しみに暮れる暇もなく大慌て。
彼らは血眼になって、父の庶子を探した。
その結果、父には5人の庶子がいる事が判明し、所在が判明したのは3人。
3人のうち1人は幼い時に病気で亡くなり、残り1人はスラムで死亡が確認され、結局、見つかったのは俺1人だけだった。
「此方がお部屋になります、ご夕食までの間、ごゆっくりとお休みください」
3歳の時に母を無くした俺は、運がいい事に孤児院に拾われた。
孤児院の生活は質素なものだったけど、スラムの子供達を考えれば幸運だったと思う。
雨に濡れず寝る事もできるし、食事だってでるし、必要最低限の勉学を学ぶ事もできる。
「みんな元気にしてるかなぁ……」
俺は天井に言葉を投げかけ、数日前に想いを馳せる。
使者の人は、俺を引き取る見返りに孤児院へ多額の寄付をしてくれた。
一時的な資金じゃ、根本的な問題の解決にはならないだろう。
だけど、このお金でみんなの生活が少しでも楽になればいいと思うし、俺のように孤児院に救われる子がいるかもしれない。
俺が貴族の当主として頑張れば、根本的な問題を改善できる可能性だってある。
そんな事を考えていたら、長旅で疲れていたのか、俺はいつの間にか眠りについてしまった。
それから数年の時が経った。
年齢の問題もあり、俺はまだ正式に貴族位を継承する事ができないでいる。
お屋敷の使用人達は、そんな俺をずっと支えてくれた。
ただの平民だった俺が何とかやれているのは、彼らのおかげだと思う。
ここでの生活にもやっと慣れた所だが、俺は進学に伴う寮への入寮のために屋敷から離れる事となった。
俺が進学するのは、我が帝国が誇る超名門校であり、幾多の貴族を輩出している。
この数年で、俺も目指すべき目標も定まった。
当初は文官を目指そうと思ったが、ポッと出の俺に横のつながりはない。
コネがないと文官で上にいくのは難しく、それならばと、武官を目指す事に決めた。
武官になるなら、目指すべきは最難関とされている竜騎士か近衛騎士だろう。
それに現在の宰相は元近衛だと聞くし、武官でも功を上げれば文官の道も開ける。
俺は学校での生活に、期待に胸を膨らませた。
◇
貴族学校に入って数週間。
俺が庶子だという事がばれているのか、女生徒達からさまざまな嫌がらせを受けていた。
下駄箱を開ければ、呪詛のような長文が書かれた手紙が何通も入っていたり。
机の中を覗けば、明らかに毒物に汚染されているであろう食べ物が詰め込まれていたり。
振り返れば、数人の女生徒が俺の後ろをニヤニヤと笑いながら後をつけていたり。
このままでは、女性不信になっていまいそうだ。
そう思ってた矢先、ついに女生徒の数人が俺に向かってタックルしてきたのである。
身に危険を感じた俺は、普段から全身に甲冑を身に纏い、兜をかぶるようになった。
全身甲冑になってからは、徐々に女生徒からの嫌がらせは減っていき、俺は平穏を勝ち取ったかのように思えたが、更なる問題が俺の前に立ち塞がる。
「おい、そこの全身甲冑、おまえがウィルフレッドか?」
一体、俺が何をやらかしたと言うのだ。
皇太子殿下に呼び止められた俺は、膝をつきこうべを垂れる。
「は、はい……俺……私がウィルフレッドでございます」
俺の目の前にたつ皇太子殿下、ウィリアム様はこの帝国の次期皇帝であり、学校の同級生である。
そしてその隣には、同じく同級生であり、帝国宰相の子息であるヘンリーが立っていた。
「くくっ、女にモテすぎて兜で顔を隠すとは、お前も中々の変わり者だな」
殿下は何をおっしゃっておられるのだろう?
俺がモテる? ハハハ、さすが殿下はご冗談も上手くあらせられる。
「気に入った、同じウィル同士、よろしく頼む」
俺は殿下と握手を交わす。
これが俺と殿下、ヘンリーの初めての出会いだった。
貴族学校での生活は順風満帆だった。
それもこれもウィリアムとヘンリーのおかげだろう。
今では殿下の事も、3人の時はウィリアムと呼ぶくらいにまで打ち解けた。
俺たちは順調に進学し、ヘンリーに至ってはずっと学年首位をキープしている。
このままいけば、ヘンリーは近衛騎士、俺は竜騎士になるのは間違いないだろう。
しかし俺たちは、卒業間近に迫った実地訓練中に、不運にも帝国に侵入してきた敵と遭遇してしまった。
俺たちは何とか敵から逃れて身を隠したものの、このままでは敵に見つかってしまうだろう。
何とかこの状況を打開できれば良いのだが……。
「よし、ウィルフレッド、今すぐここで脱げ」
「「はぁっ!?」」
ウィリアムの脈略のない提案に、俺とヘンリーは素っ頓狂な声をあげる。
ちょ、ちょっと待ってくれ、ウィリアム……お前が男色だなんて聞いてないぞ。
貴族の中では珍しい話でもなく、俺も他の貴族のそういう現場を偶然見てしまった事がある。
俺は縋るようにヘンリーの顔を見るが、肩を叩いて諦めろとか言いやがった。
くそっ、やっぱあいつは使えねぇ。
こうなったら俺に出来ることはただ一つ……。
「ウィリアム……お、お手柔らかに頼む……」
「何を言っているウィルフレッド? さっさとその鎧と兜を脱げと言っている、早くしろ!」
あっという間にウィリアムに全身を剥かれた俺は、壁際へと追い込まれた。
もうこうなったら覚悟を決めるしかない。
流れに身を任せた俺が瞳を閉じようとした瞬間、ウィリアムは自らが被っていた兜を俺の頭にストンと落とす。
「ふぁっ!?」
突然の事に惚けている俺を他所に、今度はウィリアムが自らの鎧を外していく。
「ぼーっとするなウィルフレッド! さっさと俺の鎧に着替えろ」
ウィリアムの行動に俺たちは慌てる。
「ちょっと待ってください、いくらなんでもそれは不敬では?」
ヘンリーの反応は当然だ。
兜につけられた羽飾りやマントの色は、その貴族の権威を象徴している。
その中でも紫の色は、皇族のみが使える物であり、深紫の色は皇太子殿下の象徴だ。
女性のドレスでも、公的な場所では明確に色で制限がかけられていたり、貴族にとって専用の色はそれほどまでに誇りなのである。
そのせいで戦場では一発で誰が誰かモロバレなのだが、大抵の帝国の貴族はめちゃくそ強い上に、自己顕示欲の強い脳筋ばかりだから性質が悪い。
それはそうとして、いくらウィリアムと打ち解けたと言っても、深紫をこの身に纏うなんて恐れ多くて以ての外だろう。
「だからこそだろ? 誰も予想していないからこそ、やる価値がある」
そりゃ、不敬だからね、普通なら首飛んじゃうからね、帝国の貴族なら誰もやらないよね。
敵兵も、帝国貴族が自己顕示欲の強い脳筋だって熟知してるだろうから、ウィリアムが言う通りに騙せるかもしれないけどさぁ……。
そんな俺の事情は御構い無しに、ウィリアムはテーブルに広がった地図を指差す。
「いいか、お前がぴゃーっとしてる間に、俺がぐわーっと行って、ガッとして終わりだ」
ごめんな、俺がアホだからなのか、ウィリアムが何を言っているのかさっぱりわからん。
「つまり、ウィルフレッドが囮となって引きつけてる間に、陛下が敵の本隊に奇襲を仕掛けて指揮官を討ち取ると……」
すげぇよヘンリー、お前さっきのでよくわかったな。
「失礼……アホですか、認められるわけないでしょう、俺と殿下の2人でも危険です」
おぉ! 我が友ヘンリーよ、お前なら言ってくれると俺は信じていたぞ!!
これには流石にウィリアムも驚いただろう……と思っていた時期が俺にもありました。
「ふっ、まだまだだな、ヘンリー、護衛のお前が俺のそばにいたらバレバレだろ、お前はウィルフレッドについてろ、俺が1人で司令官を始末してくると言っているのだ」
「「いやいやいや」」
語彙力のない俺と全てを諦めたヘンリーからは、もうそれ以上の言葉はでてこなかった。
だってウィリアムのあの表情、あのドヤ顔、多分何を言っても無駄なんだろうと、一瞬で察してしまったからな。
「よしっ、いくぞ!」
その後ウィリアムの読み通りに、敵の兵士は俺の動きに簡単に釣られる。
ウィリアムはその隙に1人で奇襲を仕掛け、あっという間に敵の指揮官を討ち取った。
強いのは知ってたけどさ……その圧倒的な強さがあれば、こんな作戦立てずに真正面からいっても良かったんじゃないのかなーって思ったりしたわけよ?
隣のヘンリーは胡乱な目をしていた、きっと俺もそうなんだろうな。
頼む、誰でもいい、誰かウィリアムを止めてくれ。
あいつには、あいつの暴走を止める誰かが必要だと思う。
「よし、あいつに嫁を見つけよう、結婚してしまえば少しは落ち着くだろう」
ヘンリーの提案に俺はポンと手を叩く、妙案だ。
流石はヘンリー、ウィリアムも守るべき人が居れば、少しは自重してくれるだろう。
「爺様に頼んで、どうにかしてもらおうと思う」
この時の俺達は予想だにしていなかった。
ヘンリーのこの提案が、新たなる被害者を生みだしてしまうことを……。
続く
◇ネタバレ注意◇
※以下の内容はネタバレを含みます
≪連載版≫
男だけど、双子の姉の身代わりに次期皇帝陛下に嫁ぎます
〜皇宮イミテーションサヴァイヴ〜
第11話
目で見た事が真実だとは限らない、そして歯車は狂う。
まで読み進めた後にご覧ください。
◇オマケ◇
もうダメかもしれない。
そう思った時、どこからか、俺の名前を呼ぶ美しい囀りが聞こえたのだ。
もしや極限状態の最中で聞こえた幻聴かと錯覚したが、どうやらそれは現実のものであり、俺の耳も正常だったらしい。
貴賓席から乗り出した彼女を見て、心臓が飛び跳ねた。
女性に対して、恐怖しか感じなくなっていた俺の心が晴れていくのを感じる。
「……天使」
思わずそう呟いた。
俺は天使と呟いたが、彼女の見た目はどちらかというと小悪魔タイプだろう。
それでも彼女の事を天使と言ってしまったのは、彼女の中のアンバランスさに理由がある。
猫っぽいツンとした瞳、貴族らしい通った鼻筋。男を引きつける瑞々しい唇。
まだ少女と呼ばれる年齢だと思うが、そのどれもが男を引きつける小悪魔的な要素であり女の部分を強烈に意識させられる。
その一方で彼女からは、気軽に触れてはならぬ清らかさが内面から溢れ出ているのだ。
決して相居れないものが同居するその矛盾さは、まるで神の禁忌に触れてしまったかのように錯覚させる。
「おい、ウィルフレッド! 大丈夫か?」
ライアン団長に話しかけられて思わずハッとする。
「あぁ、すみません、今日はありがとうございました」
「おう! お前こそ強くなったな、だがな、次は俺が勝つからな!」
俺の怪我した方の腕をバンバン叩いたライアン団長は、満足そうに会場から出て行った。
いくら後で治るからって、あの人わざとだろ……。
俺は痛む腕をさすりながら、もう一度貴賓席の方に視線を向ける。
しかし、彼女はもう奥に引っ込んでしまったのか、その姿を確認する事はできなかった。
少女にこのような感情を抱くなんて……俺は変態なのかもしれないと、自らを戒める。
しかし会場を見渡すと、俺と同じように彼女に堕ちた男達がその場に固まっていた。
良かった……俺だけじゃないんだなと、ホッと胸をなで下ろす。
「ウィルフレッド様」
舞台から通路へと引っ込むと、ここの支配人であるドラグニエル殿に話しかけられた。
一体、どうしたのだろうか?
「公爵家のエスター様より此方を預かっております」
思わず生唾をゴクリと飲み込んだ。
今、俺の目の前には、トレーの上に白金貨が5枚も置かれている。
こんな大金、貴族と言ってもそう簡単に手に入れる事などできない。
「見事な闘いぶりでした、儲けた分の半分を貴方に、という事です」
そういえば、俺に大金を賭けた人が居たと試合前に聞いたな。
貴族の中には健闘をたたえ、このように選手に儲けた分を渡す者がいるのだが……こんな大金を渡すなど、普通ならありえない。
「ドラグニエル殿……エスター様というのは、もしかして黒髪で……貴賓席におられた女性でしょうか?」
普通であればそういうのは聞かずにいるのがマナーなのだが……聞かずには居られなかった。
俺の複雑な胸中を察したのか、ドラグニエル殿はニコリと微笑む。
「えぇ、そうですよ」
あぁ、やっぱりあの人は天使だったのだ。
白金貨5枚もあれば、領民達の生活をより良くさせることができるし、孤児院への支援も上乗せできる。
我が天使よ、いずれこの恩を貴女に返します!
お読みいただきありがとうございます。
本作は、以下の作品のスピンオフとなります。
≪連載版≫
男だけど、双子の姉の身代わりに次期皇帝陛下に嫁ぎます
〜皇宮イミテーションサヴァイヴ〜
https://ncode.syosetu.com/n7475fn/
スピンオフなので新規の方がおられるかはわかりませんが、
ヘンリーは1話、ウィリアムは6話、ウィルフレッドは11話、エスターはプロローグから登場します。
よろしければ、こちらもお読みくだされば幸いです。
もっと短くできればよかったのですが、思ったより長くなってしまいました。
これなら丁寧に書いて3分割とかの方がよかったかもしれません。
最初はエスター(本物)かお爺様でスピンオフ書こうと思ってたのですが、ウィルフレッドが書きたかったのでウィルフレッドにしました。
本編の方も今日中に更新しますので、お楽しみに。