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楽園の孤島  作者: 青蛙
9/10

忙しくて寝れない

今回はとても平和。




◆◆◆


「かかい」


「な、なに?」


 こんがりと焼けたドロマエオサウルスの肉。見た目は旨そうだったので勢いよく齧りついたのだが。


「かたい」


「あ、あぁ……かたい、ね」


「味はまだ良しとして、肉固すぎだろ」


「肉食の生き物だもんね………」


 筋張ってるし、肉そのものも固いしで非常に食べづらい。味だけなら鶏肉に近いような気もするし食べられないことは無いのだが、これは食べきるのには骨が折れそうだ。

 同じく焼けたドロマエオサウルスの肉をかじっていた太田も、がっくりと肩を落とした。


「焼くまでに凄い時間かかったからなぁ」


「食べないのは勿体無い、というか食べないと死ぬしな」


「食べられるだけ有り難いよね」


「火ぃ起こすのでもう夕方になっちまったけどな」


「あはは……」


 火起こしは本当に時間がかかった。ゆうに一時間以上はずっと乾燥した枝と木片を擦り続けていたと思う。火が出てきてから、それを焚き火にするのもまた大変だった。貴重な火種が何度消えそうになったことか。失敗して火種が消えていたら確実に俺と太田は発狂していただろう。

 肉を切るのも大変だった。野生動物の解体なんて初めてだし、そもそもやり方も知らない。なんとなくこうなんじゃないかとドロマエオサウルスの肉を切り取っていったが、想像以上の生肉の固さに、気を付けていたにも関わらずカッターの刃を一本もダメにしてしまった。カッターでというのも良くなかっただろうが、石のナイフでは更に駄目だったからどうしようもない。鉄で出来た切れ味のいいナイフが喉から手が出るほどに欲しいと感じた。

 そして、その結果得られたものがこのかたい肉である。今日一日で自然の厳しさ、今まで如何に自分達が楽な生活を送ってきたか、嫌と言うほど思い知らされた気分だ。


「はぐっ……んぎぃっ、ぎっ」


「んごごごごごごこ」


 噛み切れない。ファミレスでかったいステーキが出てきた時の五倍はつらい。太田も謎の鳴き声をあげながら、肉を噛みちぎろうと顎を必死に動かしている。


「次からは、下処理?っつーのちゃんとやってからにするわ……」


「筋は先に切っとくべきだったね……」


 なんとなく気になって崖の上から見た森は、真っ黒な泥水のようだった。まだあの森の中をさまよっている乗客なんかが居たりするんだろうかと、ぼんやりとそれを眺めた。

 既に日は落ちかけ、夜になろうとしていた。










「もう、お腹いっぱいだよ」


「肉食いきれて無いけどな」


 焼いたぶんはなんとか全部食べきって、腹も膨れた。腹一杯食べるなんてのは、ここに来て初めてだ。それでもドロマエオサウルスの肉は半分以上残っているのだから凄い。今回はたまたまだったが、これからは出来そうなときには定期的に狩りをしていくのも良いかな、なんて考えていた。


「うわぁ………凄い空」


「ん? あぁ」


 ぽんぽんに腹を膨らませた太田が、後ろに手をつきながら空を見上げてそう言った。同じようにして空を見上げてみれば、黒い空を埋め尽くすように、まさに満天の星空が広がっていた。


「こんなの、日本じゃ見れなかったよね」


「……あぁ」


「ここ、どこなんだろうね…………」


「さぁな。全く検討もつかないな」


 ぼんやりと星空を眺める。そういえば、これで二日目の夜だ。色んな事があったせいでもっと長い時間過ごしていたように感じていたが、まだ二日しか経っていない。

 ふと思い出してリュックサックからスマートフォンを取り出した。カメラを起動して、一枚写真をとる。たいして性能が良いわけでもないスマホのカメラで撮れた写真は、肉眼で見たものよりもずっと暗く写ってしまった。


「北条くん、それ写真?」


「あぁ。なんとなく撮りたくなって」


 誰かに見せる訳でもない。この写真を撮ったところで家族に送れる訳でもない。本当に、なんとなく撮りたくなっただけだ。


「………綺麗なものはすぐ忘れる」


「…………北条くん?」


「なんでもない」


 スマートフォンをリュックサックにしまい、地べたに置いていた石のナイフを拾う。ドロマエオサウルスの残った肉を手元に引き寄せて、焚き火の灯りを頼りにそれを切り始めた。


「何してるの?」


「干し肉にでもしようかと思って」


「焼いたときの数倍固くなりそうだね」


「食べるだろ?」


「うん」


 肉を焼いたときよりも小さく、つまんで食えるぐらいのサイズになるように時間をかけて石のナイフで切り取っていく。近くに生えていた植物から大きめの葉を一枚ちぎり、それに切り取ったものを並べていった。

 焚き火で燃やしている木は、近くから太田がこまめに拾ってきて追加してくれて、焚き火が小さくなることも無い。

 二人で他愛ない話をしながら作業をしていた。


「それにしてもここ、崖の上なのになんだか下に居たときよりも蒸し暑くない?」


「崖の上だからむしろってこともあるんじゃないか? 霧が出てるのも、雲が近いとか」


「雲が出るにしては低すぎるよ。それに雲が出るならもっと寒いじゃん」


「それを言ったら霧もだと思うけどな」


「確かに………」


 二人で話していてふと気付いたことなのだが、どうもこの辺りの様子は不自然なところが多いように感じる。自然に対して不自然とはおかしな話だが、やはりどう考えてもおかしな点が多いのだ。

 崖の下に居たときよりも蒸し暑かったり、暑いのに濃い霧が発生していたり、崖の近くから更に先はツタ、シダ、ゼンマイのような形の巨大な植物なんかが生い茂る深い森だったり。


「とりあえずこんなとこかな………あっ」


 葉っぱの上に丁度良いぐらいに肉が乗り切ったところで気付いた。干し肉にすると言っていたが、よくよく考えたら干し肉を作っている時間がそもそも無い。移動しながらという手もあるが、こうも湿気が多いとそれも出来ない。

 仕方無いので方針を変えて一枚ずつ焼いていくことにした。あまり保存はきかないが、生よりはずっとマシだ。本当、間抜けなことをした。


「干し肉やめたの?」


「干し肉をつくれる環境が無かった」


「そっかぁ……」


 仕方無く一枚ずつ肉を焼いていく。焼ききった肉は新しくとってきた葉っぱの上に並べて置いていった。


――――ザザッ


「ん?」


「な、なに、今の」


 森の方から草木が揺れた音がして、咄嗟に焼いていた肉を戻し、焼ききった肉を乗せていた葉を包んでいく。

 濃霧によって森の中の様子は殆んど確認できない。


――――ザザザッ


「太田ッ!」


「っ!」


 即座に太田の名前を叫ぶ。太田はその声に反応して、手荷物を片手に座っていた場所から飛び退いた。

 その直後、霧の中から黒い塊が猛スピードで飛び出して、そのまま焚き火の中へと突っ込んでいった。


「なっ!?」


「うわぁっ!」


――――キュッ! キュッ! ギィィイッ!


 焚き火の中から火達磨になったそいつが飛び出してくる。「キュッ」という鳴き声を出しながら身悶えしたそいつは、そのまま崖の下へと転がり落ちていく。数秒後、ドサリと重いものが地面に激突した音がした。


「なに、今の、虫?」


「あ、あぁ。多分、ゴキブリ」


「ゴキブリ!? いくらなんでもゴキブリにしちゃあ大きすぎるって!」


「正確には、今のゴキブリの祖先『プロトファスマ』だ。15センチはあったろ?」


「う、うん、15センチはあった」


 火達磨になっていたおかげでほとんどわからなかったが、たぶんそれであっているはずだろう。プロトファスマにしては少し大きすぎる気がしなくもなかったが、姿かたちは現在のゴキブリの形と非常に似ている。


――――ザザッ、ザザザッ、ザザザッ


「太田、寄れ。まだ来るぞ」


「ご、ゴキブリ?」


「多分、もっとデカい」


――――ズザッ、ズザザッ


「う、ひ、ぇぁあぁあぁぁ」


「落ち着け太田。凄く不味い、かもしれない」


「凄く不味いんじゃないかぁぁぁ、もぉぉぉ」


 太田がそいつの姿を見てガチガチと歯を鳴らす。それもそのはず、そいつの姿は人によってはゴキブリ以上に不快感と、恐怖心を煽った。


「もうやだこの森………」


 太田が呟く。

 光沢のある体表。見るものの不快感を煽る大量の脚。人の身長を超えるその大きさ。古生代石炭紀の代表的な生物。巨大昆虫として有名なメガネウラの次ぐらいに有名だろう(個人の感想です)あのヤスデ。


「ほ、ほじょっ、くん、こいつは?」


「『アースロプレウラ』」


 巨大ヤスデ『アースロプレウラ』。2メートル超えの大きな個体が、焚き火にどんどん近付いてきていた。

 後ろは崖、前にはアースロプレウラ。どうしてこうも自分達はこんな目にばかり会わなければならないのか。もしこの世に神様が存在すると言うのなら、恨むぞ、神様。


「く、喰われる?」


 太田がそう聞いてきた。はじめにメガテリウムに遭遇したときと比べてずっと落ち着いている。短時間の内にここまで成長するとは。やるじゃないか。


「落ち着いてきたな太田、良いぞ」


「喰われる!?」


 慌てるな。落ち着け。


「研究によると草食、らしい。だから喰われない」


「は、はぁ、それなら大じょ――」

「だがあいつもヤスデなら、毒がある。種類にもよるけど」


「ぶえぁ"っ!?」


「落ち着け」


 ヤスデという生き物は、種類によっては人間に害を及ぼす毒を持っていることがある。狩猟の際に毒矢に塗られるような、強力な毒を。

 アースロプレウラという生き物は、有名な割にはかなり謎が多い。毒を持っているか、持っていたとしてどんな毒かなんてことはわからない。毒を持っているという根拠もない。だが、それを考慮しないわけにもいかない。


「大丈夫、ドロマエオサウルスよりは楽に逃げられる。今日は寝るのは諦めてさっさと移動するぞ」


「あ、う、うん。そうだね」


 飛んで火に入る夏の虫とは、昔の人はよく言ったものだ。例えとして使うとわかっていても、的確に虫の悲しい習性を表している。

 アースロプレウラは、先程のプロトファスマと同じように、頭から焚き火の中に突っ込んだ。


――――ドスッ! ドスッ!


「やっぱり暴れるよな!」


「うわあぁぁあぁぁ! 逃げるよ北条くんんん!」


「足、痛い!」


 光に近付いただけなのに、死ぬほど熱い思いをした可哀想なアースロプレウラは頭をぶんぶんと振り回して暴れる。

 俺と太田は、揃って走って逃げる。毒の有無に関わらず、あんなやつの近くになんて居られない。足の傷がまだ痛んだが、構わず走って逃げた。





【プロトファスマ】

 現代のゴキブリなんかの祖先。古生代石炭紀に生息していた。肉食。見た目は今のゴキブリとさほど変わらない。全長は12センチほど。


【アースロプレウラ】

 古生代石炭紀に生息していた巨大ヤスデ。多分草食。全長は2メートルほど。有名な割に謎が多い。毒を持っているかも謎。



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