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楽園の孤島  作者: 青蛙
8/10

崖の上へ


 ひとしきり泣いた太田はゆっくりと立ち上がると、赤く腫れ上がった瞼を此方に向けで口を開いた。


「北条くん。もう一度、また二人で行動出来ないかな」


「でも………俺は既に一度お前のことを裏切ってるぞ?」


「それは僕も同じ。おあいこだよ」


 太田はじっと此方と視線を合わせてくる。

 出会ったのも、離れたのも、つい昨日のこと。このまま共に行動して正解なのか、答えは出てこない。

 しかし―――


「良いよ、お前に助けられた命だし、俺に出来ることなら手伝おう」


「ええ、と……そういう事じゃ無いんだけど。ま、いっか。もう一度、宜しく北条くん」


 苦笑いしながら差し出された手を握る。彼も此方の手をぐっと力強く握り返してきた。

 完全にとはいかないが、握り返してきた手は昨日の情けない少年のものではないように感じた。きっと彼も彼なりに考えた結果こうなったのだろう。


「さて、それじゃあ次はどこを目指す? つってもまず最初にやることは決まってるけどな」


「最初にやること?」


 その時、太田の腹がぐぅぅと大きく鳴った。きっと朝からまだ何も食べていないのだろう。


 俺は殺したドロマエオサウルスの一匹に近付くと、その死骸を持ち上げて肩に担いだ。死骸はずしりと重たく、先程怪我をしたばかりの太股がズキズキと痛む。

 ドロマエオサウルスの重量はおよそ15kgだと言われている。米の袋が一つ5kgだとすれば、米の袋三個ぶんの重さだ。持てないこともないが、持ち運ぶとなるとかなり身体にくる。


「北条、くん? それ、き、恐竜……」


「腹減ってるだろ? これ、食おうぜ」


「え、でも……大之木くん食べたやつかもしれないし」


「弱肉強食、ってやつだな。いちいち気にしてたら生きてけないぞ」


「は、ハハ………やっぱり北条くん、凄いや」


 何とも言えない微妙な表情になる太田。若干引かれている気がしないでも無いが、どうせ何かしら食わなければ死ぬのは目に見えているし、せっかく手に入った肉なのだから食わない手は無いだろう。


「あー、でも、少し重いから手伝ってくれないか? さっきのがまだ結構足にきてて」


「あっ、って凄い血だよ北条くん! はやく止血しなきゃ!」


「うわ、本当だ。痛みはするけどここまでとは気付かなかったな。太田、あんがと」


「ちょっ、いいからはやくはやく!」


 太田に急かされてドロマエオサウルスの死骸を肩から下ろし。もと来た道を戻って、あの小川へと足を向けた。






















「ぐぅぅぅっ………ぐ、うっ」


「よし……これで大丈夫」


「…………無茶苦茶痛かった」


 太田によって止血が行われ、血が止まったところで傷口とその周りを小川の水で綺麗にした。現在傷口には布があてられ、その上から更に別の布で包帯のようにぐるぐる巻きにされている。これ等の布は、トランクから頂戴した服やタオルだったものだ。

 ドロマエオサウルスにつけられた傷自体は想像していたよりも深くは無かったが、ズボンを突き破ってから引っ掻くようにしたのか、一本線のような浅く大きな傷が出来ていた。


「さっきからもう、ずっとありがとう太田。こんな物も無い中でこれだけの応急手当が出来るなんて、凄いな」


「あはは………ボクも昔は結構怪我とか多かったから」


 昔の事を思い出したのか、太田は苦笑いして頬をぽりぽりとかく。それにしても、昔は怪我をすることが多かったなんて、如何にもインドア派といった様子の今の彼からは想像もつかない。


「ち……ちょっと長くなるけど、少し僕の話しても、いいかな」


「話か? 構わないが……歩きながらでも良いか? このままここに留まってると、また他のドロマエオサウルスがやってきそうだしな」


「あっ、そ、そうだね。確かに。それじゃあ、崖の上を目指して歩いてこうか」


 俺と太田は立ち上がると、ドロマエオサウルスの死骸を二人で担ぎ上げる。立ち上がった瞬間、先程よりも強い痛みが足に走り、やはりあの時は興奮していたこともあってある程度痛みを感じなくなっていた事に今更ながら気付く。


「っ………てぇ。悪い、少し歩くの遅くなるかもしれない」


「ぼ、僕は構わないよ……って……あ」


「? どうした?」


「北条くん、あれ………」


 死骸を担ぎながら片手の指で指し示したのは黒いぼろ切れ。そのすぐ近くには蝿がたかっているぐちゃぐちゃの肉塊が落ちている。ドロマエオサウルスにやられたらしい、大之木の死体だ。

 太田のその反応を見て、彼の言わんとしていることは大体わかった。だが、今の俺たちにそんな余裕は無い。


「………埋めないぞ」


「でも………」


「それじゃあ………例えば、家に居てクッキーが食べたかったとする。この時家のテーブルの上にはクッキーがあって、最寄りのコンビニにクッキーを買いにいくと短くとも15分はかかる。お前ならどうする?」


「そりゃ、もちろんテーブルの上のクッキーを食べるよ」


「そういう事だ。まだ肉が残ってるって事は、またここに残った肉を回収、または食べに来る可能性がある。その時に鉢合わせしないようにするためにも、こいつの死体を埋めてやってるだけの時間は俺達には無いんだ」


「うぅ……そうだね。大之木くん、ごめん………」


 大之木の死体をそのまま放置して、崖の上への道を目指して歩き始める。日が当たりにくく、それでいて暖かい場所に長時間放置された大之木の死体は凄まじい腐臭を放ち、先ほど見たときよりも更に群がる虫の数が増えていた。

 それから暫く、二人とも無言になって、大之木の死体を見ないように歩き続けた。死体が見えなくなって、やっと目指していた崖の切れ目に辿り着いたところで太田が口を開く。


「え、えと、僕の事なんだけど……」


「ん、さっきの話か。何だ?」


「僕さ、中学生まで相撲やってたんだ。県大会とかも結構出てたし、良いときはベスト4ぐらいまでいってた」


「へぇ、凄いな!」


 てっきり、寝て食べての生活をずっと続けていたからこんな丸々としてしまったのかと思ったが、元々はそういう訳じゃ無かったらしい。

 成る程、確かに体重約15kgのドロマエオサウルスを体当たりで吹っ飛ばすだけのパワーが在るわけだ。


「ま、まぁね。今は、こんなんだけど………」


 でも流石に自分の今の身体がだらしないと言うのは自分でもわかっているからか、太田は自分の腹を少し眺めて苦笑いした。


「昔怪我することが多かったって言うのはそれでなんだけど、打ち身とかだけじゃなくて擦り傷とかも多かったから」


「それで応急処置も速かったのか」


「うん。でっ、でも北条くんのは擦り傷なんかよりずっと酷いけど」


 そこまで言うと、太田は「足、大丈夫?」と聞いてきた。痛みはあるが、歩けてはいる。太田の応急処置が無ければ、歩くのも今よりずっと辛かっただろう。太田には大丈夫だと言った。


「それにしても、何でやめちゃったんだ? 折角強かったってのに」


「え………えとっ、それなんだけど、ね。それを、話そうとし、してっ、たんだけど」


 途端に、太田はボロボロと目から涙を流し始めた。口元をぎゅっと結んで、何か堪えるようにふるふると震える。

 二人は一度足を止めた。


「大丈夫か、太田。なんか不味いこと聞いたか? ごめん」


「いっ、いや、そんなことないよ。おもい、出したら、つっ、つつ、辛くて」


「………やむを得ない理由があったんだな」


「うん………怪我、したんだ」


 そう言うと、太田は自分の足を眺めた。

 そして、片手で目元にたまった涙をぬぐう。


「スポーツ全般そうだろうけど、相撲も怪我とは切っても切れないんだ。僕も、膝の怪我をしちゃって」


「膝、か」


「リハビリもして、今こうしてるようにちゃんと歩けるようになったんだけど、練習できない期間とかが多かったせいで、勝てなくなっちゃった。もう、皆に追い付けなくなっちゃったんだ」


「それでやめたのか」


「もう、続けられる気力もなくて。結局オタク趣味ばっかりに走っちゃって、後悔してる」


 太田のズボンの腰辺りからぶら下がっている、アイドルのような格好をしたピンク髪の女の子のストラップが虚しく揺れる。


「今からでも、また始められる」


「そんな、もう遅いって。きっともう相撲なんて出来ないし……」

「何言ってんだ、帰るだろ」


「へっ?」


 コイツ、この期に及んでマイナス思考と諦めテンションでいくつもりだったのか。ドロマエオサウルスを体当たりで吹っ飛ばしたあの時のお前は何処へ行った。


「勝手に諦めてんじゃねぇ。俺は絶対にこの訳のわからない場所から脱出して日本に帰る。こうして崖の上を目指してるのも、帰る方法を探すためだ。お前は俺と行動するんだろ?だったらお前も絶対に日本に帰るんだ」


「北条、くん…………うん、うん!そうだね、絶対に帰れるよね!」


「そうだ、だからどんなときも諦めるな。俺と協力して、必ず日本に帰る。さ、そろそろペース上げて早いとこ崖の上まで行くぞ」


「えっ、ちょっ、ほーじょ、くん、足っ!」


「大丈夫だ。痛くないと思えば痛くない!」


「絶対痩せ我慢ってやつだよそれ!」


 俺と太田はドロマエオサウルスの死骸を担いで崖の上へとスピードを上げて進んでいく。二人とも気付かなかったが、この時初めて二人は同じペースで、同じ目標へと歩き始めたのだった。

































「ん?」


「どした、ザッキー?」


 サカキのグループから離脱した『木崎志郎(きざき しろう)』『仲野仁(なかの ひとし)』『東雲啓太(しののめ けいた)』『新堂理沙(しんどう りさ)』『天城琴音(あまぎ ことね)』の五人組は、崖の上から今まで歩いてきた森を眺めていた。

 ケイタにザッキーと呼ばれた少年『木崎志郎』は、首を捻りながら難しい顔をして彼に返答する。


「なんかさ、やけに楽しそうにしてる感じの声が聞こえた気がして」


「えぇ………あの森でそんな大声だして歩くなんて、馬鹿じゃないのか? それに楽しそうって……」


「いやいや、ほんとだって。俺聞こえたもん」


 最初は「~気がした」程度だと行っていたのに、「絶対に聞こえた」とどんどん強く主張していくシロウに、ケイタと他三人は苦笑いする。

 一応このグループのリーダーということになったシロウは、少し子供っぽいところがある。だからなんとなく頼りない彼のサポートにケイタがついているのだが、このゆるいペースが丁度いいのだろう。サカキのグループよりもずっと人数が少なく、心細い筈なのに、不思議とあのグループに居たときよりも全員の恐怖心は薄れていた。


「シロウがあの森から聞こえたっつう幻聴は置いといてさ、そろそろ俺たちも先へいかないか?」


「幻聴じゃねぇ!」


 ヒトシがそう提案すると同時に、シロウが的はずれな返事をする。見かねたケイタが、頭に血がのぼってヒートアップしてきたシロウの肩を叩いた。


「まあまあ、落ち着けってザッキー。お前が聞こえたって言うんなら間違いないんだろ。それとは別で、俺たちもそろそろ移動しようぜって話だ」


「あー………そりゃまあ、確かに」


「リサも、天城さんも同意見だろ?」


「! う、うん、そうだね」

「まー確かに、そうかな。あんまり同じところに長居しても良くなさそうだしね」


 振り向いたケイタに、隣り合って岩の上に座っていたリサとコトネが顔をあげて返事をする。二人とも今の意見に同意を示したが、リサはあの恐竜らしき生き物に襲われた恐怖がまだ残っているのか、何処か調子が悪そうに見えた。


「んじゃ、俺たちもとっとと行こうぜ。みんな荷物は持ったか確認しとけよ」


 話が終わったのを確認して、すっくとヒトシが立ち上がって全員の顔を見る。皆立ち上がってそれぞれの荷物もちゃんと持っていたが、シロウだけが一人自分の荷物を持ち忘れて慌てて拾い上げるのを見てヒトシは思わず苦笑いしてしまう。一人だけ荷物を忘れかけていたのに気付いたシロウも、恥ずかしそうに頬をぽりぽりとかいた。


「全く、気を付けとけよシロウ」


「悪ぃ悪ぃ、サンキュなヒトシ」


 リーダーがこの調子では、やっぱり締まらない。バスケ部のエースだったシロウは決断力もクラス内での発言力もあり、サカキのグループから抜けることを決めたこともあってとりあえずのリーダーになったのだが、どちらかと言えばヒトシやケイタの方がリーダーに向いていたのかもしれない。


「リサ、大丈夫?」


「だ、大丈夫、だよ」


 歩き始めた男二人に続いてケイタとリサ、コトネの三人も歩き出す。しかし、リサだけは足が震えて歩きが覚束ず、コトネに支えられていた。遅れてそれに気付いたケイタがリサとコトネの元へと駆け寄る。


「天城さんは先に二人についてって。リサは俺が見とくから」


「あぁ、ありがとう東雲くん。リサをお願いね」


「了解した」


 コトネはリサを支えていた手を離すと、先を歩いていた二人に追い付くように小走りでついていく。代わりにケイタがリサの手を握って彼女を支えた。


「ご、ごめ、ごめなさっ、わたし、あしで、まと」

「リサ、気にすんな。幼馴染みのよしみだろ?」


「ごめん、なさい……」


「だから謝るなって………」


 ケイタは溜め息を溢した。

 彼女がこうなってしまっているのが仕方ないことだと言うのは、このグループの他四人みんなが理解している。だから、誰かが彼女のフォローに入らなければならないことはわかっているし、この状態を重く考えてしまっているのはリサ本人だけだ。


「すぐにとは言わないけどさ、落ち着いてこう。なんだ、その………俺が絶対家まで帰してやるからさ」


 ケイタはそう言ってリサの小さな肩をポンポンと叩く。幼馴染みとはいえ、普段ここまで距離が近くなることがないからか、リサは頬をほんのり紅く染めて縮こまってしまった。

 そんな二人の様子を、先に進んでいた三人は振り返って微笑ましそうに眺める。


「良いなぁ、ケイタは可愛い幼馴染みが居てさぁ」


「何言ってんだよシロウ、あの二人だから良いんだろうが。俺も可愛い幼馴染みは欲しかったけど。コトネは? イケメンの幼馴染みとかいんの?」


「ん? 私、幼馴染みじゃないけど彼氏いるよ。今は離れ離れだけど」


「「うえぇぇえーーっ!?」」


 衝撃のカミングアウトに男子二人が揃って驚愕の声を上げた。コトネは『彼女居ない歴=年齢』の二人に完全勝利とばかりにふんすと鼻を鳴らす。


「なんだ、あいつらも充分楽しそうじゃないか」


「………ふふっ、そうだね」


「んー、俺らも大概、かな」


 少しずつ、リサの足取りも落ち着いてきていた。




【大之木 竜平】

 サカキの取り巻きの一人。身長177センチで黒髪、細身で日焼け肌の男子生徒。サカキのグループで行動していたところ、ドロマエオサウルスの群れに襲われ、逃げ遅れて捕食された。


【木崎 志郎】

 サカキのグループから離脱した五人組の暫定リーダー。運動能力が高く、ここぞと言うときの決断力もあるがどこか子供っぽい。身長175センチ、髪色は黒。顔は一応イケメンではあるのでモテるが、本人は鈍感すぎてモテているのに気付いていない。ケイタとヒトシとは親友の仲。


【仲野 仁】

 サカキのグループから離脱した五人組の一人。大人びた雰囲気を纏った少年。身長182センチ、髪色は焦げ茶色。見た目も高校生らしくなく、よく大人に間違われる。ケイタとシロウとは親友の仲。


【東雲 啓太】

 サカキのグループから離脱した五人組の一人。よくシロウのサポートについている。身長170センチ、髪色は黒。困っている人を見ると放っておけない性格。シロウとヒトシとは親友の仲。リサは幼馴染み。


【新堂 理沙】

 サカキのグループから離脱した五人組の一人。サカキに目を付けられていた。身長158センチ、髪色は黒。眼鏡をかけている。コミュ症ぼっちで、話せるのは幼馴染みのケイタと、誰とでも話せるコミュ力オバケのコトネぐらい。ドロマエオサウルスに襲われたときの恐怖心が染み付いて中々抜けない。


【天城 琴音】

 サカキのグループから離脱した五人組の一人。現在は離れ離れだが彼氏がいる。身長168センチ、髪色は明るい茶色。誰とでも話せるコミュ力オバケ。しかも優しい。



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