共に行動する上で信用以上に大切な物は無い
体調を崩していて投稿が遅れました。
申し訳ありません。
「ブォォッ、ブフゥッ」
メガテリウムは自分達が居ることには気付いているようで、時折此方に視線を向けてはくるが、それ以上此方に近付いてこようとはしない。
わざわざ争いを起こすつもりは無いと考えているのか、それとも取るに足らない相手など気にすることは無いと考えているのか。彼(もしくは彼女?)にそのつもりが無いと言うことは、静かにここを離れたい此方としても大歓迎だ。
襲ってなんて来られたりしたら、たまったものではない。万が一襲ってきたとしても、恐らくは無事で済むだろうが。
「ひぃっ、アイツだ、殺される、しぬぅ……」
「おい、太田。大丈夫だ。アイツは襲ってこない」
恐慌状態に陥っている太田の肩を叩いて、小声で話し掛けた。
知識が正しければ、メガテリウムは草食の哺乳類。動きは鈍く、人間が走れば簡単に逃げられる程度だった筈だ。
太田達が追い掛けられたと言うのがこいつなら、きっと縄張りにでも侵入してしまったのだろう。それなら追い掛けられても仕方ない。
「あれはメガテリウムという草食の動物だ。俺達を食ったりなんてしない。落ち着いて移動すれば見逃してくれる。追いかけてきたところで相手は鈍いから走れば簡単に逃げ切れる、大丈夫だ」
そう言って、蹲っている彼を立ち上がらせようとした瞬間、彼はバッと勢いよく此方に振り向いた。目は大きく見開かれて、赤く血走っている。
「嘘だ! 僕もお前も、ここでアイツに殺されるんだよ!」
太田は怒鳴った。
すぐ17メートルほど先に、メガテリウムが居るのに。
「ばっ、馬鹿、大声を出すんじゃない!」
慌てて小声で注意し、口を閉じさせようとしたがもう遅い。
「大体お前は何なんだよ!人が死んだところも見てないのに、のほほんと馬鹿みてぇに森の中を歩き回りやがって! 現実が見えてないのはお前だクソ野郎! どうせお前だって僕がオタクだからって馬鹿にしてたんだろう?! 馬鹿に出来んのは今の内だ、あと数秒もすれば僕たちは死ぬ!」
「太田、馬鹿にしてなんかないから静かに…………クソッ、もう時間切れか!」
――――――ミシリ………メキッ
とんだ足手まといだ。
顔を真っ赤にして口から唾を撒き散らしながら捲し立てる太田に、メガテリウムも流石に縄張りで騒がれては困るとでも言うようにその巨体を揺らしながら此方へとゆっくりと歩いてくる。
これ以上自分が何を言ったところで太田は駄目だ。火に油を注ぐのが目に見えている。
――――――ドスッ………ドスッ……ドスッ
「太田、俺は逃げるぞ。お前も生きたければさっさと逃げろ」
俺は太田を見捨てることにした。
俺が何を言ったところで、恐慌状態の太田を動かすことは出来ない。ああなってしまったら、自分の意思で動いて逃げてもらう他は無い。
「じゃあな、次会うときもお互い生きてると良いな」
喚き続ける太田を尻目に走り出す。
目指すは森の更に奥。メガテリウムの縄張りの外。水を補給できる所。
草木を掻き分けながら走る。
後方から太田の叫び声が聞こえたような気がした。
「………逃げ切れたか」
辺りを見回した。
静かな森林が広がっている。
「太田も馬鹿な事をした」
あそこで大声を出さなければ走って逃げなければならないような事にはならなかったものを。
ただ、タイミングも悪かった。俺が太田に一度帰るか聞いたタイミングで出現するとは思わなかった。一人になれと言われた直後にあんなものが出てきたら、太田のメンタルでは正気でいられなくなるのは明白だった。
「悪い、太田」
最初から連れてくるべきでは無かった。あの場ですぐに浜辺まで連れて戻ってから、一人で森の探索を行うべきだった。
「……………はぁ」
後悔していたところで何も始まらない。兎に角、飲み水に出来そうな水を探さなければ。
次にどの方向へと向かうべきかと周囲を見渡す。その時、視界の端に何かを発見した。
木々の幹や枝に巻き付くようにして生えていたその植物には、キウイにそっくりな形をした小さな果実がなっていた。
周囲を警戒しつつその植物に近づき、一つ果実をもいでみて確信した。
「確か………サルナシ、だっけか?」
正確には、これはシマサルナシという植物だった。サルナシはそこまで見た目はキウイに似ていない。
だが、まだこの場所に来てから何も食べていない自分にとって、そんな些細な事はどうでも良かった。
カッターで二つに切ると、中からこれまたキウイにそっくりな見た目の果肉が姿を現す。そのままそれを一つ口に含んでみるとこれが酸っぱい。味自体はキウイフルーツにそっくりだが、酸味がそれよりも強い。
「旨い」
運が良い。こんなに早く果物を手に入れられるなんて。
島についてから何も口にしていないとは言ったが、まだ島に流れ着いてから精々4~5時間経った程度だ。
既に日は傾き始めているものの、まだ1時間と少しは森の探索を続けていられるだろう。帰り道も込みだが。
シマサルナシはあと五つほど収穫して食べ、腹を少し膨らませた。栄養と同時に水分も取ることが出来た俺は、果物がある目印として△印を周囲の木につけ、再び飲み水を探しに森の探索を始める。
と、思ったが、シマサルナシを発見した場所からすぐ近くで森は終わってしまった。
そして同時に、海と、それに続いて流れている小川を発見した。小川は底がかなり浅く、水も澄んでいて小魚が泳ぎ回っているのが確認できた。そこで、シマサルナシが自生する場所は河川に近い開けた場所や沿岸に近い山地だったという事を思い出す。
「ここは森じゃなくて山だったのか?」
多分、今まで歩いてきたのは富士山で言う樹海の部分。真っ直ぐ森の奥へと向かっていけば、山らしく場所まで辿り着けたのかもしれない。
もしかしたら、他の乗客やクラスメート達はそこまで行っているのかもしれない。
日は傾いてきているが、もう少しなら行動できる。
だが、一応小川を発見したことで飲み水の心配は無くなり、サルナシという食料も発見したので無理に夜の危険な森を歩く必要は無い。
「今日はもう寝る準備をしよう」
小川に沿って海岸まで出ると、そこは砂浜の中のちょっとした岩場になっていた。岩場は避けて砂浜まで移動すると、丁度良さそうな木陰を探す。
とりあえず今日はそこで寝ることに決め、完全に日が落ちるまでに何かしておこうと今度は岩場から幾つか石を拾ってきた。そして再び森に入ると、手頃な棒切れとツタを手に入れて先程の木陰まで戻ってくる。
周りには誰もいない。また一人になってしまった俺は静かな夜を過ごすことになった。
「畜生………北条くん、間違ってなかった」
暗い森の中を独りとぼとぼと歩く。
虫の鳴き声や鳥の鳴き声、得体の知れない気味の悪い鳴き声が聞こえる度にびくびくと全身を震わせる。
北条くんが『メガテリウム』と呼んでいた熊みたいな生き物からは、彼が言っていた通りに難なく逃げ切れた。
近付いてきたヤツを見てしまったときに恥ずかしげもなく悲鳴をあげてしまったのだが、それを聞いたメガテリウムも少しビクリと身体を震わせて警戒していたので、北条くんが言った通りに僕らを食いに襲ってくるような生き物でも無かったのかもしれない。
しかし、散々ビクビクして彼の足を引っ張るだけだった僕は、僕を見限って先に逃げ出した彼とははぐれてしまい、暗い森の中で独りぼっちになってしまった。
「お腹………空いたな」
暗いよ。
怖いよ。
お腹空いたよ。
喉も乾いた。
死にたくないよ。
「………食べちゃおう」
近くの木の根本に寄り掛かって踞る。
学ランのポケットから、北条くんに貰ったビーフジャーキーの袋を一つ取り出すと、チャック付きポリ袋になっているそれを開封する。中から一本のビーフジャーキーを取り出して、口に含んだ。
美味しい。バーベキュー味だ。
「もっと…………」
二本目を取り出して食べる。
「足りない………」
三本目。
「………まだ大丈夫」
四本目。
五本目。
六本目。
・
・
・
・
・
「あっ」
気付いたら全部食べきってしまっていた。
食い意地のはったこの身体は「まだまだ食べられるぞ」とでも言っているかのように「ぐぅぅ~」と情けない音をならす。
「ど、どうしよう」
ビーフジャーキーを食べ過ぎたせいで喉が乾いた。
何処かに飲み水は無いだろうか。
「探さなきゃ……」
踞っていた身体を立ち上がらせると、森の中を再び歩き出す。暫く歩くと、森が開けて砂浜が見えた。
恐る恐る砂浜まで出てみると、半壊した飛行機や散乱した荷物は無く、最初に自分が来た砂浜とは別の場所のようだった。
「……………あっ!」
近くの木陰に人影を見つけた。
北条くんだ。
あれから逃げ切って、まだ生きてたんだ。
「…………あ」
北条くんの隣には、北条くんがずっと背負っていたリュックサックが置いてある。
北条くんは寝ているようで目を閉じたまま動かない。
(喉、乾いたな。お腹、まだ空いてるな)
その時、頭の中に悪魔の考えが浮かんだ。
(駄目だよそんなの。いけないよ)
頭では駄目だとわかっているのに、身体は勝手に動いていく。
理性よりも欲望が勝ってしまって、その駄目だと言う考えさえ数秒もすれば忘れてしまった。
足音を忍ばせて眠っている北条くんの隣に置いてあるリュックサックに近付いていく。
北条くんはあの中からビーフジャーキーを出した。あの時僕に渡せたって事は、自分の分は別にまだ持っている筈だ。もしかしたら、自分の分の水も持っているかもしれない。
リュックサックのチャックに手をかけて開こうとした、その時だった。
「良かったじゃないか、生きてたんだな」
「…………ヒッ」
首筋に冷たいものが当たる。
なんだこれ、ぎざぎざしているようで、尖っている?
まさか、刃物!? 起きていたのか!
「見捨てた時は悪いことをしたと思ってたんだが、これでおあいこか? 寝ている間に他人の物を盗ろうなんて良い度胸だな」
「わ、悪かったって。つ、つい魔が差して」
ぐいと押し付けるように更に強い力で刃物らしきものが首筋に当てられる。全身から嫌な汗が吹き出て、体温が一気に下がったように感じた。
「俺達は互いに悪いことをした。俺はお前を見捨てて、お前は俺から持ち物を盗もうとした。なぁ太田、極限状態の中、二人以上で行動するときに最も大切な物はなんだと思う?」
「えっ、そ、それは………?」
ま、マズい。呼吸をすることさえ苦しくなってきた。
大切な物。何だ? 思い付かない、何か…………何か!
「じ、充分な食料………?」
「………………違う」
北条くんは呆れたとでも言うように「はぁ」と大きく溜め息をつくと、真面目な顔になって目を合わせてくる。
怖い。北条くんが、こんなに怖く感じるなんて今まで思ってもいなかった。
「『信用』だよ。『信用』」
「し、しし、信用?」
「そうだ。お前と会ったのは森の中だったから、信用もクソも無かったが、二人以上で行動するなら信用は絶対不可欠だ。信用が無ければ安心して近くで寝ることも出来ないし、食料を分け合うことも出来ない。協力して狩りを行うことも、危険な生物から互いに足を引っ張る事無く逃げることも互いの信用、信頼関係が無ければスムースには行かない。違うか?」
「………たっ、確かに」
凄く単純な答えにも聞こえたが、妙な説得力がある。確かに互いの信用は重要かもしれない。僕としては信用が無くとも、弱い人は強い人に助けて貰えると嬉しいのだけど。
しかし、僕と同じ陰キャだったっていうのに彼と僕とは偉い違いだ。力強く、引っ張られるような感覚、カリスマが彼にはあるように感じた。もしかしたら、榊くんは北条くんにカリスマを発揮されて、リーダーの地位を奪われたくなくてずっと嫌がらせをしていたんだろうか。
「おい、何を呆けている。話を聞いていたのか」
「ひっ!………ご、ごめん、聞いてなかった」
「チッ……………俺とお前は既に互いに裏切っている。つまり互いの信用は余程の事が無い限り得られないだろう。だから俺とお前は別行動を行うことにする。覚えたな」
「えっ………で、でも僕は」
「えーも、あーも、無ぇよ。さっさと寝ろ。俺は別の場所に行く」
北条くんが荷物をまとめて立ち上がる。そして次の瞬間、僕の身体が彼によって後ろ手に地面に押さえ付けられ、手首を何か紐のようなもので結ばれた。
「サルナシの蔓だ。吊り橋にも使われるぐらいの強度はあるが、一晩ももがけば流石に外れるだろう。一応そこに失敗作の石ナイフは置いとくから、頑張れよ」
「そ、そんな! 北条くん、待ってよ!」
「太田、もう夜だぞ。静かにしないと本当にヤバいのに食われるぞ。じゃあな」
北条くんは、そのまま砂浜を歩いて何処かに去ってしまった。
何で僕はあんなことをしようとしてしまったんだ。
何で僕はあの時、周りの事も考えずに騒いでしまったんだ。
ただ独り残された僕は、彼が休んでいた木陰で呆然としているしか無かった。
【シマサルナシ】
九州の沿岸部や南西諸島に自生している植物。実はキウイフルーツにそっくりで、味も似ている。自然界に自生している植物の実の中ではトップクラスに旨いらしい。メイくんは運が良かったな。