表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽園の孤島  作者: 青蛙
3/10

ベトナム?タイ?


残り人数不明。




 ピクピクと痙攣したまま動かないそいつを数秒間眺めた。

 カブトガニ、カブトガニだ。


「カブトガニ?って事は、もしかしたら此処は日本?」


 幾らなんでもそれは無い。飛行機が空港を出発してから緊急着陸を行うまで、まだ三時間と少ししか経っていなかった筈だ。

 もし、あの後自分が飛行機から海に放り出されて漂着した先が此処だとして。ここが日本だなんて無理がある。


「カブトガニってタイとかベトナムにも居るんだったっけ?」


 そんな話を聞いたことがある気がする。

 しかし、ここがタイやベトナムだなんて日本よりもずっと無理がある話だ。もしかして、地球温暖化の影響でカブトガニの生息域が北上したのか?もしかしてここはロシアの何処かだったりする?


「それも無いよな」


 青空を見上げて呟いた。

 燦々と照り付ける陽射しに、ぽかぽかと暖かな空気。熱帯はなくとも亜熱帯ぐらいはある気がする。日本の春よりも少し暖かくて、夏よりも少し涼しいぐらい。過ごしやすいと言えば過ごしやすそう。


―――――カサ………カサ、カサ


 未だに痙攣の止まらないカブトガニの脚が、砂と擦れあって悲しげな音を立てる。思考の中心は再びカブトガニへと引き戻された。


「カブトガニ………カブトガニか。そういえば、食えるんだっけ?」


 恐る恐るカブトガニに近付いて、ひっくり返してみる。沢山ある脚の何本かがピクピクと痙攣して動いていて、ひしゃげた体から中身が少し見えていた。

 思いきって両手で掴んで二つに割ってみると、中身には大量のぶよぶよした卵が詰まっていて正直気持ち悪い。


「食える部分、無さそう………」


 カブトガニには悪いが、流石に食べる気にはなれなかった。なんだか生臭いし、食べたら食中毒にでもなってしまいそうだ。


「火だ、火が欲しいな」


 火さえあればどうにかなるんじゃないだろうか。牛や豚の肉だって火を通さなきゃ危ない。きっとこれもそれと一緒で、火さえ通せばきっと食べられるようになるに違いない。

 海外では食べるとも言うんだからきっとそうだ。


「ごめんよ」


 見るも無惨な姿になったカブトガニに向かって静かに手を合わせると、再び森の方へと向かって歩き出す。欲しいものは、第一に飲み水、それから火だ。


「猛獣とか、居ないと良いな」


 もしかしたらこの森を抜ければ人が住んでいるかもしれない。

 もしかしたらこの森にはジャガーやトラのような猛獣が棲んでいて危ないかもしれない。そこまで考えて、少し怖くなって指先が震えた。

 ポケットの中のカッターに触れると、その指の震えも収まった。小さいし並みの刃物より脆いけれど、やっぱりカッターも刃物であることには変わりがない。弱くとも戦う手段があるだけで安心感があった。


「よし、行くか」


 今度こそ自分を奮い起たせて森の中へと入っていく。

 森の中は生い茂る木々のせいで薄暗く、鳥の鳴き声だけが響き渡っていた。














◆◆◆








 森の中を一人の男子生徒が駆け抜けていた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


―――――ガサッ、ガサガサガサッ


 息切れ寸前。無駄な脂肪がたっぷりとついた重い身体は歩くだけでも疲れるのに、数分間も走り続けた事で体力は既に限界だった。


「なん、で。僕、だけ、はぁっ」


―――――ガサガサ、ガサッ


 死ぬ。

 もう死ぬんだ、僕。


 飛行機が緊急着陸を行い、海に着水する直前までは意識があった。しかし意識があったのは()()()そこまで。

 気付いた時には半壊した飛行機と、沢山の乗客たちと一緒に砂浜に打ち上げられていた。誰も、飛行機の機長や副操縦士、CAさえも着水する瞬間を覚えておらず、皆一様に着水する直前に意識を失っていたようだった。


 此処は何処なのか、助けは呼べるのか、何故こんな事故になってしまったのかと、一部の大人や学生たちが機長や副操縦士に詰め寄った。最初は比較的穏やかに話し合っていたのだが、状況は想像していた以上に悪かったのだろう。いつの間にか大人や学生達が、機長達に汚い罵声を浴びせるだけになった所でソイツは現れた。

 一番最初に犠牲になったのは、最も海に近い場所に立っていた一人の一般客の女性だった。


 バカみたいにでかいワニって言うのが一番しっくりとくる。

 水中に潜んでいたソイツは、前触れも無しに海から飛び出すとその女性の上半身を一口で噛み千切り、次の一口で残った下半身を丸飲みにした。

 冗談じゃない。世界最大のワニ【イリエワニ】だってあんな気狂い染みた大きさにはならない。きっとあの場に居なかった他の乗客は皆そいつに食われちまったんだろう。


 そこさら先はもう滅茶苦茶だった。

 機長や副操縦士を口汚く罵っていた者達も、この状況に不安になって怯えるだけだった者達も皆森へ向かって一目散に走った。機内に残された荷物なんてもうどうでも良かった。あの女性みたいに食われて死ぬことなんてごめんだった。


 森に逃げ込んだ僕たちは、ひとまずあのワニが追ってきていないことを確認して安心した。しかし逃げる途中ではぐれてしまったのか、最初に居た人数の十分の一以下にまで減ってしまっていた。

 これからどうしたものかと、その場に居た十数人で話し合った結果、ここから先は皆で固まってはぐれないように行動しようと決まった。

 しかし、今の状況を見てもわかる通りに、結局僕は皆からはぐれて独りぼっちになってしまっている。あの時、皆で話し合っていた場所だって安全なんかじゃ無かったのだ。

 熊みたいに毛むくじゃらで、熊よりもずっと大きくて、とんでもなく大きな鉤爪を持った生き物が、此方に向かって襲い掛かってきたのだ。他の皆は固まって逃げたが、僕だけは逃げ遅れてヤツに追いかけられてしまっている。


「はぁっ、はぁっ、だれ、か、たすけ、て」


 もう駄目だ。体力も限界だ。

 これ程自分が太っていることを呪ったことは無い。もっと自分が痩せていて、脚が早ければこんなことにはならなかった。

 アニメオタクで、放課後や休日はずっと部屋に引きこもる生活ばかりしていたからこんなことになってしまったんだ。もっと運動していれば良かった。


――――――ガサッ、ガサッ、ガサッ


 前方から何かが歩いてくる気配がする。

 先程から後ろからの足音は聞こえない。もしかしたら、僕の前に回り込んできて殺すつもりなのかもしれない。

 死への恐怖が全身を支配して、四肢を強張らせた。動けない。もう動けない。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


――――――ドクン、ドクン、ドクン、ドクン


 痛いぐらいに心臓が悲鳴を上げる。

 疲れた、怖い、死にたくない、息切れした、動けない。


――――――ガサッ、ガサッ


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 駄目だ、来るな。何処か違う場所に行ってくれ。

 僕は何もしないから、頼むから助けて。


 無慈悲に、目の前の草薮が揺れた。


























「あれ、太田(おおた)?なんでここに居んの?」


「へ、へぁっ!?」


「ん?もしかして俺が気絶してて遅れたのか?それならわからなくも無いか」


 草薮の向こうから現れたのは、あの砂浜には居なかったクラスメートの一人。僕と同じでサカキから嫌がらせを受けていたあの男子生徒。もう既に死んでいると思っていた彼。


「ほーじょー、くん……」


 北条夢唯、その人だった。






【カブトガニ】

 食える。ベトナムとかだと人気は無いけど食われてるっちゃ食われてるらしい。食える部分は卵だけ。何故なら身やエラにはテトロドトキシンという猛毒が含まれているから。時期によっては卵にも含まれているそうだから、食べるには注意が必要。



【デイノスクス】

 白亜紀末期に生息していたワニ。今回回想の中とは言え、作中初の犠牲者を出した。その全長は12メートルにも達していたのではないかと推測されている。咬合力はティラノサウルス並みとも言われている。ティラノサウルスの咬合力が6~8tと推測されており、人食い鮫で有名なホホジロザメでも600~650kgだと言うのだから正に化け物クラス。




【メガテリウム】

 新生代第四紀に生息していたナマケモノに近い種の草食動物。今回は縄張りに侵入されたので、追い払うために男子生徒を追いかけ回した。成体は全長は6~8メートル程、体重は約3tと推測されている。当時の南アメリカ大陸において最強とも言えるほどの生物だったようだが、人間に狩られたことが絶滅した大きな原因だったのではないかと言われている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ