砂浜
まだ死なない。アドベンチャーしない。
残り人数150人。
◆◆◆◆◆
「う……ぅん……」
頭がぼんやりする。
此処は何処だ?なんだか柔らかい。倒れている?
飛行機の中じゃない。何故?何が起きた?
引いては寄せる波の音がする。海………砂浜?
海鳥の鳴く声も聞こえてくる。
「ちから………入らなっ………」
長い間水に使っていたようで、身体が冷えて上手く力が入らない。なんとか身体を動かしてうつ伏せから仰向けに寝転がると、嫌になるぐらいに真っ青な空が広がっていた。
「あー、ジャリジャリする」
手や足に付いているのは砂。いつの間にか砂浜に打ち上げられていたらしい。寝ながら周りを見渡してみたが、幾つかバッグやトランクが漂着しているのみで他に人が居る気配は無い。
とにかく動けるようになるためにも身体を暖めようとそのまま仰向けになってじっとしていることにした。照り付ける陽射しがじわじわと身体を暖めていく。
身体を暖めている間にも頭の中で考えは巡る。
此処はいったい何処なのか?島なのか、大陸なのか?近くに水分を補給できる場所はあるのか?人は住んでいるのか?住んでいたとして言葉は通じるのか?誰も住んでいなかったらどうやって助けを呼ぶのか?
「畜生………」
もし、ここが島で、誰も住んでいなくて、助けも呼べなくて、食料も何も無かったとしたら。
「死ぬのは嫌だなぁ………」
思わず、ほろりと涙が溢れた。
どんな嫌がらせだって、暴力だって、多少辛いところで我慢できた。どんなことがあっても心が折れさえしなければ大丈夫だって、色んな事に耐えてきた。
それでも、死ぬのだけは嫌だ。こんな訳もわからない場所で、何も出来ずに野垂れ死ぬ事だけは嫌だ。
生きたい。
悪い考えは、この先の考えを巡らせれば巡らせるほど炭酸の泡みたいに浮かび上がってくる。その度に自分が死ぬビジョンが一緒に頭を過って、身体の芯から冷えて固まっていくような幻想に取り憑かれた。陽射しにあてられた身体はどんどん熱を取り戻し、暖かくなってきているのに。
「………行くか」
辛い思いは全部飲み込んで、動くようになった身体を持ち上げる。立ち上がりながら身体についた砂を払っていると、足に何か引っ掛かっているのに気付いた。
「これ、俺の」
見れば、機内に手荷物として持ち込んでいたワンショルダーリュックサックが、足に絡まってくっついてきていた。チャックはきっちりと閉まったままだ。
運が良い。この中には空港で買ったけどまだ開封していない天然水のペットボトルがあるし、スマートフォンとそれを充電する為のダイナモ発電機が入っている。スマートフォンは『不死身の相棒』のキャッチコピーで売り出されていた頑丈かつ耐水性に優れたモデルだから、多分壊れてはいないはず。
頭を過る数々のビジョンに絶望しかけていたが、これならすぐにでも助けを呼べる可能性がある。すぐに助けを呼べなくとも、水分はすぐにでも補給できる。
足に絡まっていたそれを外すと、すぐにチャックを開いて中身を取り出した。中は多少湿ってはいるが、手帳やティッシュなんかが駄目になったぐらいで問題はなさそうだった。
スマートフォンを手にとって電源ボタンを押すと、やはり問題なく電源が入って画面がついた。今のところは電池も充分にあるから、ダイナモで充電する必要も無さそうだ。
しかし――――
「くそっ………駄目か」
スマートフォンの電波は一本も立っていなかった。
これでは助けを呼ぶことは無理だ。電波が飛んでいないからGPS機能で自分が何処に居るのかもわからないし、既に中に落としている機能を利用できるぐらいで今のところは役に立たない。精々写真を撮ったり、メモを書いたり出来るぐらいだ。あと、音楽は聴けたか。音楽は良い。気分転換になる。
「次はこっちだな」
ペットボトルも大丈夫だった。特に穴が開いている様子もないし、未開封のままだ。
今開けて飲んでしまおうかとも思ったが、流石にそうすると本当に不味いときに危なくなると考えて止めておいた。
自分の持ち物はこの程度だ。
「あとは、あっちも見てみるか……………見て、良いよな?」
浜辺に打ち上げられていたトランクやバッグ。見たところ自分のトランクは無いようで残念だった。他のものは、トランクの鍵が閉まっていたら流石に自分の力じゃ開けられないが、鍵が壊れて開いているものもちらほら見受けられるのでそっちから見てみることにする。
どうせ自分以外にはここには誰もいない。勝手に持っていったところで誰も文句は言わないから、きっと大丈夫。
「こっちは………服、服、服。服は今は止めとくかな。荷物になるし」
だいたい入っているものは服に玩具、化粧品にお土産とか。お土産で買ったらしき食べ物は、保存のききそうなビーフジャーキーは貰っておく事にする。
「っ、これ!」
そして、一つのトランクを漁っていたときにとんでもないものを見つけた。
「カッターだ………これ!」
トランクの中に入っていた筆箱。その中にカッターが一本入れられていた。しかも刃が駄目になったときの為の替え刃まで入っている。
「ちょっと頼りないけど、これはきっと役に立つ……!」
カッターと替え刃を筆箱から取り出して、カッターをポケットに、替え刃を自分のリュックサックの小物入れに突っ込んだ。カッターがあればやわらかめの枝ぐらいなら簡単に加工できる。実際にそんなことやった事はないが、スマートフォンよりは確実に役に立つんじゃないかとは感じた。
それから残りの開いているトランクやバッグを漁ったが、特にめぼしいものは無かった。一番の収穫はやはりカッターだろう。こんな鋭利な刃物なんて自分じゃまず作れない。
「それじゃ、これからどうするかな」
くるりと振り向いて見てみると、陸にはうっそうと茂った森が広がっている。右を向いても、左を向いても、やっぱり森が広がっているだけだ。
まずは生きるために必要な物を自分で調達出来るようになるのが良いだろうか。水や、食料?自分の力で猪や鹿のような獣を狩れる自信は無い。でもやらないことには生きられない。
もしかしたら此処には人が住んでいて、そこまでいって助けてもらうなんて事もあるかもしれないけれど、期待はできない。まずは自分の力で生きていけるようになることが重要だ。
「じゃあ、まずは飲み水からだな」
――――ザッ
森へと向けて足を一歩踏み出した。
その時だった。
―――――バリッ
足に、堅いものを踏み潰したような感覚があった。
例えるなら、蟹の甲羅のような。
「…………何?」
変な感覚があった方の足を持ち上げて、その下を見る。そして、その下にあったものを見て思わず後ずさった。
(なんだこいつは)
一瞬そう思ってしまったが、俺は知っている。
もしかしたら知らない人の方が少ないかもしれない。そこそこ有名な生き物で、水族館なんかでもたまに見る。
甲羅を砕かれても辛うじて生きていたそいつが、青い体液を流しながらピクピクと痙攣していた。
「カブトガニ………だ」
なんで、こんなところにカブトガニが?
【カブトガニ】
水族館なんかでもたまーに居たりするキモ可愛いヤツ。円い甲羅に針みたいな尻尾がついた形をしてる。日本では天然記念物に指定されてたりする。海外ではコイツを食う所もある。カニって名前が付いてるけどカニじゃなくて、どっちかって言うとサソリとかに近いらしい。