人の気配
作者は軍事関係について全く知識がありません。ネットで調べたにわか知識でこれ書きました。誰か詳しい人教えて。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「足いてぇ」
「はぁ、はぁ、ほじょっ、くん、全然、いき、きれてなっ」
「………少し黙って休んでろ」
「そ、する」
どさりと音を立てて太田は地面に尻をつけた。逃げた距離はたいしたこと無かったはずだが、太田はそうとう体力を削られたらしい。お疲れさん。
「しっかし森の中入ってきちゃったけど大丈夫かなぁ」
勢いで森の中に逃げ込んでしまったが、失敗したかもしれない。ぐるりと辺りを見渡してみるが、相変わらず立ち込めている霧によって殆んど様子がわからない。いつ何処から何が出てくるか、音を頼りにするしかわからないのは恐ろしかった。
もしもこの濃霧の中で、またドロマエオサウルスのような捕食者に襲われでもしたら、怪我人二人が生き残る望みは限りなく薄い。
「念のため、だな」
ドロマエオサウルスの群れは壊滅させた。それに、そもそも彼等は崖の下の森を縄張りとして生活していた筈だ。俺達を追いかけて再び襲ってくるようなことは無いだろうが、もし彼等が襲ってきたとしても対応できるようにカッターを取り出しておく。
「……よし、北条、くん。もう、行こう」
休みはじめてからまだ一分も経っていないのに、太田は立ち上がってそう言った。どう見たって、疲れもまだちゃんと取れていない。
「まだ疲れてるだろ? 良いのか?」
「疲れてる、けど、同じところに留まり続けるのは良くない。夜中なら、尚更」
「そりゃそうだが、もしまた何かから逃げるときになった時、疲れてたんじゃ逃げ切れないぞ?」
「その時は、置いてって良い」
「………馬鹿なこと言うな。最低でもあと一分は休んでろ」
体力切れ寸前の太田をもう一度座らせて、再び周囲の警戒にあたり始める。馬鹿なやつだ、自分を置いていけなんて。一度は時分を見捨てたような奴を見捨てなかった癖に。
今でこそこんなんだが、きっと根は優しくてドがつくほどのお人好しなんだろう。少し歯車がズレて、狂ってしまっただけで。
一度目こそあの様子だったから見捨てたが、今のこいつを見捨てる気にはなれない。例え片腕もがれようとも、死なせるような真似だけはしない。
「全く…………………ん?」
口元が少し緩み、そう呟いたその時だった。何か、遠くから音が聞こえたような気がした。
恐らく生き物の出しているものではない。もっと、何か機械的な音だ。かすかだが、耳をすませばきこえてくる。
「どうしたの、北条くん?」
「聞こえないか、太田。小さい音だが、スプレーを吹いているみたいな音が聞こえる」
「…………ほんとだ、確かに!」
念のため太田にも聞こえるか確認したところ、やはり同じような音が太田にも聞こえているらしい。ということは、聞き間違いである可能性も消えた。
「行こう、北条くん。音の正体を知りたい」
「太田………大丈夫なのか?」
「大丈夫、体力もだいぶ回復したし。ま、まぁ、ちょっとは怖いけど」
太田は立ち上がって、ズボンについた土や枯葉などの汚れを払った。怖いとは言っているが、もうすでに行く以外の選択肢は彼には無いらしい。
互いに視線を交わすと、音の聞こえた方向へと歩き始めた。
「足元、気を付けろよ」
「うん、暗いから見えにくいけど。そうだ、北条くんのスマホならライトつけられない?」
「確かにそれは出来るが、やったら光に虫たちが集まってくるからな。わざわざこっちから呼び寄せようなんてしたくないだろ」
「あー、そういえばそうだったね………っと、危ない」
危うく足元にいたプロトファスマを踏みつけそうになった太田が、片足で跳ねてそれを避ける。
すっかり夜になってしまった上に、森の中で、さらに濃霧が発生しているものだから周囲の確認が非常に難しい。だんだんと目は慣れてきているので見えやすくはなってきたが、それでも足元は特に注意しなければならなかった。今だって、左前方を見れば1メートルと少しはありそうなアースロプレウラが這っている。
歩きながら森の中を見ていてわかったことだが、この森はやけに虫の数が多い。それも巨大なものばかりだ。流石に全部の名前を知っているわけではないが、この殆んどが今は絶滅した古代生物だということは簡単に想像がついた。
――――シューーー
「音が近付いてきたな」
「うん、あと数十メートルって感じ」
――――シューーー
「ますます生き物らしくない音だな。機械っぽい。もしかしたら、誰か住んでるのかもしれないな」
「えぇ、そりゃ無いって。こんな危ないところに住もうなんて人いないよ。そもそも人が住んでたらニュースになってるよ。ここに住んでるの絶滅したはずの生き物ばっかりだもん」
――――…………
「いや、人が住んでたら良いなって思って」
「確かにそうだったら良いと思うけどね。そこから日本に連絡がとれれば帰れるし」
――――………………
「太田、音、消えてないか」
「………消えてるね」
可怪しい。音の大きさからして、確実に音源に近付いて行っていたはずなのに、音が聞こえなくなっている。
何故音が止まったのか、それを考え始めた瞬間に、今まで聞こえていた機械的な音が生物のような暖かみを持ち始めてしまった。全身に悪寒が走る。
「感覚からしたら、多分あと10メートルちょっとってぐらいだと思うんだが」
「何も、無いよ?」
静かだ。巨大な虫たちが歩き回って草木を揺らす音や彼等の鳴き声以外、全ての音が聞こえない。
目的の場所だったと思われるそこにも、今まで通りの代わり映えのしない森の風景があるだけで、人工物の気配なんて欠片もなかった。
心臓がドクドクと速く波打ち始め、息が詰まりそうになる。冷や汗まで流れ始めた。
「多分、そこから、聞こえていたはずなんだ」
「まさか、消えたとか言わないよね?」
「まさかじゃなくて、消えてる。あったはずの音源が無い」
「………嫌な予感がしてきたよ」
俺も、太田もじりじりと半歩ずつ後ずさる。有り得ない。確実にそこには『何か』あったはずなんだ。
「…………何もないはずがない」
勇気を振り絞って前へと一気に駆け出した。『何か』があったはずのその場所に這いつくばって、地面に積もった枯葉の山を掻き分けてその『何か』を探す。
「ちょっ、北条くん、危ないよ!」
咎めるような太田の声が背後からしたが、構わず両手で枯葉を掻き分け続ける。上から四センチほど枯葉の山を掻き分けたその瞬間、手が固いものに当たった。驚くべきことに、それは熱を持っていた。
「………こいつだ」
「えっ、何、何?」
片手で太田に来るように合図すれば、彼も近くに寄ってきてそれを目で確認した。
「………パイプ?」
「パイプ、だな」
「明らかに、人工物だよね?」
「ああ」
枯葉の山に隠れるようにして埋まっていたのは、灰色のパイプ。太いパイプが横になって地面に埋まり、その太いパイプから何本か細いパイプが上を向いてついている。細いパイプの先端は何かを出すためなのか、小さな穴が開けられていた。
「こいつが音の正体だ」
「パイプが、どうして?」
その時、虫たちの出す音に紛れて、またあのスプレーのような音が遠くから聞こえていることに気づく。
これは一つだけじゃない。恐らく一個や二個じゃなく、数えるのも馬鹿になるぐらい埋められているのだろう。
「成る程、場違いな濃霧の原因はこれか」
「え、これ?」
「触ってみたが、パイプ全体から熱を感じる。熱いものが中を通っているんだろう。恐らくその正体は熱湯か蒸気かってところで、この森全体を覆う加湿器の役割をしているはずだ」
「そんな、誰がそんなこと」
誰がこんな大規模なものを作ったのかはわからない。だがその目的はわかる。この森に住んでいる巨大な虫たちを生かす為、彼等が生きて行けるような環境を作り出すためだ。
しかしこれ程大規模な人工物、作るのには費用も人もかなり多く使われただろう。それでいて、森や海に生息しているのは存在するだけで世の常識を破壊してしまうような古代生物の数々。
想像しただけでも恐ろしい。この場所には、少なくとも大企業一つ分、大きければ国家規模の力が働いている事が容易に想像出来た。
彼等、古代生物達も、地球上に生き残っていたのか、それとも何者かの手によって創り出された存在なのか。
「保護区か……それともどうしても隠したかったか………」
「な、なんの話?」
もし、古代生物達が地球上に生き残っていたとして(そのようなことは一部を除いてまず有り得ないだろうが)、ここを保護区とするならば、ここを管理している何者かは何故世間に向けて発表しなかったのか。彼等を管理するのにも相当な費用がかかるはずだ。そして、その費用はいったいどこから出ているのか。
絶滅したはずの古代生物が今の時代を生きているなんて、それだけで大きな話題になる。発表して、料金を取る形の一般解放や関連商品の売り出しなんかしていけば、この場所を管理する費用も楽に集められるはず。それをしなかったというのは、そういった方法よりもずっと楽に資金を調達する方法があったと言うこと。それはいったい――――
「―――いや、不毛だな。ここが地球上の何処かもわからないのに、考えるだけ無駄か」
「よくわかんないけど………一人で何か納得できたんだね」
「いや、思考を放棄しただけだ」
「あっ………うん」
ここで思案し続けるのはあまり良い考えではないだろう。今のところは巨大な虫ぐらいしか見ていないが、他にももっと危険な生き物がいる可能性も無いとは言い切れない。
この巨大な加湿器があることからも、この森に生息しているものの殆どはこういった虫たちだろうが、水辺を生息地としているような生物なら入ってくることもあるだろう。
「来るとしたら………スピノか、エダフォあたりなら来るか? エダフォはよくわからんが、スピノは嫌だな………もし居たらの話だけど」
「大丈夫? なんかブツブツ言ってるけど……」
「大丈夫だ。少し考え事をしてただけだ」
「そ、そっか。それじゃあそろそろここ、離れない? なんかさっきから虫たちが五月蝿くなってきた気がして」
「むっ、確かにそうだな。それじゃあ言う通り、さっさとこの森とはおさらばしようか」
静かだった森が少しずつざわめき始めている。嫌な予感がした俺と太田はいち早く森を抜けるため、再び歩き始めた。幸い長い間暗い中を歩いていたことで目がなれてきており、霧によって遠くが見えないことを除けば十分に視界はとれている。
目指すのは森を抜けた向こう側。
歩みを進めていくと共に、二人は少しずつ、このパイプから真実へと近付いていくことになる。
◆◆◆◆◆
翌日 現地時刻10:21 太平洋沖上空
6機ものアメリカ海兵隊所属の大型の輸送用ヘリコプターが、とある場所を目指して飛行していた。海上にはアメリカ海軍所属の二隻の駆逐艦が航行している。
輸送用ヘリコプターの一機に搭乗していた一人の男の兵士が、壁に備え付けられた窓から海を眺めながらぼんやりと呟いた。
「なぁエディ、本当にあると思うか?」
「ンン、どォだろうねェ。でも上のやつらが行けっつったんだから、あるって確信してんだろうなァ。そう言うお前はどうなんだよ、イーサン」
「俺は………正直騙されてるんじゃないかと、感じてる」
「へェ………?」
窓から海を眺めていた男『イーサン』は窓ガラスに指を這わせながら水平線を眺める。遠くに島らしきものは見えるが、あれはそもそも進行方向と違うから、目的の場所ではない。
「現代は衛星の技術だって進歩してる。普通の地図に載らないような島だって、専門の機関なら把握していて当然だろう」
「そりゃそうかもしれないが、その専門の機関とやらが把握してなかったっつう可能性も無いことは無いだろ。それに実際に助けを求める通信が届いてるからこうして来てる」
「だが、それにしたって救助に行くにしてはあまりにも重装備過ぎるだろう。拳銃程度ならまだわかるが、アサルトライフルにサブマシンガン、手榴弾も持たせられて、果ては対物狙撃銃だぞ!? 戦争に行くんじゃないんだ。不審な点が多すぎる」
「さぁ? 地図にも載ってない島だから何があるかわからないって持たせたんじゃないか? もしも攻撃的な先住民族だとか原生生物だとか居たとして、拳銃だけじゃあなぁ」
「それでも………嫌な予感が、するんだ」
「ハァ、お前はその程度の事が不満なのかよ。俺は薄汚いジャップなんぞを助けにいかなきゃならない事が何よりもの不満だね」
エディの発言にイーサンは思わず顔をしかめた。また始まった。彼の悪い癖だ。他に機内に居た仲間からも「ハァ」と溜め息が漏れた。
「エディ、いい加減にその人種差別的な考えは改めないか。お前が本当はいいやつだってのはちゃんと知ってるんだから、俺を悲しい気持ちにさせてくれるな」
「そいつぁ無理な話だな。ジャップ共は野蛮人なんだ。散々じいさんに聞かされたぜ、ひいじいさんが経験した南の島での話をな」
「そりゃ戦時中の話だろ。俺たちのひいじいさんやじいさんだって散々日本人を殺した筈だ」
「ハン、宣戦布告も無しに襲ってきたあいつらが悪い。死んで当然、俺たちの国はデカいのぶちこんで野蛮人共ぶち殺して、戦争終わらせた世界のヒーローだ」
「……エディ」
「………チッ。はいはいお前はそうだよな。全人類皆兄弟、みんな平等なんですぅーってか」
「エディ!」
「っ、はぁわかったってば、俺が悪いんだろ俺が」
エディはヒラヒラと両手を振る。
イーサンはぐったりと座席にもたれ掛かった。静かに目を閉じて息を吐く。
思えばこの任務を聞かされたときから嫌な予感がしていたのだ。無人島に不時着したという旅客機の乗客を救助しに行くというこの任務。似たような救助活動は他にもやったことがあったが、この任務の話を聞いたとき、背筋にぞくりと嫌なものが這うような感覚がしたのだ。
「あーあ、見捨てるのも嫌だけど、来たくもなかったなぁ」
そう言った瞬間、ふと機内が暗くなった。外を見ると、どうやら雲のなかに入ったらしい。いつの間に行く手にこんな大きな雲が出来ていたのだろうか。辺りは一面白色になり、最早それ以外何も見えなくなっていた。
そういえば先程エディと話していた間、パイロットの『オリバー』が何か通信していたが、この雲に突入することについてだったのかもしれない。このまま雲に突入したって事は、この先に目的の場所があると言うことだろうか。
『 らデ タ ム ぐ引き せ!』
「ん? 通信が………乱れてるな。こちらアルファ。よく聞こえない、もう一度繰り返してくれ」
どうやら今度は別のチームから通信が入ったらしい。オリバーが無線機に手を伸ばしていた。電波が乱れていたのか何を言っているのかよくわからなかったが、音から予想するに通信を寄越したのは恐らくデルタチーム。海上を進んでいる駆逐艦の一隻、それに搭乗しているチームだ。今回の任務で乗客たちの救助、輸送の中心となるチームの一つだ。
『こち タチ 返 そ でくれ!』
「あれ、どうしてだ? こんな時に壊れるなんて………こちらアルファ! 聞こえているか? 通信が乱れて聞き取れない! もう一度繰り返してくれ!」
駄目だ………嫌な予感がする。それも特大のとんでもないヤツだ。地図に無い島、異常すぎる装備、それで今度は無線機の故障と来た。
やっぱりだ、どうしてか知らないが自分の“嫌な予感”は本当に外れない。祖母が病気で亡くなった時も、子供の頃隣の家の幼なじみが交通事故で死んだ時も、付き合ってた彼女が他の男とあんなことやこんなことしてた時も、背筋に嫌なものが這うような感覚と嫌な予感がしたのだ。
「イーサン………俺も嫌な予感してきた」
「今更だぞエディ。もう戻れない」
「こちらアルファ! 聞こえてい―――」
『こちらデルタ! 今すぐ引き返せ! 作戦は失敗!今すぐ引き返せ! 今すぐにだ!』
「!? こちらアルファ! 何が起き……何だこれは!?」
突如として故障していたはずの無線機が復活。同時に悲鳴にも似た叫び声が無線機から響いた。
オリバーが彼等に何が起きたのか聞こうとした直後、ヘリコプターは雲を抜けて、あり得ないものを目にする。
「何だ………何なんだあのバカデカいワニは!? あり得ない、どうしてデルタチームがやられてる!」
海上を見たエディが叫ぶ。駆逐艦、仮にも戦闘艦であるソレが、何匹もの異常なほどの巨体を持ったワニに襲われて半壊していたのだ。武装の一部はまだ機能しているようだったが、船には更に奇怪な姿をした鳥も山のように群がって、乗組員たちに襲い掛かっていた。
進行方向の海上を見れば、大きな島がある。重装備の謎は解けた。目的の場所はあの島で、そして司令部はあの島にはあのワニや鳥のような危険な生物が大量に生息していることを何らかの手段によって知っていたのだろう。
「エディ、俺たちも不味いぞ。このままだと彼らのようになる」
「え? でも流石に空にワニは………何だアリャあ!?」
前方から黒い塊が接近してくる。距離が近くなるにつれてその姿はより鮮明になっていき、それがおびただしい数の奇妙な鳥の群れであることがわかった。
「このままだと落とされる。オリバー!」
「わかってる! ライアン、行けるか?」
「勿論だ、オリバー。任せろ」
「頼むからな。出来るだけ沢山落としてくれよ」
機体前方に付いている機銃の先が鳥らしき生き物の群れに向けられる。まだだ、まだ射程に入っていない。
「ギャァァ! ア"ァ! ギャアギャアァ"!」
「ギャア! ギャァァギャア"!」
「ギャァァ"ァア"! ギャァァ!」
更に接近してきたことで彼等の鳴き声がハッキリと聞こえてきた。ますます不気味な鳥たちだ。ニャーニャーガーガー鳴いたりするような、俺の知ってる海鳥と違う。
「あーあ。助けを待ってる乗客達には悪いけど、ホント来なきゃ良かった」
【翼竜】
よく恐竜と同一視されるけど、元が同じなだけで恐竜とはまったくの別物。最初に空を飛んだ脊椎動物でもある。有名どころだと『プテラノドン』とか『ケツァルコアトルス』なんかがいる。




