修学旅行の帰りの飛行機にて
死にます。すごく死にます。
「ニューヨーク楽しかったねー!」
「うんうん、本当に楽しかったっ!ハンバーガー美味しかったし!」
「もー、ユイってば食べ物の話ばっかりー」
「ええー、そうかなぁ?」
(はぁ、やっと帰れる)
「タクマ、お前お土産何買った?」
「俺?この自由の女神クリスタルフィギュアを……」
「うわっ、いらねー」
「なんだよソレ、ひでぇなぁ。カッコいいじゃんコレ」
(散々な目に会った)
―――バシャン!
修学旅行先のアメリカから日本へと帰る飛行機の中、椅子に座ってくつろいでいた所に突然水をかけられた。顔を上げれば、いつもの見慣れた四人組が居た。
「悪ぃ悪ぃ、手が滑って水こぼしちまったわ」
「くっ、ぶふふふっ、リョーヤくん嘘にしたって分かりやすすぎだろ!」
「蓋閉めてたペットボトルで水溢すとか冗談きっつっ!」
「じめじめメイくんびしょ濡れでボーゼンとしてやんのー!ギャハハハハ!」
(五月蝿いな)
空になったペットボトルを片手に持っているガタイの良いのは『榊 良夜』。サッカー部の主将でかつクラスのリーダー的な存在で、俺の幼なじみの………名前は忘れたけどそいつの彼氏でもある。そんで、俺みたいな所謂陰キャを玩具にして遊ぶ事に全力をかけてる性根の腐った男だ。
そしてこいつの後ろに並んでるのが、順に『藤倉 慎吾』『大之木 竜平』『桐山 彰』の仲良し三人組。サカキの腰巾着で、基本的に盛り上げ要員。五月蝿い。
「…………はぁ」
「んだよ、何か言わねえのかよ」
「メイくんびしょ濡れで激おこぷんぷーん!」
「僕ちん苛められてて可愛そうなのー!」
「リューヘイ流石にそれはキモぃ……」
「あ"ー?んだよアキラぁ!」
騒々しい。
「他所でやってくれないか」
「あ"ぁ………?」
しまった。心の声が思わず漏れてしまった。
「………はぁん、さては調子のってんなテメぇ」
サカキに胸ぐらを掴まれて無理矢理立ち上がらされた――――が、しかしシートベルトをしていたせいですぐに止まってしまって完全には立ち上がらず、サカキが俺の身体を片手で支えてプルプルと震える形になった。
「前々から思ってたンだけどよぉ。何でテメぇは他のやつみたいにピーピーギャーギャー騒がねぇンだよ」
(知らねぇよそんなん)
紹介が遅れたが、俺の名前は『北条 夢唯』と言う。こんな名前しているが、これでも男だ。さっきも言った通り、スクールカーストの中では所謂陰キャという部類に属している。部活には入っていない。おかげで彼等に玩具として目を付けられて大変だった。
この修学旅行だってそうだ。グループ行動の時は何かと絡んできて面倒事を吹っ掛けて行くし、夜寝るときはどうしてかサカキの部屋が隣だったもんだから、肌と肌のぶつかり合う音と幼なじみの嬌声で五月蝿くて落ち着いて寝られやしなかった。流石に自由行動の時は絡んでこなかったが、折角の修学旅行、それも始めての海外旅行がとんだ思い出になってしまった。
「隣の部屋でわざわざユキナの声聞かせてやったってのにまるで反応しねぇ。港で海に向かって突き落としてやっても全く堪えた気がしねぇ!なんでお前はそんなヘラヘラしてられんだよ!」
あぁ、アイツそういえばユキナって名前だったな。あとあの夜のやつ、やっぱりわざと聞かせてたのか。彼女に対して失礼だとか思わなかったんだろうか。
「うひぃ~、リョーヤくんガチおこじゃん」
「あーあ、我らがユイくんも面白くしないからこんなことになる」
「こりゃ死んだな」
仲良し三人組がそそくさと自分の席へと戻っていった。サカキが拳を握り締めてプルプルと震わせている。それで殴るつもりか。良いよ、問題になるのは殴られた俺じゃなくて殴ったお前だからな。
サカキは拳を握り締めると、今にも殴りかからんとそれを振りかざす。
「黙って俺の言いなりになってりゃ――――」
――――――ガタン!
「っ!」
「なんだ!?」
突然飛行機が大きく揺れて、通路に立っていたサカキはバランスを崩して尻餅をついた。サカキから解放された俺はシートに身体を固定して辺りを見回した。
混乱した人々のざわめきや叫び声が聞こえる中、窓の外にあり得ないものを見た。左翼が半ばから折れて、出火している。
残ったもう一つのエンジンからも絶えず火花が飛び散っており、何時壊れてもおかしくない状態だ。
「嘘だろ…………?」
畜生。踏んだり蹴ったりだ。始めての海外旅行が散々な結果どころかこれで人生終了だって?
「何が……………おい、どけ!」
「おまっ、無理に入るな馬鹿っ」
尻餅をついていたサカキが立ち上がり、窓の外を見ようと俺を押し退けて窓にはりついた。彼の吐息が窓に吹きかかり、ガラスを白く染める。
「はっ…………はぁっ、ハハッ」
絶望した顔のサカキが窓から離れてふらふらと後ずさった。
「さっさと自分の席に戻った方が良いんじゃないか?運が良けりゃあ助かるかもしれないぞ」
「このっ…………!クソが」
サカキは一発拳を此方に向けて振るうと、後ろを向いて自分の席へと向けて歩いていった。俺は彼の拳を首を傾けて避けると、その後ろ姿を見送った。
あの馬鹿はこんな状況になってもまだ俺が気に入らないらしい。どうしても全部が自分の思い通りにならなきゃ気が済まないような性格なんだろう。彼もずいぶんと難儀な性格に生まれてしまったものだ。
『皆様、ただいま晴風航空780便は正体不明の飛行物体と衝突、左翼が破損し出火しました。これより当便は緊急着陸を行います。途中機体が大きく揺れる場合がありますが、落ち着いて乗務員の指示に従って下さい』
CAのアナウンスが流れ、客席内の緊張は高まる。狂ったように泣き叫ぶ者、何を思ったのかスマホで動画を撮り始める者、ふざけるなと怒鳴り散らす者。CAが鎮めに回るが、一向に収まる気配が無い。
――――――ガタン!ガタン!
再び機体が大きく、連続して揺れる。乗客の混乱は広がり、大きくなっていく。座席の上のシートベルト着用のサインが点灯した。CA達もこれ以上は客席に居られないようで、彼等彼女等の席へと戻っていく。シートベルト着用のアナウンスが流れ、乗客達も幾らかは静かになる。しばらくすると座席の上が開き、マスクが降りてきた。
『ただいま緊急降下中。マスクを強く引き、装着してください。小さなお子様には周りの大人が装着させてあげるようお願いします。マスクの横のゴム紐で大きさを調整することが出来ます。ベルトをしっかりと締めて下さい』
アナウンスのCAの声も心なしか震えているように聞こえる。みるみるうちに高度を下げていく飛行機。雲を抜ける途中は窓の外が真っ白になる。
窓の外を再び見ると、相変わらずエンジンは火花を吹いているようで、そこだけ赤く光っていた。それ以外にはただ白い世界が広がっているだけで―――――――今、黒い何かの影が通り抜けていった。
「今のは―――」
―――――ガタン、ガタンッ!
「っ、クソっ!」
窓の外をもう一度よく見ようとするが、機体が大きく揺れて邪魔される。とても大きな影だった。鳥のような形をしていたが、明らかに鳥のそれとは大きさが違っていた。例えるなら、ダチョウにデカイ羽をつけたらあんな感じの影になるんじゃないだろうか。
機体は絶えず揺れ続け、雲を抜けて更に下へと降りていく。窓の外を見下ろすと、辺り一面海が広がっていた。緊急着陸、近くに陸地で降りられるところは無かったらしい。
『この先、大きな揺れが予想されます。ベルトをしっかりと締め、揺れに備えてください』
機体はそのまま海へと向けてどんどん下りて行き―――――
――――――――そこで、俺の意識は途絶えた。
飛行機って大丈夫なやつは翼が多少折れたくらいなら飛んでられるそうです。すげー。